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『コロッケ< 』
涼原・水鈴3203)&笹川・璃生(2549)

 「はいっ、お嬢ちゃんお待たせ!」
 威勢のいい声と共に水鈴に差し出されたのは、揚げ立てほやほやのジャガイモコロッケ。半紙の袋に入ったそれを嬉しそうな顔で受け取り、一口頬張ると、サクサクの衣の中からほっくりした挽肉入りジャガイモの甘味が溢れ出て来て、たちまち、水鈴の表情が蕩けるように綻んだ。
 「お〜いしい〜〜!」
 「だろ?やっぱりコロッケは肉屋の、それも揚げ立てが一番よ!」
 水鈴の表情が余りに美味しそうだったので、肉屋のオヤジも満面の笑みでそう答える。揚げ立てで物凄く熱いコロッケを、火傷しないように少しずつ齧りながら、水鈴は青く高い夏の空を見上げた。

 商店街は、水鈴にとってはまさに食の宝庫。百貨店の地下食品街も好きだけど、百貨店の試食コーナーはどこか余所余所しい感じがして味わう余裕が無いような気がする。(味わう為に試食がある訳ではないと言う話はともかく…)でも、商店街では、試食コーナーは百貨店ほど充実はしていないけど、その分、このコロッケのように、一個一本単位で買える食べ物がとても美味しい。このコロッケに行き着くまでに水鈴は、みたらしだんご、ソフトクリーム、アメリカンドッグ、…等々、この小さな身体にどれだけ収めれば満腹するの?と首を傾げたくなるほど、いろいろなものを食べ歩いてきていたのだった。
 空を仰いだ水鈴の視界の端に、さらりと何か濃い緑色のものが掠めた。首を捻って水鈴が後ろを振り向くと、そこには大きな大きな笹飾りが、夏の風にさわさわと細長い葉を揺らしていた。
 「…おじさん、この木、なぁに?」
 「なんだいお嬢ちゃん。七夕を知らないのかい?」
 「たなばた?」
 水鈴が首を傾げると、コロッケを揚げていた肉屋のオヤジがその手を休め、客応対用の、切り取られたような窓口から身を乗り出してきた。
 「綺麗だろ?七夕祭りにはよ、笹にそうやって色紙で作った綺麗な飾りや短冊を飾ってお祭りすんだよ。当日はいい天気になって、織姫さんと彦星さんが無事に逢えますように、ってな」
 「おりひめさん。ひこぼしさん」
 今聞いたばかりの言葉を繰り返す水鈴に、オヤジがこっくりと大きく頷く。
 「ああ、そうさ。コイビト同士の織姫さんと彦星さんはお空に住んでんだがな、その二人の間を天の川が遮ってんのよ。だけど、七月七日だけはその天の川に橋が架かってな、それで二人は逢えるって寸法さ。だが、その橋ってのは天の川に住んでる魚達がズラーっと連なって作るんでナ、雨が降って増水しちまうと魚は流れてっちまうんで橋が掛けられず、二人は逢えずにまた来年の七夕までお預け…って訳だ」
 オヤジの話は、かなり勝手に脚色されているようだけど、その表情を見ると別段水鈴を騙そうとか思っている訳ではないらしいので、どうやらオヤジとしてはこれが真実の七夕話らしい。だからか、水鈴も素直にそれを信じ、ふぅんと感心したような声を漏らす。
 「でもあれね、織姫さんも彦星さんも、水泳を習ったらどうかなぁ?そうしたら、七夕を待たなくても逢いにいけるのにね?」
 「それはあれだ、実は彦星ってのはカナヅチなもんで、年に一回のチャンスを待つしかねぇって話だ」
 オヤジが深く頷くと、そうなのかぁとまた感心して水鈴も頷いた。ふと、水鈴の視線が七夕飾りの短冊に移る。手にとって見るとそこには『こんどのてすとでひゃくてんとれますように』と書いてあった。
 「ああ、それはな、そうやって短冊にお願い事を書いて飾ると、織姫さん達が願いを叶えてくれるんだよ」
 「え、それ、本当!?」
 親父の説明に、水鈴の表情がぱっと華やぐ。もう一度見上げてみると、短冊に書かれているお願い事は、テストの事であったり恋愛の事であったり、いずれも確かに叶えてもらえそうなものばかりだった。…実際は上の方に、誰が書いたかは知らないけど『世界征服』とか言う短冊もあったのだけど、さすがにそれは織姫達の目には留まらないのでは…。
 「お嬢ちゃん、そんな顔をして見てるって事は、何か願い事があるのかい?」
 「うん、あるある!」
 「そうかい、じゃあ短冊を書く?町内会のが一枚余ってるから、これに書きなよ」
 コロッケのサービス♪とオヤジがヘタクソなウィンクを投げて寄越してくる。アリガトウ!と礼を言って水鈴は短冊とペンを受け取り、食べ掛けのコロッケと口に咥えたまま、その場にしゃがみ込んで油性ペンのキャップを開けた。
 きゅぽん。きゅ、きゅ、きゅ〜、っと。
 「できあがり〜!」

