▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『決戦はすぐそこなのだ 』
上社・房八2587)&本郷・源(1108)


 
―ちょき。

 ひとつ、ハサミを入れるごとに。

―ちょきちょき。

 鏡の中の女性は、その姿を変えていく。
 年の頃は、まだ二十歳そこそこくらいか。丸顔でぽっちゃりとした可愛らしい顔立ち。最初、お互いもつれ合
うようにして絡まりあっていた黒髪は、いまや肩の辺りで切り揃えられていた。
 素人目には、そのままでも十分だと思われるのに、美容師はまだ不満そうであった。しばらく考えていたよう
だったが、やがて腰につけていた皮製のポーチから、はさみを取り出す。はさみは丁寧に手入れが施されている
らしく、光を受けて鈍い輝きを見せた。
 ハサミを持った美容師の手が、可憐に動く。それは、流れるようにゆったりと。時には素早くシャギーを入れ
る。束になった毛を掴み、ぱらぱらとちらしながら。
 その手さばきは、まさに芸術と呼ぶにふさわしいものであった。
 髪に、さらなる動きが加わる。そして。美容師は、おもむろに手鏡を取り出すと、女性客に手渡した。
「本当に、これが私……?」
 ゆったりとした椅子に腰掛けていた客は、おそるおそる鏡の中の自分を見つめる。そこには、輝くばかりに美
しい女性がいた。ぼさぼさだった髪は、いまや髪自身が命を持っているかのように、流れそして風に揺れた。
「いかがでしょうか」
 太く落ち着いた声が、響く。女性はこくん、とうなずく。
「素敵……素敵よ! ほんとうに!」
 女性は歓喜の表情を浮かべて、美容師を見た。
 背がすらりと高い。細面の精悍な顔立ち。口のまわりに生えたまばらな髭と、無造作に刈り込まれた茶髪が、
ワイルドさをアピールしている。銀縁の細いフレーム眼鏡をかけており、その奥に潜む切れ上がった目は知的な
印象を受けた。
 上社・房八。伝説の美容師の技を受け継ぐ、ベテラン美容師であった。
「そうですか、お気に召していただき幸いです」
 房八は、微笑した。
 と。
「房八はおるかーーーーっ!」
 突如、店内に響きわたる叫び声。張りのある、だがしかし幼い声だ。店内にいた者達は、一斉に何事かと目を
向ける。房八も、同じく声のしたほうに視線をやる。
 そこには、小花模様がちりばめられた古風な着物をまとった童女がいた。
 本郷・源。髪は肩の辺りで切りそろえられたおかっぱで、前髪も見事に一文字にそろっている。まだ年端もい
かない幼い子供であるのに、そのたたずまいはすでに大人の風格を漂わせていた。
 源はもう一度、叫んだ。
「房八は、おるかーーーっ!」
 小脇に抱えられた虹色のアフロの犬が、同調してきゃんきゃんと吼える。源は、何かに急かされたかのように、
きょろきょろと辺りを見回す。その表情は尋常ではなかった。
 源の後ろから、ひょっこりともう一人童女が現れる。
「のう、源。あそこにおるのが、その房八とやらではないのか?」
 源と同じく古風な着物をまとい、透き通るような銀の髪は肩の辺りで切りそろえられている。赤い大きなリボ
ンがふわりとゆれる。
 嬉璃。あやかし荘に住む座敷わらしである。嬉璃は冷静に、指をさす。
「おぬしが房八であろう?」
 嬉璃は、小首をかしげた。
「おお、房八!! そこにおったのか! まったくどうにもこうにもじゃ……とにかく聞いてくれ!」
 気づいた源は、駆け寄ると房八を見上げた。きゃうん、とアフロ犬もうるうるとした瞳を向ける。
「大変なことになったのじゃ! とにかく大変なのじゃ!!」
 ぐいぐいと房八のシャツを引っ張る源に、房八はうろたえた。店内の視線が集中する。
「む、こほん」
 その状況に耐えかねず、房八はおもむろに咳払いをした。そして慌てふためく源をやさしくなだめる。
「まあまあ、落ち着いてください……」
「これが落ち着いていられるか!」
 かあっと源は一喝した。
 房八はきょろきょろと辺りを見回した。幸い、隣の部屋が開いている。
「とりあえず、ここではなんですから。あちらの部屋に行きましょう」
「……うむ」
 源と嬉璃は、お互いの顔を見合わせうなずいた。きゃん、とアフロ犬が一声鳴いた。
 


