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『憐れな子供(前編) 』
鬼丸・鵺2414)&魏・幇禍(3342)





それは、最初、真っ白な面だった。
目鼻立ちも、何もない、真っ白な面。
次に、鬼の面になり、女の面になり、化け物の面になり、そして、やはり真っ白な面になった。


嗤う嗤う。
様々な声で嗤う。


俺も次第に可笑しくなって、一緒に嗤った。


少女の背後には、挽肉のように変じた、元・人間の肉塊が転がっている。
俺の、標的。
ああ、俺に殺されておけば、あんな風な死に方はしなかったろうに。

俺も、もうじき、「ああ」なるのか。

腹に穴が空いていた。
肋も何本かヤられているらしい。
足の骨は、先程、楽しげに折られた。
片腕も、もう上がらない。
あちこちがボロボロになりすぎていて、最早、何処が損傷して、何処が無事なのかすら分からない。
こうなったら、頭もヤられてしまった方が、小気味良いと思えた。


いや、もう、実際にヤられているのだ。
あんな少女に、いいように嬲り殺しにされるだなんて、ロクな死に様はしないと覚悟していた俺の斜め上をイく結末じゃないか。
きっと、頭がおかしくなってしまったんだ。
そうじゃなきゃ、こんな現実有り得ない。




死ぬのか。
俺は、死ぬのか。




降りしきる雨に打たれながら、阿呆のように嗤う。

血は流れる端から洗い流されていて、指先から冷たくなっていく感覚は、俺に死の訪れを如実に悟らせる。


少女が嗤いながら言う。
「何が、おぉぉかぁしぃぃのぉ?」


ピョン、と跳ねて、少女が目の前まで一足飛びに近付き、俺の頭を殴り倒す。
何の反応も出来ないまま、地に倒れ伏した俺の髪を掴み、細い腕からは想像できない程の力で持ち上げた少女が囁いた。


「なぁにぃがぁ? おぉかぁしぃぃのぉ?」


俺は、掠れた声で答えた。


「……死ぬんだな……と、思って」
「……そうよ?」
仮面の奥から、引きつったような笑い声が零れ落ちてくる。
「だって、しょうがないじゃない?」
白い指が、数回俺の頬を撫でた。
突如、少女の様子が急変し、ヒステリックに喚き出す。
「お母様、お母様、酷い酷い酷い。 駄目よ。 ここは、いや。 暗い、暗い、暗い。 どうして? ここはいや。 閉じ込めないで! いやだ。 鵺は、悪くないのに、あああああああああ!」
白い面を被った少女が、仰け反る。



「だから、殺す! 殺した! 殺してやった! アハはハハハははハッハハハ!」


狂気的に震える声音。
「三回刺して、二回抉った。 四回折って、一回砕いた! お家の中の人、みんなだ! みんな、だよ! どう、凄いでしょ? 鵺、凄いよね? ねぇ、ねぇってば!」
少女が、俺の体を闇雲に揺する。
「いつ死んだと思う? みんな、いつ死んだだろう? 刺された時かな? やっぱり、砕かれるまで生きてたかな? 気持ち良いんだよ? 骨の折れる感触って、気持ち良いんだよ? 知ってる?」
俺は、途切れそうになる意識を、必死で繋ぎ止めながら、答えた。
「知ってますよ? 知ってますとも。 でもね、砕くよりも、刺すよりも、抉るよりも……銃でね、撃った方が気持ち良いのです」
「銃?」
首を傾げて、幼げな声で、少女が言う。
「そう」
まだ辛うじて動く方の、掌で握り締めたままの銃を、ゆっくりと掲げて、俺は、心から嗤う。
「どうぞ、これで殺して下さい。 俺は、これで、何人もの人の、胸に、頭に、腹に、赤い花を咲かせてきました。 それは、大層美しい花でした。 一瞬しか咲かない花でした。 その花を見ると、本当に気持ちが良いのです。 どうです? 試してみたいでしょう? 見てみたいでしょう? 死ぬのならば、花を咲かせて俺は死にたい。 美しい花を咲かせたい。 お願いします。 ソレで殺して」
少女が、無造作に銃を受け取り、こちらの額に押し当てた。
俺は、首を振って、口を緩慢な動作で開くと、銃口を銜えた。
どうせなら、頭全部を爆ぜさせて、大輪の花を咲かせたかったからだ。
舌先を、鉄と硝煙の味がピリリと痺れさせる。

