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『雑草の乱? 』
葉山・壱華1619)&寡戒・樹希(1692)
「ねえねえ、これ何?」
 樹希がそう口にするのは、森に入ってからすでに十数度目となっていた。

 壱華に誘われて「雑草狩り」に来た、久遠家所有の山の中。
 そこに生えていた「ぶどうのように固まってぶら下がっているスイカ」やら、「樹液を飛ばして虫を落とす鉄砲魚みたいな植物」やら、「人の顔そっくりの実がなっている木」やら、とにかく見たこともない……というより、むしろわけのわからない植物の数々は、どれも樹希の好奇心を刺激せずにはいられないものだったのである。

 けれども、樹希にとってはこの上なく珍奇な植物も、壱華にとってはすでに見慣れたものであるらしい。
「それはねぇ……」
 打てば響くように、今回もすぐに答えが返ってくる……はずだった。
 けれども、今度は少し様子が違った。
 そこまで言って、壱華が不意に言葉を切ったのだ。
「それは、何?」
 続きを促す樹希に、壱華は人さし指を立てて「静かに」のサインを送る。
「ね、何か聞こえない?」
 そう言われてみれば、確かに何か聞こえる気がする。
「行ってみよっか?」
 壱華の言葉に、樹希は一も二もなく頷く。
 彼女の興味の対象は、すでに目の前の不思議植物から、謎の音の正体へと移っていた。



 音が聞こえてくる方へ進むにつれて、音がだんだんハッキリと聞こえてくる。
 驚いたことに、それはただの音ではなく、声だった。
 それも、話し声などではなく、歌声である。 

「花の命は短くて
 咲いてはすぐに散っていく
 ああ それなのに それなのに
 散ることすらも許されぬ
 哀れな花もここにある」

 重い。
 声自体が重低音に近いくらいに低いせいもあるが、歌詞の内容もまた重い。
 おまけに節回しまでどんより暗いものだから、聞いているだけでもどんどん気が重くなってくる。
「まさか、自殺志願者?」
 つい、そんな不吉なことを連想してしまう樹希。
 だが、本当の歌声の主は、樹希の想像を遙かに超えたものだった。



 電柱数本分ほどもある太い茎に、畳二、三畳分くらいはある大きな葉っぱが左右に二枚ずつ。
 茎の先端部分には、運動会の「大玉転がし」で使われる大玉をさらに倍にしたような、丸くて大きなつぼみが重そうに垂れ下がっていた。
 よく見ると、そのつぼみはすでに半ば開きかけており、二枚の半球状の花びらに分かれつつある。
 そして、その分かれ目の部分には、唇のような縁と……そして、何本もの鋭い牙が生えていた。
「な、何、これ?」
「何って、雑草だけど?」
 壱華の言葉に、樹希はただただ呆然と目の前の「雑草」を見上げた。
 確かに、雑草が「動いたりしゃべったりする」とは、壱華から事前に聞かされている。
 そこまでは聞かされていたが、ここまで大きいと言う話は聞いていない。
「こんなのが、もっといっぱいいるの?」
 樹希がおそるおそる尋ねてみると、壱華は辺りを見回しながら答えた。
「ここまでおっきいのは、そんなにはいないよ。ちっちゃいのなら、もっといるはずなんだけど」
 しかし、周囲を見渡しても、これと同種と思われるような草はどこにも見あたらない。
「この前来たとき、狩り過ぎちゃったのかな」
 壱華は少し不思議そうな顔をしたが、周囲にはこれ以外の雑草はないものと割り切ったらしく、改めて目の前の巨大雑草の方に向き直った。
「とりあえず、これ、狩っちゃおうか」