 房八は、台所でコーヒーを入れていた。源と嬉璃はソファーに腰掛け、なにやら話し込んでいる。アフロ犬は
そのまわりでくるくると回っていた。房八は、お盆に人数分のカップを載せると、部屋にと戻った。
「はい、どうぞ」
 すでに話は終わったのか、ぶらぶらと足を揺らす源と嬉璃に、房八はコーヒーの入ったカップをさし出した。
「うむ、すまんな」
「ありがたい」
 二人はカップを受け取ると、ずずずとすすった。
「ぬ、こ〜ひ〜か……。わしはお茶のほうが好きなのぢゃがな」
 源は眉をひそめ、渋い顔をした。
「おんしもか。わしも同感ぢゃ。いまいち西洋の飲み物は好かん」
 嬉璃はすでにカップをテーブルに置いていた。
「…………」
 房八は、一人、コーヒーをすすった。
「で、お話とはなんなのですか?」
 カップをテーブルに置き、優しく語り掛ける。
「うむ、実はな」
 源と嬉璃は互いに目配せする。
「わしらはこれから、サラサラ団との決戦の時を迎えるのぢゃ!」
「サラサラ団?」
 こくり、と源はうなずく。
「そうぢゃ。くしくもわしらの神聖なアフロに対抗する不届き千万な輩ぢゃ!」
 源はぐぐっと拳に力を込める。こころなしか源の背後に、めらめらと燃え上がる熱き炎が見えた。
「つまりわしらにとっての悪の枢軸組織、ぢゃな」
 嬉璃は、ずずとコーヒーをすする。
「うむ。―しかし、じゃ。戦いに赴こうとした矢先、わしらは気づいたのじゃ」
 源の拳がぷるぷると震える。
「まだ二人しかいないということにの」
「二人?」
 房八はけげんそうに眉をひそめる。そこに嬉璃が冷静につぶやく。
「仲間のことぢゃな」
 そういうと、嬉璃は再びコーヒーをすすった。なんだかんだ文句を言いつつもコーヒーはなくなっていた。
 うんうんと源がうなずく。
「わしと、嬉璃の二人だけ。さすがにこれでは勝ち目もなかろうぞ。そこで、ぢゃ!」
 源と嬉璃はお互いの顔を見合わせ、にいと笑う。
「わしらは、おんしの尽力を仰ぐため、こうしてここに、やってきたというわけぢゃ!」
 二人はびしぃっ! と房八の鼻先に人差し指を突きつけた。
「……な、なんですと?!」
 房八は、ぐはとうめいた。そして。
「……って、なんですかーーーーー!?」
 房八は、さらに叫んだ。いつのまにか、自分の手には牛のきぐるみが渡されていた。
「む」
「ぬ」
 源と嬉璃はにっこりと微笑んだ。
「なにをいうやら。みればわかるであろう、きぐるみぢゃ♪」
 源は目を細め、きらきらとした笑みを浮かべた。いつのまにか白衣を着込み、頭にはハゲヅラをかぶっていた。
「いや、それは見ればわかりますけれども……」
 房八のこめかみから、たらりと一筋汗が流れ落ちる。
「おんし、こういうものは嫌いではなかろうて?」
 嬉璃が口を挟む。その言葉に、房八は動揺する。
「そ、そうですか……そうですね、いやむしろ好きなほうですけれども」
 源と嬉璃は、にやりと微笑む。
「ならば、文句はあるまい」
 源は、ぐっと親指を立てる。
「とりあえず、おぬしの設定は、家畜となっておるからな。心してかかれよ」
「えぇぇ!?」
 房八の抗議もむなしく、嬉璃が続ける。彼女もまたいつのまにか白衣を着込み、ぐるぐる渦巻いた分厚い眼鏡
をかけていた。
「そういうわけで……」
 源がつぶやく。
「仲間ゲットコント!! 家畜も爆発ぢゃーー!!」
「おお!!」
「ぐはーーー!?」
 あまりの展開の速さに、房八は叫んだ。その瞬間。
「ごふっ!!」
 すぱこーーん!! とものすごい勢いで、ハリセンが房八の脳天を直撃した。
「早くきぐるみを着んか!! このバカタレが!」
 そこには般若の形相でたちはだかる源がいた。房八は、その迫力に負け無言で牛のぬいぐるみに着替え始めた。



