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『サムシングブルーの行方 』
ウィン・ルクセンブルク1588)&桐生・アンリ(1439)


 黒のモーニングを着た彼は、
「絶対そんなの嫌だ」
ウィン・ルクセンブルク(うぃん・るくせんぶるく)がひょんなきっかけで入手してきたいわく付きのアレを見てきっぱりはっきりそう即答した。
 ウィンが先日月刊アトラス編集部の依頼絡みで入手しわざわざ式の会場でありウィンの実家であるところのドイツまで遠路遥々飛行機に乗りやって来た花婿用のサムシングブルーとか言うご大層な品であるにもかかわらず彼は嫌だと言うのだ。
「でもね、花婿用のサムシングブルーだからと思ってお願いして貰ってきたのに……」
 それに、これって日本人男性の魂みたいなものなんでしょ?と、頑なに誇示する婚約者―――数時間後には伴侶となるのだが―――が理解出来ず小さく首をかしげた。
 だが、現代日本の男性でアレを日常つけている人と言うのは実際どれくらいの人数が居るのか―――ウィンも先日のアトラス編集部で犠牲になった男性人の反応を見て理解してもよさそうであるのだが、何せ結婚目前幸せフィルターが何重にもかかった女性にあの惨劇を正しく理解しろと言う方が無理なのかもしれない。
「いったい、ウィンはどこでそんなことを学んできたんだよ?」
「もちろん大学に決まってるじゃない。私こう見えても文化人類学のゼミに所属してたのよ。あなただって知ってるでしょ」
 やぁねぇ、とウィンはくすくすと笑う。
 きっと、彼は数時間後にせまった式に対する緊張が彼のこの反応になっているに違いないと心底思い込んでいた。
「そんなに緊張しなくていいのよ。そりゃあ、ちょっと大人数かもしれないけれど、日本からも大勢の友人が来てくれるんだから」
 確かに、彼は緊張してはいたが、アレに関しては緊張とは全く関係のないものである。
 彼は彼女のゼミの教授の顔を思い出して心底恨んだ。
 もちろん、彼女にこんなものを貸したアトラス編集部の面々に対しても同類の恨みを抱いたのは無理もないだろう。
「とにかく褌なんていやだ〜」
とにかく激しく彼は抵抗する。
 最後には彼は自分が褌か式の2択をウィンに迫って来た。
 褌はして欲しいが、そんなものよりも親族への紹介の意味合いも深いこの結婚式。更に言うならば、知人である某財閥総帥が厚意で自家用ジェットをドイツに手配してくれた為、日本からも大勢の友人たちが出席してくれる披露宴を中止するなんてことが出来るはずもない。


