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『静かな闇で停滞した殺意 』
咎狩・殺3278)&友峨谷・涼香(3014)

 夜の闇の底、対峙した二つの影はそれぞれに想いを抱えて殺し合いに向かう時間の流れを感じていた。
 風もない闇は静かに冷たく、二人の肌を撫ぜていく。
 鮮やかなのはただ二人が抱く殺意と憎しみ。
 ただそれだけ。
 発端は数年前のこと。
 咎狩殺の脇腹で傷が疼く。
 大きく開いた過去の傷が、今再び開くかのような痛みを思い出す。
 殺してあげるといった遠い過去が現在で鮮やかに花開く予感と確信。
 友峨谷涼香はひっそりとただ向けられる殺意に答えるようにして手にした紅蓮の柄を握り締める。
 いつかもこんな風にして紅蓮を手にしていたことを思い出す。

 再会は約束され、果たされ、今殺意が鮮やかに花開く……―――

 出逢いはまるで約束されていたような偶然と予定調和の範疇から外れた必然によってもたらされた。
 涼香がその場所に爪先を向けたことは偶然。殺がそこにいたことは必然。しかしどちらも互いにとっては些末なことだった。相手がそこにいるというそれだけで、意味があるものとなることを言葉がなくとも二人にはわかったからだ。
 殺はいつかと同じようにして闇のなかに淡く色づいた肌を浮かび上がらせて、自身の躰に溺れた人々との狂態を演じていた。滑らかに絡み合う四肢。濡れた吐息と浅ましい言葉ともとれぬ音の集合。
 信じられないものを見るようにして立ち尽くす涼香の存在に気付いた殺は誘うような視線を肉の間から向ける。妖しい笑みはただそれだけで人を魅了するかのごとく艶かしく、一筋の光の軌跡を描くようにして涼香に届く。けれど届けられたそれは殺には思いがけない反応を示して見せた。
 嫌悪。
 そして憎悪。
 涼香の胸の内には過去が揺らめく炎のような強さで甦ってきていた。人の心の隙間に忍び込む妖の浅ましさ。母親を殺したそれの存在が、涼香の心を侵食する。明らかな殺意を呼び覚ます。
 復讐。
 そして憎悪。
 涼香は冷めた目で絡み合う人々の肢体を眺めるでもなく眺め、殺はそんな涼香に興味を惹かれるようにして絡みつく人々の手足を振り払うようにして赤い着物の裾を引きずるようにして涼香の前に立った。はだけた胸元から白い肌が僅かに紅色を残して覗いている。けれど涼香はそれをまるで汚らわしいものを見るような目つきで一瞥して、奥歯を噛み締める。
 殺は笑う。
 まるで残酷な紅色の花のようにして誘うような笑みで涼香と向かい合う。
 けれど涼香はそれを一蹴するようにして手にした退魔刀『紅蓮』を握り締める手に力をこめた。まるで血の色のような名前を持つそれが、いつになく掌にしっくりと馴染むような気がするのは気のせいだろうか。思う頭は冷静でも、行動を起こす肉体は既に冷静ではなくなってきている。どこかで取り乱しているという自覚。制御不能に陥る前触れ。それらを感じながら、涼香は地面を蹴った。
 紅蓮を手に軽やかに切り込んでくる涼香を前に、殺は抱き締めるようにして両腕を広げた。着物の前がはだけ胸元が露になる。白い肌が闇に浮かび、まるでこの肌に傷をつけられるものならと挑発しているようでもあった。新しい反応。こんな風にして殺意を向けられたことなど今まで一度たりともなかったと思うと、殺の唇は自ずと微笑にほころぶ。
 長き時間のなかでこのように明らかな殺意に出逢ったことがあっただろうか。まるで触れただけで皮膚を裂くような明らかな殺意を殺は知らない。それが不思議な高揚と恍惚をもたらす。悦楽とも違う心地良さ。愚かな人々が自身の色香に溺れていく様を見るよりも数段に心地良い危険と紙一重の快楽。それが殺を支配する。感覚を余すことなく支配するそれがたまらなく愛しい。
 ―――殺してごらんなさい。
 誘うように両腕を広げて、飛び込んでくる涼香の躰を受け止める。欲望とは違う殺意が脇腹の辺りに深く食い込むのがわかる。冷たい刃が皮膚を裂いて、紅色のどろりとした液体が脚から腿を、膝を伝い落ちて爪先の辺りに流れていく。
 生温かいそれが心地良い。熱を帯びていく人肌とは違う感覚と温度。それが自らのものであるというそれだけで、殺の笑みはいっそう深いものになる。
 涼香はそれを底知れぬ憎しみをたたえた双眸で見つめていた。黒い髪の一筋、白い肌の総てを切り裂くかのごとき強く鋭い眼差しでまっすぐに眼前に迫ったそれを見つめていた。こんなものが存在していること自体が間違っているのだ。思う心が紅蓮を握り締める手に力をこめさせる。こんなものが存在するから母親が失われたのだ。思う心が殺意を増幅させる。
「面白い……」
 妖しい微笑と共に呟いて、殺は静かに涼香の右手に触れた。涼香の手が刹那震える。その反応が殺を愉しませる。
「殺してあげるわ」
 肘の辺りから手の甲へと指先を滑らせて、中指の長く伸びた爪を涼香の手の甲へとつきたてる。
「貴方だけは私が殺してあげる。愛情をこめて、誰よりも愛情をこめて私が殺してあげる……」
 云って爪を突きたてたまま思い切り腕を振り上げた。
 赤い、飛沫が、散る。
 まるで花弁が散るかのように、涼香の手の甲に一筋の傷が刻まれる。
 時が止まる気配がする。
 だんだんと細胞の一つ一つが過ぎていく時間に置き去りにされていく感覚。老いという言葉が遠のく気配。紅蓮を握り締める手の甲から溢れ、手の輪郭をなぞるようにして滑り落ちていく赤い赤い鮮血の温度。
 涼香はそれらを感じて自分が油断していたことを知った。
「貴方は私のために生き続けるのよ。その姿のまま、私に殺されるために……」
 鈍い音と共に殺の脇腹から紅蓮が抜けていく。濃く血が香り、殺はそれに満足するかのようにいっそう華やかに笑った。

 涼香の時は止まったまま、世界の時間だけが流れて今に至る。

「うちは血生臭いことはあまり好きやないんや」
 云う涼香に殺は笑う。
「せやけどあんただけは許せへん」
 鮮やかに花開く憎しみの花の香りを愉しむように殺は微笑を深くする。
「許さなくてもいいのよ」
 甘く響く声が涼香の鼓膜を震わせ、嫌悪感を植え付ける。
「だって貴方は私に殺されるんですもの」
 殺の微笑。
 涼香の凍てつく面。
 二人の間では殺意だけが総て。

 そう、いつか出逢ったその日のなかに停滞していた殺意が、緩やかに花開くようにして今ひとつの結末に向かって動き始める……―――
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
沓澤佳純 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年07月05日

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