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『愛されすぎちゃって困るの。 』
守裂・楓夢1978)&日下・礼智(3286)

 …壷を、運んで欲しい。
 草間探偵事務所からの依頼に出向いた守裂 楓夢と、日下 礼智の二人の目の前に置かれたのは、蓋に紙の札のようなものが貼られた古びた桐の箱だった。
 いかにも高価そうで、いかにも古そうな骨董品らしい見た目で厳重に封がされていて、中身が非常に気になる、そんな箱。
「桜花神社に運んでくれればいい。あぁ、わかってるとは思うが開けるなよ。」
「わかりました。」
 桜花神社は東京郊外にある緑の多い公園に面して立つ神社で、超常関係の事件も多く、普通の神社では手に負えないような類のお祓いもやってくれている神社である。
「それで依頼料のことだが…」
「………。」
 中には壷が入っていると言うが一体どんな壷なのか…外側からは窺い知れない。
 依頼料の交渉を始める礼智と武彦を尻目に、楓夢はそっとその箱を持ち上げてみた。
 重量はそれなりに重く、50?p四方の箱より一回り小さいぐらいのサイズのそこそこに大きな壷が入っているのではないかと思われる。
 揺らしてみるとごんと箱にぶつかって…同時に同様の音が楓夢の頭で響いた…礼智の拳のヒットした音である。
「…ッ!」
「乱雑に扱うんじゃない。」
 恨みがましく見やる先には無表情に近い相方の顔があって、楓夢は眉を顰めて舌打ちをする。
「…ちょっと大きさ確かめてみよとしただけやんか」
 少し傾けて、すぐに箱に触れるようならそこそこ大きい、触れないようなら小さいのではないかと…まあ簡単な判断方法ではある。
 蓋を開けずに中身を推し量る方法としては間違っていないかも知れないが、中身は壷で、下手なことをして割ってしまっては運び屋失格である。
 運び屋たるもの、品は傷一つつけず、完璧に相手の下へと届けなくては。
 当然、楓夢だってそのことはわかっている。
 だがこのぐらい大きな壷なら多分その程度で割れたりはしないと思うのだ。
 かなり厳重に封がしてあるようだし…これも非常に開けたい、好奇心を煽るものでぐらぐらはするのだけど。
「距離は然程ないが、この様子から見て一筋縄ではいかないもののようだな…」
 これだけ厳重に札で封印されていて、尚且つ運び先は神社なのだから、これがただの壷であるわけがない。
「ああ、まぁな。」
 ポケットから引っ張り出したマルボロの箱から、煙草を一本取り出してライターで火をつけて、不機嫌そうに煙を吐き出す武彦に、礼智は唇の片端だけを上げて小さく苦笑する。
 銀色の瞳に浮かぶのは揶揄るような楽しげな色だ。
「…怪奇事件が嫌いだという割りによくよく好かれる男だな」
「…余計なお世話だ。」
 苦虫を潰したようになる武彦に礼智は静かに笑った。
 湯気の薄れて、もう随分温くなった感の有る珈琲に口をつける。
 アメリカンの…インスタントの薄い珈琲だ。
 その隣で、楓夢は箱をそーっと傾けて。
 古びた箱の、その腐った小さな隙間から、どうにか中が見えないものかと覗き込んでみる。
 だが穴は然程大きくはなくて、だから中身までは良く見えなくて。
 札の破れない限界まで蓋を開けてみて、だがやはり壷の形状までは良くわからない。
「楓夢、いい加減に…」
 こっそり動いてはいたのだが、そこは相方の…それだけでもないのだが…礼智のこと、察せられていて。
「うわっ!」
 声をかけられた瞬間、手が、滑った。
「バカッ!」
「何やってんだ!」
 同時に響く、武彦と礼智の声。
「…ぎ、ぎりぎりセーフ…」
 続いて落ちたのは、深い溜息と、あまりクッションが効いているとは言い難い、草間興信所の応接間のソファから、半ばはみ出て床に突っ伏すような姿勢になった楓夢の苦しげな声。
 落としかけた桐の箱をどうにか抱えて、割ることは免れた…だが、かなり危険な状態である。
 立ち上がった武彦が反対側に回り込んでそれを受け取ろうとして…だが、それは一瞬遅かった。
 斜めに傾いだ箱の中で、壷が動いて。
 箱は落ちなかったのだが、蓋が、蓋に貼られた札が重量に負けてびりりと破れて…。
「!?」
 ごろりと、音を立てて零れ落ちた壷。
 …一抱えはあるだろうか、茶色くて首は細く、だが胴は丸っこくでっぷりと太っている。
