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『立待月の夜に 』
ぺんぎん・文太2769

 しん、と。
 誰も居ないはずの夜の公園に居ると、何故か静寂さが音になって聞こえてくる様な気がするのは自分だけだろうか?

 ――……ん?

 はっと、哲学して居た自分を思い返してぺんぎん・文太(ぺんぎん・ぶんた)は首を左右にぐるぐるんと回してみた。
『何を考えていたっけ?』
 時に、つい先程まで思考していたはずのことを忘れるということもややあるものだ。
 そして、忘れたことは必ずしも重要なことではない。どちらかというと、人生に於いては不要なことが多いという論文を誰かに聞かされた気がする。
『まぁ、いい……』
 深く考えて思い出そうとするよりは、時に任せて思い出した時に又考えればいいなと、溜息に似た息を吐きだして文太は歩き始めた。

 ずるん、ぺた。
 ずるん、ぺたた。

 今日も良い具合に水かきがハーモニーを奏でている。
 健康第一、歩くことで健康が保たれるとは人もよく言っているが、それは彼にも同じ事が言えるのだ。
『……ん? おおうっと、いけねぇ』
 いい音を立てて、腕で足をひと叩き。
 歩く音に惚れ惚れとしてしまい、つい何処に歩くかを考えずに歩いてしまった。
 気がつくと夜の公園のど真ん中、昼には近場の職場から出て来て昼食のお弁当を膝の上に広げるOL達で賑やかなベンチに、夜の帷もとっぷりおりたというのに座り込んで俯いている人物が一人。
『良い塩梅に、寝れるんだがなぁ……』
 最近お天気続きだけれど、こんな夜には霜も降りず、程良く冷えて風呂上がりに一服するのには最適なのだ。
 最も、先に座っているのはしょぼくれた若い人物だ。優先権は彼にある。
 地面にしたたり落ちるのは目から落ちた汗かそれとも鼻からの汗なのか……とかく人間は現実を直視するよりも装飾して現実を見えにくくして描写することに心がけている様なので、『文太も出来るだけそれに習おう月間』の途中だった。
『人間か……もののけや自縛のなら話しても良いんだが……』
 男が一度決めた道、嘴にチャックを心がけて、ついと手ぬぐいを肩に『話かけて』みようと歩いたところ……。
『なんだ? うだつの上がらなさそうな……』
 使えるかどうか評価の分かれそうな男だ。
 さめざめと公園で男の泣く姿はみっともない。
 みっともないが、一体何が彼の身に起きているかも知りようもないし、知る気もない文太には肩にかけた手ぬぐいで当初の目的を思い出して俯いた三下忠雄の肩を『指』さした。
「うっうっうっ……そうです、御免なさい、ここを使わせて貰ってました……いい人だなぁ。こんな僕の、肩を叩いて励まして……」
 上着の裾で鼻の下を拭き、ズレ落ちていた眼鏡を引き上げて有り難うございますと顔を上げる三下。
 ――……
 ――何処かで聞いたぞ、その台詞。
 3歩歩く、いやそれ以上前に聞いたことのあるフレーズを奇しくも同じ男が吐いていたのは文太の記憶には無い。
「あ、は……ペ、ぺ、ぺ、ペンギン?」
 ――きっと、こいつは成長しない奴だ……
 ペンギン、一度見聞きしたものには抵抗も出来るし、同じ技は二度と効かないと言う位に男子たるもの言えるようになりたいものだ……と、常々聞かされて思っていたこともある文太にしてみれば、三下の再びずり落ちた眼鏡の下の表情は鬱陶しい以外の何物でもない。
 だが、こんな時間に他の人間に道を聞くのも厄介ごとを呼びそうだとは朝風呂前でも充分に分かる話だ。
『ま、どうせ男が泣くってぇことは仕事で叱られでもしたんだろうが……我輩には関係ねぇ』
 推論するのも早いのだが、結論づけるのも勿論早い文太である。
『ま、我輩の入れる温泉を、な?』
 肩にかけたタオルを叩き、次に三下の肩を叩く。気付かせようとして、そして三下の視線が交互にタオルと彼を往復したのを確認した文太はゆっくりと肩に湯をかけるポーズを一回、そして2回と続けてみせる。
「な、なんだろう?」
 おっかなびっくりといった表情で、しかし食い入るように見ている三下に手応え有りと感じて文太のボディランゲージにもますます拍車が掛かり……
「そう、そうなんですねぇ〜判ってくれるんですね〜」
 べちゃっと、濡れた布が身体に張り付く嫌な気配。
 しかも男に抱きつかれる微妙に硬くてゴツゴツした抱かれ心地の悪さに文太も辟易としてしまう。
『こりゃぁ……』
 勘違いしてやがるなと、視線だけ動かして三下を覗き込むと、漫画に描かれるような滝の涙というものを本当に目の当たりにすることが出来た。
「ひ、酷いですよね。紅茶を買ってきて欲しいって言われたから、いつもの紅茶じゃないとお怒られるの知っていたから頑張って捜して、それでも無かったから新製品の無糖を買っていったら、よく似たミルクティーがあるのにって言うんですよ。甘いのはダイエットしているからって聞いていたからって言ったら、何時聞き耳立てていたんだって。うっく、ぐすん……」

