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『雨の日も晴れた日も 』
篠宮・夜宵1005)&守崎・啓斗(0554)


 外は梅雨の始まりを告げるような篠を突く雨が庭の生垣を大きく鳴らしている。
 守崎啓斗(もりさき・けいと)は部屋の障子をあけて窓から庭を眺めていた。
 雨で月も星もない夜はどこまで続くのかわからない闇が辺りを包んでいる。
 闇―――という言葉と一緒に啓斗の脳裏にある人の姿が浮かんだ。
 その“ある人”というのが(妹分以外の)女性だということを啓斗の双子の弟あたりが知ったら赤飯でも炊きかねない勢いで喜びかねない。それくらい、啓斗は致命的な恋愛音痴の朴念仁なのだ。
 その啓斗が女性のことを自主的に思い浮かべたというのだからそれを知れば驚くのは無理もないだろう。
 まぁ、とはいっても“知れば”という限定付で、当然知る者はいないのであくまで仮定でしかないのだが。
 啓斗は携帯電話を手に取った。
 そんなに多くはない発信履歴の中から彼女の名前を見つけ出す。
 日付は以前に彼女と事件の調査で一緒になったのと同じ頃の日付だった。
 こうしてみると、事件以外でろくに連絡していないことが改めて判り、なんだかそれが無性に寂寥感に苛まれる。
 そして、ゆっくりと発信履歴からリダイヤルした。
 1回……2回……3回……
 3回目のコール音を聞き終わったところで、啓斗はまた思考の波に攫われていた。
 彼女に電話を掛けることで自分の中のこの寂しさが全て埋まるわけではない。
 それは、彼女だからというわけではなく、この心の中の暗く深い穴を全て埋めることが出来るのは結局自分でしかないはずなのだ、と。

―――何をやってるんだ、俺は……

 自嘲気味に4回目のコール途中で啓斗が電話を切ろうとしたその時だった。


『はい、篠宮です』


■■■■■


「……」
 タイミングの良さに少しびっくりして啓斗はとっさに口を噤んでしまった。
 だが、自分から掛けておいて切るわけにもいかない。
『もしもし? 守崎さんどうかなさいました?』
 名前を出されて、啓斗は覚悟を決めた。
「篠宮か―――?」
 啓斗が言うと、電話の向こうで篠宮夜宵(しのみや・やよい)が小さく笑う声が聞こえる。そして、半ば呆れたような声で、
『どなたかと間違えて電話でもしましたの?』
「いや、ちゃんと篠宮にかけたんだ」
『それなら、私ちゃんと出た時に自分の名前を名乗ってるのですから“篠宮か?”なんて確認しなくてもいいでしょうに』
「そうか……そう、だな」
『そうでしょう。本当におかしな人ね』

 なんだか、話しながら徐々に啓斗は自分が先ほどまで内に抱えこんでいた焦りが少し薄れていったように感じた。

『何かありましたの?』
 また、一瞬黙り込んだ啓斗に夜宵がそう問い掛ける。
「何もない。何もないんだ」
 啓斗はそう言って被りを振る。
『……』
 その啓斗の声色に今度は夜宵が束の間黙り込む。
『守崎さん、よろしければ今度のお休みにお付き合いしていただきたい所があるのですけれど』
「何か事件か?」
 さっき、自分で事件以外でろくに連絡していないことが寂しいと思ったにもかかわらず、ついそんな台詞が出てしまった。
『違いますわ。それよりお付き合いいただけますの?いただけませんの?』
 そう言われ啓斗は次の休みに夜宵と出かける約束をした。
 それを誘いと受け取らずに言われたと取ってしまう当たりがあまりにも啓斗らしかった。


