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『鑑定的邂逅 』
四宮・灯火3041)&マリィ・クライス(2438)


 この街は午前零時を過ぎても『夜』が訪れない。
 だがそのかわり、闇がひそかに生まれてはわだかまり、そこかしこでひっそりと息づいている。
 そうして都市伝説と呼ばれるものもまた虚と実の狭間で揺れ動くのだ。


 あの方はどこへ……


 募り続ける大切な少女への思慕を抱いて、四宮灯火は真夜中の東京をふらふらと歩き続ける。
 十歳ほどの子供を模った彼女は人ならざる身でそこに在る。
 ほのかな香を漂わせる上質の木を削り、職人の手によって生み出された有機と無機とで構成された身体。
 それは本来ケースに収められるべきものでしかなかった。
 誰かの手に委ねられ、ガラスを隔てた場所から愛でられるだけの存在でしかなかった。
 だが―――
「―――様……今、何処に……」
 物憂げだけれど穏やかな瞳。髪を梳き、触れる指。そこから伝わるあの少女の温度が、傾けられた優しさと言葉が、灯火の中に降り積もっていた。
 それはやがて確かな存在としてカタチを成し、大切な存在が失われた時、チカラへと変わった。
 今の灯火は人形でありながら人形ではない。
 意思を持ち、自らこの手で求めることが出来る。
 愛しい人。
 ただひとり自身の所有者と決めた人。
「何処へ……貴女様は…何処においでなのでしょう…か………」
 会いたくて。
 会いたくて。
 ただそれだけを望んでここにいる。
 あの人のためだけに、風雨に晒されて汚れる自身を厭わずに。
 そして今日も人気のない河原をひたすら磨り減った下駄を引き摺りながら彷徨い歩くのだ。
 足元で砂利が鳴り、僅かに茂る草花が風にそよぐ静謐な闇の中で、妖の存在はただひとりの名を紡ぎ続ける。
「うふふ。みぃつけたっ!」
「――――?」
 だがその小さく華奢な躰が、不意に何者かによって後ろから抱きしめられた。
 近付く気配など一切の予兆を灯火は感じることが出来なかったのだ。
「探したよ。まさかこんなに時間が掛かるとは思わなかったけどね」
 くすくすとまるで子供のように楽しげな笑みをこぼしながら、腕の主は肩に手を置くと、灯火の身体をくるりと反転させる。
 一体何がしたいのかと見上げたその先には豊かな黒髪が揺れ、澄んだ金の瞳が閃いていた。
「ふうん……?」
 がっしりと肩を掴んだまま、彼女は一歩足を引いて『灯火』を上から下までじっくりと眺め回す。
「いい仕事をしてるみたいだねぇ。精密さが全然違う」
 この手の視線の意味ならば知っている。
 鑑定……またの名を値踏み、と言っただろうか。
 あの人から引き離された自分を手にした老人も、やはり今の彼女と同じように細部に渡るまでを眺め、触れた。
 あの頃はまだ、自分はただの物言わぬ人形であった。
 けれど今は、自らの意思で彷徨い歩く。
 そして、あの頃はまだ少女の愛情によってきれいに全身を整えられていた。
 けれど今は――露出された肌のところどころに疵がつき汚れてしまった。黒髪はざらつき絡まったまま。まとう着物は泥にまみれ色褪せてしまっている。
 それら全てによって本来の価値を失った日本人形を一体どうしようというのか。
「材料もかなり厳選しているし……ふうん……」
 いや、それよりも。
 一刻も早く、自分はあの方を探しに行かなくては。
 ヒトの手が想いを注いで作り出したモノたちにあの少女の居場所を問いながら。
 あの方を見つけ出して、あの方に自分の名を呼んでもらいたい。
 だが、肩に掛けられた彼女の手を払いのける力は自分にはないと何故か確信している。
 そして離して欲しいと望んでも、彼女はきっと簡単にはそれを聞き届けないだろうことも。
「…………」
 だから灯火は一切の言葉を発しないまま、その場から空間を越えて消失する。
「あら?」
 唐突に手の中が空になり、彼女は驚きの声を上げたらしい。
 だが既に河を挟んだこちら側へと移動を果たした灯火にその声は届かない。
 そうして一連の出来事全てを何事もなかったかのように置き去りにして、再び『あの人』に続いているだろうこの道を辿り始める。
「ちょっと待ちなさいって」
 ざっ、と、地を蹴る音に振り返れば――飛沫を上げる水面を、肢体を月光に浮かび上がらせて跳躍する彼女がいた。
 それはまるで一頭のしなやかな獣にも似て。
 無駄のない動きですとんと灯火の目の前に着地した。
「アンタ、私の店に来ない?骨董屋をやってるんだけど、丁度手伝いが欲しかったところでね」
 そして正面に回りこむと、艶やかな唇にゆったりとした笑みを浮かべて目を細めた。
「気に入ったよ。アンタの何もかも全部。特に……そうだねぇ、その瞳。海でも空でもない、哀しい青が魅力的だ」
 ヒトではない気配をまとう、かつて人であったものが人差し指で灯火の顎を掬い上げ、人ならざる意思を宿す人形の瞳を覗き込んだ。
「どう?ちょっと雇われてみないかい?」
 まっすぐに交わる視線。
 透き通るようなガラス玉の瞳と深淵を抱えた月のような瞳が、まるで互いの奥底に秘める何事かを探るごとく見詰め合う。
 ひっそりと沈黙が降りてくる。
 河のせせらぎとリンと鳴る虫の音だけが2人の間を埋め、その他の一切が彼女たちの時間を邪魔しない。
 だがそれは、少女人形の呟きによってぷつりと途切れた。
「………貴女様は……あの方では、ございません…から……」
