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『つよくなるために 』
不動・修羅2592



 戦いとは相対的なもの。
 絶対的に強い必要はいささかもなく、敵を一枚だけ上回ればよい。
 これはまあ、常識の範囲である。
 常識なのだが、だからといって簡単だとは限らない。
 相手にも頭脳がある以上、思惑なり作戦なりがあるからだ。強い、といわれる相手になればなるほど、その作戦も計算も完璧なものに近づいてゆく。
 これも当たり前の話だが、ノーミスなのに負ける、ということもない。
 勝つ側だって、当然のようにミスを犯す。
 端的にいうなら、ミスの少ない方が勝利することになる。
 強敵を相手取って戦うとき、ごく些細なミスが命取りになる所以である。
「つよく‥‥ならなければ‥‥」
 がす、がす、と音が響く。
 立木に吊されたサンドバッグが、軋みながら揺れる。
 少年の額から飛ぶ玉の汗。
 もう何時間、こうしているだろうか。
 Tシャツもズボンも、雨に打たれたように濡れそぼっていた。
 不動修羅。
 彼はつい先日、苦い敗戦を経験した。
 否、戦いそのものは痛み分けであったが、自分一人だけ押されていた。
 むろん仲間は彼を責めたりしない。
 それでも、不動は知っていた。
 彼の苦戦によって、味方が勝機を逸したのだということを。
 あの時、期せずして怪奇探偵も剣士たちも集結した。
 なぜか。
 全体的に劣勢だった剣士たちには、充分に理由がある。
 だが、怪奇探偵は兵力の再編成を図る必要などなかった。にもかかわらず集結したのは、味方の中に危険な状態のものがいたからだ。
 すなわち、自分だ。
 不動はそう考えている。
 誰かに言われたわけではない。むろん仲間たちは咎めたりも責めたりもしない。
 だが、
「俺が不甲斐なかったからだ‥‥」
 呟き。
 サンドバッグを打つ手に力がこもる。
 あるいは、未熟さゆえか。
 敗北の味を知らぬものは、真の強者ではない。その意味では不動もまた同じだ。
 彼はいつも勝ってきた。
 自分の力ではなく、自分に降ろした神霊の力によって。
 草薙の剣を持つ日本武尊
 聖剣エクスカリバーを携えたアーサー。
 青龍偃月刀で武装した関羽。
 いずれも、神霊の力だ。
 彼自身は戦闘行為に一グラムの貢献もしていない。
 だから、降ろすことができなかったあの時、彼は佐々木小次郎を相手に文字通り手も足も出なかった。
 殺されなかったのは、明らかに手加減をされていたからだ。
「くそっ!!」
 渾身の力を込めた蹴り。
 酷使に抗議するように、ぎしぎしと鳴くサンドバッグ。
 いらいらする。
 なにもできなかったことに。
 小馬鹿にしたような、敵の態度に。
 同情の目を向ける仲間に対してすらも。
「はっ!」
 回し蹴り、正拳突き、裏拳。
 流れるような動作には、だが、雑念があった。
 プライドだろうか。
 慢心だろうか。
 自分が弱点である、という事実が、不動の肩にのしかかっていた。


 夜の帳が天界を覆う。
 都会の狭く濁った空。弱々しく瞬く星たち。
「はぁはぁ‥‥」
 地面に大の字になった少年。
 荒い息。
 黒い瞳が、天空の眷属たちを映す。
「アンタたちから見たら‥‥滑稽か‥‥?」
 唇が言葉を紡いだ。
 もちろん、星は答えない。
 ただ無言で輝くだけ。
 不動は失望などしなかった。最初から答えなど求めていなかったから。
「日本以外なら大丈夫そうだな‥‥」
 疲労は、トレーニングの結果だけではない。
 精神力の限界まで振り絞って、降霊実験をおこなっていたのだ。
 その結果として、彼はいくつかのことに気がついた。
 日本の剣豪に関しては、降ろせるものも降ろせないものもいる。降ろせないのはすでに反魂されたと見るべきだろう。
 だが、海外の歴史上の人物は、まず問題なく降霊できる。
 つまり、敵はこの国の英雄だけで何かを企んでいる、ということなのだろうか。
 あるいは日本史に詳しいだけなのか。
「‥‥いけないいけない」
 首を振る。
 即断は禁物である。
 べつに卑下するつもりはないが、怪奇探偵というチームにおいて、彼は頭脳労働を担当していない。
 解析と判断は、別人に委ねるべきだろう。
 いまは、余計なことを考える余裕はないはずだ。
「関羽でいくかな‥‥」
 よっと弾みをつけて立ちあがる。
 休息時間は終わりだ。
 次は実際に降霊し、実戦的なトレーニングを繰り返す。そうすることによってシンクロ率を高め、戦い方そのものを彼自身が学ぶのだ。
「神霊におんぶにだっこ‥‥もう終わりだ」
 ぐっと拳を握りしめる。


「破っ!」
 唸りをあげる青龍偃月刀。
 大気分子すら両断するように。
 だが、
『遅い。動作の後に左脇ががらあきだ』
 脳裏に響く声。
 関羽。字を雲長という豪傑の思念だ。
 中国は三国時代の英雄で日本人にも馴染みが深く、中華街などにある関帝廟は、この関羽を神格化して祀ったものである。
「わかってる。雲長」
 字で呼び、幾度も幾度も同じ動作を繰り返す不動。
 ちなみに関羽と姓名で呼んで良いのは、上司とか主君とか親とか、はっきりと目上の者だけである。同格なら関雲長と姓と字、あるいは雲長と字呼ぶ。目下ならば、関将軍と官位や役職などで呼ぶのが普通だ。
 不動の場合は同格の友として降霊しているから、雲長という呼び名になるのである。
 また、字は表字ともいって名に対応したものが多い。
 関羽の場合は、羽と雲が対応している。
 宋時代の有名な武将、岳飛の字は鵬挙といって、飛と鵬が対応して飛び立つおおとりという意味になる。
「はぁはぁ‥‥」
『息を上げるのはまだはやい。戦場で動きを止めるな』
『速い攻撃より正確な攻撃を心がけよ。空撃の後は必ず隙ができる』
『直線的に動いては駄目だ。動きは常に円。円を想定してその上を移動するのだ』
 次々と檄が飛ぶ。
「わかってる」
 真剣な顔で答える不動。
 完全に降ろせば、関羽は不動の肉体をベースにして思う通りに動ける。
 が、やはり生身の肉体である以上、限界があるのは事実だ。
 不動の運動能力を大きく超えた力は出せない。仮に出したとしても、極短時間に過ぎないし、後遺症の心配もある。
「俺自身が強くならないと‥‥」
 それは決意。
 もう、足引っ張りはごめんだ。
 黙々と偃月刀を振る少年。
 たおやかな夜の姫と付き従う眷属たちが、無言のまま修行を見つめていた。











                      おわり


PCシチュエーションノベル(シングル) -
水上雪乃 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年07月13日

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