 壷の上にもまた札が張ってあって…そこから、何かが出ている。
 札の隙間から、小さな小さな…黒く歪な手が。
 じたばたと空を掻く様に蠢いている手は、一本や二本ではなく…そう、例えるなら竹箒のようである。
「…な、なんやこれ?」
「………。」
 この札を破りたい…!
 破りたいがしかし、破ってしまえば何がでてくるのか…想像に固いような、全く想像出来ないような…。
「あ、こらッ!」
 武彦が新たな札を貼って隙間を塞ごうとしたのだがそれも少々遅く…。
 破くまでもなく札の隙間から、ちょろりとはみ出してきたものは、黒い歪な手足をした…ウサ耳の生き物だった。
 サイズは、掌に乗る程度。
 続いてほんの2、3センチの隙間からへろりと滲み出てきたのはオナジョうな手足を持った蛇で…これはどちらかと言うと蜥蜴と呼んだほうが良いのだろうか?
 そう悩む楓夢の目の前で、どやどやと…結局札を蹴破って隙間から次々と奇妙な生き物が溢れてくる。
「おー…」
 かくかくとした奇妙な動きで、床の上を這う黒い生き物達がなんなのかはわからないものの、自然と視線はひきつけられて…顔を上げたそれの一匹と目が合った瞬間…それの目が、きらりと光ったような気がした。
『…!!』
 それは、凄まじい勢いで、楓夢に駆け寄ってきた。
『!!』
「…うわぁッ、くんなやっ!」
 一匹や二匹ではない。
 その生き物達は皆一様に、楓夢に群がってくる。
 この世のものとは思えないような奇妙な形状の…愛嬌がなくもない生き物達は…襲ってくるのかと身構えた楓夢に、だが想像に反してすりすりと擦り寄ってきた。
 なんだか非常に慕わしげ、嬉しそうと言うか楽しそうと言うか、そりゃもうべったりと肌にくっつき、慌てて逃げる楓夢に追い縋り離れる気配がない。
 …しかも、サイズは小さいのだが数が半端ではない。
「うぎゃー!!」
 壷の口からは次々と出てきて、足にしがみつき、引っ張り、悲鳴を上げさせる。
「…愛されてるな。」
 羨ましくないけど。
「…そうだな。」
 むしろこう言う場合は同情さえするけれど。
「…お前ら見とらんで助けんかいなーッ!」
「…まあああいうわけでな。手に負えないから祓ってくれるところを紹介してくれといわれたんだ。」
 聞こえてくる悲鳴交じりの声を無視して、武彦は礼智に声をかけた。
「…確かに嫌な壷だな。」
 勿論、本来は異世界に繋がってしまったらしい壷の中からでてくる小さな邪妖精が悪戯をする…物を壊したり、汚したり…そう言うものなのだが。
 流石は矢鱈滅多ら精霊や幽霊の類に好かれる特異体質である。
 あっという間に群がる色とりどりの小さな生き物で楓夢は覆い尽くされて。
「…流石にそろそろ不味くないか?」
 楓夢が黒い塊に成り果てたところで、武彦は灰皿に煙草を押し付けて首を傾げた。
「燃やしてしまってもかまわないか?」
「…部屋は燃やすなよ。」
 礼智の召喚に応じて、火の精霊が現れる。
 揺らめく炎を身に纏った精霊は闇に属する邪妖精達を焼いて…。
「うぎゃああぁー!」
 …楓夢のことも、ちょっぴり焼いてしまったようである。
「日下ー!」
 ついでに、ソファも幾らか。
 慌ててクッションで残り火を叩いて消して、武彦と楓夢はぐったりとその場にへたり込んだ。
 …仕事の前に、既に大分疲れてしまった模様である。
 その間もわらわらと壷は邪妖精を大量生産していて…とりあえず、そこにはお札を丸めて大量に詰め込んで封をして、三人がかりで妖精を焼き、壷を箱にしまうのにかかった時間は三時間。
 明るく元気に破天荒にがモットーの楓夢ではあるが、軍隊蟻の如く群がってきた…しかも非常にはた迷惑な熱烈な愛情を持って…邪妖精にはそれも通じなかった様子。
 落ち着いて相変わらずの様子礼智とは裏腹に、箱を抱えて興信所を出た楓夢の肩は、いつになく落ちがちであったとか。

 …愛されすぎるのも、楽ではないかもしれない。

                             − END −
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
結城 翔 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年06月30日

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