▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『女岩 』
海原・みなも1252


『月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり』
 これ、松尾芭蕉の言葉である。そして、
『月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり。ですからあれだけの出来事とはいえ、姉の力を使わずとも、自然に忘れていたのですが……』
 これ、海原みなもの言葉である。続きを補足すると、これが因果というものなのでしょうか――
 因縁めいた果樹園との関係、それを略して因果というのは嘘っぱちであるが、海原みなもの辞書においてはそれで意味として通用する。果樹園とただならぬ関係を結んでるというのは、何も林檎を毎日かじったり、もらってきた巨峰を思い切ってスープに仕立ててみたりするだけじゃない、それは日常レベルである。みなもはその果樹園で、幾度も怪異という深い出来事を己の身体に刻まれているのだ。
 簡略に語れば、まず小手調べとして樹木と化した。次に胴打ち、樹に囚われた。いずれも最初に言うた通り、かなり前のお話である。終わりという名詞が頭に来る。
 だが、面はまだ叩かれてなかった。
「夜になるとね、変な声が聞こえてくるの」
 家が果樹園のお友達から切り出された三度目の相談は、みなもの脳天を鈍く直撃する。ゆえ、聞き返したのはやや間があってから、
「変な声って、犬とかじゃなくて?」
「違う違う! ……なんというか、ホラー映画? 何言ってるか解らないけど、音、じゃなくて、声、なの。人が何かいってるような」
 それだったら人が居るんじゃと言ったら、人間にしては何かおかしいって。
 だからみなもちゃんお願い、私を助けて! そう言われても背筋に冷や汗が伝うみなもである。この友達には悪いが、果樹園に関わりを持つと、手伝いの御礼である果物籠一杯だけでは見合わない目に会うのだ。だから、
「ごめんなさい、私最近家事が忙しくて」
 そう笑顔でことわろうとしたが、「そんな……うちの果樹園がどうなってもいいのね! いえ、うちだけじゃないわ、国産の果物を好む真の美食家達の舌を裏切るつもりなのねッ! みなもちゃんの人で無しっ!」
 ……この場合の反応としては、いや私人魚だしとぶっちゃけるべきか、最近キャラ変わってきてませんかと聞くべきか、
 うなだれながらため息一つ、結局引き受けるかの選択儀である。


◇◆◇


 二度ある事は学習しろ。三度目の過ちを犯すな。
 別に誰かにそう言われた訳では無いが、海原みなもは自然、日曜の昼という怪異が起こる時刻からずらしてまずは調査を開始した。三度目ともなると見慣れた木々、その間を友達とおしゃべりしつつも、色々を考える。
 樹は去ったとお姉さまに聞いている。つまり、今回の声は別件である。後、幸いというべきか、悪い意味での眠れぬ夜を過ごす以外は実害無し。
 ……色々考えてみたが、これらの情報がこれからへの行いに対しては無意味である事も悟る。ゆえ、彼女の局面は現在情報戦。無知で行く時代は終わりを告げた、何か、異常は無いかと、目を使ってる内、
「あれ?」
 そこには、岩が、在りました。
 ちょうど種類に応じて区分けされている、それぞれの角、つまり果樹園の中心たる場所に、でんと音を伴いそうな程に質量的に鎮座する岩。
 みなもの目を追って、隣の友達も気づく。
「あんな岩、うちにあったかしら?」
 異常を見つけた。一人、用心しながら、二人、近づいていく。
 己の身の丈程の高さ、水墨画としても如何無く発揮されるであろう風格。日の光にすら負けぬ巌の色。
 だが、それだけである。声など一つも聞こえてきやしない。
 つまり、みなもはため息をついた。こうなっては夜に来るしかないゆえ。