どんな花が咲くのだろう?
うっとりとしたような気分になって、俺はじっと待った。


面をつけた少女が、そんな俺をマジマジと見下ろす。


「どうして、そんな澄んだ目で逝こうとするの?」
冷たい声。
ゆっくりと、頬を這い上がってくる掌。
「奇麗な目。 見た事ない、こんな目。 金色の……本当に、奇麗な……目」
恍惚とした声で呟いた少女の声が、グズリと歪んだ。
「頂戴……ね?」
その瞬間、右目に激痛が走った。

熱い!

その燃えるような痛みに、悶え、ギリリと、銃口を噛みしめ、悲鳴を殺す。
凄まじいまでの衝撃と共に、ズルズルと右目から何かが引きずり出される感触がする。
「うぅぅぁうううぁ!」
堪えきれず、喉の奥から、獣のような唸り声が響いた。
「ありがとうv 大事にするわ」
そう言って、少女が掌の上に、金色の目玉を乗せて見せるのを、残りの左目で確認した瞬間、俺の意識は完全に途絶えた。




それが、幇禍と鵺の、出会いであった。





************************************************





「お嬢さん! お嬢さん、あんま、はしゃぐと、はぐれますよ?」
そう良いながら伸ばした手に、鵺が飛びついてくる。
幇禍は、顔を緩ませて、クイと優しく引き寄せた。
「人、多いですからねぇ…。 迷子にでもしたら、旦那様に叱られます」
そう、わざと困ったような顔で言えば、鵺は「じゃ、まずは、綿飴ね!」と、何も聞いてないかのような声音でねだってくる。

祭囃子の音色は、どうしてこんなに心を浮き立たせるのだろう?

日本出身でない幇禍の心の奥にも響く、何処か郷愁を掻き立てる音色。
東京にも、まだ、こんな場所があったのか。
都心から大分離れた、田圃に囲まれた地域の、小さな山にある神社。
そこで行われている夏祭りは、規模はそれ程ではないが、御輿も出るような、昔ながらの地域に根ざした祭りで、鵺が何処かからこの祭りの情報を仕入れてきたのは、ほんの数日前の事だった。
「浴衣着たいんだよねぇ〜。 あとね、近くの小学校の校庭から花火を上げるんだって! それにね、夜店も結構出るみたいv」
なんて、機嫌良く言う鵺に、「祭り、行きたいんだったら、このテキストを終わらせてからにしましょうね?」と告げ、罵られたのも記憶に新しい。
結局、いつもこうであったならば…と、溜息を吐きたくなるような集中力を見せ、課題を終わらせた鵺は、「ご褒美に、たっくさん奢ってね?」なんてちゃっかりした要求をしつつ、今日は朝から、はしゃいでいた。
浴衣も、今年買ったものなのだろう。
黒字に、赤い金魚の模様が上品に散らされた趣味の良い品で、銀色の髪に赤い目なんていう、ちょっと派手が過ぎる本人の外見を巧く抑え、また、引き立たせていた。
浴衣に合わせた赤いかんざしも銀の髪を、華やかに飾っていて、ピョンピョンと跳ねるように鵺が歩くたびに、涼やかに揺れている。
幇禍も、用意されていた紺色の浴衣に合わせた青い帯を締め、下駄をカラカラいわせながら歩いてみると、にわかにしみじみと日本は良いなぁ…なんて心地になってくる。
団扇で、胸元に風を送りつつ、奇麗な巾着を下げた鵺の手をしっかり掴んで、「じゃ、まず綿飴で、その後、金魚すくいでもしましょうか?」と提案した。
その声が、思いの外明るくて、結局、いい年こいて自分もはしゃいでいるな、と気付き、幇禍は人知れず微笑んだ。 