      うんめいのひとに会えますように。     水鈴

 薄水色の短冊には、そんな事が書かれていた。短冊からはみ出しそうな勢いの大きな字、ちょっと下手くそな字だけど、一生懸命丁寧に書こうとした姿勢はありありと伝わってくる。きっと、思いの丈を全て籠め、水鈴は書いたのだろう。コロッケの最後の欠片を、親指の腹で口の中に押し込むと水鈴は精一杯背伸びをして、短冊を笹の葉に飾った。水鈴の短冊は、夏の風に揺られてくるくる回る。薄水色と裏の白色が交互に瞬いて、これだけ目立てばきっと織姫様の目にも留まる、と水鈴は満足そうに微笑んだ。
 「おじさん、コロッケ美味しかった!ご馳走様、ありがとう!」
 高く上げた片手をぶんぶん振って親父に礼を言い、水鈴は次なる獲物?を求めて駆け出していく。七月七日、七月七日、と口の中で繰り返し呟きながら…。


 それが、とある日の昼下がり。そして、その同じ日の夕暮れの事。

 夏の日の散歩は、ある程度陽が暮れてからでないと出掛けられない。人間よりも地表に近い犬達にとって、昼の最中の地熱はとんでもなく負担になるから。その事実は事実として知ってはいるけど、それよりも璃生にとっては、昼間に散歩に出た時の、ある種恨めしげななずなの表情が気に掛かった。
 凄く暑いのよ、ねぇ分かってる?とでも言いたげななずなの視線に晒されてからは、璃生は夕暮れにしか散歩に出掛けてこない。その日も、どこかで魚を煮る匂いが漂う夕暮れ時、璃生はなずなと共に商店街をのんびり散歩にやってきた。
 「おや、璃生ちゃん、久し振り!」
 夕食の準備時で本当は凄く忙しいだろうに、肉屋のオヤジは知り合いを見つければ必ず声を掛けてくる。璃生も散歩の足を止めて、肉屋の脇にある笹飾りの方へと歩いていった。
 「こんにちは、おじさん。…綺麗ね、七夕飾り。またお飾りが増えたみたいですね?」
 「ああ、通り掛かる人がたくさん書いてってくれるからね。璃生ちゃんも一枚どうだい?」
 「え、私ですか?」
 オヤジにそう言われて璃生が首を傾げる。実際言われるまで、自分が短冊を書こうとは思っても見なかったので、願い事と言われてもすぐには思いつかなかったのだ。
 「そうねぇ…なずなのお願い事はなぁに?それ、書いてあげようか」
 くすくすと笑って璃生がなずなに尋ねると、なずなは、何にしようかなと考えるように首を傾げた。
 「おいおい、わんこに願い事を譲ってどうするんだ、璃生ちゃん。花の女子高生なんだ、いろいろあるだろう?カッコイイ彼氏が欲しいとか、ブランド物の服が欲しいとか」
 物凄く即物的な願いの例をあげながら、オヤジが短冊と油性ペンを璃生に差し出す。オヤジの冗談にまたも小さく笑いつつ礼を言ってそれを受け取り、改めて璃生は七夕飾りを見上げる。
 「みんな、何をお願いしているのかしら…ええと『あたらしいゲームがほしい』…こっちは『サッカーチームのレギュラーになれますように』……みんな素敵ね。この全てのお願いが叶うといいわね、なずな?」
 天辺にある、『世界征服』の願い事はともかく。
 そんな事を呟きながら、ひとつひとつ順番に短冊を読んでいく璃生の目に、一枚の短冊が留まった。自分が持っているのと同じ薄水色の短冊。それに書かれているお願い事とは、
 「…あら?…『うんめいのひとに会えますように。』……?」
 それは、水鈴が書いた短冊であった。その文字は明らかに幼い子供が書いたもので、だからこそ余計に、この子が真剣に運命の人を探しているのだと言う事が判る。勿論、実際に水鈴には運命の相手が存在するのだけど、そんな事は【今の】璃生には知る由もなく。
 「…なんて可愛いお願いなのかしら。もしもこれが叶えられたら、こんな素敵な事は無いわね、なずな?」
 そうね、と言わんばかりになずなが尻尾を数回振る。そうだわ、と何かを思いついた璃生は、その場にしゃがみ込むと自分の膝の上で短冊に油性ペンを走らせた。
 きゅぽん。きゅ、きゅ、きゅッ、と。
 「これでいいわ」

