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『最短記録二十五分の事件簿 』
風間・悠姫3243

【探偵・風間悠姫】

 日本という国に、いわゆる「探偵」はそれこそ掃いて捨てるほどもいるが、実際に清く正しく稼働している事務所と言えば、一体、如何ほどの数があるか、極めて怪しいものがある。
 はっきり言って、日本の探偵の地位は、低い。
 英国や米国では実際に警察組織に協力して大事件に関わったりも少なくはないという話だが、日本では、浮気調査と素行調査が主流である。
 抜き足差し足、ホテルまでくっ付いて行って、陰から激写。この技術こそが求められる。何やら悲しい気がしないでもないが、現実などそんなものだ。華やかに推理を披露して鮮やかに事件を解決など、全く持って、都合の良い夢物語でしかない。
 腕も良く、顔も良く、だけど「自分のポリシーにあった依頼しか受けない」探偵・風間悠姫にとっては、日本は、いささか暮らしにくい土地でもあった。
 目の前に山と大金を積まれても、まるで他人を陥れるためだけのような依頼は、引き受けたくない。
 終わった後に、充実感を手に入れたい。
 ありがとう、と、心の底から喜んでくれる純朴な人たちにこそ、その力を、貸し与えてやりたいのだ。
 この筋の通ったポリシーが、しかし、悠姫を、しばしば貧乏生活へと追いやることとなってしまう。義侠心では、腹は膨れない。やり方を変えれば、もっと儲かるのは、悠姫にもわかるのだが……。

「二度と、うちの敷居を跨ぐな! 次に来た時は、塩をぶっかける程度では済まないから、そのつもりでいろ!」

 気に食わない客が、今日も、来てしまったらしい。
 正確には、塩をかけたのではなく、塩の入った小瓶を脳天に命中させてやったのだから、益々持って、本当に怖い。
 這々の体で逃げ帰った背中を見送りながら、悠姫は、ふぅ、と溜息を吐き出す。
 最近、妙な依頼ばかり舞い込むのだ。これは、少し休めという神の啓示に他ならないのかも知れない。

「そう言えば、温泉旅行の券が、どこかにあったような……」

 以前、解決した事件の依頼人が、お礼にと、報酬とは別に置いていったものだ。
 部類の温泉好きの悠姫は、結局、その券を換金も出来ないまま、ずっと机の引き出しの奥に眠らせていた。
 期限は、何時までだっただろう? 過ぎていなければ良いが……。
「…………明日」
 悠姫は、早速、携帯を手に取った。旅館に、連絡を入れる。慌てて書き殴ったにしては、かなり上手い字で、「三日間留守にします」の張り紙を作ると、事務所のドアにぺたりと貼った。
「さて」
 ボストンバッグ一つを抱え、悠姫は、東京を後にする。
 鄙びた温泉で、のんびりとくつろぐ予定が、何をどう間違ったか変な事件に巻き込まれてしまうのは、これから、わずか、十一時間後のことであった……。





【事件を呼ぶ体質】

「ししし、死んでる!!!」
 温泉に浸かること、一時間。
 そろそろ出ないと茹で蛸かなと思った時、その悲鳴は、聞こえてきた。
 良くも悪くも、探偵家業が脳に染みついている悠姫のこと。死んでいるとあっては、これは放置しておけない。
 体を拭くのもそこそこに、悠姫は着替えて、ひた走る。先着三名様の一人であった。一着が、旅館の女将。二着が、旅館の板前。そして、悠姫。
 むろん、警察の姿はまだ無い。
 悲鳴を上げたのは、第一発見者の客だった。青い顔をしながらも、悠姫の問いには、意外としっかりと答えてくれる。とりあえず細かな人定を尋ねると、女将の高校時代からの旧友であり、教師であることが判明した。
「ご旅行ですか」
「あ、はい……」
「すみませんが、詳しい状況をお話下さい」
 警察でもない悠姫が、まるでこの場の主導権を握っているかのごとく言い渡しても、教師は、特に気を悪くした様子もない。
 これが、例えば三十歳のむさ苦しい貧乏探偵に聞かれたら、この野郎と思わないでもなかったに違いないが、何と言っても、目の前にいるのは素晴らしい美女である。鼻の下を伸ばしこそすれ、邪剣に扱うはずがない。教師は、実に協力的であった。
「ええ……その」
 が、その表情には、次の瞬間、明らかな困惑が広がる。
「鍵が、かかっていたんです」
 と、教員は、言った。悠姫が眉を顰める。
「鍵?」
「はい。中から悲鳴が聞こえたんです。それで、驚いて、ドアを開けようとしたら……」
「鍵が?」
「はい。女将に頼んで、マスターキーを持ってきてもらいました。助けて、と、何度も悲鳴が聞こえたんですよ。争うような物音も……」
 客の後を、今度は、女将が引き継いだ。
「それで、開けたんです。そうしたら……」
「死んでいる……と?」
「は、はい。お客様が、倒れているのが見えて……」
 悠姫は、改めて、部屋の中を見回した。
 部屋は、三階だ。窓には、しっかりと内側から鍵が掛けられている。当然、他に出入り口はない。密室、と、誰かが、呆然と呟いた。
 そう。まるで何かのドラマのように、あり得ない光景が広がっていた。部屋は、完全に、密室だったのだ。
「密室ね……」
 騒ぐ外野を遠巻きに眺めながら、悠姫が、極めて冷静に呟く。軽く肩を竦めた後、彼女は振り返り、艶やかな微笑で、一瞬にして野次馬たちを黙らせた。
「……なるほど。わかりました」
「え?」
 教師と、女将と、板前と、その他諸々が、困惑して顔を見合わせる。彼らには、さっぱり事態がわかっていなかった。
「わかったって……何が?」
「この場合、わかるものと言えば、犯人しかないでしょう」
「え!?」
「パズルは既に完成したのですよ。簡単です。呆れるほどに……ね」
 通報から二十五分の時間が経過して、ちょうど、その時、刑事が来た。東京とは違い、不慣れなもので、行動が遅いのだろう。今からのんびりと事情聴取を開始しようとした刑事たちを、悠姫が、必要ないと押し止めた。
 彼女は、はっきりと、教師を指さした。

