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『芽吹く種 』
丘星・斗子2726)&東雲・飛鳥(2736)



 ぽとりと胸に落ちた種
 温かな気持ちで芽吹く種
 静かに静かに刻を待つ


■□■

 大学祭が近づくにつれ、校内には活気が溢れてくる。
 今まで自主休学していた者も、この時ばかりは気合いが入るらしく元気に登校してきていた。
 心なしか学内の人口密度も高くなってきているような気がする。
 丘星斗子はそんな中、図書室でレポート用の本に目を通していた。
 かなり難解な言い回しで書かれてはいるが、内容としては斗子の興味を惹くものでなかなか面白かった。
 そうして何時間そこにいただろうか。
 もう少しで読み終えるという時に、図書室の扉を乱暴に開く音が響いた。

「いたー!斗子お願い!もうこれ着こなせるの斗子しか居ないの!」
 静かな図書室に響き渡る聞き慣れた声に斗子は顔をあげた。
 斗子と入り口に立つ友達に視線が集中する。
 うるさいと言いたげな瞳にいたたまれなくなった斗子は荷物を持ち、友達を連れ図書室を出た。

「どうしたの?」
「邪魔してごめんー!でもね、もう時間もないし。斗子こういうの嫌いだと思ったんだけどアタシを助けると思ってお願い、うん、って言って!」
 彼女は斗子の友達で学祭の実行委員をしている人物だった。話がよく見えないが、『お願いしたいこと』とは間違いなく学祭関係の事なのだろう。
 必死な友達の様子を見て、斗子はその頼みたい内容について尋ねてみることにする。
「頼みたいことがあるのは分かったけれど、一体何を着ればいいの?」
「コレー!」
 友達は斗子に持っていた写真を見せる。
 煌びやかな何処か異国の地を思わせる衣装だった。時代も今よりももっと昔、殷や周その辺りの王族が着ていた衣装にも似ている気がする。黒を基調とした布地にワンポイントで描かれている朱色の花。そしてアクセントとして袖口、襟元、腰に金の色遣い。絶妙なコントラストだった。
 その写真に斗子が見入っていると友達は、脈アリ、と思ったのか嬉々として話し始める。
「ほら、アタシ前言ってたでしょ。企画でショーがあるって。それのね、モデルをお願いしたいの。これを着こなせるのは斗子しか居ないって思ってつい……」
「言ってしまった……のね」
「はい、そうでーす。で、アタシを助けると思って!でも本当にその服の出来が良いんだよ。でも斗子が着ないと誰も着ないで終わってしまいそうなの。せっかく作ったのに勿体ないって思って」
 だからお願いしますー、と友達は目の前で手を合わせ斗子を拝む。
 そんな友達の様子に斗子は、くすり、と微笑む。
 いつも一生懸命で前向きな友達のこういう姿は憎めない。きっと誰よりも大学祭が成功することを祈って、あちこち走り回ってきたのだろう。髪は乱れて大変なことになっていたが、それすら気にした様子もなく斗子に頭を下げる友達。
「分かった。私で良ければお手伝いするから」
「ほんと?ほんと?ありがとう!斗子大好き!」
 ぎゅーっ、と抱きしめられ斗子はそんな友達の役に立てることを嬉しく思った。


 その帰り道、レポートに必要な本を求めて斗子はしののめ書店を訪れていた。
 ここの店主である東雲飛鳥とは顔なじみになっていて、資料を探すのに手を貸してくれる斗子の良き理解者でもあった。
「こんにちは」
 斗子が店の扉をくぐるといつものように本の整理をしていた東雲が、いらっしゃいませ、と柔らかく微笑んだ。
「今日はどうしました?またレポートの資料ですか?」
「当たりです」
 大学は本当にレポートが好きですね、と東雲が言うのに対し斗子は、本当に、と小さく微笑む。
 いつものお決まりの会話パターン。
 しかしそのお決まりのやりとりに斗子はここのところずっとそれが楽しいと感じていた。
 ここに来ることが多いのはそういった感情が湧くからだということにも最近気が付いていたが、それを特に気にしたことはない。
 居心地が良い場所というものがあることに斗子は喜びを覚えていた。
 やっぱり落ち着く、と思いながら斗子が資料を探していると隣で一緒に資料を探していた東雲が、そういえば、と切り出す。
「今度斗子さんの大学で学祭があるそうですね。なんだか随分と楽しそうなので行ってみたいと思ってるんですけど。あそこの大学広いじゃないですか。迷ってしまいそうなんですよね。それに何が何処にあるかも分からないし。斗子さんなら分かりますよね」
「えぇ、それは……」
「それじゃあ、案内して頂けませんか?」
 その言葉に珍しく斗子は固まる。
 別に案内することは苦ではない。むしろ実行委員で当日忙しい友達は一緒に回ることが出来ないだろうから、一緒に回ってくれる人が出てくることは喜ばしいことだった。
 しかし、今回だけは別だった。
 先ほど友達とショーに出る約束をしてしまっていた。そんな姿を東雲に見られることなど考えられなかった。
 恥ずかしくて堪らない。
 普段の自分とあんなにもかけ離れた姿を見られたくはない。

