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『聖なる誓い〜祝福されるものたちへ〜 』
日向・龍也2953)&来城・圭織(2313)
 目を開くと、外はまだ夜の時間だった。――夜が明ける前の、何ほどかの緊張感。
 シーツに包まれた身体は、隣に寝ている彼女の体温と交じり合ってほんのりと熱を帯びているようだった。
 ふと、彼女の顔に朝日が差し込む様を見てみたくなる。――が、ふ、と小さく笑いその丸い肩にそっと手を滑らせた。
「…おはよう」
 もしかしたら、とうに目覚めていたのかもしれない。深い水底の色を湛えた瞳がゆっくりと開いていき、その唇が笑みを刻む。
「おはよう。――行くか?」
「ええ」
 小さく頷いて身を起こし、そして小さく口付けた。悪戯っぽい笑みと共に。
*****
 まだ目覚めていない街を、車が静かに走り抜けていく。
 ――不思議なもんだな。
 愛車のハンドルに片手を預けながら、不思議なくらい落ち着いている助手席の彼女を横目で見つめ、呟く。
 いつからこうなったのか。
 たった1人の女性に身も心も奪われている知り合いのことを聞くにつけ、心の中で嘲笑していた自分。きっとその当時の自分ならば、今の自分の事も腹を抱えて笑うに違いない。――いや、冷笑ひとつで済ませるだろうか。
 もし、彼女を知ることが無ければ。

 次第に明るくなって来た空を見るうちに、車は海沿いの道路へと差し掛かった。そのまま滑るように車を走らせている相手の端正な横顔を見ながら、圭織がゆっくりと目を細めていく。
 ――二度と、こんな気持ちは起こらないだろうと思っていた。その幾重にも掛けられた心の鍵を、いとも容易く踏み込みながら開いてきた彼、龍也。初めて誰かを好きになったあの昂揚感とは少し違うが、緊張していることに気づいている。気付きながら必死にそれを隠している。
 まだ。
 ――まだよ。
 今すぐに相手の胸へ飛び込んでいきたい気持ちをぐっと堪え、そして表面では柔らかな笑みを浮かべて取り繕いながら、ほんの少しだけ神経質に指先でドレスの裾に皺が寄っていないかどうか確認した。
 飛び込むなら車を降りた後でいい。
 今は――この気持ちを。すぐ隣にいる龍也への、制御不能気味の想いを、ぎりぎりの線で手玉に取る位が丁度いい。
 もしかしたら気付いているかしら。
 私が、今、どれだけ龍也に触れたがっているか。

 ――不意に、車が脇へ寄せられ、静かにその動きを止めた。
 慌てて顔を上げる圭織に、龍也が照れくさそうに笑いかけながら手を伸ばし、そっと抱き寄せる。
 見れば、
 水平線の向こうから太陽が顔を覗かせているところだった。