 あの人を探す旅路を、ここでやめるわけにはいかない。
 繋がる視線を自ら外して首を横に振ると、灯火は再びその姿を闇の中へ消そうと意識を内側へ向けた。
 しかし、
「宛てもないのに本当に見つけられるの、四宮灯火?しかもアンタの身体はもう限界じゃないか」
 唐突に降ってきた言葉にぴくりと肩が反応してしまう。
 明かしていない自分の名をわざわざ言い当て、彼女はもう一度目を細めて艶やかに笑った。
「関節部分も随分傷んでいるし、下駄だってもうすぐ鼻緒が切れるだろうね。もしもアンタの体が壊れたら、誰が『治して』くれるんだい?」
 ゆっくりと伸ばされた彼女の腕が、再び少女人形の身体を捕らえた。
「私にならアンタの汚れた肌もきれいに出来るし、傷んだ部分だって治せる。着物だって色鮮やかなものに変えられる。寝床だって提供できる。それに、なにより」
 そこで一度言葉を切り、効果を窺うようにわざとゆっくり彼女は続ける。
「情報に関しては実にいい仕入先があるんだけど、ね」
「……情…報……」
「どうだい?悪い話じゃないだろ、灯火?」
 唇が、瞳が、指先が、動かないはずの意思を絡め取っていく。
 揺らぐ。
 惑う。
 彼女の誘いに応えてみたくなる。
 魅了の能力を持つはずの灯火が、逆に彼女に魅了されていた。
「何故、わたくしを……お求めに、なられるの…ですか……?」
 だから、そろりと問いを投げ返すのだ。
 何故、と。
「ん?いや、面白い噂を聞いたんだよ、ウチの客からさ。それで興味を持ったってのが最初だったかね?」
「噂……でございます、か……?」
「そう、噂。日本人形がね、毎夜毎夜彷徨ってるってのを聞いたんだってさ」
 くすくすと楽しげに笑いながら、彼女は人差し指を左右に振りながら記憶を辿ってみせる。
 それがどこか妙に子供じみた仕草のように灯火の目には映った。
「それで彼も人形の目撃情報を元に探してみたけど見つからない。それでも見たって人は後を絶たなかった、そんな話をしてくれたのさ。それで私もね、ついつい確かめてみたくなったんだねぇ」
 悪戯好きの少女のような、『好奇心』と呼ばれるものに彩られた瞳がくるりと回る。
 語る口調が、艶を含むその外見とは裏腹で、それが聞くものにひどくアンバランスな印象を与えていた。
「で、ちょっとだけ『目』を凝らした。そうしたら月の下で河原をふらふら歩いてるアンタを見つけたってわけだね。噂通り本当にきれいな少女だった」
「物珍しさ…から、で……ございます…か……?」
 蒐集家と呼ばれる人間達がこぞって自分を褒め称えた。
 それは灯火自身ではなく、灯火に刻まれた職人の名に対する賞賛であったと今なら分かる。
 それはそれで構わなかった。
 どれほど他者に望まれても、あの愛しいヒトの元以外は自分には何の意味もないのだから。
 灯火は自身の中でこの女性に覚えた揺らぎのようなものがゆっくりと消失していくのを感じる。
 そうだ。
 やはり自分はあの方を目指さなくてはいけないのだから。
 彼女の手を取ることなどしない方がいい――――
「話はまだ途中だよ、灯火」
 離れ始めた灯火の心を敏感に察したかのごとく響く声。
「一目惚れしたんだよ、アンタに。私は。さっきも言ったと思うんだけどね?その哀しい青の瞳も、内に秘める魂も、何もかもが気に入った。そして、アンタが望むものを得られた瞬間にどれだけ輝くのかを見てみたい。そう思ったんだよ、灯火」
 こちらに合わせて屈みこみ、覗き込む瞳。語りかけられた言葉が、少女への想いでのみ充たされている灯火の中に浸透する。
 一度は離れた灯火の心を、彼女はもう一度引き寄せる。
「どう?ウチに来る気になった?」
 再び、揺らぎだす。
 自分の所有者はあの儚げでやわらかな少女ただひとり。
 だが、あの人を探すために彼女についていくことは間違いではない気がした。
 差し伸べられたその手に応えてもいいかもしれないと、ほんの少しだが思うことができた。
 だから、無言のままコクリと小さく頷く。
 そうして嬉しそうに笑った彼女の後ろにふらふらとつき従った。
 水面に映る月の光に照らされながら歩く2人の髪を風が撫で、草花が足元をくすぐる。
 穏やかな沈黙。
 緩やかに流れを変えた世界。
「ああ、そうだ。自己紹介が遅れたね」
 ふと思いついたかのように足を止め、彼女は灯火を振り返った。
「私はマリィ・クライス。骨董品屋『神影』の店主をしている。黒服のでっかい狼男がたまに出入りしてるよ。ま、アンタが来てくれたらあの子の出番もだいぶ減るけどね」
「……マリィ・クライス…様……」
 口の中で繰り返す。
 あの方以外で初めて口にする名。
 空から注がれる光とそこから生み出される影が、動かないはずの灯火の顔に表情を作る。
 それはひそやかな、まるで微笑を浮かべているかのようなもの。
 そうして。
 闇の街を彷徨う人形は、幻惑の衣をまとい、闇を渡る人ならざるものに連れられて都市伝説の虚から姿を消した。


 会いたい。
 愛しい人に会いたい。
 いつかわたくしは貴女様のもとへ――――




END
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
高槻ひかる クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年07月12日

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