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『携帯電話教室開校! 』
伍宮・春華1892)&伍宮・神雅斗(2609)&天波・慎霰(1928)


 …平安時代生まれの天狗である伍宮春華さんは今現在ハイカラな機械モノであります携帯電話を持っています。
 但し。
 使えるかと言うとまた別問題だったりします。
 興味ある物に関しては集中力吸収力理解力共に優秀な、頭の回転の早い春華さんでありますが、興味無い物に関しては右から左にすーっと抜けてしまう訳でもありまして。
 結果、この携帯電話…と言うものに関しましては、すーっと抜けていくクチの事柄に含まれております。
 で、携帯電話を持たせた保護者さんこと伍宮神雅斗さんは困っております。
 何とか使用法を理解させようと努力してはいるのですが…どうも暖簾に腕押しってトコで御座いましょうか。
 全然聞いてくれません。
 …いえ、聞いてはくれるのですが、結局頭に入ってません。
 神雅斗さんはさぞや切ない事でしょう。
 何度説明してもわかってもらえないのですから…。
 …けれど! それでも努力は怠りません!
 そして今日もまた、春華さんを部屋でとっつかまえて少しでも、と教え込もうとしています。


 ――――――はてさて、天狗の保護者さんの涙ぐましい努力はいつになったら結実するので御座いましょうや…?


■■■


「春華っ!」
 …何処か泣きそうにも聞こえ兼ねない声がビミョウに裏返っている。
「だーかーらー、ボタン多過ぎるんだってば」
 …こちらはつまらなさそうなぶっきらぼうな声がぼそりと返されている。
「それでも究極的には着信時にはボタンひとつ押せば事足りるんだっ」
「…だからいつも鳴ったらボタンひとつ押してるじゃん」
 そーすると音消えるし。…これで良いんじゃないの?
「…それは通話にしているんじゃなくていきなり切っているんだっ」
 力説する神雅斗。
 そんな自らの保護者に押され、一応自分の携帯電話を開いて見、うーんと悩んでいる春華。
「でもだいたいどのボタン押しても同じ状態になる気がするけど」
「…それはボタン押して即電話を閉じてるからだろうが」
 携帯電話、掛かって来たその時に何かアクションを起こしても、その後折り畳んでそれっきり放っておいてしまえば…気付かなかったりするかもしれない。…実は春華の携帯電話に普通に繋がったと思しき時も数回ある。あるが…その数回のすべての場合で、通話先からの微かな神雅斗の声も空しく、電話が折り畳まれてひとことも言葉を交わさぬままに通話強制終了…と言うか完全一方通行、肝心の春華の耳には右から左どころか耳にさえも入ってない、と言う事になっていたりする。
「だからわかんねーんだって」
「…だったら。頼むから春華、俺の話を聞いてくれ…」
 がっくりと項垂れつつ、神雅斗。
 と。
「…何やってんだー?」
 俄かに騒ぎ合っているふたりの後ろから、興味深げにひょこりと顔を覗かせたのは――左頬に赤いタトゥー(?)のある高校生。
 この部屋の三人目の住人、天波慎霰である。そう言えば彼もそろそろ帰宅する時間。神雅斗はくるりと振り向き、慎霰を見た。
 そして。
「何って…これだ!」
 ずいっと神雅斗が慎霰の目の前に御老公の印籠宜しく突き付けたのは携帯電話。
「…ケータイ?」
「うん。なんかおっちゃんが今日こそは教えるから聞けってずーっとうるさくってさー」
 ここぞとばかりに慎霰にぼやく春華。
 だが。
「…一理あるぜ?」
 慎霰もここは珍しく神雅斗に一票。
 春華はちょっと妙な顔をした。そして考え込む。
「そーか?」
「待ち合わせの時にこれがあるとかなり違うモンだ。持ってると思ャァ使いたくもなるって」
 でも春華はケータイ取れねえし…そゆ時不便だぜ確かに。
 使って便利なモンは使った方が絶対得だって。
 しみじみと語る慎霰。…何処かふざけているように見える程妙に大真面目なのは気のせいか。
 だがそれを聞き、だったらちゃんとやってみようかな――とばかりにじーっと携帯電話を見つめる春華。


 ………………保護者の言う事は聞かず親友の言う事は聞くのか春華よ。


■■■


 数十分後(…十数分後では無い)
 …様子はやっぱり変化無し。
 保護者のみならず親友でもある同居人の天狗まで加わり、懇切丁寧に教えられてはいるのだが…。
 やはり本格的に春華の興味を引くには…いまいち何かパンチが足りないらしい。行ったり来たり、なかなか進展は見られない。


「こっちの…受話器が斜めに浮いてるマークが付いてるボタンを」
「緑色の方だな?」
「ああそうだ。で、電話が掛かってきたら…音が鳴り出したら、ここを押すんだ」
 ひとつひとつ実物を見せ、示して教え込む神雅斗。じーっと神雅斗の手許を見つつ、春華は自分の携帯電話と照らし合わせて見ている。
「そーすると通話状態になっから、こー持って、画面の上のこの小さい穴の辺を耳に当てる」
 次には慎霰、説明しつつ自分の携帯電話を耳に当てて見せる。春華はそれを見つつ、自分の持っている電話を同様に耳に当ててみた。
「こーか?」
 いつぞやは逆様に持ったりもしていたが、さすがに目の前でやって見せれば間違いようもない。
 今度は携帯電話を正しく耳に当てている春華に対し、慎霰に神雅斗は同時にこくりと頷いている。
「…緑色の方のボタンを押してから、そうして、話せば良いんだ」
「通話相手の声はそのままで聞こえる筈。で、春華の方から話す時は…ボタンの下の方にある小さい穴の辺に向けて話す訳。つーかその持ち方のまま話せば聞こえるだろーからそりゃどうでも良いか」
 説明しなくとも。
「…で、話が終わったら…」
 と、神雅斗、自分の携帯電話をまた春華の前に出し、示す。
「ここのボタンを押して通話を切って、閉じる」
 そして春華の目の前で、今言った通りの事を実際にやってみせる。
「わかったか?」
「…あー、つまりは掛かってきたら緑、話が終わったら赤を押せば良いんだよな?」
「そうだ」
 重々しく頷く神雅斗。
 暫し難しい顔をした後――漸く飲み込んだのか、なぁんだ簡単じゃねぇか! とあっさり声を上げる春華。
 …その簡単な事を今の今までまったく理解しようとしなかった自分の事はそっくり棚に上げている。…いやはや興味のある事柄だったなら、ここまで到達する時間はどれだけ短縮できた事やら…(十分の一以下の時間で済んだのでは?)


