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『*****TcherinaWaltz***** 』
チェリーナ・ライスフェルド2903)&葛城・樹(1985)



 薄水色、黄色、橙、そして黒…季節柄日が落ちるのは少し遅くなってきていて、
時間の割にはまだ気温も高く、天空も明るさを保ったまま。
道を行く人々の姿も、足早に帰途を急ぐ者もいれば、これから夜の街へとやってくる者もいて、
正反対の思いを抱いた人々が交錯する時間だった。
 そんな東京の一角にある、ジャズ喫茶。
チェリーナは洒落たドアの3メートルほど手前で立ち止まったまま、どうしようかと考えあぐねていた。
―――入るのか、入らないのか。
 誘われて来たものの、どうにも”大人”な雰囲気をかもしだしているその店に入るのは少し躊躇われる。
普段はどちらかつというとボーイッシュなファッションをすることが多いチェリーナも、
それは見越して今日は少しシックなイメージな黒のスリット入りドレスを身に纏って訪れてはいるのだが…
「こんな所でどうしたんだい、素敵なお嬢さん?」
「えっ?」
 ふと、店から顔を出した老紳士に声をかけられてチェリーナははっと顔を上げる。
にこにこと微笑む老紳士は、さっと彼女へと手を出して丁寧に頭を下げた。
「通りにはこれから人があふれます…どうぞいらっしゃいな」
「あ、はい…」
 老紳士の差し出した手に自分の手を載せて、エスコートされるようにしてチェリーナは店内へ足を踏み入れた。
初めて訪れたその店内は、どこか夕暮れの雰囲気に似ていて…どこかで聞いたことのある音楽が流れていた。
正面にあるステージ上でサックスとドラムとギターによる生演奏。
チェリーナの父親くらいの年齢、いや、それ以上に見える男性達が楽しそうに笑みを浮かべて楽器を操り、
それを聞く店内の客達も皆、微笑を浮かべていた。
 しかも、先ほどチェリーナを招き入れてくれたあの老紳士が、軽快にベースの弦を弾いていたのだった。
チェリーナはその雰囲気に圧倒されつつも、ふと、ステージの脇にあるピアノに目を向ける。
演奏者はまだ居ない、そのピアノ。
何故かその黒い曲線にドキリとしてチェリーナは慌てて視線を反らせる。
そしてふと、先ほどの老紳士が居ない事に気づいて、戸惑いながらもとりあえず近くのカウンター席に座った。
 何か頼んだほうがいいよね、ととりあえずコーヒーを注文する。そして所在なさげに視線をきょろきょろ動かし、
ステージの方をチラッと見たりうつむいたりと落ち着かないままで、時間が来るのを待った。

 やがて、店内に流れていた演奏の音が止み拍手が起こる。
揺れるコーヒーの液体の表面を見つめていたチェリーナが顔をステージに向けると、
先ほど演奏していたおじさん達が、ステージ脇に見える人影を招くような仕草をして頭を下げているところだった。
オレンジ色のライトの下、黒くしなやかな髪をした男性がステージ上に上がる。
 それは、ホテルで顔を会わせた時とはまた違った雰囲気で、別人にさえ見える葛城・樹だった。
今日チェリーナがここへ訪れたのも、彼の誘いがあっての事。
樹が壇上を移動してピアノの前に立つのを見ていると、ぽっと顔が赤くなるような気がしてチェリーナは頬を軽く叩いた。
 そして、樹はイスに腰を下ろすと…白と黒の鍵盤の上に両手を乗せてふっと息をつく。
壇上には他の楽器も準備を完了していて、後は演奏を開始するだけという状態だった。
ドキドキしながらチェリーナが待っていると、ふと、樹の視線がこちらに向いたような気がして「あ」と小さく声をあげる。
それと同時に、ピアノの旋律が聞こえてステージでは演奏が開始されたのだった。
 何かのBGMで使われていたり、ラジオで流れていたりと聞きなれた曲が数曲続けられ、
チェリーナも知らず知らず体でリズムをとったり、時折、樹の演奏している姿を見つめたりして。
スタンダードな曲の演奏が終わると、今度はこの店のバンドオリジナルの曲の演奏が開始される。
以前、その作曲を樹もしているという事をチェリーナは聞いていたのだが…
「……あれ、この曲…」
 そのうちの一曲が、チェリーナの耳にふと止まる。
以前ホテルで聴いた事のあるワルツを、ジャズ風にアレンジした楽曲だった。
チェリーナ自身、とても気に入ってスコアを見せて欲しいと樹に頼んで、少し困らせてしまった事のある曲。
楽譜、完成したのかな…と、チェリーナは微笑みながら目を閉じ、演奏に耳を傾けていた。



