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『陽光ささぬ場所 』
水上・操3461



 犯罪のない社会はない。
 不正のない社会が存在しないのと同様に。
 むろん、なにをもって犯罪とするか、それは時代や国によっても異なる。
 だが、殺人が罪でなかった時代というものはありえない。
 にもかかわらず、人は人を殺す。
 それは、原罪というものなのかもしれない。
 生まれもった罪。
 他の命を奪わなくては、一日たりとも生きてはゆけぬ生物が背負う罪。
 人は人を殺さない。その理想は、いつ、現実に対する勝者になるのだろうか。
「実現するために、戦い続ける者‥‥」
 夜に溶けてゆく呟きは、女声。
 たたずむ少女。
 レザーのジャケットに身を包み、漆黒の髪を夜風になぶらせ。
 水上操という。
 古くは水神と名乗った。
 彼女は、狩るものだ。
 狩るのは獣や犯罪者ではない。もっと、常識では計れない者ども。魑魅魍魎や妖怪変化と呼ばれる存在である。
 もちろん、それはけっして公認されることはない。
 警察だって認めない。
 それでいい、と、操は思う。
 公的機関がオカルトを信じる必要はない。
 科学‥‥つまり、万民が納得できる方法をとるのが正しいのだろう。
「手を汚すのは‥‥私たちだけでいいから‥‥」
 諦めだろうか。
 使命感だろうか。
 今よりずっとずっと幼かった頃、否、世に生まれ落ちたときから、この道を歩むように定められた。
 いまさら、科せられた運命を憎んでもはじまらない。
 戦い続けることで、母の罪を贖わなくてはならないのだから。
 それしか、ないのだから。


「‥‥‥‥」
 ざわり。
 路地裏の闇が蠢く。
 無言のまま、常闇の彼方を見据える操。
 視線の先、ふらふらと男が近づいてくる。
 世間を騒がす通り魔。むろん、警察も追っている。
 が、いまだに捕縛にいたっていないのは警察が無能だから、ではない。
 得意とする分野が違うからだ。
 どれほど優秀なプロサッカー選手でも、プロ野球の舞台で活躍するすることはできない。
 ようするにそういうことである。
 どこの国の警察が、妖刀だの魔剣だのに対処する部署があるというのか。
「きよったで」
「ちゃんと見えてるわ」
 いつの間にか、操の両手には大小の刀が握られていた。
 右手の太刀を前鬼、左手の小太刀を後鬼という。
 かつて母が愛用し、いまは操が振るう二本一対の剣だ。
 そして、母が犯した罪の証でもある。
「すごい妖気や。きをつけや」
「判ってる」
 脳に直接ひびく声に応える。
 この二本の剣、いわゆるインテリジェンスソードなのだ。
 戦闘時にアドバイスをしてくれたり、いろいろ役に立ちはするのだが、いわずもがなの事を言ってくるので、ときに鬱陶しい。
「シャァァァ!!!」
 男が動く。
 一挙動で間合いを詰め、
「ジャ!!!」
 振るわれる妖刀。
 むろん、操は黙って攻撃を待っていたりしなかった。
 大きく上へと跳んでいる。
 氷のように冷たい月が、少女の影を地上に映した。
 にやり。
 男がほくそ笑んだ。
 空中で充分な防御姿勢をとることなどできない。体術を多少身に付けただけの素人娘、と、男は読んだ。
「シャァ!」
 上へ向けての攻撃。
 がっ、と、操の腹部に決まる。
 愉悦の表情を浮かべる男。
 だが、それは極短命しか保ちえなかった。
「刀は‥‥斜に引かないと斬れない」
 月よりも、なお冷たい操の声。
 同時に斬り下げられる前鬼。
「ギァッ!?」
 慌てて男が飛び退く。
 まったく危なげなく着地した少女が、瞬時に追撃した。
 交わされる白刃。
 無明の火花が、救いのない輝きで路地を照らす。
 操の跳躍は誘いである。戦術を誤ったと思い込んだ妖刀に、不完全な姿勢のまま攻撃を繰り出させるための。
「戦いとは相対的なもの。圧倒的に強い必要はなく、敵を一枚だけ上回れば良いだけ」
 淡々とした呟き。
「無茶ばっかりしよってからに」
 前鬼のぼやきが頭にこだまする。
 事実、操の戦い方は賭博的というか、あえて危険に身を晒すようなものばかりだ。
 だから、白く美しい身体にはいくつもの傷が刻まれている。
 戦士の証か。
 罪の証か。
 操自身にもわからない。
 黙々と妖刀を追い込んでゆく。
 一部の隙もない身体捌き。あたかも舞踏のように。
「これで」
「しまいやでっ!」
 左右から前鬼と後鬼が妖刀を挟み込み。
 乾いた音を立て、妖刀の刀身が折れる。
 折れた先端が地面に刺さり、その後、男が崩れ落ちた。
「‥‥‥‥」
 なにも言わず、少女が男の手から半分の長さになった刀を取る。
 これで終わりだ。
 連続通り魔事件は、被疑者不明のまま迷宮入りするだろう。
 これ以上の被害者が出るのを食い止めた、ということが、殺された人々にとって多少は慰めになるだろうか。
「そんなわけ‥‥ないのにね」
 前鬼と後鬼をブレスレットに戻し、符を貼った妖刀を抱えて路地裏を去る。
 振り返らずに。
 雲間から、月だけが見つめていた。
 冷たく。
 ただ冷たく。


  エピローグ

 巫女の仕事というのは、けっこう多岐に渡る。
 おみくじや破魔矢を売るだけではない。
 広い境内の掃き掃除だってしなくてはならないのだ。
 規則正しく動く竹箒。
「ふゎ‥‥」
 大きなあくびが出る。
 まあ、封印の儀式に明け方までかかってしまったから。
「戦闘力は高くても、あいかわらず術式は上達せんなぁ」
「ほっといてよ‥‥」
 のどかな会話。
 初夏の太陽が燦々と輝く。
 眩げに黒い目を細める操。
「ねえ‥‥私たちのやってることって、なんなんだろうね‥‥」
 独り言のような質問。
 妖刀は封じた。
 だが、それで被害者たちが戻ってくるわけではない。
 なんのための退魔師だろう。
 未然に防げないなら‥‥。
「けど、ボクらはあの男の人生と」
「未来を守ったで。それで充分なんやないか?」
 前鬼と後鬼がいう。
「‥‥そうね。その通りだわ」
 少しだけ躊躇ったのち、操が頷く。
 境内を渡る風が、袴と黒髪を踊らせていた。
 ざわざわと、木々がざわめく。














                      おわり

PCシチュエーションノベル(シングル) -
水上雪乃 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年07月05日

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