      水鈴ちゃんのお願いが叶いますように。     璃生

 水鈴の名前が書けたのは、短冊にそう書いてあったから。ただ、読み方が判らないので、ミレイちゃん?ミリンちゃん?と首を傾げてはいたけれど。
 璃生はその短冊を、水鈴の短冊の隣に飾る。同じ色の薄水色の短冊は、まるでワルツでも踊っているかのよう、夏の風に吹かれて同じテンポでくるくる回り、織姫様に見て!見て!とアピールしているように見えた。


 そして七夕当日。その日はとてもいい天気で、確実に二人は魚の橋を渡って逢いに行けるだろうな、と水鈴は他人事ながら嬉しくてしょうがなかった。
 スキップをしてあの七夕飾りの所まで行く。あれから更に飾りが増えた笹飾りは、色とりどりの風を纏ってとても綺麗だ。それを見上げ、水鈴は嬉しげな笑いが止まらない。
 一年振りの逢瀬を楽しんでいる筈の織姫と彦星。でもそんなには羨ましくないもん!だって私は、とうとう今日、ここで運命の人に会えるんだから!
 そう、水鈴は、お願い事を笹飾りに飾ると、七夕当日にその願いが叶えられると勘違いしているのだ。
 勿論、そんな筈もなく、水鈴の運命の人は現われるどころか、行き交う人々に迷子と間違われたり(あながち間違いでも無いが…)、通り過ぎる犬に吠え掛けられたり、カラスにフンをかけられそうになったりと、ともかく散々な目に遭いつつも、辛抱強く【その人】が来るのを待った。
 我慢強く待った。
 ひたすらに待った。
 待ったけど。
 「…来ないよ〜……」
 水鈴はその場にしゃがみ込んで膝を抱え、悲観に暮れる。俯くと水鈴のツインテールも一緒になって項垂れ、暫くはそのままの姿勢でじっとしていた。
 「……………………」
 およそ数分の後。
 「ま、いっかぁ」
 ぱっと顔を上げた水鈴の表情は、既にいつもの明るいものに戻っていた。
 「誰かにお願いを叶えて貰おうとする事自体がダメだったのよね、きっと。私の運命の人なんだもの、自分の力で見つけなきゃ!」
 勢い良くぴょこんと立ち上がり、水鈴はうーんとひとつ背伸びをする。そんな水鈴の視界に、自分が書いた短冊ともう一枚同じ色の短冊が目に入った。
 「あれぇ?」
 水鈴が、背伸びをして二枚の短冊を引き寄せる。笹の枝は撓り、水鈴の高さまで短冊を運んだ。同じ薄水色の二枚の短冊、一枚は自分が書いたおっきな字、もう一枚は、整って読み易い綺麗な女性の文字。
 「……ええと、…『水鈴ちゃんのお願いが叶いますように』?…あ、私の事……だよね?」
 その短冊が、自分の願い事を後押しするものであると知った水鈴の表情がみるみるうちに、美味しいものを食べた時よりもずっとずっと、ほんわりと綻んだ。
 「…璃生、さんって言うんだ。どんな人なのかなぁ…きっと、とっても優しい人なんだろうなぁ…」
 会ってみたいな。会って、お礼を言うの。応援してくれてありがとう、って。んで、私の運命の人について、いろいろお喋りしたいな。きっとこの人なら、笑って私のオハナシを聞いてくれると思うんだぁ。
 「きっといつか会えるよ、ね?運命の人にも、この人にも」
 水鈴が、笹飾りを見上げて問い掛ける。さらさらと涼しげな音を立てながら風に流れる笹の葉が、水鈴の質問を肯定で答えてくれているような気がした。

 どの部分を肯定していたかは、後になってみないと判らないのだけど。


おわり。
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東京怪談
2004年07月15日

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