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『幽霊銭湯体験記 』
ぺんぎん・文太2769)&彩・瑞芳(3271)

●銭湯へいこう!
「……あー、スーパー銭湯アルかぁー……」
 通りすがりに見つけた商店街の掲示板。そこに貼られていたチラシを彩・瑞芳(つぁい・るいふぁん)はしげしげと見つめていた。
 大胆で派手な色使いのチラシにちりばめられた写真をひとつひとつ見ていたが、ふと何か思いついたのか、おもむろにそのチラシへと話しかけはじめた。
「面白そうなとこアルなー、どこにアルか? あ……結構近くアルね♪」
 まるでなじみの友達と話しているかのように、瑞芳は次々とチラシへ質問を投げかけた。
 チラシは初めて自分と対話出来る相手に出会えたのが嬉しいのか、瑞芳の質問に丁寧に返事を返していく。無論、その声は瑞芳以外に聞こえないため、周りからは彼女が独り言を言っているようにしか見えないのだが。
 なじみの銭湯へいく途中、ぺんぎん・文太(ー・ぶんた)は熱心にチラシと語り合う瑞芳を見つけた。彼は少々あきれたような視線で眺めながら、ゆっくりとキセルの煙草をくゆらせる。
 すこし甘い花の薫製の薫りに気付き、瑞芳はゆっくりと振り返った。
「あー、文太さっ、いいところに来たアル。面白い風呂屋にいってみないアルか?」
 満面の笑みを浮かべる瑞芳に対し、文太は渋い顔をさせた。
「どしたアル? ……あー……ペンギンじゃ入れない……?」
 肩をすくめて文太は細くゆっくりと煙草の煙を吐き出した。今通っているなじみの銭湯も親切な知人達が番頭にお願いをして、なんとか利用出来るようにしてもらった場所が多い。まだまだ「もののけ」にとってこの日本は住みにくい場所なのかもしれない。
 そんな事情もいざ知らず。瑞芳は問題ない、とにこやかに文太に告げた。
「大丈夫アル♪ 誰にも疑われず、はいれる方法、教えるアル!」
 屈託のない満面の笑顔に文太はなんとなく嫌な悪寒が背を駆け抜けた。
 
●真昼の幽霊
 東京都台東区。いわゆる下町の街として知られ、浅草、上野公園やアメ横といった気軽なふれあいを楽しめる名所の点在する場所として、観光客に人気の場所だ。
 首都高や鉄道各線にも近いため、交通の便は悪くはないが、いかんせん裏道の路地が狭いために、住民達の移動手段はもっぱら徒歩か自転車である。
 今日も元気に台東区御徒町に住むご老人(72歳)が呑気に鼻歌を歌いながら自転車を走らせていた。目指す場所は昨日オープンしたと話題の、スーパー銭湯「日吉の湯」である。
 昔懐かしい屋根が高い、瓦ぶきの2階建て建築。高い天井と地下の天然温泉をくみ出したお風呂がウリらしい。1階は浴場と休憩所(とロビー)、2階はマッサージ室、地下にはゲームセンターまで設備されているファミリー向けレジャー一体型のスーパー銭湯だ。
 風呂で一汗流した後に、ビールの一杯でも引っ掛けつつコインゲームをするのも楽しいだろうなぁ……と、彼はちょっぴりワルだった若い頃を懐かしく思いながらペダルを踏み締めていた。
 目的地へつづく道のりの最後の曲り角を曲がった時。彼は信じられない現象を目にした。
「……な、なんじゃあ!?」
 何かに覆いかぶさったような白い布地がふわり……と目の前を漂っていた。まるでよちよち歩いているかのように左右に揺れながら、布地は静かに目の前にある日吉の湯へと向かっていく。
「……ゆ、幽霊……!」
 あまりの出来事に老人はバランスを崩し、その場に転がり落ちた。
 激しい音を立てて自転車が路地の反対へと飛んでいき、かごに入っていた銭湯セットが辺りに飛散した。
 痛む腰をさすりながら呆然と布地の行方を目で追っていると、布地は吸い込まれるように日吉の湯ののれんをくぐっていった。
「……きょ、今日は浅草温泉にでも入るとしようかのぉ……」
 よろよろと立ち上がり、道に転がっている石けんと桶を拾い上げると、老人はそのままくるりと回れ右をして去っていった。
 
