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『鎮・ソロデビューへの道!〜カマイタチ伝説・最終章の巻〜 』
鈴森・鎮2320)&鈴森・夜刀(2348)&鈴森・転(2328)

 その日の朝、鈴森・鎮はどこかいつもと違うような気がしていた。
別に朝食を和食から洋食にしてみただとか、歯磨き粉と兄の洗顔フォームを間違えたとか、
そういう事ではない。まあ確かに過去にはそういう事もあったが決して今日ではない。
「なんか俺、やれそうな気がする…」
 誰かに言ったわけでもない鎮の呟きを、珈琲を飲みながら新聞に目を通していた長男の鈴森・転は聞き逃す事は無かった。
トーストをかじりながら、真剣な表情で目玉焼きを見つめる弟の表情、
大きくなったんだなあ…と、なんだか嬉しくなり、転は優しげな笑みを浮かべたのだった。



 その日、三下・忠雄はいつもと違う一日を過ごしていた。
朝はすっきり目覚めたし、しかも朝食がなぜかやたらと豪勢で高価なものだった。
その上、仕事に少し遅刻してしまったものの、上司からのお咎めは一切無く。
いつも仕事中は何がしかミスをしてばかりいたのに、今日は一度もそういう事は無かった。
それどころか…普段は出来ないような仕事までこなしてしまったのだ。
気持ちが悪いくらい順風満帆な一日だった。


★☆★鎮・ソロデビューへの道!〜カマイタチ伝説・最終章の巻〜★


「鎮、無理だと思ったらやめてもいいんだからな?」
「わかってるよ兄ちゃん…でも俺、この五ヶ月ずっと頑張ってきたんだ!今日こそ…!」
「まあせいぜい頑張んな♪やさしいおにーさまが応援してやっから」
 鎮と転の二人でやって来たはずが、なぜかポップコーンとコーラを片手に木の枝に腰かけ、
応援というよりは見物、野次馬的な雰囲気でやって来た次男の夜刀が鎮にバチリとウインクを投げる。
「……それが一番不安だっての!」
「なんだと?!おまえ、俺のこの弟を想う兄心がわからねえのか!!?」
「誰のせいで前々回失敗したと思ってんだー!!!」
「まあまあ…鎮、夜刀もお前の事を心配してるからこそなんだから…夜刀は素直じゃないから」
「ば…バカ言ってんじゃねーよ兄貴ッ!!俺は別にそんな…」
「ポップコーンこぼれてるじゃん!もったいない!」
 零れ落ちた一粒を、鎮はひょいと手にしてぱくりと頬張った。
もくもくと噛む音以外、静まり返るその場。
なぜか誰も一言も喋らずに、そのまま三分ほどの時間が流れていった。

 あやかし荘へ続いているいつもの道路。いつもの場所。
鎮が何度も何度も三下に挑み、そして玉砕していった因縁の場所。
別にここで仕掛けなくとも良いのだろうが、ここで成功してこそ!と、鎮は思ったのだ。
「そろそろだよ…鎮」
 黙って、これまでの長いようで短いようで、やっぱり長かった五ヶ月を思い出していた鎮の耳に、
転の優しげな思いと厳しげな思いの入り混じったような声が聞こえる。
顔をあげると、なぜか仕事を早く切り上げる事が出来た三下が帰宅するためにこちらへやって来るところだった。
「いよいよだな。なんかドキドキするぜ」
 夜刀は映画かスポーツの試合でも見ているかのような表情で小さく呟いた。
「……兄ちゃん、兄貴…色々あったけど、お世話になりました」
「なんだよ改まって。気色悪いぜ」
「……お、俺…全然まだ半人前だけど…が、頑張るからな!!絶対、俺はやる!!」
 ぐっと握りこぶしを作り、決意表明とばかりに天空へと突き上げた鎮の手を、
夜刀はニッと笑みを浮かべながらぺしりと叩くように包みこみ、転は微笑ましげに笑みを浮かべ、その上からそっと手を重ねた。
二人とも何も言わなかったが…鎮には兄の眼を見れば何を言いたいのかが伝わった。
「よーっし!行くぞ三下…いや、サンシタッ!五度目の正直だっ!!」



