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『和音』
魏・幇禍3342



頭上を、騒がしい音をたてて電車が通り過ぎていった。
夏本番を迎えた、夕闇の都内は、まだ昼間のまとわりつくような暑さが残ってはいるが、涼しい風が吹き渡っており、一日の疲れを抱えて歩くサラリーマン達を癒している。
これから赤提灯や、そこらの屋台で一杯と考えている人々の中、幇禍は珍しく柳眉を吊り上げる事なく武彦と並んで歩いていた。
「安くて、美味い肴で呑ませてくれる店があるんだよ」
と誘われたのは、ガード下の一杯飲み屋。
店の主人の初恋の人の名前だという、「和音」という上品な名前にそぐわない、昔懐かしい木製屋台で、自分の雇い主達とは、まっったく縁のない世界が繰り広げられている場所である。
ただ、幇禍は、大陸で育っていたせいか、こういう汚い屋台は見慣れたもので、少し故郷を懐かしむような気持ちになりつつ、のれんをくぐり、粗末な木のベンチに腰掛ける。
福岡なんかの屋台もそうなんだが、おおよそメニュージャンルなんて物のない店で、焼き鳥も食べさせてくれれば、アタリメ、焼きそばや、イカ焼き、枝豆に、各種野菜の浅漬け、チーズポテトとまぁ、酒の肴になりそうなものは全部揃っていて、全てが確かに素朴で美味しい。
とりあえず、ビールって事で二人して、歯が浮く程冷えた黄金の液体を喉を鳴らして腹に流し込み、武彦は明太子お好み焼き、幇禍はホタテのバター醤油をつつきながら、さて、と同時に横目で視線を合わせた。
口火を切ったのは年上らしく武彦で、「で? どうしたんだよ?」なんて聞いてくる。
幇禍は「誘ったのは、草間だろうが…」なんて言いながらも、此処最近胸の内で、もやもやとくすぶり続けていた腑に落ちない感情を聞いて貰おうか悩んでいた。
「だって、お前、誘っても絶対来ねぇと思ってだんだよ」
そんな折に、ヒョイ肩を竦める仕草を見せてそう言った後、「お前の、大事なお嬢さん絡みで、なんか考えてんだろ?」なんて聞かれた日には、「腐っても…腐りきって、最早原型を留めてなくとも、怪奇探偵なんて、親には絶対知らせられない職業に強制的に就いていたとしても……こいつ、探偵なんだな」なんてしみじみ感じさせられつつ、うっかり口も軽くなろうかというものだ。
まぁ、探偵であろうとなかろうと、幇禍の心を煩わせたり、揺らしたりする事が出来るのは、雇い主の少女しかいないという事は、少しでも付き合いのあるものならば、周知の事実なのだが、本人にその自覚がないのが始末に負えない。
「で? どったの?」
と目を細めて問われ、幇禍は素直に口を開く。
「あの、な…」
「うん」
「今日の事なんだけどさ…」
「うん」
「お嬢さんが、何か、出掛けたんだよ。 友達と、一緒にさ…」
「うん。 それで?」
「で、お嬢さんがさ、言うわけだよ。 デート行って来るねー!とかってさ」
珍しく歯切れ悪く喋る幇禍相手に、辛抱強く相槌を入れつつ、武彦は疑問を口にする。
「へぇ……。 じゃ、相手、男なんだ」
すると、幇禍は微かに首を振って、困ったように口を尖らせた。
「や。 違うくて、それはね、何か俺の知らないトコで知り合った女の子らしいんだけど、でも、アレだよ。 分かんないだろ? デートつったらさ、普通に、相手は男だって思うだろ? 最初さ、デートって言われた時にな……」
「うん」
「俺……滅せよ! とか思っちゃってて……」
「……え? や? 心配とかじゃなくて?」
「や、うん、それは、ある、あるんだろうけど、もっと違うっていうか、もう…」
そう言いながら、幇禍は両手をわななかせ、唐突に魔王の如く低い声で言い放つ。
「相手の男よ滅してしまえ! この世からな!」
何故か、その後「フハハハ…」と、言わんばかりの笑い声をあげた後、フイと武彦に視線を向けて「俺って、変かなぁ」と首を傾げる幇禍。