 その時だった。
「覚悟は出来ています。さあ、お狩りなさい」
 歌い終わった後は沈黙していた巨大雑草が、再び口を……あるいは、花を開いて、声を発した。
 全てを察しているかのように、力無く花(頭?)を垂れる雑草。
 白い水玉模様のついた深紅の花が、首を振るように小さく横へ揺れる。
「いいの?」
 なんとなくかわいそうになって樹希がそう尋ねると、雑草は弱々しい声でこう答えた。
「あなた方にも、私を狩らねばならない理由があるのでしょう。
 ですが、もし私を哀れと思うのなら、せめて苦しまぬよう一太刀でお願いします」
 その言葉に、樹希と壱華は顔を見合わせた。
 この無抵抗な雑草を狩るのには、壱華にも多少の抵抗はあるようである。
 とはいえ、雑草を狩って種を持ち帰らないことには、今度は壱華の保護者が困ってしまう。
 雑草が他にもたくさんいるのなら見逃してやるという選択肢もあるが、これ一輪しか見つからないのではそうもできない。
 しばしの沈黙の後、二人はこくりと頷くと、せめてこの雑草の最後の願いだけでも聞き入れてやるべく、雑草の方へと足を進めた。

 そして、二人がすぐ側まで迫った時。
 いきなり、巨大雑草が大声を張り上げた。
「今だ! 伏兵、かかれえっ!!」
 その声とともに、周囲の土中から無数の雑草が出現する。
 気がつくと、二人は雑草によって十重二十重に包囲されていた。

「愚か者め! この私がそうやすやすと狩られると思ったか!!」
 そう叫びながら、巨大雑草は大きく飛び上がり、雑草たちの群れの奥へと後退する。
「騙したな! 卑怯者っ!!」
 樹希はそうなじったが、巨大雑草はさらりとそれを受け流した。
「これも兵法、易々と策にかかった己の未熟を呪え」
「……っ……」
 雑草ごときにここまでバカにされて、頭にこないはずがない。
 だが、現状を見る限り、自分たちがその雑草ごときの弄する策にかかり、不利な状況に陥っていることは否定できなかった。

 ところが、これだけの窮地に追い込まれているにも関わらず、壱華は全く動揺してはいなかった。
 それどころか、にこりと笑ってこう言いはなったのである。
「ちょうどいいよ。いくら大きくても、あれだけじゃとても足りなかったし」
 その不敵な態度に、巨大雑草も同じく自信満々にこう返す。
「ふん。その軽口がいつまで叩けるか、見物だな」
 そして、雑草はおもむろに右上の葉っぱ(右手?)を上に掲げた。
「弓隊! 撃てえぇっ!!」
 それに続いて、無数の弓の弦が弾ける音……にしては、やや低い音が辺りに響く。
「樹希ちゃん、上っ!!」
 壱華の声に顔を上げると、まるで矢のように飛びかかってくるいくつもの子雑草の姿があった。
「このっ!」
 樹希は鉄扇を振るって、それらを片っ端から叩き落とし、踏みつぶす。
 しかし、そちらにばかり気をとられていると、今度は空いた足下を狙って別の雑草が突撃をかけてくる。
 それを防ぐために、時折足下近くの低い位置でも鉄扇を振るうが、そちらに注意を向け過ぎると、頭上から襲いかかってくる次の子雑草への対応が間に合わない。
「怯むなっ! 敵は少数、休まず攻め立てよ!」
 巨大雑草の檄を受けて、空と陸から見事な連係攻撃を仕掛けてくる雑草たち。
(このままだと、さすがにちょっときついかな)
 何か打開策は。
 そう思ったとき、樹希の目に妙なものが飛び込んできた。

 それは、木の枝に自らの蔦をからみつけた雑草の姿だった。
 蔦に力を入れて引っ張っているせいか、枝はかなりしなっているようにも見える。
 その姿は、どこからどう見ても、弓に似ていた。
 おそらく、ピンと張った蔦を弦、そして枝を背に見立てて、子雑草の発射台にしているのだろう。
 隣を見ると、どうやら壱華もそれに気づいたらしい。
「壱華ちゃん、あれ、どうにかならない?」
 あの弓さえなくなれば、少なくとも上空からの攻撃は止む。
 そうなれば、ずいぶんと楽になるだろう。
「じゃ、一気にカタつけちゃおうか」
 考えていたことは二人とも同じだったらしく、壱華はそれだけ答えて大きく真上に跳んだ。
 格好の的となった壱華めがけて、全ての「弓」が一斉に子雑草を放つ。
 それを見計らって、壱華は上空で回転しながら、まるで炎の傘でも作るかのように炎を掃射した。
 壱華の炎が、上空の子雑草たちを一瞬で灰に変え、さらにその奥にいた「弓」と、待機していた子雑草をもまとめて焼き払う。

