▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『君のためにできること 』
ケーナズ・ルクセンブルク1481)&ウィン・ルクセンブルク(1588)
「サイコメトリーを教えてもらいたいんだ」
 突然訪れた兄は出迎えた妹に向かいそう言った。
 普段も突如遊びに来ては気付けば帰っている、そんな兄のことを知っていたウィンには、この突然の訪問には驚きは無かった…口にした言葉さえなければ。
「どういった風の吹き回し?」
 本心から出た言葉なのに、その言葉は笑みを含んでいた。――それは、やはり自分が抱えていた不安…その1つを兄が持ち込んできたからだったろう。
***
「…サイコメトリーって意味は分かってるわよね」
「ああ、そのくらいはね。やったことはないけど」
 テーブルに次々並べられていく品物に一つ一つ目を置きながら、ケーナズは時折ちら、と顔を上げてウィンを見る。教えて欲しいと言った直後は流石に驚いたような顔をしていたものの、今は平静に戻っていて。むしろ楽しげにも見える。
「要は集中、それから取っ掛りを掴む事。ラジオのチューニングを思い出してみればいいわ。最初は繋がるまでに時間が掛かるでしょうけど、慣れてくればあっという間だから」
 テーブルに並べられたものは様々な品で、どれ1つとして同じものはない。小さな刺繍の入ったハンカチ、銀に輝くスプーン、木彫りの梟、赤い石の付いたヘアピン、金の縁取りがされたペンダント。これら全てはウィンの持ち物なのだろうが…。
「やってみて。時間は気にしなくていいから」
 そう言われて眼鏡を外し、1つ手に取ってみる。小さく花の縫い取りがされたハンカチを。
 良くウィンら能力者がやっているのと同じように、少し離してテーブルの上に置き、手でそっと触れてみた。…柔らかな布の感触が手の平に伝わってくる。
「……………」
 目を閉じ、呼吸を整えて…手の平に意識を集中させる。
 だが。
 目の裏に浮かんでくるのは、たった今見たハンカチと、玄関まで迎えに来たウィンの笑顔だけ。それは読み取りではなくただの残像だろうと振り払うも、再び浮かんでくるのは同じような映像ばかり。
 数分ほど、そうやっていただろうか。ぴくぴくと目蓋が痙攣し始めたのを機にふぅと息を付いて目を開いた。
「難しいな…コツはないのか?」
「こればっかりは、体で覚えるしかないわ。兄さんだって、その力を聞いただけで覚えたわけじゃないでしょ?」
「まあ、な」
 取っ掛りどころか全くその感触が掴めずに手をにぎったり開いたりしているケーナズ。
***
 もう一度ハンカチに再挑戦してみたのは、他の品に変えてみようかと少し悩んだ後。最初に選んだ品を変えるのも自分の負けを認めるようで悔しく、意地もあって。
 今度は目を閉じる前に深呼吸し、深々と息を吐き出してからぐっとテーブルにハンカチを押し付けた。
 集中――
 声には出さずに唇を動かし。
***
 かたかた、と、室内にある小物が揺れている。真剣に唇を噛み締めながら、あまり最近は見せてくれなかった眼鏡を外した姿にウィンが目を細め、それから倒れてこないかどうか辺りを見回した。
 自分の能力でも押さえてしまえば済むことなのだろうが、漏れ出した力の発露を変に邪魔してしまっては悪いと、ウィン自身は何もせずそうやって見守っているだけ。
 端正な兄の顔立ちを、本人の邪魔が無く見ていられるのも久しぶりだった。幼い時にはいつでも見せてくれたその顔も、年を経るに従って次第に互いの遠慮や反発があり、簡単には見ることが出来なかった、真剣な顔。
 ――本当は、真面目なのにね。
 口に出さず呟いてみる。…能力を探っている今は案外そう言った余計なモノまで見えたり聞こえたりしてしまうかもしれなかったが。
***
 どのくらい手探りを続けていただろうか。始めた時の残像はいつの間にか消え、目を閉じているせいなのか何も見えない。――真っ暗な中を、『何か』を探して慎重に『手』を動かし、触れることが出来そうな物を探り続ける。
 やがて、ぽぅ、っと小さな灯りが暗闇の中に見えた。其れは次第に大きくなる――いや、ケーナズの『目』が近づいているのだろう。
 …暖炉の傍、誰かが椅子に腰掛けていた。見えるのは、木の枠を嵌めたハンカチに刺繍を繰り返している女性の手元だけ。
 ――それは一瞬のこと。
 ぱちんと何かが弾け、映像は消えた。
「ああ、割れちゃったわ」