「…さん…リーナさん…チェリーナさん…」
「わっ!あ、ごめんなさい!私、ぼーっとしちゃってて…!」
「あ、いえ…今日はその…来てくれてありがとうございました…」
「そんな!あの、私、すっごく感動しちゃって…その、なんて言うか…上手くいえないなぁ…」
 あまりにも演奏の雰囲気にのまれて、全身で曲の世界に入り込んでしまっていたチェリーナは、
樹が演奏を終えて自分の隣に立っていた事にも最初気づかなかったらしい。
慌てて立ち上がりながらあたふたとするチェリーナを制し、樹は隣に座ってもいいかと尋ねてから腰を下ろした。
「本当、ごめんなさい…私ってば」
 コツンと自分の頭を軽く叩くチェリーナに、樹は笑みを浮かべて首を左右に振る。
「チェリーナさんがいらっしゃるのを見て…嬉しかったです」
「そ、そんな…私も…その…樹さんが演奏しているのを見て、すごくドキドキしちゃって…
それに演奏している曲もとても感動しました!バンド演奏も思わずリズム取っちゃう感じで、
だけどピアノのソロ演奏が私、一番好きです…本当に、音楽に吸い込まれるって言うのかな?」
 息つく暇もなく、一気に話すチェリーナ。
他にも何か言わなきゃ!と、ドキドキしながらチェリーナはふと先ほどのことを思い出し。
「あ、あの…樹さん…」
「はい?」
「えっと…その…あの曲…なんですけど…楽譜…完成しました?」
「えっ…」
 遠慮がちに問いかけたチェリーナの言葉に、何故か樹は顔を少し赤くして言葉に詰まる。
また余計な事言っちゃったかな、と謝ろうと口を開きかけたチェリーナだったが…
「……完成…しました」
 躊躇いがちに視線をさまよわせながら、脇に置いていたファイルから楽譜を取り出してテーブルの上に置く。
チェリーナは「わあ」と嬉しそうにその楽譜を手に取り、そしてその曲のタイトルに目を止めた。
 
 ”TcherinaWaltz(チェリーナ・ワルツ)”

 思わず、ぱっと顔を樹に向けると、樹は恥ずかしそうに顔を赤く染めてチェリーナを見つめていた。
チェリーナも、今までにないくらい顔を真っ赤にして、樹を見つめる事が出来ずに譜面に目を落とす。
お互いに真っ赤になったままで俯いて、なんともいえない時間が過ぎていく。
しかしこのまま黙っていてもどうにもならない、とチェリーナは顔を上げて。
「こんな素敵な曲に…名前をつけて貰えてすごく光栄です!それに、とっても嬉しいです!」
「チェリーナさん…」
「私、なんだかチェリーナって名づけてくれた両親にも感謝したい気分です」
 えへへっと照れ隠しで笑うチェリーナは、そのまま譜面に眼を落とした。
体育会系な彼女にとって、譜面読みなどと言う行為は初めてに等しいのだが、真剣な表情で譜面を読む。
記憶の中にある音と、樹の書いた音符を辿って…ゆっくりとハミングでメロディラインを辿っていく。
生演奏を終えた店内には有線放送かレコードかが流されているのだが、その音もまったく耳には入らないくらい真剣に。
そんな彼女を、樹は微笑みながらただ黙って見つめ、
チェリーナは、途中わからない場所を何度も樹に聞きながら…曲の最後まで、しっかりと奏でたのだった。



 チェリーナが店外に出ると、すっかり陽は落ちて黒い空に街の明かりが反射して灰色に染まっている。
少し肌寒いかな…と、ストールを鞄から出そうとして家に忘れてきてしまった事に気づいた。
まあ、そんなに気にならないから、いいか…と、チェリーナが帰途につこうとした時、
「チェリーナさん」
 ふと、樹に背後から呼び止められて振り返ると、樹が手にチェリーナのストールを持って立っていた。
「これ…席に忘れていたから…」
「あ!私、てっきり家に置いてきちゃったと思ってました!ありがとうございます」
「本当なら送って行きたいけれど…今日はまだバイトの時間があるから…」
「いいんです!大丈夫ですから!ほら、私ってそのへんの男の子より腕力ありますし!」
 ぐっと腕を折り曲げて笑うチェリーナに、樹も微笑みを浮かべる。
そして樹からストールを受け取ると、ぺこりと頭を下げて。
「今日は本当にありがとうございました!また来てもいいですか?」
「もちろんです…いつでもいらして下さい」
「はい!それじゃあ!」
「あ、あの…」
「はい!」
「あの曲…正直、勝手にタイトルに名前をつけてしまって…不快に思われてしまったら、と思ってたんです…
だからチェリーナさんに喜んでもらえて、本当に僕も嬉しかったです」
「不快だなんてとんでもないです!自分の名前がついた曲なんて…夢みたいです!」
「ありがとう」
 樹が微笑みを浮かべると、チェリーナは再び頭を下げて…樹に手を振って帰途へつく。
夜の街の人ごみへと姿を消していくその後姿を、樹はいつまでも見送っていたのだった。





〜〜〜Fin〜〜〜





※納品が遅くなってしまい申し訳ありませんでした。
※チェリーナさんの名前の綴りですが間違っていたらすみません。(^^;
※誤字脱字の無いよう細心の注意をしておりますが、もしありましたら申し訳ありません。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
安曇あずみ クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年07月05日

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