「犯人は、この人です」





【犯人】

「密室なんてね。実際には無いのですよ。つまらない推理ドラマじゃあるまいし。犯人が煙のように部屋から掻き消えるなんて、あり得ません。今、ざっと調べましたが、密室を作り出せるようなトリックの跡も、見当たらないですしね。だとしたら、どう考えるか? 簡単です。二つに一つ。鍵を持っている人が、犯人か。初めから、密室など、無かったか」
 二本の指を、悠姫が、犯人と名指しした教師の前に立ててみせる。そのうちの一本を、ゆっくりと、折った。
「前者の場合、犯人は女将ということになります。この旅館には、マスターキーは一つしかありませんし、それを持つことが出来るのも、女将だけですから。と、すると、前者は考えられません。女将は犯人ではありません。ならば、残るは一つ。犯人は、密室と見せかけて一番初めに部屋に入った、第一発見者に他なりません」
 教師は、密室だと騒いで女将を呼びつけると、彼女から鍵を受け取り、自らキーを回して部屋の中に入ったのだ。鍵を使ったことで、女将も、板前も、部屋には鍵がかかっていたと勝手に思い込んでしまったが、実際は、そうではなかった。
 鍵は、かかっていなかったのだ。
 だからこそ、教師は、自分が第一発見者にならなければならなかった。鍵がかかっている、と、騒いで、あたかも、密室がそこにあるように小細工を弄するために……。
「でたらめだ! 僕が犯人だなんて……。鍵はかかっていたんだ。本当に……。大体、女将が犯人じゃないなんて、どうして決めつけれるんだ! マスターキーを持っていた彼女が一番怪しいじゃないか!」
「彼女を犯人にするために、こんな面倒なことを企んだのでしょうが……」
 悠姫が、軽く肩を竦める。無駄です、と、彼女は言った。
「女将は、犯人ではありません。女将は、ついこの間、私が解決したある事件の、依頼人なのですよ。彼女の持つ事情や、この旅館の構造、私は全て知っています。調査しましたから。彼女には、被害者を殺す動機が無いのです」
「動機が無いだって!? 死んだあの男は、まるでゆすりのようなことをあちこちでやっていたんだ! 彼女だって……」
「語るに落ちましたね……」
「え」
「言ったはずです。私が解決したある事件、と。その事件が、まさに、そのゆすりのことなのです。解決していたのです。つい、この間。だから、彼女には、動機がないのです。既に決着が付いていたのですから」
 ふらり、と、教師の体が、傾いた。
 一気に白くなった顔色を、いやに冷静に見つめながら、悠姫が、更に畳みかけるように、言葉を続ける。
「警察の捜査力を甘く見ない方が良いですよ。貴方が、死んだ男にゆすられていたことも、いつか、警察は辿り着きます。それに……今、着ている、服。男は刺殺されています。返り血ってね、大丈夫なように見えて、結構跳ねていたりするものなのですよ。ルミノールなら、目に見えない痕跡も一発です。どれだけ反応が出るか、私自身も、興味のあるところですが……」
 教師の手が、ついに、支えを求めて、壁を探った。
 ずるずると、座り込む。
 弾みだったんだ、と、彼は呟いた。
 かっとして、つい、傍にあった果物ナイフで、刺してしまった。男のゆすりの被害に、女将も会っていたことを思い出し、咄嗟に、彼女を犯人に仕立ててやろうと、そう思った……。

「弾みだったんだ……」

 それは、既に、自らの犯行を完全に認めた者の、敗者の囁きだった。
「女将のようにね。間に、私のように、第三者を立てて、平和的に解決するべきだったのですよ。そこまで追いつめられる前に……」
 悠姫が、上着の内側から、名刺を取り出して、渡した。教師が、驚いて、目を丸くした。
「これは?」
「情状酌量の余地は、貴方にも、十分にあるでしょう。女将に罪をなすりつけようとしたのは、許されることではありませんが。こう見えても、弁護士だの何だのには、知り合いはたくさんいます。……力になりますよ。死んだ男は、こう言っては何ですが、最低な輩でした」
 刑事が、教師の肩を叩いて、連れ出した。手錠は、悠姫の見ている限り、かけていなかったようだった。
 去り際に、ありがとうと、教師が呟いた。
 上手く罪を逃れるよりも、罪を刑務所で精算した方が、彼には、似合いだろう。罪悪感を背負ったまま生き抜いていけるほど、図々しい神経の持ち主には、悠姫の目には、到底、見えなかった……。

 

「やれやれ……解決した事件先で、別の事件に見舞われるとは……」



 因果なものだ。
 商売柄なのか。
 まぁ、いいか、と、悠姫は身を翻す。
 もう一度、温泉に入ってこよう。
 すぐにも、警察に、参考人として呼ばれることになるのは、間違いないから……。

「ありがとうございます」
 女将が、深々と頭を下げた。悠姫が、ヒラヒラと手を振った。
「依頼料は、前の事件の支払額に、含まれるということで」
「良いのですか」
「阿漕な儲けはしないってのが、信条でね」

 最短記録二十五分の事件は、こうして、幕を降ろしたのだった。





PCシチュエーションノベル(シングル) -
ソラノ クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年05月31日

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