や、変だよ。

あっさりそう思いつつも、変な部分がたくさん有りすぎて何処から突っ込めば良いのかすら分からない。
「とにかく、フハハハハは止めろ。 そんな自称10万歳以上生きてる悪魔じゃあるまいし…」
そう呟いて、一人称「我輩」なボーカルが率いるバンドを頭に思い浮かべつつ「お前さ、冗談じゃなく、あいつに彼氏が出来たら、殺しそうだよな…」と告げると、幇禍はブンブンと頭を振りながら、武彦の言葉を肯定した。
「そうなんだよ! もう、貴様如きこわっぱが、お嬢さんを幸せに出来るものか! いや出来まい、出来やしまい、っていうか、出来ても知らねぇ、とか言いつつ、発作的にヤっちゃいそうなんだよなぁ…」
そこまで言ってはぁ、と溜息を吐く幇禍。
「よくないよなぁ…」
と自嘲すれば、武彦は「まず、なんか、人間としても良くないだろ」と今更な事を言いつつ「まるで、頑固オヤジだな」と笑った。
幇禍は、何気ない武彦の言葉に撃たれたように目を見開き、それからポンと手を打つ。
「そうだよ! うあ! お前、たまに、ごくたまに、物凄く奇跡的な確率で、それこそ、五十年に一度のビッグウェーブ的なスタンスで良いこと言うなぁ! そうだよ、まさに、俺、きっと、そうだ!」
物凄くけなされているような気しかしない誉められ方をして、複雑そうな表情を見せる武彦。
「うーん? 幇禍、お前ってさぁ、いっつも思ってたんだけど、悪気無く人を困らせる天才だよなぁ」と言いながら、グビリと再びビールを煽る。
「や、いやいや、疑問が解けましたぞ、草間。 ほら、この前の猫騒動」
そう言ってピンと指を立てる幇禍に、「うぁ」と呟きつつ武彦は眉間に皺を寄せる。
「んだよぉ。 嫌な事思いださせんなよぉ…」
いつの間にか、手の中にある酒はビールから、ロックの焼酎へとチェンジしており、幇禍も冷酒へと変えている。
どちらも、少し酔いが回り始めた位だった。
幇禍は、仕事上、あまり酒を嗜まないし、武彦は「ハードボイルド」を目指す豪語する割には、そんなに酒には強くない。
自然、安酒で良い気分になれる体質が出来上がっていて、そういう意味では安上がりな二人といえた。
「だから、ほら、お前が、まぁドジさ加減においては、お前らしいっちゃあ、らしいんだけど、見事に犯罪的且つ誰にも喜ばれない何処のイベント帰りだよ?みたいな姿を晒す事になった、あの猫化騒動でさぁ…」
そう幇禍が言えば武彦は耳を塞ぎながら、「うあ、イタ! イタタタタ! 分かってる! それ、自分が一番分かってるから! だから、遠慮なく傷を抉るな! 俺の心の聖域(サンクチュアリと読んで欲しいそうです)に土足で踏みいるな」と呻きつつも、ジロリと幇禍を睨んで反撃する。
「ていうか、お前も晒してたし、完全に猫になっちまってたし…」
「あー、まぁ、アレはノリで…」
「ノリで、猫になんのかよ」
「や、何か、なってみたら、なってみたで結構楽しかったし…」
「じゃあ、むしろ、俺的には猫のままで、forever猫のままでいて欲しかったな! 世界の為に、そして俺のために!」
そう特に、foreverの部分に力を込め、しかもかなりの巻き舌で言った武彦に、無性にムカムカさせられると、「ぜってー、ならねー。 ていうか、お前の喜ぶ事だけは、お嬢さんが喜ばない限り絶対、しない。 俺、人間。 ずっと、人間。 人間大好き! 俺、宇宙船地球号の一員だし!」と馬鹿にしたように幇禍は言い返す。
グイと、グラスを空にして、再び店のオヤジに突き出した武彦は、完全に酔いが循環し始めているウロウロと揺れる視線を見せて、ニヤっと笑った。
「まぁ、さ、考えてみれば、お前より俺のが可愛かったな」
「…は?」
「いやいや。 だからさ、お前の猫姿よりは、俺だろ?」
いきなり、据わった目でそう言われて、思わず頷き掛け、慌てて首を振る。


えーっと、俺のが、可愛かったはず! お嬢さんも、可愛いって言ってくれたし!


