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『空からの贈り物・前編 』
河譚・都築彦2775)&夜都・焔雷(3054)


 五月の、空気の澄んだ昼下がり。
 山林の中で、風と一体化したかのように、追うものと、追われるもの。それは、都築彦が居る、岩牢の近隣での、出来事だ。
 そして、その都築彦といえば。
 山の澄んだ空気が僅かに入り込んでくるのを感じながら、岩牢内で背中を丸めて眠っていた。
「………」
 表で、鳥の羽音が僅かに聞こえる。
 その音で、都築彦は閉じていた目を片方だけ開け、耳をピクリ、と動かした。
 その表では、先ほどの両者が、必死になり空を舞っていた。そして、追われるものが、都築彦が居る、岩牢を見つけ、『いつもの出入り口』を目指し、一層羽ばたく。追うものは、わき目も振らずにその羽ばたくものを追い、自分もその背に持つ羽根を使い、滑空し追い詰めようとしていた。
「!?」
 バサバサ…といつもには聞こえない、羽音を耳に聞き届け、都築彦はつい、と頭を上げる。すると遊び相手の小鳥が、明り取りから入り込んできたところであった。その様子には、いつもの余裕は見受けられず、ただ必死に、と言ったところだ。
「……どうした…、…!?」
 小鳥に声をかけようと、言葉を作り始めた次の瞬間に、都築彦の視界に飛び込んできた黒い影。それは小鳥よりも二回りほどの大きさの、獣だった。
「…にゃッ!?」
 頭上で、そんな声が聞こえたかと思うと。おそらく都築彦の姿に驚いたのであろう、黒い獣は着地の態勢をとることも出来ずに、頭から都築彦の頭へと落下してきた。
 一瞬、目の中で星が飛んだような、気がした。
 都築彦も驚きのあまりに、避ける事が出来なかった。どう考えても、有得ない事であったからだ。
「…………」
 都築彦の頭の上に落ちてきた黒い獣は、落ちてきた格好のまま、固まっていた。軽い、脳震盪でも起こしたのだろうか。そのまま、ぐら…と地面に落ちそうになったので、都築彦が慌てて、前足で受け止めてやる。
 そこで初めて、その黒い獣が、猫だと解った。よく見ると、その背には蝙蝠の羽がついている。
 どうやら、小鳥を追い込んだまでは良かったものの、目の前の岩牢に気がついたのが遅かったようだ。小鳥は小さな穴からするりと入り込んだものの、羽根を持つ猫にはそれが無理だったのだろう。それでもそのまま突っ込むことだけは避けようと思ったのか、勢いを止めることの無いまま羽を仕舞い込み、その穴…明り取りに入り込んだらしい。もちろん、表でのこの出来事は、都築彦の知らぬこと、であるのだが。
「……珍しいことも、あるものだな…」
 目を回している猫に向かいそう言うと、猫をパチと目を開き、都築彦を見上げた。
 そこで、一瞬の時間が止まったように、思える。
「………!!!」
 都築彦の前足に乗っている形であった猫は、目の前に飛び込んできた者に驚き、全身の毛を逆立てながら、目にも留まらぬ速さで後ろへと飛び退けた。
 大きな狼と猫であれば、後者の猫が驚くのも当然なのだが。
 都築彦はそこで軽い溜息を吐き、身を起こしながら半獣人へと変容してみせる。それは食べる意思は無いと見せたつもりだったのだが、岩に張り付いた猫は、益々その身を固まらせていた。
「……まいったな…」
 ほぅ、と再び溜息を吐く都築彦。その溜息にさえ、猫はビクっと毛を逆立てている。
 そんな猫の頭上には、小鳥が様子見、とばかりに高い位置で留まり、こちらを伺っていた。
 都築彦は、これでは話にもならないと思い、意を決して、禁を破ることにした。それは、人の姿を、形どる事…である。
「!?」
 猫は、目の前の狼が再び姿形を変えていくのを、ビクつきながらも見つめていた。
「…お前は家猫か、人間なら然程怖くなかろう。…何故、こんな処に迷い込んで来たのか…」
 人への変化を終えた後、都築彦は静かに猫へと言葉を投げかける。するとその猫は、彼の言葉を遮るかのように、その姿を変え、懐へと飛び込んできた。
