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『尋ね人 〜聖都東奔西走〜 』
シグルマ0812)&ロイラ・レイラ・ルウ(1194)
●今そこにある危機?
(こいつぁ困ったな……)
 聖都エルザード――アルマ通りに程近いとある通りでのことだ。多腕族の戦士・シグルマは4本ある腕のうち2本の腕を組み、しかめっ面でその場所に立っていた。
(……どこもかしこもこうなのか……?)
 シグルマはすでに立ち寄った場所、そしてこれから訪れなければならない場所のことを思い、ふうっと溜息を吐いた。
 いくつもの修羅場をくぐってきたはずのシグルマを若干憂鬱気味にさせるとは、いったいどのような場所であるというのだろう。それは――。
「きゃ〜っ☆ 美味し〜いっ☆」
「クリームが甘くって、中の果物と合うね〜♪」
「ほんと、ほんっと☆ 並んだ甲斐があったわ♪」
 きゃぴきゃぴとした少女たちの声が、シグルマの耳に飛び込んできた。シグルマから少し離れた場所にある店の前に、行列が出来ていた。並んでいる大半は少女たちである。
 今度は店員の声が聞こえてきた。
「はいっ、特製クレープお待ちっ!」
 その店はクレープ屋という物であった。何でも異世界から来た者が始めた店らしい。
 どこの世界に限らず、甘い物というのは少女の心を捉えるらしく、ご多分に漏れずこのクレープ屋も口コミで情報が広がり、今ではこのように毎日行列が出来るほどの繁盛振りであった。
「確かに女の子が行きそうな場所だけどな……」
 シグルマは行列に近寄ることもなく、空いている手でぼりぼりと頭を掻いた。
 ところで、どうしてシグルマはこんな所に居るのだろう。クレープ屋でなく酒場であればシグルマが居て当然なのだが、少女を中心とした若い女性たちで賑わっている場所は親父系なシグルマには正直似つかわしくない。
 考えてみれば分かることだ。例えるなら多数の可愛らしい子猫たちの居る部屋に、貫禄ある年長のボス猫が迷い込んできたようなものである。
 子猫たちはボス猫の存在が気になるがまず近寄ってこず、ボス猫も子猫だらけで居心地が悪い。実際シグルマは、辺りの少女たちからちらちらと『何してるのかな、このおじさん?』といったような目で見られていることを感じていた。
「……間違ってない、確かに間違ってはないんだけどよー……」
 首を傾げ、ぶつぶつとつぶやくシグルマ。この場所は、エルザード城に居る門番などの者たちから聞いてきた場所の1つであった。
 そもそも、シグルマがこんな似つかわしくない場所へやってきたのには理由がある。それは異世界からやってきた者の姿を探してであった。
 尋ね人は2人。1人は13歳くらいの少女だ。そしてもう1人は少女の母親である。2人は一緒に居るという話だった。
 そこで先程の話に繋がる。尋ね人で、何故シグルマが城へ行ったのかということだ。
 実は、城は異世界からの来訪者を迎え入れる巨大な扉を持っているのだ。それゆえに、何か情報が手に入るのではないかと期待していたのは、その考えはちょっと甘かった。
 異世界からの来訪者の有無やおおよその人数などは分かるものの、誰某がどこそこへ行ったなど個人を特定するような情報まではよほどでないと入りにくいのである。
 その代わりといってはあれだが、13歳くらいの少女が行きそうな場所をシグルマはいくつか教えてもらってきた訳だ。
 けれども今のこの様子を見ても分かるように、教えてもらった場所はどこもかしこも若い女性で賑わっている所ばかり。
 シグルマが言うように、教えてもらった場所は質問内容からすると間違ってはいないのだが、何かピントがずれているのである。
(まだ結構残ってっけど、俺1人でどうしたもんか……)
 今後のことを考えると、思わず途方に暮れそうなシグルマであった。