もし、此処に三村がいたならば「そっちかよ! ってぇか、どうでもイイよ! どっちのが可愛くてもさ! むしろ、可愛くない方がいいよ! 30近くの男と、30過ぎの男がどっちが可愛いでshow!開催とか、困るよ! 草なぎ君も!」と、止め処なく突っ込んでくれただろうが、今は酔っ払い二人の無法地帯。
「ハハハ。 あんだけ、キ・モ・イkingの名を欲しいままにした草間がよく言うものだ。 それに比べれば俺のネコ耳姿は、サンリオーピューロランドにいても違和感無かっただろうよ。 マジお嬢さんも、『幇禍君、暫くネコ耳でいてもいいよー? うちペット飼えないから、猫飼ってる気分になれるしー』って大絶賛だったんだぜ?」
そう、うあー、雇い主から見て幇禍の立場って一体……と思わせるような哀しい発言を、胸を張ってかませば武彦も「俺だってなぁ、ウチの事務員(兼公然の恋人)が、後で『正直、辛抱堪らん位、可愛いと思ったでごわす』って言ってくれてんだよ! てーか、あいつも滅茶苦茶可愛かったし!」と、ズれまくりかつ、恋人自慢入った事を言い放ち、ギッと間近で睨み合う。
「俺の事はともかくなぁ(でも、絶対俺のが可愛かったけど)、お嬢さんに関しては、どんな大きなコミケ会場でも一瞬で、女王になれる程の可愛らしさであった訳で、確かに、お前の彼女も可愛かったけど、けど! お嬢さんには、及ばないね!」
「や! 俺のが可愛いし、女だって、俺の女のが可愛い!(ドサクサ!)」
「そんな事、全然ないね! 俺のが可愛いし、俺のお嬢さんのが可愛いね!」
「てっっめー! 言わせておけば!」
「それは、俺の……」
「大体、どうして……」
「おめぇ、なんかなぁ……」

                 

                   一時間後



この時点で当然、べろんべろんといって良いほどに酔いが回っている二人はふらつく指でお互いを差し合いながら、呂律の回らない口調で言い合っていたが、漸く、そう漸く、お互い「あれ? なんで、俺達、『どっちが可愛かったのか?』って言い争ってるんだろう…」と疑問を抱き、暫し黙って見つめ合う。
「あー、なぁ、幇禍ぁ?」
「うー?」
「俺達ってさぁ……」
「うん」
「……別に、可愛いを目指してる訳じゃないよな」
「あぁ、うん、俺も、そこに、気付いた」
「ていうか、そういうのを言い争うために、ここ、いる訳じゃないよな?」
「うん。 俺も、今、そこ、思い至った」
「…何の話だっけ?」
そう首を傾げる武彦に、「だぁかぁらぁ、俺がね、言いたいのは、俺って、お嬢さんの事、娘みたいに思ってるっぽいって事なんだよ!」と、言い、それから目の前のゲソを箸の先でつつく。
「さっきも言いかけたケド、この前の馬鹿な事件でさ、ほら、美少年っぽい女の子いたじゃん? 凄い顔の奇麗な子」
そうボソボソと喋る幇禍の声に耳を澄ませ「あぁ、うん、あいつね」と相づちを打つ武彦に、幇禍は言葉を続ける。
「なんかね、あの子とね、お嬢さんがちょっとトラブッたんだけどさ、そん時に色々あって、なんか、お嬢さんあの子に抱き締められたわけよ」


何か色々あって、トラブッて、なんで抱き締められるんだ?