プロカマイタチデビュー戦・鈴森鎮VS三下忠雄。第五回戦。
解説は長兄鈴森 転、実況は次兄鈴森 夜刀。東京都内あやかし荘近辺ごく一箇所にて放送。
「って…、なんだよ…それは」
「雰囲気出るだろ?ま、ノリだよノリ!
「…よくわからないが…まあいいか。ところで夜刀。正直なところ鎮はどうかな…」
「俺達の弟だぜ♪やるに決まってるだろ!っと…来たぜ来た来た!!サンシタの登場だー!」
 いつもの帰宅への一本道。何も疑わずに歩いてやってくる三下。
しかし彼の背後には、一人の鎌鼬が”その時”が来るのを虎視眈々と狙っていた。
鎌をしっかりと構えて気配を殺し、息を潜める鈴森 鎮。両者の距離が一段と近づいたその瞬間…
「おおっ!鎮が仕掛けたッ!!」
「馬鹿っ!まだ早い!」
 鎮の放った風は、少しタイミングが速すぎて三下の手前でふわっと埃を巻き上げるだけで消えていく。
「あいついきなり失敗かよ〜…転ばさねーとはじまらねぇってのに」
「何度も言ったのにな…人間は動くんだから、その動きを予測して距離を測り、強さや速度を計算して…」
「ほー?兄貴、いっつもいちいちそんな事考えながらやってたわけ?」
「………。基本じゃないか…まさか夜刀…お前…」
「俺?そんなの俺様のワイルドなカンがあれば計算なんてノンノンだぜ☆」
 人差し指を左右に振りながら、さも当たり前のように自慢げに言う夜刀に、転は頭を抱える。
まあ確かにそのカンでしっかりと鎌鼬としての力は発揮できているのだから良いと言えば良いのだが…。
「確かにお前に計算しろって言うほうが無理だよな…」
「あ?なんか言った?って、おおっー!!めげずに鎮、第二波をサンシタにぶん投げた〜!!」
「惜しい!今度は強さが足りない…鎮、頑張れ…頑張るんだ」
 その後も、鎮は三度、四度と何度も何度も三下に仕掛けるのだが、何故か上手くいかない。
タイミングが合ったかと思うと強さが足りず、強さが充分になったかと思うと相手に当たらない。
これまで転ばす事に関しては完璧!と思っていただけに、一番最初の段階でけつまづいていた。
「鎮、肩に余計な力が入りすぎてるんだ…それに焦りが見えてる…どう思う、夜刀?」
「………」
「―――夜刀?」
 声をかけても返事のない夜刀に目を向けた転。
最初はかなりノっていた夜刀だったのだが、どうにもあまりに鎮が失敗し続けるものですっかり飽きたらしく、
きょろきょろと余所見をしていてすでに鎮の方など見てはいなかった。
「…夜刀…お前…」
「おおっ!!大学帰り風の女子大生発見!!すらっとしたあの美脚!俺への招待状かー?!オッケーオッケー!
そんなに声をかけて欲しいならかけちゃうぜ♪どへでも行こうじゃないか〜〜〜〜〜!そこのカノジョ〜〜〜!俺と…」
 ザクッ。
すっかり興味がそれ、通りすがりの女性をナンパしにかかった夜刀。
弾む声と、実際弾む足取りでそちらに飛び出そうとした…のだが、なにやらとてつもなく痛そうないや〜な音が響き…
「あ、これおぼえあるぜ…そうそう、確か鎮の特訓に付き合った時にも同じようなことがあったよなー…
しっかしまああん時は威力もねえし全然ちっこいから痛いつってもそうでもなかったけど今回は…って、痛ぇぇぇぇぇぇッ!!!
痛ぇじゃねえかこンのクソ兄貴―――ッ!!!!!」
「それだけ叫ぶ元気があるなら大丈夫だろ?」
 ものの見事に、自分の脳天に突き刺さった兄の鎌を引っつかみ、夜刀は声を荒げる。
腕を組んで冷静に突っ返す転の態度にさらに夜刀はカッとして鎌を思いっきり引っこ抜く…と、案の定。
