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『■ あちこちどーちゅーき …pearl sea… ■ 』
桐苑・敦己2611


*****



陰影濃く写る大小様々な島々。
夕陽をうけてキラキラと光り輝く海。
まるで真珠が海いっぱいに散りばめられているかの様だった。
それは大変美しい光景だった。


桐苑・敦己は手の中にある一枚の絵葉書を見ていた。
それは旅先の駅で偶々見つけた、記念にと何気なく買った10枚入りの絵葉書だった。
両親への便りはどれで出そうかと、パラパラと見ていたその中にそれはあった。
目に飛び込んできたのは、思わず溜息が漏れるほど美しい海。
夕陽に照らされる海の風景に一目ぼれした敦己は、どうしてもそこへ行ってみたい衝動に駆られた。
絵葉書のタイトルを見てみると

【鹿子前・九十九島】

と記されていた。

「これ、何て読むのだろう??」

地名の『読み』はその土地土地によって様々だ。桐苑が悩んでも別に恥ずかしいことではない。

「あの、すみません。道を尋ねたいのですが…えぇっと、『しかこまえ』?の『つくもしま』?はどうやって行けば…」

「はぁ?」

桐苑は近くを通りかかった中年のおばさんに道を尋ねたものの、彼女は何やらピンと来ないらしかった。
そこで桐苑は持っていた絵葉書をおばさんに見せた。すると

「ああ、『かしまえ』で、『くじゅうくしま』の事ね。」

おばさんは笑いながらもその道順を詳しく教えてくれた。
更に、その鹿子前からは九十九島を周れる観光遊覧船なるものが定期運行されている事も教えてくれた。

「今から行けば丁度その絵葉書と同じ夕陽が見られるかもね。」




****




鹿子前の桟橋へついた桐苑は、さっそくおばさんお勧めしてくれた遊覧船の乗船切符売り場へと向かった。
切符を無事購入した桐苑は時間まで桟橋周辺を散策して周る事にした。
切符売場のすぐ横は博物館と水族館がミックスされた建物が、少し先のほうには小さめのヨットハーバーが隣接していて数隻のヨットが停泊していた。
防波堤では散歩や釣りを楽しんでいる人達も見える。
桐苑はそれとは別の方向にあるウッドデッキへと足を向けた。
そこは海の方向を見る様にベンチが数席設けられており、桐苑はその一つへと腰をおろした。浜風が心地よくてひとつ伸びをした。
空を見上げると少し雲が出てきていて少々薄暗く感じるられる。

「うーん、夕陽は拝めるかな?」

胸ポケットから取り出した絵葉書を眺めながらノンビリと時間を過ごしていると、何処からか小さな泣き声が聞こえてきた。周囲を見まわすが声の主は見当たらない。
注意深く声がする方向を探すと海側の、こちら側からは死角になっている垣根のあたりから聞こえてきているようだった。
絵葉書をポケットへしまい込み、ベンチから立ち上ってそちらの方向へと足を向けると…

「どうしたの?お家の人とはぐれてしまったのかな?」

垣根と垣根の間の小さな隙間に、5,6歳位の小さな女の子がしゃがみ込んで泣いていた。
桐苑の声にびっくりして顔をあげた少女はキョトンとした顔で彼の顔をじいーっと見つめた。もう一度声を掛けても、少女は同じ様にただじいーっと桐苑を見つめ続けた。
その均衡を破ったのは少女だった。

「アタシが見えるの?」

「え?」

少女の言葉に面食らったのは桐苑だった。「見えるの?」と聞く位だから当然この少女は【ヒト】では無いのだろう。
しかし幽霊にしては強い生気を感じる。となると人外…?

「えーと、もしかして君は…」

桐苑の言葉を無視して、少女は泣いていたことも忘れ勢い良く喋り出した。

「アタシが見えるなんて凄いネ。今まで誰も気づいてくれなかったのに…ねぇ、お願いがあるの!アタシをお兄ちゃんの所まで連れてってくれない?アタシ家に帰れなくなっちゃったの!こっちの世界はアタシの世界とは違ってて結界の印が違うの。軽い気持ちで結界の印の外に出ちゃったら帰れなくなっちゃって…海まで出たら帰れるのにどうしても中に入れないの。こっちの世界の人と一緒ならその印が越えられるハズなの。でも、誰もアタシに気がついてくれなかったの…あなたが初めて気がついてくれた人よ!こんな偶然ってもう無いと思うの!だからだからお願い!アタシを海の家へ連れてって!」