武彦は、釈然としないまま、しかし酔ってるせいか半分聞き流しつつ「ふんふん」と相槌を打つ。
「で、俺は、そん時、その子の事を男の子だと思っててさ、なんか、すっごいお似合いだし、絵になってたし、したら、凄いむかついて、分かんないんだけど、『許せない』みたいな気持ちになって…」
溜息混じりにそこまで言って「分かんないんだよなぁ…」と、呟く。
「俺、あんま人と必要以上に親しくしたり、大事な人間とか出来た事ないから分かんないんだよ。 こういう感情が良いのかどうかすら分かんないっていうか、俺は、ただ、お嬢さんが毎日笑ってられればイイやって思ってた筈なのになぁ、こういう感情はそこを逸しているような気がすんだよ。 他の奴らはどうだって良いけどね、俺がお嬢さんの重荷にも、煩わしい存在にも、死んだってなりたくないんだ」
武彦は、焼き鳥の串を銜えて揺らすと、ニッと笑った。
「格好良いねぇ、『死んだってなりたくない』…か。 良いんじゃねぇの? 俺は、さ、お節介承知で言えば、あいつはそういう風に自分の事を本気で考えてくれてる奴、必要だと思うぜ? 相手にとって、理想の存在であろうっていうのはさ、対人関係において、特に自分が好意を持っている相手への願いとして、持っていて当然のものだけどよ、でも、そうはいかないのが人間だしな。 それに面白いだろ?」
クククと喉の奥で武彦が陽気に笑う。
「特に、お前みたいなのはさ、自分でも、どうしようもない自分がいるっつーのは、面白くないか?」
幇禍は、フンと鼻を鳴らし、それから「テイ」と言いつつ、その頭を叩くと「説教オヤジ」と言ってやった。
「例えばだぜ、お嬢さんが普通の女の子で、俺も少々腕が立つくらいの真面目な人間でさ、そういう人間同士の結びつきだったら、俺は、俺の行き過ぎた感情には悩まないんだよ。 父親みたいな気分になる、結構じゃないか。 それだけ、職務に励んでる証拠だ。 でもさ、違うんだよ。 俺と、お嬢さんはさ、そういう何だろ……世間一般であるような、そういう物語は有り得ないんだ」
武彦が気に入らなそうに目を細め「何が違うんだよ? お前等の何が、そういう風になっちゃあいけないっつうんだよ」と、吐き捨てる。
「俺のが、分かんねぇよ。 何が駄目なんだよ。 どういう、それは自制なんだよ。 なんかなぁ……、お前等見てると歯痒いんだよ。 手に届く所にあるものを、それがどんだけ得難いものか分かってて、嘲笑いながら蹴り飛ばしてるような……そんな気がするんだよ」
幇禍は、武彦を眺めて静かに思う。



いい男だと。
優しい、お節介で、お人好しで、面倒見の良い、そういういい男だと。


もう少し、幇禍が若ければ、下らないと、下らない男だと軽蔑できたのに、今は分かる。
27という、色んな修羅場を覗いてきた今の年齢だからこそ、よく、分かる。
いい男だ。

そして、愚かだと感じるのだ。


武彦の言う「手の届く場所にある得難いものが」万人にとって、得難いものであるかどうかは、分からない。
少なくとも、幇禍は、そして幇禍の雇い主も吐き気がするのだ。
そんな、まやかしには。


まやかしは、儚い。
間違いなく、儚い。
失う位ならば、最初から求めない。


そんなものはいらない。


だから、幇禍は苦悩する。
「でもさ、やぁっぱさ、職務的にはいかんでしょ? 俺ってさ、プロの世界に生きる人間だからね、家庭教師の立場を守りたいというか…うん、そういうのだしさ、それがこれからのお嬢さんにとっても良いんだろうなぁって思って…」
「ふーん、ま、そう考えてるなら、そうしてみろよ」
武彦がそう言えば「出来るかなぁ…。 俺、昔から、我慢だけはした事ないしなぁ…」と呟きつつ、「あー、でも、遊園地連れていく約束しちゃったしなぁ…、今度の日曜日…。 ちゃんと、生物の課題も片付けちゃってるし、行かないとなぁ…」と、酔いきっている声で一人呟き続ける。
その言い様はまるで、「頼まれたから仕方なく」と言わんばかりだが、話している時の幇禍の顔は、柔らかく緩んでいて、武彦は「なぁんだかんだ言って、こいつ、心底自分の雇い主が可愛いんじゃねぇか」と呆れつつ、また、酒のお代わりを注文する。
「…で、お嬢さんは、我が儘ばっかりだけど、結構、俺に対して、嬉しい事を言ってくれる事もあって……」
延々と語りモードに入った幇禍を横目に、武彦は冷酒を啜ると、「あー、今日は絶対こいつに奢って貰おう」と心に決める。
どうやって、それを納得させるか算段を始めた武彦は、ピカッと頭上で豆電球が光るのを感じた。(てーか、この表現古!)
そしてグラスに唇をつけたまま笑って「でもま、確かに、お前のお嬢さんも結構可愛いトコもあるよな」と誉め言葉を口にする。
すると、幇禍は「だろ? そう思うだろ? でさぁ…」と、上機嫌でまた話し始める。
(チョロいぜ)と、ほくそ笑む武彦。


幇禍が、自分の雇い主を誉められ、武彦に乗せられて、「今日は、奢る!」と機嫌良く宣言するまで、あと少し…。







  終


PCシチュエーションノベル(シングル) -
momizi クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年07月14日

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