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『夜の嫌われ者 』
数藤・恵那2490)&花瀬・祀(2575)

 ベッドタウンの夜は静かだ。
 駅前の喧騒が遠ざかるに連れて、その静かさも増していく。住宅の明かりも消える時刻になれば、音も光も乏しい空間となってしまう。
 寝静まる人々が喧騒と光を嫌うように、人が休む時に音と光を嫌うように。
 町そのものも音と光を嫌う。
 街が眠らなくなってもう久しいが、それでも夜はその意義を失わない。失いたがらない。
 静かに帳を下ろし、ゆっくりと寝静まる。
 休息と安らぎのために、夜はある。

 それに嫌われた。
 もしかしたらそれだけの話なのかもしれない。
 夜に嫌われたのだ。彼女と、彼女は。



「なあんで鉢合わせとかしなきゃなんないかなー」
 ぐちぐちと一人の少女が唇を尖らせる。
 街頭とコンビニの明かりが光源の夜の郊外に、制服姿があまりにも浮き立っていた。もう終電時刻、女子高生がうろうろするにはちと遅すぎる。しかし、遅いからこそか、はたまたそもそもそういうテンションの少女なのか花瀬・祀(はなせ・まつり)はじろっと傍らの女を見上げて再び口を開いた。
「よりもよってって感じ。くっそーなんであたしがこんなんに遠慮しなきゃなんないのよっ」
「……本人を目の前にそれだけ言える人間が遠慮という言葉を口にされてもな」
 祀のけんのある視線を向けられている女はさらりとそう返した。
 こちらはジャケットにパンツスタイルの大人の女である。数藤・恵那(すどう・えな)は長い髪を背に払い、興味もなさげに祀を見下ろした。正確にはなさげにではなく、正真正銘全く興味などなかった。
 女子高生にとっては異例のこの時間も恵那にとってはいつものことだ。病院を切り盛りし尚且つ現場も離れていない恵那に、定時などという有難い代物は有り得ない。有限の時間という資源はまず殆どが仕事で費やされる。この時刻――ちょうど終電――に帰宅出来るのは実のところ珍しい。午前様は勿論のこと、泊まりも決して珍しいことではないのである。帰れるだけまだマシなのだ。
 だからこの偶然は稀有なものだった。
 たまたま遅くなった祀と、たまたま帰宅できた恵那の鉢合わせは。
「大体なんで一緒に帰らなきゃならないのよ!」
「たまたま鉢合わせたからだろう」
「鉢合わせたからって並んで道歩かなきゃならない道理が何処にあるのよ!?」
「私も歩きで、道が同じだからだろう」
「医者で無駄に金持ってんだからタクシーでもなんでも使えばいいじゃない! っていうかそもそも何で電車なんか使ってんの!」
「無駄な金なんか持った覚えはないからだ」
 捲くし立てる祀に恵那は淡々と返す。
 きゃんきゃんと吼える祀はまるで遠慮しない。元々祀は恵那が気に入らない。何故なら自分が憧れていた相手の恋人という立場に恵那が収まっているからだ。それに加えて、どう考えてもあしらわれているとしか思えないこの反応が、更に祀を加速させていた。
(……よく飽きないものだな……)
 そっけなく返しつつも、恵那は内心感心していた。呆れも通り越すともう感心するしかないところである。祀は時折顔をあわせる程度の間柄だがその間黙っていたことがない。こちらがまともに相手にしないにも関わらずである。
(……と言っても……)
 煩いと感じないわけでは無論ない。特にこんな仕事帰りには真剣に鬱陶しい。疲れているからだ。
 それでも今ばかりは突き放してしまうのも気が咎めた。
 どれほど多忙な日々を送っていようとも新聞にだけは目を通す。妙な異能を持っている知人のいる身としてはスポーツはすっ飛ばしても三面は飛ばせない。
 それは未だに三面記事だった。漸く三面記事になれた程度の、この東京では些細な事件である。
 しかし祀と恵那の自宅のある方向、丁度差し掛かろうというこの通りでは、二名ほどの行方不明事件が起きていた。普通なら単なる家出で終わる話だが、当人達に家出をしそうな理由もそぶりもなかったことから、三面を飾る『行方不明事件』として新聞に認識された。
 そしてそんな三面記事にこそ、真実危険が潜んでいる。それを経験的に恵那は知っていた。特に知りたくもなかったが。
(ほったらかして三人目になられても寝覚めが悪い……)
 祀の吼え声を受け流しつつ、恵那は肩をすくめた。