 ついで聞こえて来たウィンのあまりの声の大きさに一瞬びくりとするが、神経を研ぎ澄ませていたために起こった現象だと気付いて苦笑を浮かべ、そして声の方向を見た。
 先程見た位置から動いていないウィンが見ている視線の先――客用のグラスが置かれた棚の中のクリスタルグラスがひとつ、粉々に砕けていた。
「お帰りなさい。何か見えたのね?」
「――分かるのか?」
「その顔を見ればね。それにグラスも割れたし」
 首を傾げるケーナズにくすっとウィンが笑う。
 自分の力を探っている間に、他の能力が漏れ出てしまったために起こった副作用のようなものだと気付いたのはその後だった。
「悪かった。後で新しいのを買って送るよ」
「そうね…授業料代わりに遠慮なく頂いておこうかな。センスは兄さんに任せるわ」
「はいはい」
 嬉しそうなウィンに苦笑する。
「…お茶にしましょうか」
 ふーっと大きく息を吐いたケーナズに、ウィンがすっと立ち上がる。
「あ、ウィンは座っているといい。私がやるよ」
「兄さんこそお疲れでしょう?」
「なに、このくらい」
 そう言いながら立ち上がってみたものの、体中が異様に重い。妹の視線を感じながら、それを無理に見せまいとして動いている様は端から見ればぎくしゃくとしたぎこちないものに見えていただろう。
 お気に入りのカップ2つに、茶葉とお湯を注いだティーポット。スプーン、他を添えてトレイに載せ、冷やしてあったケーキと共に運んで行く。
 戻ってみれば、やはり気付いていたのだろう、くすくす笑いながらウィンが出迎えてくれた。
「何がおかしい?」
「――いいえ…」
 否定しようとする傍からくすくすと笑いが漏れるのを見、渋い顔をしながらカップを口元に運んだ。
「そう言えば、あいつは?」
「今日は出かけていていないわ。最初に気付かなかったの?」
「……」
 自分の頼みを聞いてもらうのに夢中で気付かなかった、とは言えず、黙って熱いお茶を啜りこむ。
 同棲中の妹の婚約者…自分の友人でもある彼のことを思い出したのは、自分のために用意しておいたものではない2個のケーキを2人の前に並べた後のことだった。
「後で一緒に食べるつもりだったんだろう?悪かったな、勝手に出して」
「気にしないで、帰る時に買って来てもらうから。そうそう、今日はこのまま一緒に夕食をどう?あの人も喜ぶと思うわ」
 ぽんと軽く手を叩いたウィン。そうだな、と気の無い返事をして、
「あいつが戻ってきてから決めるよ」
 遠慮しなくていいのに、とにこにこ笑う妹につられてケーナズもにこりと微笑んだ。
「――他の能力と比べてみても、半端な集中力は使えないわ。それに…使えるようになったらなったで、気をつけないといけないことも出てくるもの」
 ふぅん?とカップを手に、妹の講釈を聴く。そのカップを持つ腕も、陶器ではなく鋼鉄の何かを持ち上げているように重い。
「能力が暴走することがあるの」
「暴走…か」
 ええ、とウィンが神妙な顔をして頷く。
「全方向に、無制限に力が飛び出していけば、力の届く範囲にある全ての物…その想いが全て中に流れ込んでくるの」
 ウィンが自分の胸骨の辺りを軽く叩く。その奥、『心』に流れ込むもののことを思いやっての仕草だろう。
「疲れが溜まっていたりすると範囲を調整出来なくなったりするから気を付けて」
「ああ」
 其れは通常の能力を行使する時にも言えることだった。脳をフルに使用するためか何度も強力な技を行使すればそのうち倒れてしまう。まだ未熟だった時分、その調整の仕方がわからずに暴走しかかったことを思い出してこくりと頷く。そんなケーナズを見ながらウィンが更に続け。
「そうね…他にも、残された『想いの力』にもよるのだけど、相手の方が強すぎて引きずられたり、取り込まれたり…または、読む前に向こうから捕まえに来たりすることもあって。特に…死ぬ間際の想いは大変よ」
「そうか。それじゃますますウィンに事務所や編集部の依頼は任せられないな。もう少し頑張ってみるか」
 くす、と微笑を浮かべるウィン。
 元々お腹の中にいる子供のことを考えれば、依頼を受けずにいるだけで良いのだろうが、ケーナズはそれに気付いていないのか、または気付いていても口にしないのか…聞き返したところではぐらかされるだけに決まっている。それならば、想像の中で楽しむ方がましだろうと、妊娠以来丸くなったと言われる笑みを浮かべながら香りの良いお茶を味わうに留めていた。
「ところで兄さん、さっき何が見えたの?」
「ん?…ああ」