◇◆◇

 静けさや 岩に染み入る 蝉の声

◇◆◇


 半月が、浮かぶ。
 風が、吹く。
 岩が、
  、泣いてる。
 ――予想通りの出来事を、心で反芻する余裕は無かった。

 己の声も泣いてるからだ。
 岩への変化。

 容赦無き水の化身たるが、触れた指から、手の甲から、手首、腕、ああ。
 離れようとしてももう遅い、不動たるが岩なれば、最早、定めも硬直している。音一つたてぬゆえに、二つの泣き声は更に相乗した。悲しげな二重奏、友達の寝る耳にも届くのだろうか。こんな状況下でそんな事を思うのは、心を保ちたいからか。
 否、心もそう化せば、保つ以上に動かぬでは無いか。それは、
 死。
 その一言を叫ぼうとした時、喉がなだらかにこう成立している。

 石、
 、
 岩。

 海原みなもは、そう完了した。


◇◆◇


 途端、の事です。
 最早揺れぬ事が敵わぬ彼女の意思が、ゆらと揺れました。
 それはあの悲しげな声によって、岩である彼女の前にある岩からの。岩、岩、声、
「助けてください」
 それは、言葉では無かった。だが、言葉よりも上の伝達であった。
 だから言葉で無くとも意思としてそう感じた。みなもは返す、「助けて、って」
 それもおそらくは言葉では無い、泣き声同士のやりとり。
「旅を、していたのです。世界から世界へと渡る旅を、月日が百代の過客ならば、そうするのは道理じゃないですか」
 しくりしくりと聞こえてこよう、岩と岩、男が泣くのを女が聞く、
「ああだが、現れる場所を間違えた。岩と、重なった。それは些細な事故、修正出来る、だが、だが、だが!」
 しゃくりあげて、苦しい喉に代わって、
 女岩は。
「岩が離さない、のでしょうか」
「助けてください」
 おそらくは、この岩は、声が、欲しかった。
 物言わぬ身を嘆くゆえに、嘆く事すらも出来ぬゆえに、
 手にした途端泣いたのは、今までのそれを解き放つ。
(でも、)それは、(貴方の、)声では、
 ありません、そう。
 助けを呼ぶ声を借りた、意思の無い物へ、語った後、
 海原みなもは起動する。


◇◆◇


 果樹園のスプリンクラー、地下水に直結する管。
 中心に置かれたその道から、彼女は力を汲み上げる。水。攻撃は《火》力と言い転じるならば、彼女のそれは正しくないのか?
 観念を吹き飛ばすくらい、激流は強力である。
 爆発が生じる、女岩が破散する。そのつぶての霧が月の光で拭われるように晴れた時、陸にあがる人魚が美しく存在した。そして地面へ屈する動作へと規則的に行って、スプリンクラー、手を置いて、水を、
 水の鎧。
 それはどこまで銀である、高密度の水着と言おうか、青の髪もそれに順ずる。父に教わった最強の矛でありながら最強の盾。
 まさに矛盾なる力、ナノレベル操作、成分の特徴、理解、発動、
 鉄壁は今は必要無い、助けの声が求める物は、破壊の夢であるから。叶えよう、全てをかけて、それで声がやむなら、
 友達の顔が、ふと浮かんだ。
 こんな時でさえそんな事を考えるのは――

 大地が避け、水柱が龍のように噴出して、岩を貫いた。
 大地が避けて、龍のように、
 砕かれる音は、岩自身の声か。

 そうして。
 救われてから、五秒かけて消失していく男は、どこか、夏を思い出させる像だった。
 こうして果樹園より聞こえる泣き声の怪は終わり、男の旅はまだ続き、
 海原みなもは、新たな日を始める為に、なんとかなったと胸を撫で下ろしながら、その場を去ったのである。


◇◆◇


 で、翌日学校に来たの訳なのですが、
「うちの、うちの果樹園がー。あの岩があった場所から爆発してて、もう滅茶苦茶……。あの岩爆弾だったって訳!? 地下水も妙に枯れちゃったっていうし、これから一体どうすればいいのよぉ!」
 頬を引きつらせながら心の中でしか平謝りしないのは、人魚である事を悟られない為だけじゃないと指摘するのは、やめておくのが心遣いという物である。多分。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
エイひと クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年06月03日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.