 そして、その予感は外れてはくれなかった。

 ざわりと。
 空気が沸き立つ気配は恵那のみならず祀をも緊張させるに足りた。
 思わず口を閉じた祀は、きょろきょろと周囲を見渡す。
「なに……?」
「……新聞も読まないのか?」
 やや呆れを含んだ恵那の声に、祀はかっと頬を赤らめたが、直ぐにその興奮は別のものへと取って代わられる。
 深夜のベッドタウン。
 静粛を好むその場所が、その静粛の中に何かを孕み始めている。姿は見えない。しかし確かに、誰かが――否、何かがいるのだ。
「……これは、ちょっとヤバい、かな?」
「ちょっとではすまなそうだな」
「対処は?」
「人に聞く前に少しは考えたらどうだ?」
「考えるも何も一つでしょ!」
 怒鳴って、祀は恵那の手を引っつかんだ。そのままの勢いで駆け出す。
「逃げるのよ!」
「賢明だ」
 引きずられつつも冷静に、恵那は答えた。

 ざわざわ。
 明白に影が迫ってくる気配。気のせいではない。いっそ気のせいと思い込めるだけの楽天さがあればこのときは救われただろう。
 ――ただし数分後の身の安全は保障されない。
 何かの気配は背後に迫りつつあった。明らかに害意を持った、人ならぬ何かの気配は。
「しつっこい!」
「……逃げてもどうしようもなさそうだな」
「賢明だって言ったじゃん!」
「その時有効だった対応策が、その後も有効であるとは限らんさ。状況は刻一刻と変化するものだからな」
「なんでそんな冷静なのよ!?」
「性分だ。――祀」
 走りながらの応酬。一際低い声で名を呼ばれ、祀は思わず足を止めそうになった。無論なっただけで実際には止めない。
「な、なに?」
「暫くなら持たせられるな?」
「戦えっての!?」
「誰もそんな無茶は言わん。そうやって怒鳴れるならもう少し走っていられるだろうという意味だ」
 むっと祀は黙り込んだ。
「出来るな?」
「出来るけど……」
「なら話は早い。そこの路地を曲がれ。そのまままっすぐ走り続けろ」
 恵那が示した路地はほんの数十メートル先にある。それを実現すること事態は可能だったが何故そんな指示を受けるのかそれが祀にはわからなかった。
「なんで? っていうか恵那さんはどうすんの?」
「何か武器になるものを探す。曲がったら私は壁を越えて別行動だ」
「あたしを餌にして逃げるつもりじゃないでしょうね!?」
 顔を真っ赤にして怒鳴った祀に、恵那はうんざりとした視線を投げた。
「そうするつもりならさっさとタクシーに乗って帰ったな」
「え?」
「曲がるぞ!」
 目の前に路地が迫っていた。

(え、え、え、えーと)
 困惑しつつも足は止めない。しかし祀は困惑していた。
(えーと今の台詞は……新聞も読まんのかとかも言ってたし……)
 つまり恵那はこの事態が起きることを知っていて、少なくとも予想は出来ていて、その上でこの道をわざわざ歩いていて。
 万が一この事態が起きた時の、為に。
 祀の、為に?
(え、え、え、え……えーと)
 混乱しつつも足を止めないのはいっそ立派というべきだろう。
 しかしその状況でまともに走れるわけがない。えーとと思考を進めようとした瞬間、祀の足はもつれた。

「…………っ!」
 恐怖が、声さえも奪い去ることがある。
 悲鳴さえあげられず、迫ってくる黒い『何か』を見つめながら、場違いにも祀はそんなことを考えた。

「ここが感じるんだろ?」
 その声は祀には酷く遠いものに聞こえた。迫ってきていた何かとそれに退治する恵那。その瞳が青く光っていることよりも何よりも、混乱しきった祀の意識に強く残ったのは、
(……武器って……鉄パイプ……?)
 住宅街でそりゃ都合よく機関銃だの日本刀だの見つかるわきゃないのよね。
 その『何か』の断末魔を聞きつつ、なんとなくそんなことに納得してしまった祀であった。



『無事か?』
 という言葉の余韻も消え去らぬうちに倒れこんできた恵那の身体を抱きかかえ、祀はうーんと思考していた。
 先刻も思った。思っていたせいで転びかけたがそれは兎も角思っていた。
 ひょっとしてひょっとすると、
「……案外いい人?」
 気を失っている恵那から返事は勿論ない。
 細身とはいえ身長はある恵那の身体は祀には運べそうもない。
 さて、これからどうするか。
 祀は酷く現実的に、そう思った。



 そしてその現実的な思考は、非現実的に報われる。
 祀の危機を察して集まってきたまあその『何か』の親戚どもが、祀と恵那を抱えて運んでくれたのである。
 そうして事態は収まった。
 それは別段どうということもない、些細な日常事件。
 ただ、
「でもやっぱり気にいらないっ!」
「そうか、それで?」
 怒鳴る彼女と受け流す彼女。そのやかましい一対はそれに嫌われた。
 もしかしたらそれだけの話なのかもしれない。
 夜に嫌われたのだ。彼女と、彼女は。
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東京怪談
2004年06月04日

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