「ハイ、外れ〜。 残念賞だね」
射的の的に一つも当てられる事のないまま、鵺は夜店のオヤジにそう告げられ、ブスっとむくれた顔を見せる。
そして、自分が握っていたモデルガンを幇禍に押し付けると、「あの、ぬいぐるみが欲しい!」と兎のぬいぐるみを指差した。
「分かりました、お嬢様」と、いつも以上に恭しく告ると、軽く構えて、撃ち放つ。
一回三〇〇円で、弾は4発。
唯、一回当てただけで棚から落ちぬよう、少し補強されているらしく、パンパンと、連続して2発、お目当てのぬいぐるみに当ててやる。
すると、一発目の衝撃で傾いた所に、もう一発喰らっては耐えきれなかったのだろう。
コロリと、転がり落ちるのを目の端で確かめて、残りの2発を、その兎のぬいぐるみの隣りに座っていた、多分ペアと思われる黒ウサギのぬいぐるみに命中させて棚から落とした。
少し悔しげな表情でオヤジから渡されたぬいぐるみの内、鵺が欲しがっていた方のぬいぐるみを、捧げるようにして渡す。
「そっちは?」
嬉しげに、ぬいぐるみを抱えながら、幇禍が手にしたままのぬいぐるみを鵺が指差せば、「こっちは、俺のです」と、笑った。
「えぇぇ? ちょっと、幇禍の部屋にそれあるのは、キモイかも」
幇禍は遠慮なくそう言ってくる鵺の頭を軽く小突き、それから、また並んで歩き始める。
鵺の手には既に、金魚の入った袋も下げられていて、「ちゃんと、面倒見るんですよ?」の指切りも済ませられていた。
「ねぇねぇねぇ。 たこ焼き売ってるよー!」
そう言いながらパタパタと、駆け出そうとする鵺を捕まえようと手を伸ばし掛けた幇禍の耳に、驚いたような「鵺…ちゃん?」という呟きが耳に入った



「鵺ちゃんだよね?」



ザワリと、胸の奥が騒ぐ。
夏に吹く風にしては、余りにも温度の低い風が、吹き渡るのを感じた。


鵺が、凍り付いたように立ち尽くす。


「やっぱりそうだ。 鵺ちゃんだ」
その女は、お面を売っている屋台で売り子をしていた。

狐の面を、飾りのように頭の右斜め上につけて、薄桃色の浴衣を着、林檎飴片手に木の椅子に座って足を揺らしている。
鵺と同い年か、それより少し年上に見えた。
視線がどこか定まらず、体もフラフラと揺れている。
真っ黒な長めの髪を、かんざしでまとめ、真っ直ぐ切り揃えた前髪が額に掛かっている風情は、どこか時代がかっていて、今時の子には珍しい雰囲気を醸し出している。
幼い顔立ちをしてはいるが、ベロリと赤い舌を伸ばしてリンゴ飴を舐めている姿は、目を逸らさねばならないような蠱惑的な色気もあって、余計に年齢を分からなくしていた。
「覚えてるかなぁ? ほら、鵺ちゃんの家には、よくお手伝いに行かせて貰ってたんだよ? お正月とか、祇園の時期なんかは、お客さん多く来てたからね。 近所だったし、それに、手伝い料弾んで貰えたし、私、何度も鵺ちゃんに会ってるよね? うあ、東京出て来て、鵺ちゃんに会うなんて考えもしなかったよ。 凄い偶然。 もしかして、忘れちゃってる?」
そう言いながら、木の椅子から降り、女は鵺にゆっくりと近付いてくる。
「餌……運んでやったジャン」
そう鵺の耳元で囁き、ニタリと、女の口が裂けた。


幇禍は、じっと様子を眺めながら、さてどうするべきかと思案する。
女の様子から、察するものもあるのだが、現時点では、どう動けば良いのか全く分からなかったし、何より、鵺に何か言いつけられる迄は、自分は何もしてはいけないのではないか?とすら考え、結局、二人の様子を凝視する。
多分、これは、鵺が向かい合わねばならない事だ。