●大義名分とその真実
 しかし、困っていると救いの手はやってくるものらしい。シグルマは不意に背後から声をかけられた。
「あの……ここで何していられるんですか?」
 少女の声だ。シグルマは聞き覚えのあるその声に、くるっと振り返った。立っていたのは茶色の長い髪を、後ろで1本に編み込んだ細身の可愛らしい少女――歌姫のロイラ・レイラ・ルウであった。
「おう」
 シグルマはきょとんとしているロイラに対し、軽く笑みを浮かべて挨拶をした。
「いやな、ちょっと人を探してんだがな……」
「人探しの途中なんですか? どんな方なんでしょうか」
 ロイラがシグルマに尋ねた。人探しと言われたら、普通ロイラでなくともどういった者を探しているのか興味があるものだ。もしそれが自分が知っている者であれば、教えてあげれば済む話なのだから。
「母娘連れなんだけどな。分かってんのは親父の名字と、娘が13歳くらいで……」
 言葉を止め、じっとロイラを見るシグルマ。たぶん年齢的にはロイラに近いのだろうか。
「……実はその2人、異世界から来た恩人の生き別れの妻子でな。世話になったお礼に、何としても見付けてやろうと思ってんだ」
 シグルマはすっとロイラから視線を外し、今度は空を見上げて言った。
「引き合わせたら、どんな顔をするか楽しみだよなー……」
 ふっと笑い、しみじみつぶやくシグルマ。そんなシグルマをロイラが尊敬の眼差しで見つめていた。
「恩人のためにだなんて、なかなか出来ることじゃありませんよね……」
「でもよー……。さすがに俺1人で探すのも限界があるんだよな……娘が行きそうな場所となると、どうしても警戒されちまう……」
 困った表情でシグルマはそう言うと、ロイラに向き直ってこう頼んだ。
「よかったら一緒に探してくれねーか? 手伝ってくれれば、パフェとアイスクリームも奢るから」
「分かりました!」
 ロイラは目を輝かせて即答した。
 パフェとアイスクリームが効いた? いやいや、そうじゃない。それはおまけみたいな物。シグルマの語った動機で、すでにロイラの心は大きく動かされていたのである。
「私もその、恩人の方の家族を再会させたいです。やっぱり家族は一緒に居るのが一番いいと思いますし……」
 両手をぎゅっと握り、ロイラがにこっと微笑んだ。家族の大切さを知るロイラだからこその言葉であった。
「じゃあ……さっそく行きましょう!」
 シグルマの腕をつかみ、やる気満々のロイラ。そんなロイラを見て、シグルマが苦笑いを浮かべた。
(何か申し訳ねー気になってくんな……)
 シグルマはロイラに引っ張られながら、そう思っていた。
 というのも――シグルマがロイラに語った人探しの動機には、いくつか抜け落ちている部分があるからである。別の言い方をすれば、ロイラに語ったことはいわゆる大義名分という奴である。
 人を探しているのは本当。引き合わせたいのも本当である。でも、発端とそこに至るまでの理由がロイラには語られていなかった。
 発端は些細なことだった。とある酒場で喧嘩の仲裁に入った時に、ちょっとしたトラブルがあったのである――シグルマが『恩人』と称する者との間で。
 そのことでむっときていたシグルマは、ある復讐方法を思い付いた。それが今回の人探しである。何故なら『恩人』は、妻子が苦手だとこぼしていたのを思い出したから……。
 『恩人へのお礼』も間違ってはない。何故なら『お礼参り』という言葉があるではないか。同様に『引き合わせた時の顔が見たい』も嘘じゃない。苦手な妻子と会った時、どんな顔をするか興味津々なのである。
 要するにだ、親切な行動に見せかけたシグルマの嫌がらせである。いやはや、よく考えたものだ。

