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『コルトの源 〜紅渡り鳥 雨の決闘 』
本郷・源1108
 雨はまだ降り続いていた。
 夜闇と雨に閉ざされた港。船にともる明かりと街灯が、ぼんやりと周囲を照らしている。
 草間武彦‥‥流離いのガンマン紅は、荷の積み込みを終えて出港を待つ船から離れると、倉庫建ち並ぶ暗がりの方へと歩き出した。
 雨がコートを重く濡らす。だが、それを厭う様子さえ見せない。
 やがて紅は、倉庫と倉庫の隙間と言うべき細い道に入り、そこで足を止める。
 屋根の下にある路地は乾いていた。ただ、濡れた後が二つ‥‥
 紅の歩んできた跡。そして、そこで待っていた者の足下‥‥
「待ってたぜ? 紅よぅ」
 言いながら本郷源‥‥コルトの源は、ほっぺたに大福をくっつけた顔を上げた。
「何故、わしがおメエを待っていたか分かるか?」
「さあね。狙われる理由なんざ、こっちはちょいとばかり多すぎてなぁ」
 苦笑混じりに言いながら、紅はコートを脱ぐと一振りして雫を散らし、傍らにあった木箱の上に乗せた。
 そんな紅の前で、本郷はニヤリと笑みを浮かべて台詞を並べる。
「おお、まさにそいつよ。おメエは皆から狙われている。早いとこサシで殺らないと俺の出番が無くならア」
「なるほど‥‥こいつは、この紅も甘く見られたもんだ」
 言いながら紅は喉の奥で転がすように笑い出す。そして、ひとしきり笑った後、鋭い視線を本郷に投げかけながら言った。
「俺は簡単に殺されやしない。他の奴にも‥‥もちろん、お前にもな」
「へ‥‥それこそ、俺を甘く見すぎだぜ。そいつを、ちょいとばかり教えてやらぁ!」
 答と同時に、本郷は紅の懐へと飛び込むように移動する。そして、繰り出した拳が紅の鳩尾を打つ‥‥が、浅い。
 本郷の拳は、寸前に後ろに跳んだ紅によってその威力を殺されていた。もっとも、本郷の腕の短さが、威力削減に大きく関係したのではないかという見方もあったが‥‥ま、ともかく。
 紅は飛び退き際に、足を振り出していた。鋭い一線を描いたその蹴りは、本郷の頭を狙う。
 本郷は、拳を繰り出したその姿勢から、首を横に傾げながら上半身を前に倒して、蹴りをかわそうと試みる。
 だが、僅かに遅い。紅の足が本郷の頬を捉える。直後、黒い飛沫が散った。
 衝撃によろめき、だが倒れることなく姿勢を立て直した本郷は、小さな舌を出して頬についた黒い飛沫の一部を舐めとる。
「わしの面に色をつけたのは、あんたで三人目だぜ、前の二人は墓の下でオネンネしてらァ」
 本郷の口の中に金臭い血の味が広がる‥‥と見せかけておいて、広がったのはスッキリとして品の良い甘さだった。
 血‥‥ではない。頬に張り付けていた大福が潰れて餡がはみ出たのである。
「ぬ、甘いのじゃ。やはり、老舗すずきの大福を求めた価値はあったのじゃ! あ‥‥っと」
 地を出して喜色の声を上げた本郷は、すぐに不敵な笑みを戻して紅を睨み付ける。
「ふふふ‥‥随分とやるようじゃねぇか」
「たいした事じゃない。だが、やっぱりこんな事じゃ勝負はつかないな」
 紅は越のホルスターから拳銃を‥‥紅の拳銃を抜き出す。だが、それを本郷に向けはしない。
「一発‥‥そんなのも悪くないだろう。当てるも、外すも、殺すも、死ぬも‥‥全部、一発っきりだ」
 言いながら、紅はコルトリボルバーの回転弾倉をスイングアウトさせ、一発を残して銃弾を下に落とした。
「おもしれぇ‥‥」
 それに倣い、本郷もホルスターからコルトオートマチックを抜き出し、弾倉を外す。これで弾丸は、チェンバーの一発きり。
 紅が銃をホルスターに戻す。同じく、本郷も銃をホルスターに戻し、そして言った。
「霧笛‥‥そいつが合図だ」
「‥‥‥‥」
 無言を了承の態度ととり、本郷は合図を待つ。
 先程まで、時折鳴っていた霧笛が、待つとなるとなかなか鳴らない‥‥