「……斗子さん?」
 黙りこくったままの斗子の顔を覗き込む東雲。
 はっ、と我に返った斗子は申し訳なさそうに告げた。
「私、その日はちょっと用事があるので一緒には回れないんです」
 すみません、と斗子は東雲に謝罪する。
「いえいえ、用事があるのなら仕方ありませんね。そうですか……でも残念ですね」
 はぁ、と小さく溜息を吐いた東雲だったが、それ以上学祭については何も言わなかった。
 そのことに斗子は感謝しつつ、二人はその後も斗子のレポート用の資料探しに明け暮れた。


■□■

 学園祭当日。
 斗子にふられてしまったものの、東雲は一人で斗子の大学へとやってきていた。
 一人淋しく学内を歩き回り、活気のある人々の様子を見て回る。
「あぁ、『祭り』というものはいつの時代も変わらないんですね」
 活気に溢れ、その場には陽気に笑う声や賑やかな音が溢れている。昔も今も祭りの根本は変わらないようだった。
 その感覚を楽しみつつ、東雲はある看板を目にした。
 ファッションショーのようなものだということは分かったが、特にそういったものに興味はなかった東雲はそのまま通り過ぎようとする。
 しかし、過ぎ去ろうとした東雲の手を、爽やかな笑みを浮かべた青年が掴んだ。
「なっ……」
「いやー、お兄さん見ないと損するって!これはもう俺この学祭一番のオススメなんだ。丁度今から始まるから見ていってよ。マジでオススメだからさ」
「いや、私は……」
 いいからいいから、と強引に背を押され東雲は中へと押し込まれる。
 そしてそのまま東雲は揉みくちゃにされながらショー会場へとたどり着いてしまった。
 ショーの規模的に考えてそんなに人が入る出し物ではないだろう、と東雲は思ったのだが驚くくらいの盛況ぶりに目を見張る。
 会場いっぱいに人が溢れていた。
 東雲の居る場所からステージまで優に50メートルは軽くある。これではステージに立った人物は豆粒だ。
 せっかく入ったのだからこれはしっかり見るしかない、と東雲は意地で前へと進み始める。
 人の間を縫って進み、東雲はステージまで10メートルほどの位置まで近づいた。
 しかしそれがどうやら限界のようだった。前の方はぎゅうぎゅう詰めで大変なことになっている。
 人の顔も衣装も見える場所だから、と東雲はその場でショーが始まるのを待つことにした。


「やっぱり似合うー!これでこそ、アタシの友人、斗子!完璧ーっ!」
 当の本人をほったらかして友達は斗子の写真を撮りまくる。もう既に自分の世界の住人へとなっている友達に斗子は溜息を吐いた。
「もうそろそろ……」
 出番だから、と告げようとするのを友達の声が遮る。
「あぁ、もう皆に見せるの勿体ない!やっぱ出なくていい……わけないです。ごめんなさい」
 斗子の背後から衣装の制作者が恨めしそうに、じっ、と見つめているのに気づいた友達は小声で謝罪し項垂れる。
 その様子があまりにもおかしくて斗子は、ふふっ、と笑った。
 すると衣装のせいもあってかその笑顔はいつもの倍ほど艶やかに見える。それを直視してしまった友達はふらり、と倒れそうになるが必死に耐えて斗子に言った。
「全く無意識ってのは怖いねぇ。それ、悩殺される笑顔だよ。まぁ、とにかく斗子…頑張ってきて!」
 ぽん、と斗子の肩を軽く叩いて友達が笑顔で見送る。
「はい」
 斗子は小さく微笑んでライトの当たるステージ上へと歩を進めた。

 普段から立ち居振る舞いに気品のある斗子だったが、ステージの上では更にそれが際だっていた。
 今まで出たどのモデルよりも気品に溢れ、そして背筋をピンと伸ばし真っ直ぐに前を見据え歩く姿は人々の目を釘付けにした。
 まるで史記の中から現れた王族の娘の様な斗子の姿。
 そしてそれを見てその場にいた誰よりも驚いていたのは、偶然にもショーを見る羽目になった東雲だった。
 ぽかん、と口を開き東雲はステージを堂々と歩き人々に視線を送る斗子の姿を眺める。
 余りにも艶やかなその斗子の姿。
 そしてそのステージ上で斗子の魂は輝いて見える。普段でさえそう見えるのに、目的を持って進む斗子の姿はなお高潔で美しく見えた。
 いつもはシックな服装を好んでいる斗子。今着ている艶やかな衣装とはやはり少し印象が違う。
 それを自分に見られたくなかったのだ、と東雲は感じて微笑む。
 意識されているということは少しばかり二人の間で進展が見られたと考えても良いのではないか。
 その小さな恥じらいに東雲は嬉しそうな笑みを浮かべるのだった。


