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『神の妖、その事実 』
伍宮・春華1892)&伍宮・神雅斗(2609)


 …く、と苦鳴が聞こえる。歯をきつく噛み締めた隙間から。衝撃。身体が壁に叩き付けられた重い音。防御結界が間に合わなかった。袂の中を指先で触れ反射的に符の数を確認。符術を使うにも限りがある。…それは仕事なのだから普段以上に枚数も種類も用意はしてある。前情報からして今回の仕事に特に有用と思える術をこめた符を。けれど、仕事の相手が予想外に強力であった場合、事前に用意していたそれだけで間に合うかと言うのも少々謎だ。…ついでに言えば前情報がいつでも正しいとも限らない。


 都内某所。
 とある人通りの少ない路地。
 伍宮神雅斗は妖怪と戦っていた。
 こんな御時世、大都会では昼と夜の差は無いに等しい。そのせいか、少し寂れた――それだけの場所からも悪しきモノは湧いて出る。夜である必要はない。忘れ去られた怪しき場と怨念さえあるならば。
 都会の歪みはただでさえ大きいもので。


「…ったく」
 ぼやいても始まらない。弾みで口内でも切ったか口端から流れる血を拭うと、ついでとばかりにその血を符にこすり付け、術を発動準備。再び襲い来る妖怪らしき影に向けて打つ。この妖怪、元は捨て去られた人形か何かのようで。鋭く打たれた符がその過程で、ぼ、と燃え上がる。業火となって妖怪数体に直撃した、が、炎を纏ったそのまま形を失ったのは二体だけ。後は何故か無傷なモノの方が多い。…取り敢えず二体だけは、調伏。確認するかしないかの刹那に神雅斗はその場から飛び退っていた。結果、他の連中の攻撃を避けられたのは紙一重。飛んだ直後に、神雅斗の叩き付けられた家壁は妖怪たちの攻撃で破壊されていた。


 …どうも前情報時点ではこの妖怪、相当甘く見られていた模様だと神雅斗は思い知らされている。こんな時に一番貧乏籤を引くのは現場の人間。…仕事を回して来たのは一族のネットワーク。伍宮の家経由で回されて来たものの場合、前情報がどれだけ大切かわかってるのかと疑いたくなるような事もままある。…と言うかあそこの考え方は中途半端に時間が止まっているので現代仕様の妖怪の存在を考える頭が綺麗さっぱり抜けている感がある。例えば今この相手の妖怪、調伏出来た二体はまぁ布や木やセルロイド、つまり普通に燃える材質の人形が元だったのだろうと何となく予想は付く。だがひょっとすると…今の攻撃でほぼ無傷だったのは、あまり『人形』としては考えに入らない物質で出来た人形…例えば合金製のロボットやラジコンの類が元だったり…って事はあるまいかとも思うのだ。そして元となったモノの材質が極端に違えばまた、妖怪化した時の属性も、勿論対処法も変わって来る。
 現在の時点では、神雅斗の機転で何とか互角に戦えてはいるが、それも後どれだけ保つか。符の残り枚数はどの程度か。妖怪と人間では戦いに於ける消耗度合もまた違う。そもそもこの場所からして妖怪の発生地点、即ちホームグラウンドは相手側。持久戦になれば人間側が不利であるのは必至である。


 …そんな折。


■■■


 …伍宮春華は空を散歩していた。
 都会ともなれば相当上まで飛翔しないと気持ちの良い青空は拝めない。保護者に昼間は飛ぶなとは言われたがそんな事を言われても暇で暇で仕方無いのだからどうしようもない。暇だから『学校』っての行ってみたいと言ってはいるが、保護者が改めて春華の容姿を見、恐らくは中学生、義務教育の範囲内…となると余計に、戸籍の無いこの天狗ではとてつもなく問題山積みだと言う事は察して余りある訳で…更に言えばその辺りの事務的な問題はクリアしたとしても、やたら現代常識に疎い平安時代の天狗である春華の性質から考えて…騒動のひとつやふたつやみっつやよっつは起こさない訳が無いとも言え、保護者はその時点で溜息頻り。
 とは言え、春華にすれば否とは言わせないだけのネタは揃っているので(つまり悪戯するぞとでも保護者に脅しに入れば良いだけで)、一応今の時点でも中学校に編入する事は決まっているも同然と言ってしまって問題無い。