 じれったく、焦る気持ちが出るが、それを苦労して押さえつけて本郷は待つ。待つ。待つ‥‥
「あーっ、さっきまで、のべつまくなしに鳴っておったのに、どうして鳴らないのじゃ!」
 思わずキレて叫ぶ。と、そのせいかどうかは知らないが、直後に霧笛が鳴り響いた。
「!」
 考えるよりも早く、手が銃に伸びる。
 意識した時には、本郷の手には銃が握られており、それは紅に向けられていた。
 一方、紅の銃はまだ上がりきっていない。
 本郷が引き金を引く。その直前、紅は口端で小さく微笑むと、軽く横に身体を傾けた。
 直後、銃弾は紅の頭があった場所より、更に上の辺りを貫いて飛び去る。
 本郷の銃が上がりすぎていた‥‥その理由を悟り、本郷は奥歯を強く噛み締める。
 同時に、紅の手の銃は本郷の眉間に狙いを付けたところでピタリと止まっていた。
 だが、まだ撃たれてはいない。
 本郷は紅に問う。
「汚ねぇなぁ‥‥紅。こうなるってわかってたんだろ?」
「いつものクセで銃を使った‥‥そいつが、お前のミスって奴だ」
 弾倉を外した分、本郷の銃は軽かった。いつもと同じつもりで抜き、同じ力加減で振り回した結果‥‥少々、銃口が上がりすぎた。
 全て、紅の仕込み‥‥もっとも、乗せられたのは本郷の未熟だが。
「あばよ‥‥コルトの源」
 紅はゆっくりとコルトの狙いを定める。本郷の眉間から、ゆっくりと銃口を下げて心臓の上へと。これでは、どの様に動いてもその銃弾をかわす事は出来ない。
「う‥‥‥‥」
 目前に迫る死。
 紅は、何の躊躇もなく引き金を引くだろう。そうすれば、本郷の命はここに散る事となる。
 だが、本郷はまだ死ぬわけにはいかなかった。
 すくなくとも、家の冷蔵庫に置いてきた残りの大福を食べるまでは死にたくない。
 迷い‥‥悩み、そして本郷は最後の手を使うことにした。
「‥‥‥‥ふ」
 小さく息をもらす。すると、本郷の身体が膨れ上がるかのように変化を始めた。
 本郷が纏う衣装が破れ散り、全身は変化を続け‥‥そして本郷は、獣人としての姿を現した。
 獣人ハムスターここに現れり。
「わ、わしはラブリーなハムスターなのじゃ。コルトの源など知らぬのじゃ!」
 ごまかせたかな‥‥と、ドキドキしながら紅の様子を見る本郷の前、紅は焦った様子で本郷から視線を外すと空に向かって声を上げた。
「ち‥‥どこだ! コルトの源!」
 しかし、答える者など居るはずもない。
 その隙に‥‥と、こっそり逃げようとする本郷。しかし、その背に向けて紅は言葉を投げ掛けた。
「逃げやがったかコルトの源‥‥ガンマンの風上にも置けねぇな。そうだろう、ハムスターさんよ」
「う‥‥いや、そんなことはないぞ。何か都合があったのではないか?」
 風上にも置けないと言う台詞に、自分の事なのでフォローしておく本郷。そんな本郷を一瞥し、木箱に置いたコートを取り上げて袖を通しながら紅は言う。
「まあ良い。また勝負をしよう。何処かでコルトの源に出会ったら、そう伝えておいてくれ」
 そう言って人の悪い笑みを浮かべる紅は、ほぼ確実にコルトの源の正体を知って‥‥って、まあ、あんなので誤魔化せる筈もないので当たり前なのだが、コルトの源が目の前のハムスターだと知っているようだった。
「ふ‥‥やっぱり、お前は誤魔化せ‥‥」
「しかし、コルトの源の奴は、何処へ消えたんだか‥‥」
 本郷の言葉を掻き消して、紅の本気っぽい言葉が路地に響いた。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
ALF クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年06月23日

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