▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『燃える死体 』
火宮・ケンジ3462



 大学からの帰り道、人通りの薄い裏通りを火宮・ケンジは一人で歩いていた。
 周囲の黒ずんだビルが陽光を遮って薄暗い空間を作り出している。その独特の空間はやや不気味に感じられる。人の気配がしないのは夜に開く店が多いからであり、通りにはスナックの看板が多く建ち並んでいた。夕方とは言えまだこの時間は人通りが少ない。いや、皆無といった方がいい。
「……ん? 何か……気配が」
 その時、ケンジが感じ取った気配は人の気配ではなく、霊の類だった。どうやら、近くに霊がいるらしかった。こういうことは霊力を持つ人間にとっては別段珍しいことではない。霊なんてものはいるところにはいるものだし、いちいち気にしていたらキリがないからだ。
 だが、ケンジは無意識のうちにその霊の気配を辿っていた。どうしてだろうか――理由はケンジにも解からないが足が勝手に動き出す。自らの意志と、霊の意志が重なった結果だろうか。
「妙な気分だなぁ……」
 気のせいかもしれないが、コツコツという自分の足音が異様な音に、まるで自分のものではないようにさえ聴こえた。
「こっちかな?」
 角を右に折れると先ほどよりも道幅の狭い路地に入り込んだ。いかにも風通りが悪そうでジメジメしていて、空気もねっとりしている。湿度が高そうだ。
 刹那――歩みをやめようかという考えが頭を過ぎったが、とにかくケンジは気配の元へ向かうことにした。
「ここは……」
 路地の奥――その終着点にあったのは古びた二階建てのアパートだった。一階に三つ、二階にも同様の数の部屋があり、その大半のドアは破れていたり、開け放たれていたりと、どうやら無人のアパートらしかった。周囲を廃ビルに包囲されており、一日中、太陽の光の差し込むことのない場所――まるで時の止まった空間であるように。
 ケンジはカンカンと音を響かせながら錆びきった階段を上っていく。二○三号室、そこが気配の正体の居所であることはすぐに解かった。
「……臭うな」
 ケンジは鼻をつまみながら室内に足を踏み入れた。入ってすぐにキッチンがあり、隣の畳の部屋と繋がっていた。ケンジは異臭に耐えられず即座に窓際へ移動し、重い窓を両手で何とか滑らせた。外気を吸い込み、呼吸を整える。
 臭いの正体はどうやら布団らしい。何の変哲もない布団のようだが――それを捲ってみると、
「……これは死体?」
 ケンジはさほど驚きはしなかった、予想の範疇だったからだ。むしろ、もっと酷いものを想定していたぐらいだ。
 死体は腐食し始めていた。死後、どのくらいの時間が経過したのかは目算では判断がつかなかった。ケンジは恐る恐る死体へ近づいてみた。
 すると――死体が僅かに動いたかと思うと、操り人形のようにむくりと立ち上がった。そのあまりの不気味な死体の覚醒にケンジも内心驚いた。
 ――ウゲェェェェェ!!
 死体はどうやら成仏しきれていなかったようで、ケンジの存在に気づくや否な、突然襲い掛かってきた。ケンジは数歩、後ろに下がり、念によって体内に隠し秘めていた剣を呼び起こし、それを手に握った。
「くそっ……」
 本来ならば正規の手順を踏んで成仏させてやりたい。
 だが、この死体がどのような経緯でこの廃墟と化したアパートで一生を終えることになったか、それが解からないケンジには正しく成仏させることなど叶わない。術を知らないケンジにできることは、一つしかない。それは、強制的にあの世へ送り出すことだ。
 煌く剣を両手で握りなおす。
 ――グギャァァァァ!!
 突如、この世のものとは思えない奇声を発しながら死体が飛び掛ってきた。
「つああああ!!」
 ケンジは身を伏しながら剣を前に突き出した。
 ザクリと不快な音が耳に、ギリリと不快な感触が手に、止めてくれと哀願するような死体の視線が、ケンジに罪悪感を齎す。それでもケンジは死体に向かって言葉をかける。
「こんな事頼める義理じゃないが……出来ればこれで成仏してほしい……」
 死体は剣の炎で燃え上がり、その火が布団や畳に伝播していく。
 死体は崩れ落ち、完全に身動きしなくなった。
 剣を体内に戻し、踵を返す。
 ケンジは振り返らず出口へ向かった。
 二○三号室を出て、今にも崩れ落ちそうな階段を足早に駆け下りる。
 地面に降り立ち、ようやくケンジは振り返った。
 炎上するアパートが幻か何かのように見えた。だが、現実にアパートは燃えているのだ。これは夢でも幻でもなく事実だ。
 炎の赤が今の世界を支配しているようにさえ感じられる。
 そして、ケンジは歩き出す。
 罪滅ぼしなどとは言わないが――死体が成仏できるように祈り、今日のことは忘れないようにしようと思った。
 束ねた黒い髪を揺らしながらケンジは、薄暗い路地裏に消えていった。



 −End−
PCシチュエーションノベル(シングル) -
周防ツカサ クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年07月16日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.