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『shared understanding 』
カール・バルク0396)&真咲・水無瀬(0139)

「おや、奇遇だね」
カール・バルクは人混みの中から見つけ出す…必要もない程に人目を惹いて止まないその後ろ姿に声を掛けた。
「……お前か」
銜え煙草を揺らしてカールを一瞥し、真咲水無瀬は渋面を浮かべて足を止めた。
 向けられるあからさまな不機嫌を柳に風と受け流し、カールは空の色を映し込んだような青の眼を細めて笑んだ。
「相変わらず綺麗な仏頂面だ」
対する真咲は闇を凝めて光を含む、上質のオニキスの瞳に針先のように一点、鋭く剣呑な光を浮かべたが、携帯灰皿に煙草をねじ込み新たな一本に火を点す動作にそれを紛らせる。
「まるで子を抱えた猫だね。地獄の帰りかな?」
ぴりぴりと触れれば静電気が生じそうな真咲に、カールはくすりと笑った。
 天国か、地獄か。
 表の顔はスラムで一級の娼館、裏では有名な非合法の商売を取り扱う店の符丁を知って比喩とする、それがカールもまた裏社会に精通するを示している。
「けれど朝帰りは感心しないね。睡眠はきちんと取らないと……一つのミスでも命取りだろう? 君は特に」
医者の顔で諫められ、真咲は煩わしそうに眉を顰めた…ほとんど同じ内容の説教を日常的に身内の医師から食らっていれば、耳新しさがないだけにうっとうしいだけだ。
「そういうお前はどうなんだ」
深夜に徘徊はすれども早朝に出歩くタイプではない、と踏んで混ぜっ返す。
 同じ穴の狢なら口うるさく言われる筋合いは全くない、という言下の主張にカールは腕に抱えた紙袋を揺らした。
「私かい? 私は夕食の買い出しにね」
小鳥の鳴き声も涼やかな早朝である。
 長身のカールが胸に抱えた袋の中身は伺えず、真咲は取り繕ったとしか思えぬ言を咎める気力を無くして沈黙する。
 その呆れをふんだんに含んだ眼差しを受けて、カールはほんのり笑って紙袋を口を開けた。
「早朝の市の野菜は、採れたてで新鮮な物が多いからね」
熟したトマトが真っ赤な顔を覗かせるのに、言葉は途端に真実味を持つ。
 スラムの市は商業許可など何処吹く風で、付近の農家が自作の野菜を路端で売りさばいている。
 それをなんとなく市と称しているだけの場所は、利潤がそのまま制作者の懐に入る為か新鮮な上格安だ。
「倹約が必要な程仕事に困っているのか? 信用第一の商売を営んでいるのがお前じゃな」
カールが診療所兼住居を構える地区からは少し距離がある…それだけが理由ではあるまいとという勘ぐりに嫌味を込めた真咲に、カールは笑みを深めた。
「出来るだけ美味しい物を口に入れてあげたくてね。実際、美味しそうに食べてくれるから、作り甲斐があるというものだよ」
さしたる固有名詞を含まないが、その柔らかな声と表情に真咲は一人の人物に思い当たる。
「……アイツか」
思い浮かべた金と銀の瞳を持つ青年の人懐っこさが危険域であるのを思い知ったのは、この医師と縁が出来たと聞いた時だ。
 以来、どんな美味しい物を食べさせてくれると言っても知らない人について行ってはいけないと事ある毎、口を酸っぱくしているのでが、知っている相手に美味しい物をご馳走になりに行くのを止める術はない。
「……餌付けはいいが。お前こそアイツをちゃんと寝かせてるのか? ミッションに響くような真似はするなよ」
「バランスの良い食事に程よい運動、快適な睡眠で健康を保つ一助になっていると思うよ」
その程よい運動が大問題なのでは、と思うのだが本人同士の問題に嘴を突っ込むのはただのお節介でしかない。
「……お前の言う運動、が問題なんだろうが」
 せいぜい、それぞれに釘を刺しておく、程度の事しか出来ず真咲は益々渋面になる。
「そうは言うけれどね。私の所に彼が来るより君達と共にする時間の方が圧倒的に多いのだから。限られた、時なら有意義に濃厚に、過ごしたいのが人情というものだろう?」
とくとくと語られるのに、げんなりと真咲は肩を落とした。
「お前が人情を説くな……本人がそれでいいなら俺に口出しできる事じゃないが」
充分口出してた。
 と、思いつつもカールは心中と裏腹の笑みを保つ。
「それで?」
不意に促されて、カールは首を傾げる。
「ん?」
それは何処か話題に主に影響を受けた動作だな、と内心に苦笑するカールの肩の向こうに視線をやり、真咲は言葉を重ねた。
