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『おいしいお菓子とお話と 』
祇堂・朔耶3404)&橘樹・香雪(2117)

 蒸し暑い夏の日差しが和らぐ夕暮れ時は実に心地よい時間だ。草むらから聞こえる虫達の鳴き声に歌を乗せ、橘樹・香雪(きつき・こゆき)はのんびりと住宅街を通り抜けていた。
 少し小高い丘を越えて角を右に曲がると、清楚な新しい建物が並ぶ通りにでる。この辺りは、少し前に流行した輸入形住宅販売の地域だ。主に核家族や新婚夫婦がこの辺りに居を構えているらしい。
 香月は慣れた足取りで公道から入り組んだ私道を駆けていった。その突き当たりにある家のベルを何気なくならす。ひと呼吸おいて、女性の声がベルの下に設置されたスピーカーから流れてきた。
「ーーーーはい?」
「香雪です。入っても大丈夫ですか?」
「お、待っていたよ。いま鍵を開けるね」
 カチャリと軽やかな音が響き、香雪の前にあった扉が開かれる。ちょうど料理の最中だったのだろう、エプロン姿の祇堂・朔耶(しどう・さくや)香雪を迎えた。扉を開けたと同時にただよってきたほのかな甘いバニラの香りに気付き、香雪は深く息を吸った。
「この香りは……シュークリームですね」
「よく分かるね、お友達の結婚式用にクロカンブッシュのサンプルを作っていたんだ。余りで良ければ味見させてあげるよ」
「よかった、お土産に美味しい冷茶持ってきましたの。それと一緒にいただきましょう」

 ***

 案内された居間のソファに腰を下ろすと、香雪は大きく伸びをした。
「んー……はぁ……、やっぱり堅苦しい人が相手だと疲れますね……」
「ずいぶん繁盛してるみたいだね。でも、仕事の疲れというより……何か他の悩み事があるように見えるよ」
「えっ……か、顔に出ちゃってますか?」
 あわてて両手を頬に添える香雪。くすりと笑みをもらしながら肯定するかのように朔耶は小さくうなずいた。
「その悩み、この前言っていたアノ事について、だろう?」
「……ええ。しばらく考えていたんですが、本当にこのままで良いのか分からなくなってきて……」
 お茶請けのシュークリームをかじりながら香雪は困ったそぶりを見せた。
 さりげなく朔耶は彼女の隣に座り、香雪が話はじめるのをじっと待った。カチカチと時計の音が妙に甲高く鳴り響く。しばらくして、香雪はゆっくりと語りはじめた。
 