●想い
 さてさて、ロイラを仲間に加えたシグルマは、城で教えられた残りの場所を巡り、聖都エルザードを西へ東へ走り回っていた。
 けれども、いずれの場所も傾向は同じ。少女や若い女性で賑わう所ばかりである。ちょっとした装飾品の屋台が並んでいる所だったり、景色のいい川沿いのデートによく使われるような場所だったりと。
 こんな場所ばかり巡っていると精神的に疲れてくるのか、さすがにシグルマから愚痴が出てきた。
「だいたい情報が少ねーんだよなぁ。母娘2人連れつっても山ほど居るし……」
 確かにそうだ。あれだけの情報量で簡単に尋ね人が見付かるなら、冒険者を辞めて占い師にでも転職した方が繁盛するに違いない。
 しかしロイラからは愚痴が出る所か、逆にシグルマを励ます言葉が出ていた。
「何言っているんですかっ! 一生懸命探していれば、絶対にその想いが探しているお2人に通じますっ! だから頑張りましょうっ!」
 ぐいぐいとシグルマを引っ張るロイラは燃えていた。あの大義名分を素直に信じているのだから、燃えていて当たり前だった。
「……ああ、分かった分かった。俺が悪かった」
 シグルマはそうロイラに謝った。
(さすがはルウの娘だ。俺も見習うべきかもしれねーな)
 そのロイラの熱心さに、感心するシグルマ。そもそもは復讐のつもりで始めたこの人探しだったが、ロイラを見ていると復讐なんて別にどうでもよくなってきてしまっていた。
 でも、教えてもらった場所は全て回ってしまっている。これ以上闇雲に探しても、まず見付かるはずがない。
 そこでシグルマは、他に何か手がかりがないか思い出すことにした。
(家族のことは断片的にしか聞いてないからなぁ……)
 何とか個人を特定出来るような情報を、真剣に思い返すシグルマ。やがて、あることを思い出した。
「……そういや、娘は人の多く居る所は苦手だとか……」
 と、そこまで言って、シグルマは『しまった』といった顔をした。
「だったら居る訳がないよな……こんなとこ」
 自嘲気味につぶやくシグルマ。巡った場所はいずれも人の多い所である。シグルマの言うように、最初っから居るはずないのだ。
「でっ、でも、今度は人の居ない場所を探せばいいんですよ……ね?」
 慌ててフォローの言葉を入れるロイラ。理屈としてはそういうことになるだろうか。
「人の居ない場所てーと、どんなとこだ?」
 シグルマがロイラに問いかけた。
「えっと……。人が居ないと静かですよね」
 少し思案してからロイラはそう答えた。
「静かな場所なぁ。となると、街外れの方か、何も催しが行われてない時のコロシアムか……けど、13歳くらいの女の子がコロシアム好むとも思えねーし。やっぱ街外れか」
「あの、魔法学校はどうですか?」
 何気なくロイラが言った。
「魔法学校? てーと、王立魔法学校のことか?」
 シグルマが尋ねると、ロイラはこくこく頷いた。エルザード王立魔法学校――エルザード王が設立した、騎士養成学校のことである。
「どちらかといえば、あの周辺も静かな環境だった気がします」
 概して学校という物は、なるべく静かな環境を選んで建てられる。もちろん雑音から生徒を切り離し、勉強に集中させるためにだ。それゆえ時々とんでもない僻地に学校が建てられることもあるのだが……それはさておき。
 当然ながら王立魔法学校もそういった考えの元に作られていた。
「……学校なら外観だけ見てみる気になるかもなー」
 シグルマは王立魔法学校の外観を思い返した。
 王立魔法学校の外観は3階建てのレンガ造りの赤い校舎と、同じくレンガ造りで青い丸屋根のかかった体育館とのセットである。エルザードを訪れた者が、話の種に見に行くことも少なくはない。
「行くか?」
「はいっ、行きましょう!」
 シグルマの誘いに、ロイラが大きく頷いた。
 かくして2人は王立魔法学校のある方角へ向いて歩き出した。

 ……え? 結局尋ね人は見付かったのかって?
 それはわざわざ言うまでもないことだろう。
 だいたい、ロイラも言っていたではないか。一生懸命探していれば、絶対にその想いが通じると。
 その言葉はどうやら真実であるらしい――。

【おしまい】
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2004年06月14日

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