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『一人じゃない一日 』
流飛・霧葉3448


 他に頼める人がいないのよー、と言われても。
「親戚のじいちゃんが死んじゃってねぇ。色々と手伝いに行かなきゃならなくなっちゃったんだよ。急な頼みで悪いんだけどさー、ちょいと家のことお願いできないかしら? お昼と夕飯は冷蔵庫の中見て買いに行くなり……ああ、このお金使ってね。あと掃除と洗濯なんだけど、掃除はモップでちゃちゃーっとやってくれるだけでいいからね。洗濯はほら、うち家族が多いからちょっと量があるんだけど、子供らにも手伝わせちゃっていいから。赤ん坊のおむつと粉ミルクの場所はこの子たちに聞いてね。あんたたちー? ちゃんと霧葉ちゃんの言うこと聞くのよー? じゃあ、あたしはもう行かなきゃなんないから、家事と赤ん坊の世話、お願いね」
 そう一気に言い終えたおばちゃんが、止めてあったタクシーにわたわたと乗り込んで出掛けていったのは、つい数分前のこと。
 おばちゃんに家事と子守を頼まれた流飛霧葉(りゅうひ・きりは)は、別室から響く甲高い泣き声に眉を顰めて服の詰まった洗濯機の蓋を荒々しく閉めると、しっかりスタートボタンを押してから泣き声の元へ向かった。
「うるせぇ!」
「だって、泣き止まないんだよ!」
「霧葉が頼まれたんだから霧葉がやってよ!」
「そうだよ!」
「俺は掃除と洗濯と飯、お前らは子守って分担決めただろうが!」
 霧葉の叫びに、年こそ違えど三つ子のようにそっくりな顔立ちの少年たちが口々に文句を募らせる。その後ろにあるベットの上では、わんわんと甲高いサイレンの元である〇歳十ヶ月の赤ん坊がいた。
「とりあえず、泣き止ませろ!」
「どうやって?」
 霧葉の命令に、面倒臭そうに肩を竦めたのは十歳の長男。
「ていうか、何で泣いてるのか判らないから対処の仕様もないよ?」
 兄に続いて、妙に大人ぶった言葉使いで答えたのは七歳の次男。
「お腹すいてるのかなー?」
 そして、そう呟いて首を傾げた五歳の三男の言葉に、霧葉は長い溜息をついた。
「そう思うんだったらミルクでもやればいいだろうが」
「あ、そうかー、霧葉あったまいー。じゃ、作って、ミルク」
「お前ら、もしかして全部俺に押し付けようとしてねぇか?」
 ぶつぶつと言いながら霧葉はキッチンに向かい、ミルクを作る。
 記憶を失って、ふらふらと辿り着いたこの田舎町に家を買って幾月。刀だって作れるし、畑だって作れるようになったし、怪物相手に仕事なんかも出来るが、赤ん坊の世話など、ついぞやったことがなかった。多分、記憶を失う前も、きっとないんじゃないかという、まさに初体験。
(めんどくせぇ……)
 ガキがうるさいのは知っていたが、此処まで面倒だとは思わなかった。霧葉は込みあがってくる怒りを何とか押さえつけながらミルクを作り、長男に渡す。ミルクを受け取った長男が赤ん坊の下へ走っていくのを見届けて、霧葉は別の仕事へと取り掛かった。
 モップを手に取って二階に上がると、颯爽と廊下を駆け抜ける。さっさとやり終えてしまいたいという考えがあからさまに見えるほど霧葉の動きは機敏で、あっという間に二階の埃や塵はモップに絡め取られてしまった。ついでに二階の部屋の窓を全て全開にして換気も行う。幸いにも今日は天気が良い。これなら洗濯物も干せばすぐに乾きそうだ。
 二階を終えて一階に下りると、泣き声がやんでいた。どうやら三男の考えは当たっていたらしい。静かになった家に霧葉はほっと息を吐く。だが。
「霧葉、お腹減ったよー」
「あ? もう昼か」
 三男の訴えに霧葉が時計を見ると、針は十一時半を過ぎようとしていた。仕様がないと霧葉は肩を竦めて、モップを長男に手渡す。
「じゃあ飯作るから、一階の廊下全部モップがけして来い」
「これ霧葉の仕事じゃん」
「飯が遅くなるよりいいだろうが」
 霧葉がそう言うと、長男は渋々ながらも掃除へと向かった。次男がそれに付いて行くと、三男が霧葉の袖を掴む。
「なーなー、何作るの?」
「そうめんでも茹でるか。簡単だし、棚に麺入ってたし」
「やった! 俺そうめん好きー」
 棚から大き目の鍋を取り出し、水を八分目まで入れると、洗濯機が仕事を終えたことを知らせる電子音を鳴らした。霧葉は鍋を火にかけると、洗濯機の元へ向かう。
「おら、洗濯物干すの手伝え」
「おうっ」
 洗濯機の中から取り出した服をカゴに入れ、庭へ出る。三男が服に一つずつハンガーを通し、それを霧葉が物干し竿にかけるという流れ作業。ちらりと後ろを振り向けば、ベットの上ですやすやと天使の寝顔を見せている赤ん坊がいた。静かで穏やかな雰囲気に、霧葉の口元が無意識に緩む。
 いつもは何をしても一人だった。飯を作るのも、服を洗濯するのも、自分一人分やればいいだけ。それは簡単で疲れなくていいけれど、面倒ながらも他人を世話するということは意外にも楽しいもので。
 たまには、こんな日もいい。
「霧葉、掃除終ったよー」
「それと、水沸騰してたよ」
「あー、判った。今行く」
 空になったカゴを抱えて部屋に戻る。沸騰したお湯の中にそうめんをバラバラと入れて菜箸で掻き混ぜると、ふわりと麺の香りが漂う。
「昼はそうめんだということは、夕食は何作るの?」
「俺ハンバーグがいいなー」
「肉は高ぇから駄目だ。魚だ、魚」
「えー?」
「えー? じゃねぇ。俺の作った和食食ってみろ。病み付きになるから」
「期待しないで待ってるよ」
「……口の減らねぇガキ共だな……」
 そうめんが茹で上がるのを笑いながら待つ。開け放した窓から、涼やかな風が吹いて、心地良さそうに寝ている赤ん坊の髪を優しく梳いていった。

 まあ、たまにはこんな日もいい。










★★★

ドーモー、ハジメマシテ流飛霧葉さん。緑奈緑で御座いますー。
今回はシチュエーションノベルの発注、有難う御座いました!

何だか個性的、というよりは新鮮な状況下(記憶失って田舎に住んでて自給自足の生活って、あんまり無い設定ですよね……)にあるキャラクターで、ちょっと動かすのが難しかったのですが、何とか書き上げました。こんなもので如何でしょうか? 田舎育ちなくせに田舎事情をあまり知らないので、子守を頼まれる状況ってどんなのがあるだろうと悩みに悩みました(笑)。

それと、「ほのぼのどたばた」ってことでしたが、どっちかっていうとほのぼのが強いような気が……(汗) 本当は夕食も書いておばちゃんが帰ってくるまでもやりたかったのですが、かなり長くなりそうな感じになったので、途中ですみません(汗)。結構難産な作品でしたが、楽しんで頂けると嬉しいです。

以上、今度は怪物と戦う霧葉さんも書いてみたいなーなどとぼんやり考えている緑奈緑でした。

★★★
PCシチュエーションノベル(シングル) -
佐伯七十郎 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年06月28日

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