ぷしゅーっと噴水のごとく血が吹き出して、だらだらと流れ落ちて夜刀の顔面を真っ赤に染めたのだった。
「てめぇ…よくもこの俺様のびゅりほー(注:ビューティフル)なフェイスを…」
「あ、夜刀…あんまり動くと…」
「絶対ゆるさねえぞ!さっきの女子大生どっかに行っちまっ…あっ…急にめまいが」
 ふらりと倒れこむ夜刀。
「貧血おこすぞ…って遅かったか…まあこれで少しは静かになってくれるかな…」
 ふだんは二人の弟に振り回されて、埋没しがちの転なのだが今日はどこか違っていた。
これもひとえに、末の弟の将来を案じる兄の心のなせる業なのであろう…たぶん。
 兄二人がそんなやり取りをしている間にも、鎮は何度も仕掛けて失敗しを繰り返していた。
いつの間にやら場所は移動していて、かなりあやかし荘の近くになってしまっている。
あやかし荘に帰ってしまわれたら、それでもう今日はお終いなのだ。
「ちくしょー!なんでだよっ!なんでできねーんだよッ!!」」
 悔しさと自分への不甲斐なさで涙目になりながら、それでもめげずに仕掛ける鎮。
黙って成り行きを見つめていただけの転だったのだが…なんというか…弟の涙には…弱い兄だった。
「鎮!僕との特訓を思い出すんだよ?!落ち着いて、鎮なら出来る!お兄ちゃんは信じてる!」
「に、にーちゃん…っ…」
「そうだぞ鎮っ!この俺様のスペシャルでトリビア(注:トレビアンと言いたいらしい)な特訓も思い出せ!」
「あ、兄貴っ…」
「大丈夫だよ、鎮!だっておまえは…」
「俺達の自慢の弟なんだからよ!」
「………にいちゃんっ…」
 ボロボロと大粒の涙をこぼす鎮は、それとぐいっと腕で拭い去って大きく頷く。
そして、ゆっくりと深呼吸。心を落ち着けて。
『鎮の場合、力を入れすぎるから駄目なんだよ。肩の力を抜いて。
いいかい?言ったろ、相手は人間なんだって。動くんだから。 相手との距離や相手の体格をちゃんと考えてやらないと』
 三下を転ばせるどころか、空き缶すら倒せなかった鎮にそう言って教えてくれたのは一番上の兄の転。
『頑張って良かっただろ?迷いは捨てるんだぜ?それだけに集中して渾身の力で行けよ!』
 三下に斬り付けるどころか、ベニヤ板一枚すら切れなかった鎮をなんだかんだ言いながらも励ましてくれたのは二番目の兄の夜刀。
それを思い出しながら、鎮は目の前を歩く三下へと腕を向けた。
 精神を集中し、手の上に生まれる『風』。
周囲の自然が、まるで鎮を応援するかのように…流れていた風を止めた。
「にーちゃん!俺の力を見ててくれー!!」
 鎮の魂の叫びと共に、『風』はまっすぐに三下へと突き進み、そして今まで見た事も無いくらいのなめらかな動きで…
『うわっとととととっ!』
 三下はどさりとつんのめって地面へと倒れこんだ。
そして、すかさず走りこんで、まだ未熟で小さいながらもしっかりとした『鎌』を三下へと振り下ろし。
『あっ痛っ』
 風と共にかすかに皮膚を凪いだ感触に、三下が小さく声をあげる。
その間、わずか数秒。
「いいぞ鎮っ!!最後はお前のとっておきだぜっ!!!」
「鎮っ…」
 手に汗握りながら叫ぶ夜刀。感極まって眼を潤ませている転。
そんな兄二人の前で、鎮はみごと…三下の傷口に『薬』を塗りつけてそしてその場から逃げ去ったのだった。
『…あ?あれぇ?なんだったんでしょう今の…?何か切れたような気がしたんですが…うーん、切れてない』
 三下はひたすら首を傾げながら、立ち上がって自分の体のあちこちを見つめる。
まったくもって、自分の身に何が起きたのか理解できていないようであった。