「あのくっさい土牢の中でさぁ、阿呆みたいな顔して暮らしてやがった癖に、今は、どぉしたのぉ? 奇麗なおベベ着てさぁ…、良いねぇ、この浴衣。 帯も可愛いじゃん?」
鵺が、掠れた声で言った。
「あなた……だぁれ?」
女が笑う。
「シラ切ってんじゃねぇよ、人殺し」
鵺は、その言葉にギシギシとからくり人形のような動きを見せながら女に目を向けた。
「いない筈の子供。 忌み子。 不吉の象徴。 初めて見た時も、そんな赤い目に、銀色の髪で、こいつヤバイ、キモイって感じたけどさ、 本当に、化けもんだったんだね? じゃなきゃさ、あんな殺し方出来ないよ。 お父さんも、お母さんも、兄弟も、お手伝いの人も、ぜぇぇぇんぶ殺したもんね? 全身を挽肉みたいにグチャグチャにしたらしいじゃん? あー、怖い、怖い。 あんたの死体だけがなかったから、すぐピンときた。 戸籍もないような、世間に隠されていた子供だったし、何より、七歳の子供がそんな事出来っこないって言われるだろうから、ずっと今まで黙ってきたんだけど……あれ、あんたの仕業だったって、生きて歩いてるあんた見付けて今日、やっと確信持てた」
女は、自分の頭に被っていた面を外し、鵺の頭に被せる。
「化け物憑き。 殺人鬼。 なのに、素知らぬ顔で、今まで暮らしてきたんだね? あんたには、この狐の面がお似合いさ。 さぁ、どうしようか? 6年前の事件だから、時効も、まだの筈だよ? 未成年だし、実刑は喰らわないとはいえ、私が騒げば、あんた、結構ヤバイんじゃないの? ね? 見たところさ……」
そう言いながら、後方に腕組みをしながら立つ幇禍に視線を流し、女は淫らしい笑みを浮かべた。
「アレ? あんたの彼氏? にしては、歳イってるよね? 今のあんたの飼い主? それとも、唯の援交相手? ……ま、何でもイイや。 あの人にだってさぁ、迷惑掛けたかないでしょ? 警察沙汰になったら、結構深刻だよ? 戸籍無い身じゃ、余計にやばいしね」
女は、鵺の耳に口を付けんばかりに近付け囁く。
「で、ね? 提案なんだけど、あ・の・さぁ、鵺ちゃん、結構羽振り良さそうだし、ちょっとさぁ、カンパしてよ。 私、欲しいバッグあるんだよね。 こんな夜店の手伝いしてたってさぁ、絶対買えそうにないんだ。 べっつに、たくさん頂戴ってんじゃないんだよ? ね?」
鵺は、無表情のまま、女のよく動く唇を凝視していた。
目を見開き、内部まで読みとろうとするかのように、そう、まるで面を作る対象を見る目で女をじっと観察し、そして、コクリと頷いた。
「分かった。 じゃあ、今持ってる分だけ、お金渡すから、今から本堂へ来てくれる? ここで、お金渡すの変よ」
冷たい、聞く者によっては強張っているとも取れる声で鵺が言えば、女は嬉しげに頷き「後で行くから、先行ってて。 お店だけ、畳まないと駄目だから」と、言う。
鵺は頷くと、幇禍を手招きした。



二人は、屋台の橙色の光の頬を照らされながら、正面を向いて歩く。
鵺の掌に下げられた袋に入っている金魚が、クルリと向きを変えた。
祭囃子が、やけに頭に響く。
「幇禍」
「はい」
「さっきまでの話、全て忘れて」
「はい」
「これから見る光景は……」
「……光景は?」
「楽しんで。 だって……お祭りだもん」
鵺が、無表情な声のまま、そう「命令」した。



幇禍は、黙って、その「願い」を享受した。




*************************************************





「待った? ごめんね? で……さぁ、今、幾ら持ってんの? なんだったら、後ろのお兄さんにも協力して欲しいんだけど?」
女が、そう言うのを鵺は、緩やかに笑って聞いていた。
祭りが行われている境内を見下ろす、小さな山の頂上にある本堂は、祭りの会場とは打って変わって無人だった。
しかし、微かに聞こえてくる、人のざわめきや、夜店の呼び声、何より目下に広がっている灯籠や、提灯などの明かりが、祭りの夜なのだという事を如実に悟らせてくる。
涼やかな風が吹き渡り、木々を揺らす。
「お金が欲しいのね?」
鵺がそう問えば、女は少し苛ついたような様子を見せて「何度も言ってんじゃん」と毒づいた。
そして、掌を突き出す。
「あんたさ、化け物の分際で、世間様ん中で暮らすなんて分を弁えない事やってんだからさ、私みたいな真っ当な人間にはさ、金払う位で丁度良いんだよ」
どこか、ヒステリックな声音で女は、笑いながら言った。
「でもさ、あの土牢どうやって抜け出したの? かなり、厳重だったじゃん」



