▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『黄金タマゴヤキ 』
草壁・小鳥2544)&草壁・菜摘(2654)&草壁・瑞穂(2686)

 女三人寄れば姦しいとは言うが、それが姉妹であれば、姦しいのとはちょっと違ってくるような気がする。
 どこがどう違うのかは、イマイチ説明が付かないが……。


 「はい、姉貴」
 「……有無を言わさないわね、その態度」
 ずいと差し出された買い物リストに視線を落としてから、溜息混じりにそう返す菜摘に、当たり前だというように小鳥が深く一つ頷いた。その様子を端から見ていた瑞穂が、小さく笑って菜摘の方を見る。
 「まぁ、いいじゃないの、菜摘姉ちゃん。お料理は小鳥姉ちゃんの得意技だし、私はこの辺りの地理に詳しくないから買い物には不向きだと思うわ。ここは、菜摘姉ちゃんがお買い物に行ってくれるのが、一番でしょ?」
 下の妹に、そう諭されてしまうと、菜摘もさすがに納得せざるを得ないらしい。尤も、最初から本気で、反抗しようなどとは露とも思っていなかったが。
 「瑞穂にそう言われちゃうとさすがに私も弱いわね。いいわ、行って来る。どこのスーパーがお買い得かの情報なら任せておいて」
 予算浮かしまくるわよ、と、にっと力強く笑って買い物リストを受け取り、財布片手に菜摘は買い物へと出掛けていった。


 ここは小鳥の下宿である。ゴールデンウィークの真っ只中、休みを利用して三女の瑞穂が上京してきたので、久し振りに姉妹三人揃って食事をする事になり、どうせなら気楽な方がイイ、と小鳥の家で自炊をしよう、と言う事になったのだ。
 そうなった場合、料理が得意な小鳥が調理役に回るのは至極自然な流れで、また、面倒見がよくしっかり者の瑞穂も、調理や支度に加わるのは当たり前とも言え。ついでに、感心するほどに家事能力皆無の菜摘が、台所から追い出されるのも極々当然の事であり…。
 「…それなのに、姉貴はいつもあたしの言う事には反抗するんだから。全く、いつまで経ってもコドモでしょうがないったらありゃしない」
 ぶつくさ文句を垂れつつ、小鳥がじゃがいもの皮を包丁で剥いている。ピーラーなる便利グッズもあるにはあるが、それより包丁の方が簡単で早いと言い切る小鳥の手つきは、それはそれは素晴らしい。普段の、淡々としてマイペースで、見ようによっては物事の流れが人よりも幾分遅く感じられる小鳥からは想像できないぐらいの手際良さであった。
 「で、自分がこうしたいと思ったら、それにはあたしを無理矢理にでも付き合わせようとするから迷惑なんだよね。あたしにはあたしの都合ってもんが…」
 「でも、小鳥姉ちゃんは、結局は菜摘姉ちゃんに付き合ってあげるんでしょ?小鳥姉ちゃん、昔っから優しかったもの」
 瑞穂がそう言ってふわりと笑うと、小鳥は思わず黙りこくってしまう。照れたように視線を妹から逸らし、皮を剥いたじゃがいもを灰汁抜きの為に水に浸けた。
 「…それも時と場合に寄るんだけどね。この間は、買い物に付き合えとか何とか言ってて連れてかれたのはドコだと思う?結婚式場だよ?」
 「結婚式場で何を買ったの…まさか菜摘姉ちゃん、結婚するつもりじゃ!?」
 「…そんな事、あり得ると思う?」
 隣の瑞穂を横目で見る小鳥に、思わず瑞穂の手元が止まる。タマネギの皮を剥き掛けのまま、暫く姉の顔を見詰め続けた。
 「……あり得ないわ。あったら恐いかも」
 さり気にひどい事を織り交ぜつつ、真顔でそう呟く妹に、姉は同意を示してこっくりと頷いた。
 「ただ単に、ドレスの試着をしに行っただけ。結婚する気も無いのに、そう言うところだけは大いに興味アリなんだから…」
 「ま、まぁ女の人なら誰でも興味ある事なんじゃないの?」
 フォローのつもりでそう言ってから、はっと瑞穂は気が付き、ほんの少しだけ後悔をした。覗くつもりは無かったが、瑞穂がそういった途端、小鳥の意識の底にある『女性らしい何か』に対するコンプレックスが、飛沫を上げる噴水の水のように、際立つのを感じてしまったからだ。
 「……ま、そうかもね。誰だって綺麗なものや可愛いものは好きだからね」
 「う、うん…そうね……」
 抑揚の無い姉の言葉は、ざわめく己の中を宥めている証拠だ。小鳥のそう言う部分を知っていながら、ついうっかりそこを突いてしまった失態に、自分で自分を叱咤しつつ、瑞穂はタマネギの皮を剥いた。小鳥の視線が、その手元へと落ちる。
 「…瑞穂、皮。剥き過ぎ」
 「えっ……?…ああっ!」
 瑞穂の手の中には、元の大きさの半分ぐらいにまで痩せてしまったタマネギが乗っかっていた。考え込んでいた瑞穂は、進み具合を図る事なく、つい機械的に作業を進めてしまったらしい。シンクには、本来なら食べられる筈の、タマネギの白い部分までバラバラになって落ちていた。
 「…皮じゃないところまで剥いたんだね……」
 「ご、ごめんなさい、小鳥姉ちゃん……」
 小鳥の言葉に、身を小さくする瑞穂だが、その行為の訳を分かっている小鳥は、ただ口元でそっと微笑んだだけだった。
 瑞穂のそれは、生まれ持った特殊な能力だが、小鳥のそれは、生活を長く共にしたものだけが得る事の出来る、経験に基づいた、ある種の知識だ。無言で笑って、小鳥は瑞穂の手からちっちゃなタマネギを取り上げる。それを綺麗な櫛形に切る様子を隣で眺めつつ、瑞穂は安心したような微笑を浮かべた。