「にーちゃんっ!兄貴っ!やった…やったよッ!!」
「よくやったぜ鎮ッ!それでこそ俺の弟だ!」
「前にも言ったよな、それ…」
「何度でも言ってやるっ!それでこそこの俺様の弟だー!!」
 鎮は心から嬉しいという表情で二人の兄の元へと駆け寄る。
夜刀は満面の笑みを浮かべてそんな弟を迎えて、乱暴ながらも愛をこめてがしがしと頭を何度も撫でる。
普段、あまりそういう事のない関係だけに、鎮は嬉しいやら恥ずかしいやらで顔を赤くしていた。
「にーちゃんっ!俺、やったよ!!」
「おめでとう…」
 嬉しさを素直に顔に出しながら転に顔を向ける鎮。
転は優しげに微笑みながらも、どこか喜びきれていない…というか、少しその顔に疑問符を浮かべていた。
「…どうしたんだ?いの一番に褒めまくりそうなのに」
「あ、いや…」
 夜刀も不思議そうに転の顔を覗き込む。転は言おうかどうしようか迷いながらも、しかし弟のためと思い…。
「成功した事はいいんだけど、鎮…確か、『サンシタに特製の”鎮MIX・MAX”塗ってやる!』って言ってたよな…
でも見たところ、彼は板って平気な顔をしているみたいなんだけど…」
 転に言われ、鎮は一瞬固まる。夜刀もそれに気づいたらしく、「そういえば」と視線を三下に向けた。
すでに姿は小さくなってしまっているが、足取りもしっかりしていて痛がっている様子は無い。
鎮が作った”鎮MIX”にさらに改良を加えたはずの”鎮MIX・MAX”を喰らって平気でいられるはずは無いのだが…?
「………ってまさかお前…普通に薬塗っちまったんじゃ…」
「……………しまったあぁぁぁあぁっ!!!!!」
 ついうっかり。
『転ばせる』事と『斬り付ける』ことにばかり集中していたせいで、自分の本業本職である『薬を塗る』という場面で、
よりにもよってせっかく用意していた特製薬を間違えて普通の薬を塗ってしまったのだった。
 その事実に気づき、硬直したまま真っ白に燃え尽きる鎮。
「ま、まあ…普通一般的にはこれで成功したって事なんだから、良かったんじゃないか…な?」
「兄貴よ…だけど本職の薬間違えるって事は、いざって時にも間違える可能性あるって事だろうがよ」
「それでも鎮がひとりで最初から最後まで出来たんだから…そう、試合に勝って勝負に負けると言うか…」
「フォローになってねぇよにーちゃーんッ!!!」
 両目から滝のような涙をどばーっと流しながら、その場に崩れ落ちる鎮。
今から追いかけてリベンジしようにも、三下の姿はすでにもう見えず、
時間的にも距離的にもあやかし荘の門をすでにくぐってしまっているであろう状態だった。
「落ち込むな、鎮!お前は良くやったよ…お祝いに俺が今度カワイイ女の子紹介してやるからな?」
「兄貴と一緒にすんなっ!!」
「な、なんだその言い草はっ!せっかくこの俺様がお前を元気付けてやろうと…」
「慰めるにしても他にあるだろっ!俺は兄貴と違って女の子なんてどうだっていいんだよっ!」
「なんてこと言うんだ―――!?お前と言う奴は、お前と言う奴は!!!」
「ま、まあまあ二人とも…そんな事よりも今夜の夕飯は鎮のお祝いに…」
『うるさいっ!!兄貴は黙ってろッ!!』
『うるさいっ!!にーちゃんは黙ってろッ!!』
 せっかく鎮のソロデビューへ向けて、兄弟一丸となったと言うのに結局最後はコレである。
いや、まあ彼ら三人らしいと言えば三人らしいのではあるが…
「だいたいな、あとちょっとで500歳になろうかって歳にまだこんな事してんじゃまだまだってやつだよ!」
「あ、兄貴だって俺くらいの歳ん時は失敗ばっかしてたって聞いたぞー!?」
「んなッ…誰が言った!?ああッ、てめえ転ッ…鎮に言いやがったな!!」
「え?いや、僕はそんな…」
「あ〜やだやだっ!俺は兄貴みたいな奴にはなりたくないねっ!」
「なんだと!?世の男どもがなりたいなりたいと憧れてやまない俺様に向かって!!」
「嘘言うなよな!バッカじゃねえの?!」
「なんだとー!?」
「なんだよー!?」
「……あのさ…そろそろ帰ろらないかな…?周囲の視線が…」
『兄貴は黙ってろって言ってるだろッ!!!』
『にーちゃんは黙ってろって言ってるだろッ!!!』
 帰宅途中の通りすがりの方々が、何事かと視線を集中させる。
転はひたすら「すみません」と頭を下げながら、二人の弟を宥めるのだが………
「あ、あのさ…夜刀…」
「うるせえ!!」
「鎮…今日はもう疲れただろ?」
「にーちゃんちょっと黙っててくれっ!」
「お、おまえら…」
「だいたいなー!そもそも鎮、お前が…!!」
「それを言うなら兄貴こそっ!!」
「いいかげんに…」
「お前がそんなんだから俺だってなあ…!!
「なんだよ!人のせいにすんのかよー!!」
「お前ら二人ともいいかげんにしろ―――ッ!!!!!」


 かくして。
鎮のソロデビューへの道は、見事成功と言えるかどうかはさておき、とりあえずのところ終わりを告げた。
転ばせて斬って薬を塗って血止めして…全てを一人でこなして、一応これで鎌鼬として一人立ちしたわけである。
しかしまだまだ不安定なわけで、果たしてこれから先、鎮がそれを実践し続けられるかどうかは今後の彼にかかっている。
これからもひたすら精進の道を突き進み、兄を超えるような立派な鎌鼬になれるよう…
頑張れ鎮!負けるな鎮!!今夜は転の特製赤飯だ!!!





【=終=】



※この度はせっかくの完結編だと言うのに納品が遅くなってしまい申し訳ありませんでした。
※誤字脱字の無いよう細心の注意をしておりますが、もしありましたら申し訳ありません。
PCシチュエーションノベル(グループ3) -
安曇あずみ クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年06月22日

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