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『無限なる光陰。 』
高台寺・孔志2936)&橘・巳影(2842)


 俺は忘れはしないだろう。この記憶を。閉じ込めてしまおうとも、決して忘れたりはしない。

 あれからどれ程の時間が流れたのか。永劫ともとれるその刻の流れに逆らうことも無く、俺とお前は次の生を受ける為に、時空の波を泳ぐ。
 お前とともに走りぬいた『幕末』という舞台から…。
 袂を分かつとき、止めることの出来なかった現実。『時代の流れ』と片付けてしまうのはあまりにも厳しい。
 『同胞』という言葉以前に、『友情』が存在した。それに勝るものは無いと思っていた。しかし…規律がそれを見事に分断する。
 食い違った想い。そこから生まれた疑念。正すことの出来なかった俺。そして信じられなくなり離れていったお前。負い目は、ずっと俺の中で喰らいついて離れようとはしなかった。
 あの、満月の夜。
 厳しい寒さの中で、降り続ける真白の雪が、まるで桜吹雪が舞うかのごとく、俺の目の前を掠めていた。
 喧騒など、珍しいことではない。世の変化が訪れるとき、争いなど、避けて通ることなど出来ないものだ。そしてそこに、お前は居た。
 同胞が、こっそりと逃がそうとしたのは知っていた。だから俺はそれでお前が逃げ切れると、心の奥底で、安堵していたのかもしれない。もしあの時、俺が、その場に居たのなら。
 若い奴等にお前が額を割られるなど、無かったのだろうか。救えたのだろうか。
 分断され、立場を替えられてしまってからは、会うことなど適わなかった、時代。再会が、今生の別れの時、などと言うのは、予め用意されていたかのような、位置だ。
 血を流しながら俺を見上げるお前。俺はお前の目に、どう映っていた?何かの間違えてあればいいと、お前の姿を確認した時でさえ、そう願わずにはいられなかった。
 雪が、静かに降り続ける中。時間さえ、ゆっくりと流れていくように思えた。
 最期を悟ったお前は、武士なら武士らしくと、切腹をその口から漏らしていた。だから介錯は、俺が名乗り出た。
 お前はあの時、その心の中で何を思っていた? 自分で腹を割き、俺がお前の血を浴びるその瞬間まで、何を心に描いていた? …俺を、恨んでいたのだろうか…?
 ごとん、と聞きなれた音が、しかし、何度聞いても嫌な重い音が、俺の意識を呼び戻した。その時には、お前はもうすでにこの世から居なくなっていた。お前が物言わぬ躯になって、はじめて俺は、心からの焦りを感じたんだ。だから冷たくなっていくお前の体を抱きしめたまま、いつか小耳に挟んだ、怪しげな術を使う人間の元へと足を運んでいた。自分の着物が、血で染まっていく事等、気にも留めずに。ただ失われていく、体温。それだけが、俺の焦燥感を募らせていくばかりだった。
 お前と、もう一度。
 一瞬でもいい、静かに穏やかな心で、話をしたかった。出来ることなら再び、共に走ることを願った。
「―――よろしいですね? 例えどんな結果になろうとも、私は責任を取れませんよ」
 暗闇の中。
 そう言ったのは、例の怪しげな術師…世に聞く『陰陽師』のものだった。
 お前が還ってくるのなら、どうなってもいいとさえ、思えた。だから俺は、自分の体を差し出した。陰陽師の間で禁忌とされている術は、発動した後が恐ろしいのだと、その術師が言ったからだ。
 『反魂』――というものらしい。十種の瑞宝を用意し、祓詞というものを唱える。俺はもともとそんな怪しげな占術の類など信じるほうでなかったが、この時ばかりは何でも縋れるような気がした。
「もう一度、伺います。よろしいですね?」
 術師が、確認を促す。それは、失敗を覚悟しろ、と言う言葉だったのだろう。
「――高天原に神留り坐す 皇親神漏岐神漏美の命以ちて 皇神等の鋳顕はし給ふ…」
 術師の発した言葉が、何か気を遠くされる『何か』に感じてならなかった。長い、とても長い時間がかかっているかのような、錯覚…。
「…一二三四五六七八九十と唱へつつ 布瑠部由良由良と布瑠部…」
 経のようであって、それも違う。強い護摩が炊かれる中で、俺は頭がグラグラとし始めているのにも、どうすることも出来ずにそれを見守っていた。
 その後の俺の記憶は、曖昧でしかない。
 嵐の如く、吹き荒れる何か。
 おぞましい気配。
 迫り来る鬼のような顔…。
「――万鬼降伏!!」
 術師が何かを叫んでいた。責任は取れない、と言っていたものの、何かと応戦していたように、思える。
 失敗、したのだと。
 そう冷静に頭の整理がついたのは、どれ程の時間が経っての、事だったのだろう。俺の額に焼きつくような、物。それすら確認出来ずに、俺は波に飲まれたかのような感覚に、陥っていた。
 最期に見たのは、見事なまでの、満月。雪が降っているのに、何故荒れほどまでの月が見えていたのだろう。それはまるで、俺をずっと見ている、と言わんばかりの、紅い輝きを、放っていた…。そこで俺も、儚くなったのだろう。
 もっとお前と走りたかった。
 もっとお前といろんな物を目にしたかった。移り行く時代を、共に渡り歩きたかった…。
 そんな、俺の想いは、届けられたのだろうか?

「…………」

 次に目を開いたときには、俺は全く別の時代へと、生まれ変わったときだった。
 幼い、俺。それでも何かを求めるように、心の中で探りをやめる事は無かった。
 …そう、お前の魂を、探していたんだ。
「お前の従妹だよ。巳影と言う。…抱いてごらん?」
 にこにこと笑う、叔父夫婦。俺は叔母の腕に抱かれている赤子に、手を伸ばした。可愛らしい、女の赤子だった。
 すっぽりと俺の腕に納まる、体の重み。従妹言う位置の、存在。
 そこから生まれてくる、俺の心の中での、『何か』。
 瞬間、俺の涙腺は一気に緩み、涙をボロボロと溢れさせていた。それを見て、戸惑う叔父夫婦。
 何故、泣けたのか。
 俺には解らなかった。何も解らないまま、俺は声を上げて、泣いていた。腕の中の赤子は、そんな俺に怯えることも無く、笑って見せた。そして…俺の額を撫でるかのように、触ってくれた。無邪気に、笑いながら。

 見つけたよ。
 お前を。
 
 それでも『俺』はまだ、新しい魂の中で、眠っていよう。
 忘れているわけでは、無いよ。きちんと憶えている、あの雪も、そして紅い満月も。
 今は眠るだけだ。『新しい俺』の中で。例えお前が気がついていようとも、俺はまだ眠り続ける。呼び戻される日まで。
 お前に、呼ばれる日まで。
 

-了-

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高台寺・孔志さま&橘・巳影さま

初めまして、ライターの桐岬です。
今回はご指名いただき有難うございました。
お二人の過去から現世へ、と言う事でしたのでこういう形でまとめさせて頂きましたが
如何でしたでしょうか…?少しでも、ご期待に応えられているといいのですが…。

よろしければ、ご感想など、聞かせていただけると幸いです。今後の参考にさせていただきます。
今回は本当に、有難うございました。

※誤字脱字がありました場合、申し訳ありません。

桐岬 美沖。

 
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
朱園ハルヒ クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年07月05日

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