●潜入成功?
「ほらね、ちゃんと入れたアル♪」
 満足げに言う瑞芳に、文太は布地にあけられた小さな穴からじろりと彼女をにらみ付けた。
「な、なにか文句でもアル? 私のおかげで、中にはいれたアル、感謝するアルヨ!」
 瑞芳はぺしぺしと彼の頭を叩く。真っ白な布を被った奇妙な物体を連れ歩く彼女は、今まさに注目の的となっているのだが、本人はあまり気にしていないらしい。
 店員達もどう対処していいか決めかねている様子で、チケットを買い入浴手続きを済ます二人をただ見守っていた。
 こうもあっさりいくと逆に何だか不安になる……のが普通なのだが、どうにかなるだろうという気持ちがどこかにあるせいか、二人は平然とした態度で館内を歩き回っていた。
 途中、
「あ! 真っ白いおばけだー!」
「見ちゃいけませんっ!」
 などという微笑ましいお約束の会話が聞こえたのも多分気のせいだろう。
「ぢゃ、私はゲームで遊んでくるアル。文太さはのんびり、お風呂楽しんで来るアル〜♪」
 足取り軽く、瑞芳は地下へと続く階段を降りていった。その手にはちゃっかりロビーのカウンターで手に入れたレディースサービスのチケットが握りしめられている。
 ……やれやれ、これでゆっくりできる……
 その後ろ姿が消えるまで見守った後、文太はよちよちとした歩みで男湯の間へと歩いていった。
 
●影の協力者
 お湯は近所にある浅草観音温泉と同じく、地下の温泉をくみ上げたナトリウム炭酸水素塩泉。自然のままにを提唱しているのか、はたまた男性風呂だからなのだろうか、透明化させるような野暮な加工はされておらず、黒い湯が湯船になみなみと張られていた。
 少し塩素の香りがするのは衛生面で厳しくしているからなのだろう。石けんの香りと温泉の香りに混じり独特の香りをかもし出している。
 スーパー銭湯の名前を恥じぬだけあって、風呂の数は実に豊富だ。すべて入ろうと思うとゆうに一時間以上要するだろう。
 なんとなく被っている布を剥がせずに、文太は幽霊(?)姿のまま浴室を歩いていた。
「……おい、なんだあれ……」
「新手のイベントか……?」
 ぼそぼそと人の話す声が聞こえるが、そんなことを気にしていては風呂を堪能できない。
 文太はまっすぐに一番大きな中央の湯船に向かっていった。
 短い足を湯につけようとした時、不意に後ろから引っ張られ、文太はその場にひっくり返ってしまった。
「こぉうら! お風呂に入る時はちゃあぁんと体をきれいに洗ってからじゃ!」
 いかにも下町っ子といった勝ち気そうな声で老人が叱りつけてきた。布を引きはがされじたばたする文太を見つめ、彼はおや……と眉をひそめる。
「あんた、草間銭湯とこのぺんぎんじゃないか」
 ……あそこはよく行ってるけど、別に住んでるわけじゃないんだが……
 そう視線で返した文太の心の声を聞いたかは分からないが、老人はにんまり笑うと素直に布を文太に返してきた。
「ほうほう、お前さんもここの風呂を楽しみにきおったか。なぁに、そんな格好せんともお前さんなら入れてくれるじゃろうにのぉ」
 確かに下町……いや東京各地の銭湯なら、あるいみ文太は顔パスで入れるだろう。銭湯利用者のネットワークは実に広い。銭湯でのちょっとした事件や有名人は、あっという間に都内中の銭湯中で話題になってしまうほどだ。特にこの辺りは家庭の風呂代わりに銭湯へ毎日通っている人が多いため、銭湯に来る人間は文字どおり裸の付き合いの顔なじみばかりだ。
 ただし、ここ日吉の湯では事情が少しかわってしまう。テレビのCMやニュースでやってきた遠距離利用者が多いのだ。温泉に入るペンギンなど見るのも初めてだろう。
 そもそもペンギンが店内を歩いているだけで、騒ぎ立てる人もいるかもしれない。
「さ、これ以上、正体がばれんよう気をつけるんじゃな」
 布を被り直した文太の頭を老人は軽く叩き、仲間のいるサウナへと入っていった。
 辺りを見回すとどこかで見た顔ぶれがあちらこちらに見える。どうやらすんなり店に入れたのも、単に布を被っていたおかげなだけではないのだ、と文太はようやく気付くのだった。
 