■□■

「アリガトウー!大盛況!もう斗子の出番の時、会場が一瞬シーンとなっちゃって。皆、斗子に釘付けだったよ!」
「衣装がとても素敵だったから。だからきっと」
 私も着れて嬉しかった、と斗子が告げると衣装の制作者も友達も嬉しそうに笑った。
 その時、楽屋の扉を軽くノックする音が聞こえる。
「はい、どうぞ」
 そう答え振り返った瞬間、斗子は柄にもなく突然の訪問者の姿に驚き椅子から落ちそうになった。
 ずるっと滑り落ちそうになるのを入ってきた男が慌てて支える。
「大丈夫ですか?斗子さん」
「し……東雲さん……」
 えっとこれは……、と真っ赤になりながら斗子は東雲にかける言葉を探す。
 しかし混乱する頭では上手い言葉が見つからず、えっと、という言葉しか出てこない。
 こんなに狼狽する斗子の姿を見ることはこれからずっと無いのではないか。
 まさか東雲が見ているとは思わなかったのだろう。
 もちろん、見ていると分かったら斗子は辞退していたかもしれない。
 そんな斗子の姿をもの珍しそうに眺めながら東雲は微笑む。
「偶然だったんですけどね。初めから見ていたんですが、やっぱり斗子さんが一番でした」
 とても綺麗で孤高の存在のようで思わず見惚れてしまいました、と東雲は思ったままのことを口にする。

 突然の来訪者に狼狽する斗子と笑顔で斗子を褒めちぎる男を見比べ、友達は何か勘付いたようだ。
『斗子また後で』
 そう口の形だけで斗子に告げると、衣装制作者を引きずって楽屋を出て行ってしまった。
 そして楽屋には斗子と東雲の二人きりになってしまう。
 それはいつものしののめ書店での状況と変わりないはずなのに、斗子にとって今のその状況はとても意識してしまう空間となっていた。
 普段の姿ではない、ということも関係しているのかもしれない。

「あの……」
「はい、なんでしょう?」
 ニッコリと笑みを浮かべた東雲に斗子は俯く。
 東雲に見られたということはとても恥ずかしかったが、恥ずかしいと思う気持ちよりも先ほど東雲に誉められた事が何故か嬉しかった。
 いつも何かと『綺麗だ』と声をかけてくる東雲だったが、その時も不思議と嬉しい気がしたのを思い出す。
 何だろうこの気持ちは、と斗子は自分の気持ちが分からず不安な瞳を東雲に向けた。
 その視線に気づいた東雲が心配そうに声をかける。
「斗子さん、気分でも悪くなりましたか?お水でも……」
「いえ、大丈夫です。ただ、少し吃驚しただけです。東雲さんが突然現れるから……」
 恥ずかしいじゃないですかこんな姿、と斗子は少し拗ねたように告げる。
 そんな姿も悪くない、と東雲は微笑み恥ずかし気もなく斗子を褒め称えた。
「学内を歩いていれば斗子さんに会えるかもしれない、なんて思って来てしまいました。願いって叶うものなんですね。こんなに素敵な斗子さんを見ることが出来ましたし。本当にお似合いです。このまま連れ去ってしまいたいくらいに」

 その東雲の言葉を聞いて斗子の心がトクンと鳴る。
 今度ははっきりと感じた。
 東雲の言葉は何故かいつも斗子の胸をときめかせる。
 別に特別な言葉ではないのに、胸にすとんと落ちてくる言葉。
 この感覚を知っている。
 東雲のことが気になって仕方がない。
 見られたくない、と思ったのも恥ずかしいからではなく、その姿を見て東雲が幻滅したら嫌だ、という気持ちがあったからだ。
 自分を少しでもよく見て貰いたい。
 斗子にそういう気持ちを抱かせる存在にいつの間にか東雲がなっていたのだ。
 
「斗子さん、本当に大丈夫ですか?」
 反応のない斗子を心配して東雲が斗子の顔を覗き込む。
「えっ?あぁ、本当に大丈夫ですから」
 ヒラヒラと慌てて自分の前で手を振った斗子の顔は紅い。
「誉めて頂けて嬉しかったです。これで目も当てられない様子だったらお店に行けなくなってしまうところでした」
「それは困ります。でも斗子さんだったらどんな衣装でも似合うと思いますよ。私はたくさん見てみたい」
「また、そうやって。からかっても良いことありませんよ」
 くすり、と斗子は微笑む。
 その姿に東雲はぞくりとした。
 気になる魂の輝きが強まった気がした。
 あぁ、なんて綺麗なのだろうと。

「からかっていませんよ。私はいつでも本気なんですけどね」
 東雲はそう答え、斗子を見つめる。
 その眼差しは優しく、そして深い想いを湛えている。
 斗子は東雲の眼差しを受け止め、柔らかくそして嬉しそうに微笑んだのだった。




受け止めた想いの欠片
静かに沈んで胸の中

胸に沈んだ恋の種
静かに静かに芽吹く種


――――――貴方の想いで花開く
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
紫月サクヤ クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年06月25日

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