 一方―――
『何か事件か?』
 電話を切った後、啓斗の台詞を思い返して夜宵は彼女らしくもなく枕を軽くたたいた。

―――本当に朴念仁なんだから。

 夜宵とてそれなりに勇気を出して誘ったのにあの反応では少し腹立たしさを感じてしまっても仕方ないであろう。
 でも、まぁ、あの朴念仁振りが啓斗が啓斗たる所以でとても彼らしい反応であるのだから諦めるしかないのだろう。
「それに……」
 そう呟いて夜宵は先ほどまで啓斗と繋がっていた携帯電話の液晶画面を見つめる。
 それでも、その朴念仁が何の用もないのに電話をかけてきた事が嬉しくて、夜宵はいつまでもその着信履歴を眺め続けた。


■■■■■


 その日も朝から五月雨雲が空を蔽っていた。
 案の定、夜宵と啓斗の2人が色々な所を見て夕方近くに北鎌倉の駅から程近い東慶寺に着いた頃にはとうとう、しとしとと雨が降り出した。
 2人はそれぞれ傘を差して寺の参道をゆっくりと歩く。
「鎌倉には他にもいくつか有名な紫陽花寺がありますけど、ここも地元では紫陽花がたくさん咲いていると有名なお寺ですのよ」
 確かに夜宵の言うとおり境内にはたくさんの、そして色とりどりの紫陽花が咲いている。
「これはガクアジサイ。この八重になっている真っ白い花も同じガクアジサイの中でも“墨田の花火”と言うんですよ」
 夜宵が道々花を説明して歩くが、啓斗には色が違うだけで同じ花のような違う花のような―――とにかく全く区別がつかない。
「紫陽花の花の色が変わるのは知ってらっしゃいます?」
「それくらいは知ってる」
 愛想無くぼそりと呟く啓斗に夜宵は気を悪くする様子もなく続けた。
 紫陽花は元々日本産の花だが、植えられている土壌に含まれるpHによって酸性土壌で青にアルカリ性土壌で赤に近くなったり色が変わるためか、花言葉は“移り気”や“浮気”といったあまり良い言葉がついていない。だが、欧米ではその花の性質が珍重されて品種改良されて大きな花びらでブロッコリーやカリフラワーのように丸みを帯びた形の紫陽花―――西洋紫陽花と呼ばれる今の紫陽花の形になったのだと言う。
 その話を聞いていた啓斗は、
「同じ花なのにな……」
と溜め息をついた。
 その啓斗の姿を見ながら、
「場所や時間が変われば違うのかもしれませんね」
といって、夜宵は辺りを見回す。
 その視線につられるように同じ様に周りを見る。
 すると、今まで気づかなかったがお寺だというのに若いカップルが多いことに気付いた。
「ここもデートスポットで結婚式も行われているんですけど、江戸時代には、女性からの離縁を叶える縁切り寺でしたのよ」
 カップルを見ながらあっさりとそう言う夜宵に啓斗は絶句する。
「でも、今も昔も幸せを望む人の為のものですわ」
 忌まわしく見られたりかと思えば珍重されてみたり―――それでも花の美しさや花の存在は変わらない。でも、いつの時代も幸せを望む人たちの為に在るため、この寺院のように変わることだって出来る。

 人からどう見られても己は変わらないけれど、望めば幸せになる為に変わる事だって不可能なわけではない。

 啓斗は、夜宵に暗にそう言われた気がした。
 だが、実はそれは啓斗の為だけに言ったわけではなかった。
 その言葉はもちろん啓斗に向けると同時に自分にも向けた言葉だった。
 悪戯めいた笑顔を見せた夜宵はくるくると傘をゆっくりと回しながら数歩啓斗の先を歩き出した。
「篠宮―――」
 啓斗は名を呼んで後を追い、彼女の隣に並んだ。
「あら、いつの間にか止んでますわね」
 いつの間にか静かに振っていた雨は止んで、雲に覆われていた空から幾筋か茜色の光が差し込んでいる。
 傘を降ろした二人の手が微かに触れた。
「行こうか」
「そうですわね」
 そう言って歩き出した時、夜宵の手は自然と啓斗に握られていた。
 こうやって互いに少しずつ変わっていった時、相手が自分にとってどんな存在になるのか……それぞれ先に思いを巡らしながら2人は参道を歩く。
 少しずつ。ゆっくりと。


Fin
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
遠野藍子 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年06月08日

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