 「で、菜摘姉ちゃんは、ドレスを試着出来たの?」
 「…出来なかった。と言うより、姉貴が着たかったドレスは、さしもの姉貴でもサイズが合わなくって…。打ち拉がれて、更衣室から出てきたよ」
 そう言うと小鳥は、その時の事を思い出したか、口端を持ち上げてほんのり可笑しげに笑う。あの長姉でも無理だった、それ程までにシビアなサイズ展開って一体…と不思議に思いつつ、瑞穂も釣られて軽く笑い声を立てた。
 そう言えば、と瑞穂はふと思う。華やかで明るく、太陽のような菜摘と、明るくない訳では無いが、若干醒め気味でシニカルな小鳥。長女と次女と言う事で、何かと比較される事も多い二人であったが、特に小鳥は、菜摘の容姿に昔から憧れていた。ピンクや赤、オレンジといった色合いがとてもよく似合う菜摘の服を、その手で触れる事はしなかったが素知らぬ様子で遠くから見詰めている事もままあった。菜摘のようになりたい、と言う思いとは少し違う、自分に無いものを持っている他人に対する、嫉妬と羨望の入り混じったような、複雑な感情。だがそれを、小鳥はあからさまに表に出す事は無い。では何故、それを瑞穂が知っているのかと言えば、ひとえに人の気持ちを感じ取ってしまう、その能力に他ならない。

 瑞穂は、決して自ら好んで人の感情を読み取っている訳ではない。人が目で見る表情や耳で聞く声などから、相手の感情を知る事が出来るのと同じように、瑞穂にとっては、当たり前のように得る事の出来る情報と同じなのだ。
 恐らくは、人の数百倍、数千倍も、瑞穂は感受性が鋭いのかもしれない。他の人なら絶対気付く事がないような、無いに等しい程に僅かな表情や声の変化などから、人の気持ちを汲み取る事が出来るのかもしれない。いずれにしても、それは滅多にない能力であり、その点で瑞穂は他者とは明らかに違うと言える。
 が、瑞穂本人は、そんな自分の能力を、便利だと思った事はただの一度も無い。大抵は、知らないなら知らないで済んでしまった事を、自分の意思ではなく知ってしまい、余計な気を遣う羽目になったり、或いは気が重くなったりと、そんな事ばかりだったからだ。そのお蔭で、誰か他人を、悪意無く傷付ける事がない点に関しては、良かったと思う時もあるが。鈍感な事、口が悪い事、それらの言い訳は、只の質の悪い免罪符のように思える時もあるから。
 感じ過ぎるってのも、程度の問題よね…そう溜息混じりに言葉も無く吐き出し、物思いに耽る瑞穂だったが、隣で小鳥が自分を呼ぶ声に、現実へと引き戻された。
 「な、なに?小鳥姉ちゃん」
 「…姉貴、何時頃出かけて行ったか、覚えてる?」
 「ええと、確か昼の……って、あれ?」
 瑞穂が時間を見ようと壁掛け時計に視線を向け、ぱちくりと瞳を瞬かせる。菜摘が買い物に出掛けていってから、既に三時間余りが経過しようとしていた。
 「…菜摘姉ちゃん、遅いね」
 「遅過ぎだよ。幾ら、よりお値打ちな店を回ってるにしても、そう沢山の買い物を頼んだ訳じゃないんだよ?一時間もあれば充分だと思ってたんだけど……」
 「私、捜してくる」
 瑞穂が、手を拭いて掛けていたエプロンを外した。小鳥は、手に包丁を持ったまま、身仕度を整える妹の姿を見遣る。
 「大丈夫?この辺の地理、分かる?」
 「大丈夫よ。二人とも出掛けて菜摘姉ちゃんと入れ違いになってもダメだし、私だけが残ってても、お料理は多分捗らないから。小鳥姉ちゃんは、お料理の続き、してて?」
 そう言うと心配そうな表情の小鳥に向けて微笑みかけ、いってきます、と片手を上げ、瑞穂は出掛けていった。


