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『【 あちこちどーちゅーき - 海中に女神ありけり - 】 』
桐苑・敦己2611


 何度目かに着いた半島の先っちょ。
 ある場所から海岸線を歩き始めて、海の姿が変わっていくことが面白く、そのまま日本列島の形をなぞるように旅を続けている。
 ひたすら海へ、海へと歩いているのだから、道に迷うこともなければ、悩むこともない。
 常に潮風を浴びながらの旅は、身体がやけにべたついたり、疲れを多く感じたりもするが、とくに気にならなかった。
 砂浜でテントを張れば、宿泊に金もかからないし、今はどこを歩いていたってコンビニがあるのだから、食料に困ることもまずない。

 何て勝手気ままな旅なんだ。

 今日も今日とて、波打ち際をぎりぎりに歩く――桐苑敦己、二十七歳。
 どんな出会いがこの先に待っているのか、わくわくどきどきしながらも、その表情に浮かんでいるのはのんびりとした性格そのもの。
「立派な灯台ですねぇ」
 高台に立てられている灯台を見上げ、砂浜から遊歩道へ上がると、途中にあるベンチに腰をおろした。道は綺麗に舗装されていて、ハイキングコースになっているため歩きやすい。
 ここは神奈川県横須賀市、観音崎。その昔、ペリーが来航したという浦賀から近く、この灯台で有名な場所だ。
 半島の先っちょに立てられた灯台は、今も変わらず海を見つめている。
「特に変わったことはなさそうですが……」
 一休みもしたところで、伸びを一つ。
 遠くに入道雲を見つめながら、さらに海岸線を歩き出そうとしたそのとき。

 ――汝……海を渡るものか――

 声が響く。
 あたり全体にその声が響いたわけではないようだ。
 車で移動するサラリーマンも、砂浜で遊んでいる子供も、遊歩道を犬の散歩で歩いている女性も、バスの中にいる老人も。
 誰一人として反応を示さない。その声に反応を示したのは、自分だけだ。
 少々驚きはしたものの、そこまで危機を感じなかったためか、のんびりと当たりを見渡す。

 ――汝、海を渡る旅人か――

 さらに耳元に響く声。
 いや、耳元と言うよりも、脳内に直接話しかけられている感覚だ。
 だとしたら、間違いなく自分に用があるのだろう。
「海を渡るわけではありませんが、旅人であることは確かですよ」
 声に応えてみることにした。

 ――海は渡らぬか……?――

 どこか残念そうに響く、先ほどよりもはっきりと聞こえる脳内の声。女声だ。
 はじめはか細く、弱々しい者の声なのかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。
 彼が声の主の存在を認めると、まるですぐ隣にでもいるように――
 ん? 隣?
「……あれ、いらっしゃったんですか?」
 いつの間にかそこにいたのか。
 神社からそのまま抜け出してきたような巫女装束に身を包んだ女性が、彼の隣に姿を見せていた。
「……ここから海を、渡らぬか?」
「貴方は、渡るんですか?」
 海を渡るなんて、船にでも乗るのだろうか。しかし、彼女が船を持っているようには、とても見えなかった。
「私は渡れぬ。私は愛しき人が渡るための、身代わりとなるもの」
 不思議な女性だ。
 巫女装束に、羽衣を腕にかけ、結わかれた髪からは水が滴り落ちている。しかし服は濡れていない。
「汝が渡ることを望むのなら、喜んでこの海を沈めて見せよう」
「あ、でも、今日の海は穏やかですよ」
 波が高いわけでもなく、風が強いわけでもない。静かな波音が響く、穏やかな海の景色。
「この穏やかな海なら、手こぎボートでもいつかは海を渡れるんじゃないですか?」
「……確かに、その通り……。あの方がこの海を渡るときも、このように穏やかなものだったのなら――私も……」
 胸が締め付けられるような切ない表情を浮かべて、海の先にはっきりと見えている半島を見つめる。
「何か、ありましたか?」
 やわらかい口調で訪ねると、女性はゆっくりと彼に向きなおし、切ない笑みを口元に浮かべ、かぶりをふった。
「私が自ら望んだこと、あの方は無事にこの海を渡られた。私は愛しい人の力になれたのだから、それでよかった」
「……そうですか。この海は、貴方が見つめているから、穏やかなのかも知れませんね」
「――え?」
 敦己は目を点にして自分を見つめてくる彼女に、細めた眼で微笑みを作ると、

「貴方の想いが、いつまでもこの海を、こんなにも穏やかなものにしていると、思いますよ。俺は」

 言葉飾ることなく、まっすぐな気持ちを伝える。
「……そう、思ってくれるか?」
「ええ。間違いなく、貴方の想いです」
「……この海は、私の、あの方への……想い」
 どんどん消えていく、確かに今まで会話をしていた女性の姿。
 その目を疑いそうになったが、透けて向こう側が見えるようになり、ついには女性の姿は見えなくなってしまった。
「……貴方は――?」

 ――私は、この海を……見守るもの……となる――

「海の、神様……」

 ――優しい考えをわけてくれて、ありがとう――

 ◇  ◇  ◇

 さらに海岸線を歩く途中、見かけた神社に顔を出した敦己は、まつわるこんな逸話を聞かせてもらった。
 その神社に祭られている神は、まだ人間の女性だった古のとき、追われていた愛する人を守るため、荒れ狂う海に身投げする。
 すると海の荒れは突如として穏やかなものとなり、愛する人を導くように、海が二つに割れたそうだ。
 無事に愛する人は追ってから逃れることができ、彼女は海の神と共に海中で眠り続けることとなってしまった。
 それでも彼女は、自らの愛する人を、自らの身をもって守ったのだから、本望だったのだろう。
 きっと、敦己が出会ったのは――

「……これからも、貴方はこの海を、見守り続けるのですね……」

 神奈川県横須賀市、観音崎。
 愛に生き、今もなお、その強き想いで穏やかな海を見守る女神眠る地。
 敦己は海岸線を進みながら、この地を後にした。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
山崎あすな クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年07月15日

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