 暫く寄り添って太陽が昇って行くのをじっと見つめる。互いの手が、肩が、触れているのが何故だかとても嬉しくて、どちらからともなく顔を寄せてそっと唇を交わした。…太陽に背を向けて。
 ついと伸びた龍也の腕がハンドルへかかり、そのままアクセルをゆっくりと踏み出した。
*****
 あれからどのくらい走ったのだろう。
 再び車を止めたのは、ひと気の無い、やはり海沿いのとある場所。海の香りと風が、ゆっくりと圭織の髪を撫で上げていく。
 目を逆に向ければ、小高い丘の上にある真っ白な小さい教会が日の光を反射して眩しく目を打った。
 車から降り立った2人は、申し合わせたように黙ったまま丘の上へと移動していく。
 白い教会は、今は誰も使っていないのだろうか、ここにも人の気配は無かった。だが外から見る限りでは綺麗に手入れされており、木の上に塗られたペンキまでが、塗りたてのように瑞々しい色を誇らしげに2人へ向けている。
 ――さぁっ、と風が鳴った。
 丘の上の教会。
 風の音に応えるようにさわさわと揺れ動く野草が、2人のために身体をまげて道を開いていく。――小鳥達がパタタ…とその様子を見ていたように羽音を鳴らしながら地面に降り立ち、
 ――トゥ、ルルル……ルル…
 喉を震わせながら風と草花と競うように歌い上げる。
 そんな中を、清楚な白いドレスに身を包んだ圭織と、きりりとしたタキシード姿の龍也が、教会の中へ向かって静かに、足並みを揃えて一歩一歩進んでいく。…誰もいない教会の扉が、客を迎えて喜んでいるかのようにゆっくりと開いて2人を迎え入れた。
*****
 腕を組み、微笑みながら鮮やかな赤を見せる絨毯の上を静かに歩む2人。
 それは、参列者の誰一人いない結婚式。
 新郎は見事な体躯を、獣を思わせるしなやかな動きで運び、新婦は其れに負けず劣らずのすらりとしたスタイルを白に染めて寄り添い。
 一歩、また一歩、進むごとに深まる互いへの気持ちをじっくりと噛み締めながら。
 惚けてしまいそうな美麗なステンドグラスからは様々な色ガラスを通して柔らかな光が差し込み、大きく開かれた窓からは先程2人が歩いて来た丘から望む海が広がって見える。
 どれ程の時間をかけて、歩んできたのだろう。
 赤い絨毯がそのまま、2人が育んできた時間と重なって見える。
 祭壇にたどり着いた2人は、まだどこかぎこちない笑みを浮かべて向き合い、互いの瞳の中を覗きこむ。
 見えるのはお互いだけ。
 ――窓の外から訪れた風が、見詰め合う2人の髪をそっと揺らした。
 こくり、と龍也の喉が動く。ほんの少し、考えていただけでもうからからに乾いた唇をそっと湿らせ。
「もう…」
 ゆっくりと。言葉を待つ恋人に、――言葉を待っていてくれる恋人に、口を開く。
「もう、言葉はいらないよな」
 相手に、ひたりと視線を合わせて。
 そっと微笑んだ圭織が静かに頷いて見せた所までは、はっきりと覚えている。
 その次、気付いた時には圭織は龍也の腕の中で、長いキスを交わしている最中だった。夢中で抱き寄せたらしい、そう気付くと照れくさいながら、同時に愛しさがこみ上げてきて抱きしめる腕に力が篭っていく。
 その痛みさえも、受け取るように。
 圭織は顔をしかめる事も無く、龍也の腕に抱きとられたまま目を閉じて身を任せていて。
 …言葉にならない、けれどどんな言葉よりも強い結婚の誓いが、龍也の口から零れ落ち…圭織がそれをしっかりと受け止め。

 ――どんな宝石よりも価値のある一粒の涙が、つう…とその頬を伝い落ちた。
*****
 唇を離したのは、どれ程時が経った後だっただろうか。どちらからとも無く、つ…と離れた唇を惜しむように一瞬また見つめあい、そしてようやくくすりと互いに目を見合わせて笑った。
「…これからも、よろしくね」
「こちらこそ」
 互いに手を伸ばして、相手の手に触れ。
 ――その時を待っていたかのように、天井から祝福の鐘の音が鳴り響いた。思わず2人で上を見上げ、そして外からの風に誘われてゆっくりと歩み出る。
 教会の鐘が、おごそかに鳴り響く中を。
「――まあ!」
 丸く見開いた目を次の瞬間細め、そして白い手袋を嵌めた手をまっすぐ前へと伸ばす。
「――」
 龍也もすぐに気付き、唇にゆっくりと笑みを浮かべて見せた。
 その腕に、しなやかな圭織の腕が絡み付いていく。
 風が、草が、鳥達が――教会の鐘までが、2人を祝福し、そして贈り物を贈ったのだろうか。
 雨が降ったわけでもないのに。
 2人の目の前――雲ひとつ無い青空に、見事な虹が掛かっていた。

-END-
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
間垣久実 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年06月18日

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