 小鳥の思うとおり、この辺りの土地勘の無い瑞穂は、まずは、駅前の商店街に…と思い、最寄り駅へと向かう。すると偶然か運命か、駅の改札を通ってやってくる菜摘と丁度上手い具合に出くわした。
 「菜摘姉ちゃん!」
 「きゃー!」
 急に予想もしていなかったところから妹に声を掛けられ、驚いて悲鳴を上げた菜摘が、手にしていたスーパーの買い物袋を取り落とした。中から烏龍茶のペットボトルだの果物だのが転がり出るのを見て、瑞穂は焦ってしまう。
 「あっ、ごめんなさい!今、拾うから……」
 「いいわ、いいわよ!私が拾うから!」
 何故か、瑞穂よりも菜摘の方が焦った様子でしゃがみ込み、転がった品々を引っ掴んではレジ袋へと戻して行く。その慌てように首を傾げつつ、瑞穂が透明のプラスチックパックに入ったそれを手にすると、
 「あっ!」
 と、ひときわ高い声で、菜摘が叫ぶ。不思議に思った瑞穂が、その、スーパーとかで出来合いのフライとかを入れるような透明パックの中身を見た。
 「………菜摘姉ちゃん、これ……」
 「…………」
 それは、卵焼きだった。…いや、恐らく卵焼きなのだろう。作った本人は、ふんわり幾重にも巻かれた、だし巻き卵を想像しつつ作ったのだろうと思われるのだが、その歪さに、目指したゴールを根本的に間違えたのかと思わざるを得ない状態の卵焼き、であった。
 それは言わずもがな、菜摘が作った卵焼きであった。
 菜摘姉ちゃん、と今度は心の中だけで瑞穂が声を掛ける。少しだけ赤い頬、拗ねたように尖らせた形の良い唇、瑞穂の手から、出来合いを装った卵焼きのパックを奪う、その指先に巻かれたバンドエイド。恐らく、頼まれた買物を早急に済ませた後、菜摘は自分のマンションに急いで戻り、この卵焼きを作っていたのだろう。壊滅的な、己の家事の腕前を十二分に承知していながらも。
 それは、料理上手で手許が器用な、妹への牽制でも挑戦でも厭味でも決してなく、ただ純粋な憧れから、だったのだろうか。それは小鳥が、菜摘の華やかなやアクセサリーを、影からじっと見つめていた、あの瞳と同じ色合いをしていた。
 「菜摘姉ちゃん」
 「…なぁに?」
 落とした物を全て拾い、菜摘と瑞穂は肩を並べて歩き出していた。菜摘はもう焦った様子もなく、いつものアクティブで生き生きとした女性に戻っている。
 「私、ちょっと安心したわ」
 「…安心したって、何を」
 きょとんとした瞳で妹を見詰め返す姉に、瑞穂はにこりと笑い掛ける。
 「菜摘姉ちゃんはやっぱり菜摘姉ちゃんだなぁ、って。それで、小鳥姉ちゃんも、やっぱり小鳥姉ちゃんだったのよ」
 「……ナニソレ」
 意味不明な妹の言葉に、菜摘は首を傾げる。イイの!と一人納得して満足した瑞穂は、上機嫌で鼻歌など歌っていた。


 「……遅い」
 帰って来た姉と妹を出迎えた、小鳥の第一声はそんなんだ。だが、玄関先で仁王立ちになる小鳥からは心配する気持ちが滲み出ている。それは瑞穂だけでなく、菜摘にも感じられ、張本人の菜摘は、照れ笑いと共にゴメンネ、と謝った。
 女三人寄れば姦しい、それは、女が三人集まると、そのテンションが際限無く高まって行くから、それで我慢ならない程五月蝿くなる、と言う事なのだろう。
 姉妹三人が寄っても姦しくならないのは、高まった誰かのテンションを、別の誰かがヒートダウンしたり、宥めたり賺したりして、そうしてバランスを保っているからではないだろうか。


 ちなみに、菜摘自作の卵焼きだが…何故か、妙に酸味の効いた、スパイシーと言えば聞こえはいいが…と言った具合の出来栄えだった。一体、何をどうすればこう言う味になるのか、調味料は何を使ったのか、知ろうと思えば知る事のできる瑞穂だが、既に食して胃腸へと納めてしまった手前、怖くてトランス出来ないのであった。


おわり。
PCシチュエーションノベル(グループ3) -
碧川桜 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年06月02日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.