 こうしてウィンの夢はあっさりと潰えたのである―――


■■■■■


 さっきまで居た家族は披露宴となるガーデンパーティの準備の最終チェックに行ってしまい、ウィンは控え室で一人鏡台の前に座っていた。
 鏡に映ったウィンはオーガンジーを何枚か重ね床に着くくらい長いベール。胸から腰まではぴったりとフィットして腰から下は丸みを帯びてふんわりとした真っ白な花弁を何枚も重ねたようなティアードスカートになっているウェディングドレスを身に纏っている。
そのドレスは当然彼女のためにつくられたオーダーメイドで彼女の美しさを一段と引き立てていた。
 褌については結局両者の間で妥協というかなんと言うか……まぁ、とにかく交渉は終了したのだが、ウィンはいまいち諦めきれない様子で花嫁控え室の鏡台の上に置いてある綺麗に畳んだ青色のそれを見つめる。
 ウィンが、それを見ながら小さくため息をついた時に控えめなノックの音が聞こえた。
「はい、どうぞ」
 ウィンがそういうと、ゆっくりと花嫁控え室に現れたその人にウィンはドレス姿で振り返る。
 そこに現れたのは日に焼けた小麦色の肌にいつものラフなノーネクタイ姿のウィンの所属している文化人類学のゼミの教授である桐生アンリ(きりゅう・あんり)―――ウィンに間違った日本人男性と褌の関係を教えた張本人であった。
「本日はおめでとうございます」
 すっかり日本の文化にかぶれているアンリはウィンに向かってわざわざ日本語でそう言った。
「いえ。わざわざ遠方までご足労いただいてありがとうございます」
 ウィンは本日のホストとしてそう答えを返した。
「しかし、こんな日に主役がため息なんて……穏やかではないのではないかい?」
 ウィンがため息をついたのは彼がノックをする前で、当然、アンリがその姿を見たわけではないのにそれを言い当てられてウィンは少し驚いた顔をした。
「その顔は……当たったようだね」
 そう言われて、ウィンはようやく自分がカマをかけられたのだと始めて気付いた。
「全く先生ったら、文化人類学じゃなくて心理学に転向できるんじゃないですか」
と、ウィンが小さく笑うと、
「そうそう。花嫁には笑顔が一番だ」
と、アンリはウィンの笑顔を見て満足そうに頷いた。
 そして、ごほんとわざとらしく大きく咳払いしたアンリは、
「さっきちょっと小耳に挟んだのだが……」
と言うと、彼はちらっと部屋を見回して鏡台の上のそれに目を止めた。
 アンリの視線が青い褌の上で見事に止まったのに気付いたウィンはドレスの裾に気をつけて椅子から立ち上がりそれを手に取った。
「えぇ、これが花婿用のサムシングブルー……青い褌です」
 さすがに晴れの日のものであるらしく上等な絹で作られているらしい褌はするりと音もなくすべるようにウィンの手によって解かれて部屋の中に靡いた。
「……す―――素晴らしい!」
 アンリはウィンの元へ―――もとい、褌の元へ駆け寄った。
「手にとって見てもいいかな?」
「もちろんです」
 渡された褌をアンリは裏から表から検分し始めた。そして、満足するまで眺めた後、再び、
「いや、本当に素晴らしいよこれは。これを身に着けて君のように美しい花嫁と家族を得る彼は本当に幸せ者だ!」
 アンリの声は興奮を抑えきれないようにそう言う。
「でも、彼、絶対これは着けたくないって……これを着けるんだったら披露宴には出ないって言うので―――」
「なんだって!嘆かわしい」
 アンリの顔は心底残念そうな顔をしてウィンの顔を見る。
「えぇ、私も残念なんですけど仕方ないですわ」
 そういってウィンはアンリ同様心の底から残念だと思っていたのだがその気持ちを押し隠して微笑んだ。
「ウィン君、折り入ってお願いがある。この褌、私に譲って貰えないだろうか?」
「え?」
 唐突と言えば唐突なアンリの台詞に再びウィンは少し驚いた顔をしたが、直ぐに、
「えぇ、もちろんですわ」
 自分の彼が着けてくれなかったのは残念だが、きっとアンリなら自分の結婚式にそれを身に着けてくれるだろう。
 アンリと彼の恋人である自分の親友の彼女の結婚式を想像する。
 その時、
「ウィン、そろそろだぞ」
と、ウィンを呼びに彼女の兄とそして本日のもう一人の主役である彼が現れた。
「では、私はこれで失礼するよ」
 アンリは軽くウィンの兄に目礼をし、彼にもおめでとうと告げて部屋を出て行く。
「先生!」
と、ウィンは彼を呼び止めた。
「その時はぜひ当家でお願いしますわ」
 ウィンは母から譲り受ける予定であるこの古城ホテルの後継者らしくそう言った。
「勿論だとも」
 アンリは振り返ってそう言った。
 去って行くアンリを見送って、ウィンはそれが遠くない未来であるように願う。


 式の開始を告げるように、チャペルの鐘が鳴り響く。
「さ、行こうか?」
 アンリの背中が見えなくなった所で彼がウィンに手を差し出した。
「はい、旦那様」
 ウィンはそういって彼の手を取る。この手を離さないで歩いて行こう。この先もずっと―――そう心に誓いながら。


PCシチュエーションノベル(ツイン) -
遠野藍子 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年07月12日

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