「おお、似合っておるではないか!」
 うむうむと嬉璃もうなずく。そこには、可愛いモーモーつなぎをきたむさくるしい房八がいた。
「改めて! しきりなおすぞ仲間ゲットコントぢゃ!」
「おう!」
 源と嬉璃はがしっと腕を絡ませあう。
 房八は、そんな様子をどこか遠い目でみつめていた。
 そして、唐突にコントは始まった。
「博士! あそこに家畜がおるようぢゃ!」
「なにっ!? 家畜とな!?」
 うんうんと嬉璃がうなずく。
「みてみい、あそこじゃほらあそこ!」
 ぴっと指差す。
「……んも〜」
 房八は、ぼそりとつぶやいた。
「ぬをぅっまことじゃ!! でかしたぞ、助手!」
 源はばしばしと嬉璃の背中を叩く。
「博士、あの家畜に新薬の実験台になってもらおうぞ!」
「ぬ、それは良い考えぢゃ! よし、牛! こっちへこい!」
「……んも〜」
 房八は、しぶしぶ源と嬉璃の方に歩み寄る。
「……おそいっおそいわっ!!」
 すぱこーん!!と源の容赦ないハリセンツッコミが入る。
「んもっ!?」
 房八は頭を抱えた。
「博士! 家畜を捕まえたぞ!」
 嬉璃が叫ぶ。房八の体はいつのまにか、ロープでぐるぐる巻きにされていた。
「ぬっ! でかしたぞ助手!」
 源は、片目をつぶり舌をちょろりと出して、親指をぐっと立てた。
「よいか、牛! そういうわけでおんしはこれをもて」
「ぇ」
 嬉璃がてばやく試験管を取り出し、房八に握らせる。
「準備完了じゃ」
 嬉璃は、敬礼する。うむ、と源はうなずきフラスコを取り出す。中に謎の液体が入っている。
「しっかりもてよ……」
 源は、フラスコをゆっくり傾け試験管へと謎の液体を注ぎ込む。と、次の瞬間。

 かっ!

 ―ちゅどごぉぉぉぉむっ!!

「うをををを!?」
 まばゆい閃光がひらめき、あたりはとんでもない爆発音に包まれた。
 そして、白い煙が広がり何も見えなくなる。
「けほけほ……」
「ごほごほ……」
 少しずつ煙は引き、あたりの様子が鮮明になる。そこで、彼らは見た。
「おおおおおおおおお!!」
 源と嬉璃は歓喜の声を上げた。
 そこには、渋い色持ちのブラウンなアフロがいた。
「い、今ここにアフロブラウン誕生ぢゃ!!」
 うんうんと嬉璃も同意する。
「ふーはーはーはーはぁぁぁ!!」
 源と嬉璃は、腰に手を当て高らかに笑った。自身の髪の毛もまた、アフロになっていた。そのアフロは目にも
鮮やかな紫色。アフロパープル。そして、嬉璃はバイオレットなアフロ。アフロバイオレットであった。
「さあ、行くぞ我らがアフロンジャー!!」
 びしぃっと源はどこかを指さす。どっぱーんと波しぶきが現れる。
「ははははははははは!!」
「わんわんわん!」
 二人の高笑いにつられて、アフロ犬も吠え出す。
「さあ、おんしも一緒に!」
 ぐっと親指を立てる源と、にっこりと微笑む嬉璃に手を差し出され最初は戸惑っていた房八も、やがて少しず
つ笑い始めた。
「ふふふふ……」
「違うわ、もっと高らかにじゃ!」
 源の激が飛ぶ。
「はははははは……」
「もっともっとぢゃ!」
 嬉璃が叫ぶ。
「はははは、はははは」
「もっともっともっとおおおおお!!」
 二人の声が重なる。
「はははははははははははははははははは!!!」
「そうぢゃ! その感じぢゃ!」
 源と嬉璃はぐっと拳を握る。その時房八の中で、何かが切れた。
「ははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」
 房八は、腰に手を当てのけぞるかというくらいに、たからかに笑った。
 うんうん、と源と嬉璃も嬉しそうである。
 とその時。
「……おとう……さん?」
 突如、つぶやかれる声。
「!?」
 房八は慌てて声のしたほうに振り向く。
 するとそこには、眉をひそめ怪訝そうな表情で房八を見つめている少女がいた。
 房八の、愛娘だった。
「な、どどどどうしたんだい?」
 きわめて冷静さを保とうと話した房八だったが、その声は震えていた。無理もない。房八は一番見られたくな
い格好を見られていたのだから。牛のきぐるみ、頭はブラウンアフロ、そして極め付けが謎の高笑い。
「ば……」
 娘の口がゆっくり開かれる。
「……おとうさん、ばか?」
 
―ごーん。

 房八の心に、何かが直撃した。そして、娘はくるりときびすを返し走り去っていった。冷たく言い放たれたそ
の言葉は、いつまでも房八の頭の中を駆け巡っていた。

―ばか? ばか? ばか? ばか……?



 夕焼けの中、うごめくシルエットがある。三つの人影、ぷらす一匹。その頭はそれぞれ、もこもこと膨らんで
いた。アフロ。彼らこそ、選ばれし熱きアフロの戦士。
 それぞれの胸中に宿る思い。それがなんであるかはわからない。だが房八の心は、ただひとつ。

―この悲しみを、APに変えて。

 彼らは夕焼けの中、決戦にむけておおいなる一歩を踏み出した。


<了>

PCシチュエーションノベル(ツイン) -
雅 香月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年06月25日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.