鵺は、答えた。



「母様が『餌』を与えに来てくれた時にね、餌皿を入れようとして、牢内に差し入れた指に噛み付いて抜け出したのよ? こんな風に」


   
鵺が、女の素早く差し出したままの掌を引っ掴み、そしてその指に歯を立てた。
ガリっといやな感触が鵺の歯に伝わり、女の絶叫が響き渡る。
しかし、その悲鳴も長くは続かなかった。
鵺の爪が、薄く女の喉をかっ捌き、その瞬間「ヒュー! ヒュー!」という激しい器官の音だけが、女の口から漏れる。
先程の絶叫も、祭りの音に紛れて人の耳には届かなかったらしく、相変わらずの喧噪だけが境内からは聞こえてきていた。



鵺は、いつのまにか白い面をつけていた。
その白い面の下から、赤い血が流れ落ち、ペッと鵺は血を吐き出す。
幇禍に鵺は白い面の顔を向けて問うてくる。


「覚えてる?  三回刺して、二回抉った。 四回折って、一回砕いた! 楽しいね! 今日はお祭りだよ」


唄うような口調でそ言いながら、鵺は爪を突き出すようにして、女を無造作に刺し貫いた。
ああ、俺もあんな風に体に穴を空けられたなんて、幇禍は懐かしい気持ちでその情景を、鵺の命令通りに楽しむ。
「いっかーいv」
今度は、胸の側に穴を空ける。
「にかーいv」
次は腹だ。
「さんかーいv」
そして、言葉通り、次は抉るのだろう。
最早女は人形のように、鵺に弄ばれ、唯の肉塊に成り果て始めている。
生きてはいまい。
二回刺された時点で痛みのショックで死んでるみたいですよ?なんて、鵺の昔の問いに、今胸の内で答えながら、幇禍は、鵺にねだられて買った、ドングリ飴の一つを口の中に放り込む。
祭りはまだ、始まったばかりだった。




まさに挽肉のような状態になった女を見下ろし、狂ったように鵺が、いや、白い面に宿った何者かが笑っている。
「これは、貴方の、お面でしょぉぉ?」
浮かれた声でそう言いながら、女に貰った狐の面を、肉塊の顔だった部分に鵺は落とした。



ドーン



ああ、花火だ。



口の中で転がる甘い味を楽しみながら、幇禍は、空へ目を向ける。
花火大会の時間になったのか。
本堂周辺は格好の穴場らしく、大輪の火の花が頭上で咲く様を幇禍はまるで、風の方向によっては火の雨に打たれるのではないかと心配になる位の迫力で眺める事が出来た。



極彩色の、夜の花。



咲いては消える彩りの光の中で、鵺は楽しみ続ける。
だから、幇禍も楽しかった。
他の事はどうでも良かった。
鵺の願いなので、一緒に楽しみたかった。
血の匂いが、より一層の酩酊感を促していた。


俺が咲かしてきた花も、一瞬のものではあったが、花火もそれに負けず劣らず刹那的で、だが、美しい。



幇禍はうっとりと、空を見上げ続ける。



「そろそろ、出てこよーか?」
だから鵺が、フッと、冷めた声で言った瞬間、冷水を浴びせかけられたような、ビクリとした驚きに幇禍は襲われた。
面は消えていた。
素顔の鵺は、本堂の中に向けて声を発している。
「殺しちゃったよ? 良かったの?」
本堂の、扉がギシギシと重い音を立てて開かれた。



