▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『ぎゃくしゅうのふじょうり 』
露樹・八重1009



 嫌煙権、というものがある。
 ようするに、
「タバコは嫌いだから私の側で吸うんじゃねぇっ」
 という主張だ。
 気持ちは判らなくもないが、じゃあ愛煙家の立場は? と、問いたくなってしまう。
 マナーを守っている愛煙家がほとんどなのに。
「一部のマナーの悪い奴のせいで、どんどんタバコ吸いの立場が悪くなるんだよなぁ」
 ぶつぶつ言いながら通りを歩く男。
 草間武彦という。
 ちいさな興信所を経営していたりする。
 いわゆる一国一城の主だ。ちゃんと従業員だって雇っている。
 それなのに。
 それなのにそれなのにそれなのに。
「なーんで自分で買いに行かないといけないんだ」
 文句を言っても無駄。
 奥さんも妹も買ってきてくれないのだから仕方がない。
「家長なのに‥‥」
 カートンのマルボロを小脇に抱えた探偵さん。
 自分の事務所が入っているオンポロビルの階段を上る。
「なんで四階なんだ‥‥うちの事務所は‥‥」
 もう挫けそうだ。
 このくそ暑いなか、なんだってえっちらおっちら階段を上らなくてはいけない。
 ゴルゴダの丘へと向かうジーザスみたいな気分だ。
 おおげさである。
「あぢー‥‥」
 弱音を吐いてる草間が三階を通り抜けたとき、ぽすっと軽い音を立てて、頭に何かが当たる。
「なんだ?」
 しゃがみこんで、振ってきたものを拾ってみる。
「菓子の包み紙だな‥‥って」
 ぽすぽすぽすぽす。
 言ってる側から、どんどん振ってくる丸められた包み紙。
 鬱陶しいことこの上ない。
「なんなんだっ!」
 屹っと上を睨みつける草間の顔に、
「めけっ」
 包み紙よりさらに大きい紙箱が命中した。
「くぬやろーっ!」
 怒ってる怒ってる。
 怒りつつも床に落ちた紙たちをしっかり拾うのは、妹の薫陶よろしきを得ているからだろうか。
 まあ、ようするに、散らかすと怒られるのだ。
「この不条理妖精っ! なにしやがるっ!!」
「じごうじとくなのでぇす」
 降りかかる声。
 階段の上に、ちっこい女の子がいる。
 一〇センチくらいの身長で、しかも背中に黒い羽があったりする。
 こんな人間は滅多にいない。
「滅多にじゃなくて、絶対だっ!!」
 熱心に主張する三〇男。
 それはいいとして。
「いいのかよ‥‥」
 ナイガシロにされた草間の嘆きである。哀れなことだ。
 彼女の名は露樹八重。
 腰に手を当てて怒っている。
「よくもあたしを置いていったでぇすねっ」
「はぁ?」
「はぁ? じゃないでぇす」
 言うがはやいか、ばっと身を躍らせる八重。
 右手にもった爪楊枝が、聖剣エクスカリバーのように閃いた。
「あたっ!? やめっ!? そこはダメぽ!」
 情けない悲鳴の草間。
 もちろん状況は、悲鳴よりもっとずっと情けない。
「あたしだって北海道に行きたかったのでぇすっ」
 ぷすぷすぷす。
「はうはうはう」
 ようするに、この前の北海道での仕事に同行ではなかったことを怒っているのだろう。
 不条理食欲妖精にしてみれば、美味しいものを食べる機会をみすみす逃したことになる。
 そりゃ怒りもしますよ。
 かなり得手勝手な理屈だが、そんなことを気にする八重ではない。
「あたしだって一緒に行きたかったのでぇす」
「逝きたかった?」
「おぢちゃだけ勝手に死ねばいいのでぇす」
「おおぅっ」
 攻防が繰り返される。
 わりと日常の光景だが、最後には八重が泣き出してしまった。
 こうなると男は弱い。一応、フェミニストを自称している草間としては、
「判ったよ。じゃあ遊んでやるから‥‥」
 答えざるを得なかったりします。
 もちろん彼は、妖精がにやりとほくそ笑んだことを知らない。


 普通、男が女を遊びに誘うとすれば、色恋が絡むことは疑いない。
 が、相手が小学生くらいの女の子では、純粋に辞書的な意味での遊びしか選択できない。
 できないはずだ。
 しかし、そこは怪奇探偵と不条理妖精。
 ただでは済まないのである。
「音がうねさいでぇす!!!」
 怒鳴る八重。
「ああっ!?」
 問い返す草間。
 彼らは今、パチンコ屋にいる。
 パーラーだのアミューズメントパークだのといういい方もあるが、そかんにおしゃれなものでもなかろう。
 鳴り響く軍艦マーチ。
「まもるもせめるもくろがねのー♪」
「歌わなくていいのでぇす」
 そもそもなんで草間が軍歌なんぞ知っているかがなぞだ。
 むしろ、パチンコ屋に遊びに来るな、という説もある。
 なんというか、教育上よろしくないが、じつは八重が望んだのだ。せいぜい脹らんでも小学生くらいの大きさくらいにしかなれない彼女にとっては、パチンコ屋も場外馬券場もラブホテルも未知の領域。
 ワンダーランドなのだ。
「なんかヤなたとえなのでぇす‥‥」
「お。きたきたききたきたっ!」
 八重の苦情もどこ吹く風。リーチのかかった草間が目の色を変える。
「こいこいこいこいっ!」
「無理でぇすね」
 冷たく言い放ったりして。
 事実、そう滅多に当たるわけはない。ギャンブルは甘くないのだ。
 それでも、三時間ほどは遊んだだろうか。
 結局四万円ほど負けた草間が、八重とともに店を出た。
 夕日が照らす。
「あんまり面白くなかったでぇすね」
「ああ‥‥まったくだ‥‥」
 げっそり呟く怪奇探偵。
 気持ちは判らなくもない。
 どこまでも澄んだ空。
 赤く赤く。
 哀しいまでに綺麗だった。


  エピローグ

 意気消沈して帰ってきた草間と八重。
 事務所に詰めていた所員たちの視線が集中する。
 痛いこと痛いこと。
「おおぅ。視線が刺さってるのでぇす」
 面食らう不条理妖精。
 まあ、事情を知らないのだから仕方がない。
 ちなみに草間には判っている。
 彼はタバコを買いに行くといって事務所を出た。就業中に。
 デスクの上には彼の決済を待っている書類たちが、たくさんあった。
 にもかかわらず、そのまま三時間以上戻らなかったのだ。
 当然のように業務は滞りまくっている。
「とまあ、そういう次第だ。八重くん」
 えらそうに説明する怪奇探偵。
「まいなす三〇〇点でぇす」
 ぷすっと。
 爪楊枝が三〇男の脳天に突き刺さった。












                       おわり


PCシチュエーションノベル(シングル) -
水上雪乃 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年07月06日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.