 突如聞かれ、ほんの僅かでしかなかったが『見』えた映像を事細かに告げると、ふぅん、と呟いたウィンが頷き、
「いい線行ってるわね。もっと潜ればあのハンカチ一枚に込められている想いを読み取る事も出来るんでしょうけれど、それは少し難しいかもしれないわ。まあ、今日一日でマスターしようとしても無理でしょうけど」
「そうだろうな」
 ようやく掴んだ手がかりだが、それもようやく時間をかけて探り当てたものだ。また『見』るためには先程の映像が見えた位置まで探りを入れなくてはならず、すぐにその場に行けるかどうかは分からない。
 一息付いたケーナズが再びハンカチに挑戦し出したのを見ると、ウィンがティーセットを片付け始めたのにも気付く様子はなかった。
***
「どう?」
 気付けば、もう辺りは薄暗くなって来ている。にこにことケーナズの顔を覗き込んで来たウィンに笑みを返す余裕も無くどっかりとソファに身体を静める青年。その様子なら、最初の時よりはずっと深い位置まで潜れたのだろうと推察出来る。――慣れるまでは時間が多少かかるかもしれないが、この調子で行けば実践に耐えうる結果を出せるのはそう遠い話ではなさそうだった。
「さあ、今日はここまでにしましょう。根を詰めたってこれ以上は何も出来ないわ」
 言いながらずっと並べ続けていた品々をひょいひょいと片付けて行くウィン。手元に置いたままでは少し身体を休めたらまた始めそうなケーナズを気遣ってのことだろう。その気持ちが分かるだけにケーナズもようやく口の端を歪めた。
「難しいな」
「これが依頼ならそんなことを言っていられないわ」
 さらりと言葉を続け、今度は冷たく冷えたお茶をケーナズの前に置き、ストローを刺す。
「尤も、依頼人から手に入る品は、もっと見やすいものですけどね。その分危険も多いから」
 ソファに同じく腰を降ろしたウィンの顔を見た兄にそっと微笑を浮かべ、
「だから、逃げ道の確保も重要よ。――危険信号を感じたらすぐに引き返す事」
 まして今日のように延々と『見』続けるのは駄目、と…笑みに紛らわせながらも真剣な目で告げる。
「さっきから見ていると相当疲れが溜まっているのに止める気配はなかったものね。今日は泊まって行くといいわ」
「おいおい、そこまで面倒をかけるわけには…夜には帰るよ」
「何言ってるの。あと1時間もすれば私の言った意味が分かるわよ」
 ――実際には30分もかからなかっただろう。
 猛烈な睡魔に襲われ、体中に鉛をくくりつけたような重さに耐えかねて降参したのは。本人は降参した事にさえ気付かずすぅっと眠りに陥ったのだろうが。
***
「全く」
 ふぅ、と肩で溜息を付いて見せながら、ソファに身体をもたれて寝入ってしまったケーナズに、タオルケットをそっとかけてやる。
「お疲れ様」
 言っても聞こえはしないだろう。だが、それはそれとして口にせずには居られなかった言葉だった。
 妊娠が発覚してから兄が何か考えていたのは知っている。色々と調べていたらしいことも、一緒に暮らしている彼の口からも聞いていた。
 起こさないようそっと隣に腰を降ろす。
 …暫くの間、身体を休めるつもりでいたつもりだった。自分でもそう口にしていたし、2人が心配していたのにも気付いていた――でも、仕事が減れば友人達に関わる事が少なくなる…そのことを考えるとどうしても寂しさは募る。
 どうやらその穴埋めに本気で動き回るつもりらしい。身ごもった妹を気遣ってのことと、もう1つは互いの過去にあった諍いの償いのつもりか――そのためにわざわざここまでやって来て真面目に能力の開発に取り組んでいたかと思うと微笑がこぼれた。
「ありがとう」
 きっと、聞こえはしないだろう。聞こえたりしたら、また却って格好を付けて何か言い出しそうだったし…。
 そっと、昔母が2人にしてくれたみたいに兄の髪を指先で梳いていく。
 柔らかな…『母』の笑みが唇に広がって行く。
 双子だから、だろうか。それとも意識せずシンクロしているのだろうか。
 気持ち良さそうに眠り続けているケーナズも、ウィンも、見る者が見たらはっとする程良く似た表情を浮かべていた。
-END-
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
間垣久実 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年06月08日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.