 ――アホかこいつは……。
 思っても、声に出して言わないのがせめてもの情け。
『いや、いいから、な? 我輩は温泉に行きたいだけなんだ。おめぇが濡らして嫌な気分なんだ、判るな? おい? わ、くぁ、る、よ、な!』

 始めは離れろよと軽くだったのだが、段々叩いているうちにエスカレートしてきて一言、一句ごとに三下を殴打する手に力が籠もっていた。
「はい、判ってます、男が涙を流すなんて……駄目なんですよねぇぇ〜〜」
――何度も殴打されているうちに、気でも違ったか……可哀想な奴……
 等と考え始めていた矢先に、文太の脳裏に輝く啓示が浮かんだ。
『違っ! てめぇ、我輩が慰めたりしちゃったりしてくれてると思い違いも甚だしいんだぞ! こら、聞けよ!』

 ペチペチペチチ
 バシバシバッシーーーーーーーーーーーィィン!

「そう、そうなんですよね、僕、こんなに激励されたのって、初めてで……うっく、あぁぁ、何で君はペンギンさんなんですかぁぁ!」
 一気に抱きついて滑らかに濡れた黒い肌に頬を寄せる三下。
『知るかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!』
 感極まって、男嬉しさの余りに泣きじゃくるという光景は物語の中では美しいのだろうが、目の前の男の鼻水とよだれの見事にブレンドされた涙は、見ていてあんまり美しくない上に、文太の肌を濡らして冗談抜きで気分が悪い。
『ええぇぃ! 温泉だ! 温泉! 貴様に付き合ってると朝になっちまう……早く温泉を教えろ!』
 既に自分が何の為に彼に話しかけたのか、そして今、彼に話しかけなければいけない理由など何処にもない筈なのに話しているという事実さえも文太の思考からは奇麗に消えていた。
 恐るべきは、マイペースに自己悲観しつつ他人を巻き込む三下である。
「うっ、ううっ……ああ、ペンギンさんのお影で、少し落ち着きましたよ」
 有り難うございますと頭を下げた三下からようやく開放された文太が、早速裏手ツッコミ(?)で温泉の場所を聞きだそうとしたその矢先……
「お酒で汗を掻いて気持ち悪いですね……これで返ったらまた怒られますから……お風呂にでも入って帰りますね。有り難うございました、このご恩は決して忘れません」
 深々と、下げられた頭やお礼の言葉より何よりも、文太を嬉々とさせた単語を三下は紡いで歩き出していた。
『風呂! 若いの、いいねぇ。温泉だろう!』

 コツコツコツ

 するん、ぺた。
 するん、ぺたた。

 二つの足音が、公園から遠く離れていく。

 コツコツ

 ぺた。
 ぺたた。

 その夜、二人がどうなったかは判らない。
 足音が消えた公園には、天上にある立待月だけが朧げにその輝きを落としていただけだった。

【おしまい】

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■      登場人物(この物語に登場した人物の一覧)     ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
2769/ぺんぎん・文太 (ぺんぎん・ぶんた)/男性/333歳/温泉ぺんぎん(放浪中)
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■              ライター通信               ■
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 お待たせいたしました。
 この度は、発注を有り難うございました。
 ライター毎の味をお楽しみ頂いているという本PCを担当したわけですが……本田なりの文太の出来映えをお気に入り頂ければ幸いです。
 では、また何処かでお会いしましょう。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
本田光一 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年06月01日

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