 こうなってしまえば、雑草の兵隊、略して雑兵など二人の敵ではなかった。
 数だけはごまんといる雑兵たちだったが、ただ突っ込んでくるだけの単調な攻撃故、返り討ちにするのはさほど難しいことではなく、ものの十分ほどできれいさっぱり一掃された。



「ば、馬鹿な! たった二人相手に、我が軍が全滅だと!?」
 予想外の出来事に驚く巨大雑草を、樹希と壱華が追いつめていく。
「おやおやぁ? さっきまでの自信はどこに行っちゃったのかな?」
「愚かだとか未熟だとか、ずいぶん好き勝手言ってくれたね」
 さんざんバカにされて腹が立っていたこともあって、ここぞとばかりに言い返す二人。
 すると、巨大雑草は突然花(頭?)を地面にこすりつけて命乞いを始めた。
「ま、待った! さっきのことは謝る! 謝るから、どうか今回だけは見逃してくれ!!」
 その急激な変わりように、樹希も、壱華も、つい足を止める。
 その視界の隅で、頭を下げたままの雑草の口元がわずかに歪んだ。
「伏兵っ! 背後より奇襲をかけよ!!」
 先ほどのことを思い出して、あわてて振り返る二人。
 しかし、背後には雑草の姿などありはしなかった。
(――まさか!?)
 次の瞬間、正面へと向き直った樹希の目に飛び込んできたのは――至近距離に迫った、巨大雑草の姿だった。

 先ほどの叫び声は、伏兵に呼びかけたものではなく、樹希たちに対するフェイント。
 そして本命は、巨体を生かしての体当たり、あるいは――丸飲みだったのだ。

 敵は、すでに間近に迫っている。
 このタイミングでは、迎撃はおろか回避さえ不可能。
 壱華が炎を浴びせるなどすればどうにかなるかもしれないが、火だるまになった巨大雑草が突っ込んできては樹希もただではすむまい。
(しまった!)
 樹希が反射的に目を閉じようとしたとき、不意に景色が横へと流れた。

 樹希を救ったのは、壱華だった。
 樹希より一瞬早く巨大雑草の奇襲に気づいた彼女は、自分自身の回避もかねて樹希にタックルをかけたのだ。

 渾身の一撃を外され、勢いあまって数歩たたらを踏む巨大雑草に、壱華はためらうことなく炎を浴びせた。
 雑草の姿が、みるみるうちに炎に包まれていく。
「死生命あり、天はなぜに我を見捨てたもうか……!!」
 そう一言呻いて、巨大雑草は倒れ伏し、やがて灰となった。

「ふぅ……なんとかなったね」
 全ての雑草が退治されたのを確認して、樹希は大きく息をついた。
 安心したら、なんだか急に疲れたような気がする。
 けれども、彼女はたった一つ大事なことを忘れていた。
「じゃ、種拾って帰ろっか」
 そう、家に帰るまでが遠足であるのと同じく、種を拾い集めて、山を下りるまでが「雑草狩り」だということを……。





 大量の種を持って「千種」に戻り、壱華の保護者である店主の用意してくれた夕食に舌鼓を打った後。
 家路につこうとした樹希に、壱華がこう聞いてきた。
「どうだった? 雑草狩り」
「結構面白かった、かな。ちょっと疲れたけどね」
 樹希はそう答えると、壱華と顔を見合わせて笑った。

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<<ライターより>>

 撓場秀武です。
 まずは、納品の方遅くなってしまって申し訳ございませんでした。
 知能が高いのなら、こんなのもありかなぁ、と思って、「ずるがしこい(?)雑草」なんかを出してみましたが、いかがでしたでしょうか?
 また、話が樹希さん視点なのは、外から見た場合の驚きを表現したかったからですので、その辺りはどうかご了承下さいませ。
 ともあれ、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
西東慶三 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年06月14日

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