「そこの客はお前の、だろう?」
 背後に立った複数人……三人、から漂う独特の香は、硝煙の臭い。
 拭おうとも身に染みるそれは、武器の扱いが長けた者が纏う独特の気配、そのもののようにどんな扮装をしていても滲んで拭えない。
「さあ? 君にじゃないかな。私はそれほどもてないから」
「こんな品のない知り合いは居ないな」
微笑みを変えぬカールの呟きに、真咲が軽く片眉を上げた。
 そういえば、彼は硝煙を香らせる事はないな、とカールは自然に笑みと平素の表情をすり替えた。
 銃器の扱いが苦手、という理由だけでない。
 殺伐とした任務の内に身を置きながら、髪に香るのは日向の香りで、濡れた肌は時に大気を洗う、雨の清さを思わせる。
 銃口を背に押しつけられた危機的ともいえる状態で微笑むカールに、真咲は呆れの視線と共に顎で路地を示す…背後の客、の指示を伝える動きに逆らう事なく、彼等は促された先に足を向けた。
「お前と会うとロクな事がない」
隣に立った真咲の不機嫌が増している。
 ピリと尖った気配はナイフのようで、その硬質な靱さにカールは笑む。
「本当に綺麗な仏頂面だ」
言った拍子に爪先が小石を蹴った。
「おっと」
長身の均衡が揺れた拍子、抱いた紙袋からトマトが一つ、転げ落ちた。
 咄嗟、受け止めようとする動きは意図を感じさせぬ程に自然で…そして確かな思惑で以て、流れを変えた。
 二人が肩を並べるのがやっとの狭い路地、余程の用心をしていただろうが、その予測をこちらが上まれば打開は容易。
 地面に落ちる前に受け止めたトマトをそのまま、カールは直ぐ背後の男の顔に命中させ、真咲は壁を足場にした反転と同時に胴と蹴り込む。
 それで至近の一人を倒したとは言え、相手はそれぞれ銃を手にしている…その引き金を引く判断の間を与えず、カールは続けて紙袋の中身を投じた。
 完熟してから収穫されたトマトは確かな狙いに柔らかく弾け、種の酸い味が目元を直撃する。
 粘膜に沁みる痛みに咄嗟抗する事が出来ない相手を、真咲はあっと言う間に叩きのめして発生と同じぐらいの唐突さで事態は収束した。
「……あぁ、パスタにしようと思っていたのに」
一撃で意識と動きを奪われた、音の感触からして骨の一、二本は行っているだろう男達を一顧だにせず、カールは喪われた食材を嘆く。
「自分で播いた種だろうが」
真咲はそうにべもなく言い放つ。
「言ったろう、私は君ほどもてない、と」
 両者、暫し睨み合う……頭を赤く染めて呻く男達が転がっているだけに、光景だけは凄惨であるが、果たしてその諍いの理由がトマトだある事に気付く者は居まい。
 年の功、からか先に折れたのはカールだった。
「……使ってしまった物は仕方ない、メニューを変えればいいだけだからね」
「何を作るつもりだったんだ?」
何気ない興味に真咲が聞く。
「カリオストロ風パスタ」
耳慣れない料理に首を傾げた真咲にカールが補足する。
「あの子が二十世紀末のアニメ映画を入手してね……一緒に観たんだこの間」
そういえば、なんとか言う泥棒の映画が面白い、と部隊の面子を集めて上映会するとか言っていたか。
「それに出て来たパスタが美味しそうだというものだから、作ってみようと研究していたんだ……今日披露出来る筈だったんだけれど」
「其処まで付き合ってやらなくてもいいと思うが」
最もな真咲の意見にカールは首を振った。
「サイバーアームの指先から万国旗が出るようにしてくれ、とせがまれそうでね」
美意識が許さない細工から、目を逸らそうという腹か。
 件の青年の主治医でもあるカールの心労に、らしくもなく真咲は少し哀れを感じる。
「まぁ、アイツの事だ。椅子とテーブル以外ならなんでも有り難く食うだろう」
「そうだね……」
饗された物なら着色がタバスコオンリーのナポリタンでも平らげかねない、一人を同時に思い浮かべて二人は異口同音に思いを声にした。
「そこが馬鹿なんだがな」
「そこが可愛いんだけれどね」
言葉は違えど、認識に込められた愛は同等、である。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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PSYCHO MASTERS アナザー・レポート
2004年07月05日

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