●風呂上がりに
「おー、遅かったアル。充分楽しんできたアルか?」
 ようやく出てきた文太に瑞芳はさりげなくフルーツ牛乳を手渡した。
 布地の下でごくごくとのどを鳴らして飲み干す文太。その様子を少し眺めていたが、瑞芳は懐から白い布地を取り出すと文太に差し出した。
「濡れた布被ってたら、風邪ひくアル。こっちと交換するといいアルヨ♪」
 いわれるままに文太は物陰に隠れてしぶしぶと着替えにとりかかった。
 と、その時。人の声に何となく気が付き、文太はじろりと声のする方を見つめた。
「……やべっ聞こえたかっ」
 派手めな服装の若い男女がこそこそとその場を立ち去っていく。
 やれやれ……とひとつ息を吐き出し、文太はもそりと布を取り替えた。
 
●極楽の後にまつもの
 「今度は幽霊が2階に現れた」と情報を聞き、早速駆け寄った従業員達は耳打ちを囁きあいながら噂の幽霊の様子をのぞいていた。
 幽霊は大胆にも全身マッサージをしてもらっている。マッサージ担当のお姉さんは苦笑しながらも丁寧に自分の仕事をこなしていた。
「ずいぶんと足がこっているようね。いつも色々お散歩しているの?」
 すでにまな板のコイ……いやペンギンの文太は体中の筋肉を緩ませてベッドに寝転がっていた。そのまま昼寝でもしかねない勢いだ。
「あー、気持ちいいアル……」
 ちゃっかりと瑞芳も全身のマッサージを受けていた。こちらはアロマオイルを使ったエステがプラスされたフェイシャルマッサージコースだ。
「あらあら、ここで寝ちゃだめよ。寝たらお店の人に捕まっちゃうわよ……?」
 うたた寝を始めていた文太の耳元でお姉さんはこっそりと囁いた。
 その言葉に文太ははっと体を起き上がらせる。
「大丈夫、ちゃんとお金払ってお店に入ってきたんでしょ? それなら貴方達も立派なお客さまよ。そうそう追い出したりはしないと思うわよ」
「あー…文太さ、慌てない慌てない、まったりしていくアル……」
 緩みきった表情で瑞芳が言った。
 だが、第六感が何かを予測したのだろう、文太は外へ一目散に駆けていった。
 ひらひらと風を切って走る白い布地に、利用客達は皆立ち止まり振り返った。
「あらら……ちょっと悪いこと言っちゃったかしら……」
「だいじょーぶー……そんなことで怒る、文太さじゃないアル」
 のほほん、と言う瑞芳の背後に、ふと人影を感じた。ゆっくり振り向くと胸元に「店長」のプレートをつけた男性が笑顔のまま佇んでいた。
「……お客さま、少々お時間を頂けますでしょうか?」

●危機一髪
 煙草をくゆらせて原っぱに座り、文太はのんびりと川の流れを眺めていた。
 そこへついー……と雲のように白い竜が泳いできた。
 竜は文太の目の前で瑞芳の姿へと変化した。彼女は大きく息を吐き出すと、文太の隣に腰を下ろす。
「はー……、びっくりしたアル。もうちょっとで私、売り飛ばされるとこだったアルよ」
 何となく状況を察し、文太は横目で瑞芳を見つめた。
「あのぶんじゃ、当分遊びにいけないアル……」
 残念そうにつぶやく瑞芳の肩に、文太はぽんと前ひれを乗せた。
「うん、こんなことでめげてちゃ駄目アルね。今度はもっと、大きなスーパー銭湯に遊びにいくアル!」
 なんだかちょっと勘違いされたかも……
 にっこりと笑顔を返す瑞芳を見ながら、文太はキセルの煙を静かにくゆらせた。
 
 おわり
 
(文章執筆:谷口舞)
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東京怪談
2004年06月10日

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