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『キミのお名前なんですか? 』
三春・風太2164)&雪森・雛太(2254)

 現在、三春風太の家には一匹の住人が増えていた。白い毛並みに碧の瞳、鈴付きの赤い首輪をつけた招き猫だ。
 ――それ、住人って言わないんじゃあ……?
 はい、ツッコミはちょっと待ってくださいな。
「ねっこさ〜んっ」
 バタンッと賑やかに扉の音がして、軽やかな駆け足の音がリビングに向かう。
 学校に行っていた風太が帰宅したのだ。
「ただいま〜。元気にしてた?」
 今日の朝もきっちり顔を合わせていたというのにそんなことを口にしながら、風太はひょいと招き猫を抱き上げた。
 瞬間。
 つるんとした無機物の質感が、さわりごこちの良いふわっふわの毛並みに変化した。
「にゃあんっ」
 さっきまではただの置物にしか見えなかった招き猫が、ゴロゴロと喉を鳴らして甘えている。
「猫さん、一緒にお散歩に行こう!」
 すりすりしながら笑いかける風太に、招き猫はにゃんっとひとつ鳴いて頷いた。


 散歩の目的地は風太の従姉妹である雪森雛太の家だ。
「えへへ〜」
 自分の飼い猫を誰かに紹介するというのがなんだか楽しみで、ちょっと照れる。
 きょとんっと不思議そうに風太を見上げる招き猫に声をかけ、風太は歩く足を速めた。

 雛太宅の縁側は、どうも猫の溜まり場になっているらしい。遊びに行くたびに、いつも数匹の猫が寛いでいる姿を見かけた。
 そして今日もやっぱりいつもの通り。
「こんに〜ちわ〜」
 迷うことなく一直線に縁側に向かうと、ごろごろと日向ぼっこ中の猫を眺める雛太の姿を発見した。
「よお」
 ひょいとこちらを向いた雛太の視線が、ぴたりと一箇所で静止した。
「……どうしたんだ、そいつ?」
 雛太の問いの先にいるのは、風太の腕の中にいる白い猫。
「この前から飼いはじめたんだ〜。今日はそれで雛っちのところに来たんだよ〜」
 ほにゃんっとしまりのない顔で嬉しそうに言う風太。だが雛太はそれに釘を刺すかのように怪訝そうな顔を見せる。
「大丈夫なのか?」
 風太は根気というものが少々欠けている。
 最初のうちは良いが、ずっと面倒を見れるのだろうか?
 雛太はそれを心配したのだろう。
 けれど風太はにっこり笑って雛太の心配を笑い飛ばした。
「大丈夫だよ。ちゃーんと可愛がるから」
 そういう風太の答えは雛太の問いとは微妙にずれている。
 雛太は知らない。……この猫の正体を。
 実は化け猫であるこの猫は、ある意味で風太よりずっとしっかりしている。自分のことくらい自分でこなしてしまえるのだ。
 苦笑する雛太の横に腰掛けて、風太は腕の中にいる招き猫を下に降ろす。
 日当たりの良い庭へと駆けて行く招き猫を見送り、風太の視線も猫の集う庭へ向かう。
「ねぇねぇ、あの子たちの名前、なんて言うの?」
 ボクの猫さん、まだ名前決まってないんだ、と言いたして尋ねる。
 と。
「いつもいるでかいトラ猫は『ドラ』、ドラによくケンカふっかけては負けてる奴が『ヤキトリ』、そこにいるおとなしいのは『ピンフ』、手ぶくろ猫は『タンヤオ』、頭と尻尾だけ黒いのは『チャンタ』。あと『サンショク』っつー三毛とか……麻雀用語だよ」
 ちょっと楽しそうに――実は雛太はかなりの猫好きなのだ――野良猫たちの名前を披露して、それから招き猫の白い毛並みにちらと目をやる。
「そいつだったらふつーに『ハク』でいいんじゃね?」
「……」
 自分を話題にされていることがわかったのだろう。気持ち良さそうに目を細めて寝そべっていた招き猫が、顔を上げた。
 水晶のような瞳がじっとこちらを見つめている。
「気に入らないの?」
 風太の問いに、招き猫はにゃんっと鳴いて答えた。
「じゃあ『ダイサンゲン』はどうだ? 碧の目に赤い首輪の白猫、これ以上イイ名前ねーぜ」
 今度もやっぱり麻雀用語で案を出した雛太に、招き猫はぷいっとそっぽを向いてしまう。
「なんだよこれもイヤなのか。役満だぞ? ……贅沢な猫だな」
 あからさまな拒否を態度で示されて、猫好きの雛太は少々拗ねたように声を低くした。
 と、その時。
 とてとてと外から新たにやてきた猫が一匹。
「お、『アンコ』だ。こいつさ、アンコ好きなんだよ。つっても麻雀のアンコと違って『食う』やつな」
 言って雛太は部屋の中から大福を持ってくると、中身だけを抜いて猫の前に置いてやった。
 アンコははぐはぐと美味しそうに餡子を食べている。
「あーーっ!」
 ふいに。
 大声を上げた風太に視線が集中した。猫たちまでも、驚いて風太をじっと見ている。
「大福! 大福ってよくない?」
「……あ?」
 風太の話の流れが掴めないのか、雛太は怪訝そうな様子で声をあげた。
「だって、白くて縁起良くって招き猫さんにぴったり!」
 しかし雛太の声などまったく気付かず、風太は浮かれて招き猫を抱き上げた。
「うん、今日からきみは『大福』ね!」
 宣言して、じっと招き猫の様子を見る――と。
「にゃあ〜んっ」
 招き猫は嬉しそうに鳴き声をあげた。


 そんな一人と一匹の様子を見て、雛太は苦笑とともに溜息をついた。
 あんなに真剣に考えてやったのに……。
「風太の考えた名前なら何でも良いんじゃないか」
 ちょっと理不尽を感じた雛太であった。
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東京怪談
2004年07月20日

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