少女は怒涛のように喋り終ると今度はぎゅっと桐苑の袖を掴んで見上げた。
少々面食らったものの、桐苑はニッコリと笑って少女へと手を差し出した。

「今から遊覧船に乗るんだけれど、君も一緒に来ますか?」



*****




遊覧船に乗り込んだ桐苑は傍らの少女(他の乗船客には見えていない)を連れて船首へと立ち海風を気持ちよく浴びていた。横へと視線を下げると、少女が嬉しそうに笑っていた。

「ありがとう。海まで連れてきてくれて!」

「それより、君のお兄さんは何処にいるの?迎えに来ている、という話だったけど…まさか海の上で待ってるって事は…」

「…もう来てる。」

答えたのは桐苑でも少女でもない第三者の声だった。
振り向くとそこには10歳位の少年が一人、こちらをじっと見て立っていた。当然のことだが彼の姿も周囲には見えていないようだった。

「お兄ちゃん!」

嬉しそうに駆け寄る妹を兄である少年は思いっきり抱きしめてこちらも嬉しそうに笑った。そして桐苑へ小さく会釈をした。

「妹がご迷惑をおかけしました。ほらお前も」

「うん!ありがとう!」

「いいえ。俺は一緒に船に乗っただけです。でも、良かったですね。」

「何かお礼でも…」

「いえいえ、いいんですよ。」

そう言って笑う桐苑に少年は少しすまなさそうな顔をした。二人のやり取りを見ていた少女は、ふと船に乗る前に交わした会話を思い出していた。

「ね、確か夕陽を見たくてこの船に乗るって言ってたよね?」

「ええ。でもこの天気では残念ながら夕陽は見られませんね。」

空には先程から多くの雲があり、夕陽を見られる確率はかなり低かった。残念そうな桐苑をみて少女は何故か笑った。
少女は兄を見て空を指差した。

「お兄ちゃん、夕陽!お礼は夕陽がいいよ。ね!」

「夕陽?そんな物でいいのか?」

少年はちらりと桐苑を見て妹を見て、そして一言「わかった」と呟いた。
二人の会話を少々小首を傾げながら見守っていると、不意に今までの風向きとは違う方向からの風を頬に感じる様になった。
ざざーっと波立ち、曇り空をゆらした。

「お礼ネ」

そういって少女は指差した。つられる様に視線を上げると…

「ぁ…」

雲間の小さな隙間から沈む夕陽がゆったりと姿を現し、その光りはやがて小さな欠片となり海へと落ちていく。
太陽と海を覆っていた厚い雲は光りと風によって拭い去られ、幻想的な光りはその量を増し心地よい風は波飛沫を煌めく宝石へとかえる。
金と銀の美しく彩ったそれはまさに『真珠の海』
美しく憂いに満ちた幻想的な風景だった。
夜の深い紺から水面に沈むオレンジへとグラデーションを描いた空は何処までも澄んでいた。

「綺麗だ…」

桐苑はただ黙ってその美しい景色を見つめ続けた。



遊覧船はゆっくりと帰路へと向かい始めた頃、桐苑は隣にいた幼い兄妹へニッコリと笑いかけた。

「今日はありがとう。とても綺麗な夕陽でした。」

少女は嬉しそうに笑いそして隣にいる兄を見上げた。

「…気にするな。妹を助けてくれたお礼だ。」

兄の方は海を見つめたままで言葉を返す。その見た目の子供らしくないしぐさに桐苑は小さく笑った。
遊覧船はゆっくりだが確実に前へと進み、島と島の間少し遠くに桟橋が見える位置まできていた。
すると少女が少しソワソワし始め、隣で海を見ている兄の洋服の裾を引っ張った。

「どうかしましたか?」

「…そろそろ家へ帰る時間なんだ。夕陽がもう水面に沈む。」

そう言って兄は妹の頭を撫でた。

「それでは失礼する。もう一度礼を言う。有難う。」

その言葉と同時に彼らの周囲の空気がゆれる。

「あ、ちょっと待って!」

少女が思い出したように桐苑へと駆け寄ってきて、そっとその手に何かを押し込んだ。そして再び兄の元へ戻って振向いた。

「ソレはアタシからのお礼!ホントにありがとう!」

「俺の方こそ夕陽、有難う。また…会えたら良いね。」

「そーだね!また会えるとイイね!」

少女の笑顔にこちらも笑顔で答えると少女は手を振ってくれた。
そして次の瞬間、まるでシャボン玉が消えるかのように二人の姿が目の前から掻き消えていた。
ふと、右手を開いて少女がくれたものを見て桐苑はその口元に柔らかな笑みをつくった。

背後には輝く海。
手の中にはそれよりもっと輝く涙の形の真珠がひとつ。
そして何より、新しい出会いが心にひとつ刻み込まれた。





「さて、次は何処に行きますか。」




PCシチュエーションノベル(シングル) -
おかべたかゆき クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年06月11日

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