 ともあれ。
 …さて実験。


 ぴぽぱぴ、とこちらは手馴れた様子で電話を掛ける慎霰。それもボタンをプッシュした数からして春華の番号は短縮メモリに入れてあると思しき様子。春華とは違い慎霰の方は確り活用しているのが見て取れる。慎霰が自分の携帯電話から掛けた先は勿論、春華の携帯電話。程無く、春華の携帯電話からぴろぴろ音が聞こえてくる。
「お、来たぞ。えーと、緑色の方だったな」
 ぴ。
「慎霰? これで良いのか?」
(おー春華やれば出来ンじゃ…じゃないちょっと待て)
「んだよどうかしたの?」
(…)
 と、そこで春華の電話からの慎霰の声が途切れ直に話し掛けられた。
「…繋がって…るよな?」
 おーい、などと改めて慎霰は自分の電話に話し掛けている。
 春華には何の事やらわからない。
「…繋がって、って…慎霰の声は電話からも聞こえてくるけど」
「?」
 確かに通話状態になっている。
「慎霰、聞こえるか?」
 と、春華の電話の送話口に向け、ぽつりと話してみる神雅斗。
 素直に慎霰の電話から神雅斗の声が聞こえてくる。
 逆も然り。
 …繋がっていると確認は出来た。
「??」
「…春華の声が電話から聞こえねーぞ?」
 訝しげに慎霰がぽつり。
「え?」
 目を瞬かせる春華。
「なにっ!?」
 慌て、今度は慎霰の電話を借りて春華と繋がってる筈の通話を確認する神雅斗。
 …確かに、聞こえない。
 一同、困惑。
 何故だろうと皆で暫し考える。
 やがて。
 あ、そうだと春華が両手をぽんと叩いた。
「そー言や俺って機械ダメな体質じゃん」
 ダメと言うか機械に反応しない。映らない――と言う事が以前にあった。即ち、声が携帯電話から聞こえないと言う事も――原理はそれと同じではなかろうか。
「…」
「………………それは、春華の声は電話を通すと聞こえない、って事か」
 何処か茫然と確認する神雅斗。
「そうじゃねぇ?」
 小首を傾げつつ、あっけらかんと春華。
 …と、なれば。
 これはさすがに、仕方無かろう。
 どうしようもない事実を突き付けられ、天狗の保護者に会心の一撃。
 結果、神雅斗は真っ白に燃え尽きている模様。それは仕方無い、これさえあれば春華といつでも連絡が取れると思い渡した携帯電話、使い方を教える云々以前にそこからしてもう無駄と知れれば…落胆するのも当然か。
 が、ふたりの天狗はと言うと。
「…ま、いっか」
「そうだな。ちっと不便かも知れねぇが…ま、初めっから無い物だと思えば特に困る事も無ェし」
 コレが出て来る前は無くても何とかやってた訳だしな。…ま、一応面白かったし。
 と、神雅斗と共に先生やってた筈の慎霰も結局、あまり気にしないでぱたんと自分の携帯電話を閉じている。…神雅斗と共にやたら真面目に先生しているように見えたのは、やはりわざと遊んでいた…って事らしい。
 そして先生ごっこを止めた慎霰は。
「んじゃ改めて…今日は何処に遊びに行くか?」
「ま、行ってから決めても」
 良いんじゃねぇ?
 と、天狗ふたりはのほほんと同意。
 ふたりとも、楽しめればそれで良いもので。
 続くばさりと扇ぐ音。――気が付けば春華のみならず慎霰までも翼を出して窓から外へ行こうとしている。


 …だがしかし。
 春華が先立って窓枠に足を掛けた――その時。
「――ちょっと待てっ!! 春華に慎霰っ!!!」
 …部屋内唯一の現代常識をとことん守り通そうとする良心(?)がぎりぎりのところで立ち直り、ふたりの天狗に待ったを掛けた。


■■■


 結局保護者に怒鳴られて、ふたりは渋々、窓からではなく玄関から表に出る――出て、ドアを閉めたところでたところで。
 はたと思い付いたのは慎霰。
 春華は携帯電話に声が入らない、即ち機械に反応しない、だから話せない――けれど?
「…なぁ、そう言や春華さ、意識すれば機械にも反応するっつってなかったか?」
「うん。多分やりゃ出来るだろーけど…いちいち面倒だからヤダ」
 そこまでして使いたくない。
 …と、春華は即答。
 実は考えに入ってなかった訳でもないらしい。…ただ、中で言い出す気が全然無かっただけで。


 ………………どうやら天狗の保護者さんの努力、報われず。
 伍宮さんちの天狗さんたちは基本的に携帯電話は要らないもしくはどっちでも良いや派である模様です。


【了】
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2004年05月31日

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