 ***

 香雪の悩みとは自分の最も愛しい相手に対しての「嘘」のことだ。
 彼女の夫は彼女の真の姿を知らず、ましてや人としてあらざる年月を重ねていることも知るはずがない。
 彼女がごく普通の女性であると認識されているため、もし本当の事を告白したらどうなるのか……その先を恐れて香雪は口に出せずに、偽りの自分を演じ続けていた。演じることが苦痛なのではない。好きな人に本当のことを言えないことが苦痛なのだ。
「大丈夫だと思うよ。ずっと仲良くやってきんじゃないか、きっと信じてくれる」
 最初に朔耶に相談した時、彼女はそう答えた。夫婦生活は相手を信じて初めて形になる。ましてや朔耶のように顔をほとんど合わすことのできない夫婦は、互いを信じることしか絆を結びつけておく手段がなかった。
「でも、恋人が実は妖怪でしたなんて……信じられるのかしら」
「いつかはばれる嘘を演じ続けるよりは、本当の自分を正直に言った方がずいぶんと気が安らぐものだよ。それにどんなものでも、遅かれ早かれ気付かれるものだよ。第三者から耳にするのと、香雪本人から正直に教えてもらうと、どちらが本人にとって嬉しいか考えてごらん」
 ちなみに朔耶の場合は、数日おきに送るメールや時折かかってくる電話に、思う存分いいたいことを込めているそうだ。直接会うことが殆どできない分、互いに信頼しあうため2人の絆は深い。
「信じてあげる……そうですね、私の持つこの力も相手を信じれば強くなる……折をみて話してみます」
「応援するよ。けんか別れでもしそうになったらいつでも相談にきなさい、すぐに仲直り出来るお菓子を持っていってあげるからね」
 一口大の小さなシュークリームを口にほおばり、朔耶はにこやかな笑顔をみせた。甘いお菓子の力は彼女自身が一番良く知っている。それ故にどんな行動や言葉より自分の持つ「パティシエ」技術が一番と自負できる自信が彼女にはあった。
 ふと、茶をひとくちすすり、朔耶は小さく驚きの声をあげた。
「……すごい、これ美味しい……」
「このお茶、摩利支(まりし)という日本茶なんだそうです。今日、お仕事をさせていただいたお客様からいただいたものなんですよ。普通のお茶よりずいぶんと味がまろやかで、一口で気に入ったものですから是非とも朔耶さんにも飲んでもたいたくて、持ってきたんです」
「うん、水だしだから爽やかなんだろうとは思ったけど……口の中で広がる味わいがいいね……」
 氷水で引き締められたお茶は口の中に含まれると体温で暖まり、ゆっくりとその香りを広げていく。さらりとしたのどごしと苦みの少ない味わいは今日のような暑い日にはぴったりなのかもしれない。
「でも、これを飲むならお茶請けは……干菓子とかの方がいいかもしれないね」
「ちょっとシュークリームでは味が濃いかもしれませんね」
 お互い肩をすくめて顔を見合わせながら苦笑いを浮かべる。
「せっかくだし、何か作るよ。ちょっと待ってて」
 美味しい和三盆があったはず、と言葉を添えて、朔耶は台所へと向かっていった。
 彼女と入れ替わるように、朔耶に付き従う狼が香雪の傍らに座り込んだ。そっと香雪に体を寄せ、少し眉をひそめながら瞳を閉じている。
「……ちょっと怪我をしてるようですね……」
 前足の怪我に気付いた香雪は猫へと変化すると、そっと患部にくちづけを施した。途端、傷は見る間に消えていき、狼の表情が穏やかになっていった。
「ご主人様を守るもの大切だけど、無茶はしては駄目ですよ?」
 澄んだ瞳でじっと香雪を見つめる狼。彼等も主人を信じ、忠誠を誓うために日々影ながら朔耶を守っているのだろう。
 人の気配に気付き、香雪はあわてて姿を人型へと戻していった。ひと呼吸おいて部屋に入ってきた朔耶は目を瞬かせながら香雪に問いかける。
「……なにしてたの?」
「……ちょっと」
 小首をかしげながらも、たいした問題ではないだろう、と朔耶はそのまま香雪の隣に腰を降ろした。
 彼女が持ってきたのは砂糖を固めた干菓子だ。小さな金魚の砂糖が半透明の陶器の中に並べられている。
「つまめるように小さめに作ってきたよ、これならこのお茶にぴったりだろうね」
「……いつも思うんですが……朔耶さんってすごいですね……干菓子って作るのすごく難しいって聞きましたよ?」
「お菓子は愛情を込めてあげれば誰にだって作れるものだよ。香雪も旦那に毎日作ってあげていれば、これ位のものは簡単にすぐ作れるようになるさ」
「うーん……私が朔耶さんみたいな腕前になる頃にはおじいさんになっていそうです」
 それよりは美味しいお菓子を食べて話をしている方が良い、と香雪は言葉を加える。
「なら、今度一緒に作ろうか。おいしいケーキとか」
「そうですね、今度夏の花火大会のお土産用に、水ようかんを作っておきたいですね」
「それなら、最高の寒天とあんを用意しておくよ。器は……できれば神社の方で用意しておいてもらいたいね」
「はい、分かりました」
「うん、いい笑顔になったね」
 にっこりと笑顔をみせた香雪を見て、朔耶がそういった。
「また何かいいたくなったら遊びにきなさい、最高のお菓子を用意して待っているからね」
 ぽんと肩に手を乗せて、朔耶は穏やかな表情で香雪を見つめる。
 ほんの一時放心状態だったが、それからすぐに香雪は笑顔で返事をした。
 
 おわり
 
 文章執筆:谷口舞
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
谷口舞 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年07月02日

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