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『仮想旅行 』
梅田・メイカ2165

 その日の学業も難なく終え、梅田・メイカはいつもと変わらぬ調子で帰宅した。
 自室に入り、窓を開けて、すぅ、と流れ込んできた風を浴びると、大きく息を吸い込んだ。部屋のと一緒に、メイカの胸の中も、空気がすっかり入れ替わった気分だ。
「さて……」
 一呼吸置いた所で、メイカは着替えもそこそこに、再び窓を閉めた。
 両親は仕事で不在。3階まである広い家に、いまはメイカ一人だ。
 だから、使える。誰にも話していないこの仮想データ現実干渉能力が。
 自宅のネットに接続し、光回線経由で能力を展開する。
 メイカの周囲に、乱れた磁場のような球体が即座に広がった。それは少しずつ乱れを抑え、あらゆる情報を収束した力場となる。
 それを確認すると。メイカはその中の重力を、断ち切った。体が自然と浮かぶ。
 重力に支配された現実世界。その中で、無重力の中にいるのは、何だか不思議な気分だ。初めの内は不快感さえ感じていただろう。
 薄れた記憶は、とても曖昧だけれど。
 ともあれ、いま、メイカにとってその空間はとても心地よいものであることに、変わりはないのだ。
「やはりこれは落ち着きますね……」
 先ほどと同じように、大きく息を吸い込んでみる。そうしてから、ネットワーク――膨大な情報の中へ、意識を漂わせた。
 捉えきれないほどの情報量。四方八方から紡がれていく流れを、ほんの一握りを取りこむと、力場内に風景を映し出す。
 いや、生み出したのだ。メイカを取り巻く空間の中に浮かんだ浜辺、そして水平線に沈む夕日は、決して映画のスクリーンに映し出されたような遠いものではない。
 仮想の空間とはいえ、足元で砂を踏みしめ、目を閉じれば聞こえる波を確かに感じるのだ。
 寄せては返す波の音は次第に遠ざかり、一瞬のノイズとなる。再び情報の中に意識を戻したメイカが、瞳を開けると。今し方目の前で沈もうとしていた太陽は、大きな満月に変わっていた。
「手を伸ばせば、届きそうですね……」
 冗談ぽく笑って、雲を掴もうとする子供のようにそっと、手を差し伸べてみる。
 そうして、まるで旅行を楽しむように、メイカは周りの世界を次々と変えていった。
 夜空に煌くオーロラ、地の果てまで続く草原、爽やかな渓流、刻々と変わる、夜明の色……。
 目を閉じ、意識を泳がせれば、溢れてくる情報がメイカの世界をはっきりと形作る。
 一通り、望む空間を楽しむと。今度はそれを、収縮させた。
 両手で抱えられるほどの、球状の箱庭。力場の中に泡のように浮かぶ世界たちを眺め、メイカはまた、情報の渦へと身を投じた。
 ネットワークの中から情報を一摘みすれば、それは音符となって、穏かな曲へと変換される。
 絶えず生まれ、変わりつづける情報の世界は、メイカに無限の世界を与えてくれた。
 ぼんやり、瞳を閉じてしばし仮想の空間を楽しんでいたメイカ。
 だが、ふと、瑠璃の瞳を彼方へ向け、誰かに問い掛けるように呟く。
「絶えず進化し続けていく、人類と、ネットと……」
 一つ、箱庭を手に取り、
「この、能力」
 そっと、眺める。
「行き着く先は一体何処なのでしょうか……ね…?」
 ふわり。力場の中を泳いだ箱庭は、やがて霧散して、情報の場に還る。乗じるように、浮かんでいた世界は溶けていく。
 真っ白な空間の中に、冷めた音色の曲が、流れていた。
 その様子を見つめ、どこか寂しげな微笑を浮かべるメイカ。
 と、まるで帰還の合図のように、ベッドの上に放置していた形態が、鳴った。
 仮装から現実へ。メイカは一呼吸おいてから、携帯をとる。相手は、草間・武彦だった。
『突然悪いな。ちょっとした依頼なんだが……引き受けてやってくれないか?』
 怪奇事件の来訪に頭を掻きながらの頼みだろう。
 その様子を思い浮かべ、メイカはくすりと笑みを浮かべると。
「喜んで」
 きちんと仕度を整え、意気揚々、興信所へと向かうのであった。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
音夜葵 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年05月31日

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