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『Miss Right 』
上総・辰巳2681

 無造作に放り投げた封筒の中身は、前評判のかなりいい映画の前売りが二枚。
 仕事の伝手で貰ったはいいが処遇を持て余し、上総辰巳はそれで恩を売る事に決めた。
「どうせ暇だろう」
この上ないまでに尊大に、そうと決めつけられた草間武彦は書類仕事に追われる手を止める。
「お前な……」
山と積まれた書類、未処理の右から処理済みの左へ、働けど働けど我が暮らし楽にはならざり、とじっと手を見たくとも海は遠い。
「見てわからんか?」
個人事務所の事務処理量にしては多いが、そのほとんどがまとまった金になる仕事ではないのが草間興信所の草間興信所たる所以である。
 儲けが+−0に近い自転車操業に泣き濡れて蟹と戯れるくらいならカラッと揚げて美味しく頂く、真の貧乏人はそうでなければならない。
 他愛ない思考に走る、草間も結構煮詰っているようである。
「面倒臭がって溜めるからだ」
けれど辰巳はにべもない。
 一月分の書類を溜め込んだ因果に応じた報いは本人が受けて然るべき、だが、其処で邪魔をしないでやろうという心配りを持ち合わせない辰巳は、所長席の前に据えられた応接セットのソファに腰掛けた。
 物としてはいいのだが、如何せん古い……皮の下でスプリングが辰巳の体重を支え軋んだ音を立てる。
「どうせなら現金を寄越してくれ」
草間はそうぼやきつつも封筒の中を改め、邦画の題名を確認した。
 ベストセラーを映画化したそれは恋愛モノ、生と死とをテーマに盛り込んで号泣必至と言っていたのは、原作を読んだ誰かだったか。
 貧乏探偵はしっかりとそれをデスクの中にしまい込む。
「換金するなよ」
辰巳にそう釘を刺されて、草間はぎくりと動きを止めた。図星であったようである。
 金券ショップで煙草代を稼ごうと目論んでいた腹を看破された気まずさを誤魔化す為か、草間は大きく伸びをすると左右に傾けた首をこきこきと鳴らしながら辰巳の正面に移動した。
 可燃性の書類が積まれている為、デスクの灰皿を取り上げられて来客用のしか近場に残っていない。
「休日はどうせごろ寝を決め込んでるんだろう。たまには心洗われて来い」
まさしくその通り。
 言い当てられてばかりの不満を、草間は煙草に火を点す動作に紛らせて問う。
「自分はどうなんだ? 誰か誘って一緒に行けばいいだろうが」
「相手がいない」
あっさりと返った答えに、何故だか草間は胸を張る。
「寂しいヤツだな」
人脈だけは多い草間、声をかければ一人くらいは付き合ってくれるのは確かだ。
「贅沢言わずに、女じゃなくてもいいだろうが」
「……男二人で恋愛映画を鑑賞する趣味の持ち合わせもない」
別の意味で寂しい光景を想像するに、草間は前言を撤回する。
「それに寂しいと感じるのは主観の問題だろう」
肩を竦めて、辰巳が拘り無く答えるのに草間はねじ込む。
「相手が欲しくてもいないのは、寂しいと言うだろうが」
「僕には邪魔だ」
きっぱりと返されて草間が鼻白む。
「お前……それはあまりにも寂しくないか?」
草間とて恋愛至上主義という訳ではないが、一般男性に準じて女性は好きだ。
 そう、切り捨ててしまう辰巳の思考を理解しかねる。
「媚びる女甘えるは論外、好意を向けてくる女はどれだけ控え目に見えても期待が行動に現れるからうざったい」
畳み掛ける辰巳に、草間はふと不安を覚えて恐る恐ると聞いた。
「ならどんなのがいいんだ?」
未婚の女性にお見合い話を山と持ち込むおばちゃんの心情がちょっと解ったような気がする…なんか、心配になるんだこういう輩は。
「そうだな……」
辰巳はソファの背に腕をかけて意味無く偉そうに、そして興味もなさそうに答えた。
「僕が追いたくなる様な女」
「……足の速い」
「つっこまないよ」
ボケを封じられたせいではないが、草間は頭を抱える。
 傲岸不遜を絵に描いたような、辰巳が女性を追いかける様が想像出来ない…この際、思わず草間が脳裏に『うふふ、掴まえてごらんなさーい♪』『あはは、こ〜いつぅ♪』という風景を展開したかはまぁ置いておいて。
「参考までに……どんなタイプなんだそれは」
想像の限界を越えた脳がショートして、耳から煙りを吹きそうな草間に辰巳は一瞬、視線を宙に泳がせた。
「そうだな……喩えて言うなら、幾つもの公式を駆使しなければ解けない難解な数式」
比喩しすぎだろうそれは。
 そんな二次元にも程がある…せめて女優の誰それに似たとか。同じ紙の上なら理想化し易い創作上の登場人物とか。
 そんな具体的な例を望んでいた草間は思わずテーブルに突っ伏す。
「居ないと思うぞ、そんな女……」
「だからいらん」
誰だって英数字で構成されたような相手はいらん。
 心中にツッコミつつ、草間は書類整理でボケた頭をこれ以上酷使するのは身の為にならないと、思考の中断を決めかけて、ふと。
「まぁ……」
それでも理解を示そうとしてしまう人の好さが、草間の周囲に人……だけではないが、人を集める要因を無意識に示してしまう。
「それだと必ず答えは一つ、あるからな」
重ねて言っておこう。草間はこの時、疲れていた。
「……その答えは愛、とか言うつもりじゃないだろうな」
酷使した脳が導き出す思考は悟りに境地に似るというが。
「言うな!」
辰巳の言にテーブルに突っ伏したままの草間の耳が、みるみる赤く染まる。
 図星、であったようである。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
北斗玻璃 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年06月17日

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