中から出てくる男を見て、幇禍は理解した。



今度は、自分の祭りだ、と。






『久しぶりだねぇ? 幇禍。 子守の日々は、楽しいかい?』
バイト以外では、数年ぶりに聞く広東語。
ヒラヒラと手を振りながら、底冷えのするような口調でそう告げる男には、いやという程見覚えがある。
蛇のような目。
薄い唇。
完璧に整えられたオールバックの髪。
本名は知らない。
俺も、教えていない筈だったが、まぁ、適当に調べたのだろう。
『あーあー、折角人形に仕立て上げたのに、可哀想に、グチャグチャじゃないか』
そう言いながら、肉塊に手を伸ばす。
無造作に、片手でその体を持ち上げると、眉を顰めて後方に放り投げた。
細身の肉体の割りに、人間離れした腕力をしている。
この分だと、嗜んでいるなんて言ってた、クンフーの腕前は達人級だと考えた方が良さそうだ。
「幇禍君の知り合い?」
頬に付いている血を、鬱陶しげに拭いながら、鵺が尋ねてくる。
「ええ。 ちょっと、面倒臭い…ね?」
幇禍は、苦笑しながら答えた。
「おジョーさん。 凄いね。 びくりした。 あんた、強い。 それに、私の存在、よくみやぶた」
不器用な日本語で、そう賞賛し、芝居がかった仕草で拍手を送る男に、鵺は笑って答える。
「だぁってぇ、ふっつう、殺人鬼で、化け物だって事が判明した人間にああも無防備に話しかけたり、呼び出されてノコノコ一人で現れたりなんてしないよう。 それにね、ちょっと観察したんだけど…」
「かんさつ?」
訝しげに首を傾げる男に「あー、ウォッチ? えーと、幇禍、英語でなんて言えば良いんだろう?」と、助けを求める鵺。
幇禍は、家庭教師の顔になり、「自分で調べてこそ、身に付くんですよ? 辞書を引きなさい」なんて冷たく答える。
「ケチ」
そう、頬を膨らませて言い放った後、鵺は、男に向き直り言った。
「とにかく、ちゃんと見たら、鵺は分かるの。 その人の内面がね。 操られてんのなら、空っぽになっちゃってるもん。 一発でお見通しよ」
と、胸を張る。
男は、少し苦笑しながら答えた。
「人形と、わかてて、殺す。 日本の女、とても怖い」
「ま、我慢してくれなかったっていうのもあるし…」
と、自分の行動をまるで、別の人間のことを語るかのような口調で鵺は答え、言葉を続けた。
「何にしろ、ここで鵺がこうやって生活してる事、昔の知り合いにバレたら、結構ヤバいじゃない? だから、口を封じるに限る訳よ」
そして、幇禍の手をポンと叩く。
「選手交代。 今度は、幇禍の番だね」
幇禍は、頷いて一歩前に出た。
『用件は何ですか? 唯の、悪戯にしては、手が込んでますね』
男は、喉の奥で笑う。
『用件? 俺の、君への望みは分かってるだろ? 意地悪だね。 しかし、予想外に君のレィディが強くて、プランを変更せざる得なくなった。 彼女、何者だい? まさか本当に、人形が言ってた通り、化け物憑きなのか?』
幇禍は、懐から銃を取り出し、男に照準を合わせる。
『貴様どういうつもりだ?』
男は、ヤレヤレという風に首を振ると『せっかちだな。 俺もそうだが、大陸うまれの特徴だね』とだけ呟き、クルリと幇禍に背を向けた。
『そろそろ、祭りもお開きだ。 そうなったら、ここに神主達が戻ってくる。 後日、日を改めて話をさせて貰うよ』
そう言いながら、手を振り立ち去り掛ける。
その後頭部に、躊躇い無く銃を撃ち放そうとした瞬間、プシュというサイレンサーが掛かった気の抜けた発砲音と共に、弾丸が幇禍の頬を掠めていった。
本堂の中から、数人の男の部下と思われる男達が、照準を幇禍に据えたまま現れる。
『妙な事、考えない方が良いよ?』
男は、ヒタと幇禍を見据えてそう言うと、悠々とした足取りで立ち去る。
部下達も、幇禍に銃を向けたまま、ジリジリと後退し、その内の一人が血塗れの肉塊を抱え上げると、やがて闇に消えた。
自分一人なら立ち回っても良かったが、鵺が居る状況ではそんな賭けは出来ない。
むしろ、彼らが立ち去ってくれて助かったのだろう…と、結論をつけて、鵺を見れば、好奇心に目を輝かせて問うてくる。
「ね? あの人達、何? 幇禍の、昔の知り合いだよね? 一体何しに来たの? ねぇ、ねぇ?」
そう、跳ねながら聞いてくる鵺を、持て余しながら、幇禍は心の中で呟いた。
(さぁて、お嬢さんにどう説明すべきか)と。



ドーン



と、一際大きな音がして、華やかな花火が頭上でまた、散った。



 


後編へ続く




PCシチュエーションノベル(ツイン) -
momizi クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年06月21日

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