「…ね、もしかして、同族?」
 空気溶けるかのよう流れで、猫は都築彦と同じように、人の姿へと形を変えた。そして瞳を輝かせて、そう言葉を作り上げる。
「………」
 都築彦は驚きのあまり、言葉を繋げることが出来ずに居た。その都築彦とは裏腹に、元猫は、嬉しそうに笑いながら、彼を見上げていた。
 一見、女とも見紛う様な。
 黒く艶やかな長い髪に、白い肌を持つ元猫は、それでも身体のつくりは男のものであった。…つまりは、その身に何もまとってはいない状態なのだ。都築彦も、同じことなのであるが。
「ねね、何で黙ってるの? 別に珍しくないでしょ?」
 猫は、その気質そのままに、じゃれ付きながら、都築彦に言葉を投げかける。好奇心旺盛な紅い瞳に、純真無垢を思わせる態度。
 都築彦はそこに、自分の知らない一般社会の、常識のようなものを感じたような気がした。自分の一族だけだと、思っていたからだ。このような、獣の姿をする者を。
 もしかすると、外の世界では、もっと他にも似たような存在が、いるのかもしれないと。
「……、…」
 そこまで思考を巡らせると、都築彦は、は、と我に返ったように現状へと視線を送る。仕方が無いとは言え、薄闇の中で二人きり、男同士が裸で抱合うのは如何なものか、と。
「…ねぇ、どうしたの?」
 そう言う猫に都築彦は黙ったまま、しがみ付いたままの猫の腕を剥がし、背を向ける。そして奥の棚から衣を取り出し、再び猫を振り返った。
「これを…」
 言いながら衣を差し出そうとすると、猫はいつのまにか、そして何処から出したのか、既に私服を着て、ちょこん、と座っていた。振り向いた都築彦に、満面の笑みを送りながら。
「………」
「………」
 差し出した衣を、徐に自分の身に纏いながら。
 都築彦は次から次へと受ける新鮮な空気に、半ば遅れを取っているようだった。出会ったばかりのこの黒猫に、ある意味衝撃的なものを与えられている事に、ついていくのに精一杯、といった感じだ。
 ずっとこの岩牢の中、入ってくる情報など、毎日遊びにくる小鳥からしか、流されていない状態であったので、無理も無い話しなのだが…。
 その小鳥といえば。未だに小高い位置から、こちらの様子を伺っているようであった。その視線が、少しだけ痛いと思えたのは、都築彦の思い違いではないのであろう。
 いつまでも黙っているのもどうかと思い、都築彦は軽く息を吸った後に、ゆっくりと口を開いた。
「…お前、名前は?」
「俺? 焔雷(えんらい)」
 焔雷と名乗った黒猫は、都築彦に話しかけられたのが嬉しかったのか、また満足そうに笑顔を作り上げて、飛び掛ってきた。
 その焔雷を受け止め、都築彦は不思議な感覚に、新たな感情を憶え始めていた。心の、奥底で。
 ごろごろ、都築彦の膝の上で懐いてみせる焔雷は、すっかり彼に心を許しているようであった。その焔雷の頭の上にそっと手を置きながら、都築彦は小鳥を見上げて、困ったように笑いかけるのであった。




-続-

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河譚・都築彦さま&夜都・焔雷さま

いつもありがとうございます。桐岬です。
焔雷さんは初めましてですね。
今回はお二人の出会い編の前編と言う事で書かせていただきました。
如何でしたでしょうか…。何にしても納品がギリギリになってしまい
申し訳ありませんでした(平伏)。
そして後編もよろしくお願いいたします。

※誤字脱字がありました場合、申し訳ありません。
桐岬 美沖。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
朱園ハルヒ クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年06月07日

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