 …つまりは今の春華は結構御機嫌だったりする。
 が。


 何となく低い位置まで下りてきつつ、地上を見ていた春華の目に偶然飛び込んで来たのはそろそろ見慣れた保護者――伍宮神雅斗の姿。それも、何やら色々切羽詰まっている様子。
「そういや」
 …仕事だから留守にするって言ってたっけ。
 ふと思い、春華は空中でのほほんとその神雅斗の様子を観察していてみる。


 …と、まさにその瞬間、神雅斗はいきなり衝撃波で家壁に叩き付けられていた。げ、と春華は思うが追撃に来た相手に神雅斗は鋭く符を打っている。おお人間にしては結構良い反応、と春華は思う…が、肝心の術の効果は追撃に来た複数の中のたった二体にしか殆ど表れず…。


「…駄目じゃん」
 …見ていた春華、ぼそりと呟くなり速攻で黒い翼をばさりと扇いで急降下。


■■■


 …相対する神雅斗と妖怪たちのちょうど間、風を切り急角度で降下して来た大きな黒い影。横合いに入られて神雅斗と妖怪たちの動きが一旦停止する。妖怪たちはいったい何事だ、何者が来た、とでも言いたげな雰囲気で、一方の神雅斗は――。
「は、春華?」
「…ったく。情けねぇなあ、こんなのに苦戦するなんて」
「…じゃない、どけ、危ないから」
「…おっちゃん俺が天狗だって事時々忘れてないか?」
 悠然と黒い翼を扇ぎつつ、春華は呆れたようにぽつり。…と、その間にも春華の背後に居る事になる妖怪たちの方は、今下り立った有翼の何者かが、敵に連なる者であると早々に察し、改めて攻撃に移る――移ろうとする。
 が。
「危ない訳無いだろー?」
 …この程度の連中相手で。
 そんなあっけらかんとした声と共に、妖怪の攻撃――鋭い爪や衝撃波が、春華の神速の身ごなしであっさりといなされるのが先だった。残像が見える程の速度で身体を回転させ、弾かれた連中は――つい今し方まで神雅斗を追い詰めていたと言って差し支えない妖怪。それらをあっさりと弾いてしまう春華のその力。
「つーかむしろおっちゃんの方が危なそうだし。見てらんねぇから手伝うよ」
 神雅斗、茫然。
 …それは、彼が今まで見ていた春華は――空を飛んだりする以外は、天狗と思い知らされるような出来事は一切無かったが。
 それでも。
 さすがに予想外と言う事はあるもので。
 今の身ごなしも、ただ攻撃をいなしただけではなく、風が不自然な形で――つまり自然現象そのものでは無く、何らかの技として風が使われていた。春華を中心とした小さな竜巻、とでも言おうか。
 …戦い慣れている。
「正直、封印解けてこのかた、けっこぉ身体鈍ってるし――ちょうど良いから全力でやらせてもらうぜ♪」
 にやりと。
 春華の唇が弧を描いた瞬間、彼のその姿は消えていた。否、消えたのではなく高速で移動していただけの事。それでも神雅斗の目には殆ど追えていない。妖怪たちも動揺している。と、思った刹那、妖怪の数体が細切れになっていた。何によって切られたのかわからない。微かな、だが鋭い音だけは聞こえる。真空の刃か。鎌鼬?
 動いているところを神雅斗が追えるのはそこまで。ふと動きを止めた春華は僅か宙に浮いていた。黒い翼が扇がれている。赤く光る瞳は歓喜に満ちていて、その手の中には何やら強烈な風の技が秘められているのが見て取れた。
 その場に居る誰も、そのスピードに追い付けていない。
「うーん。やっぱ全力出したら瞬殺になりそう…」
 でも、折角なのに全然楽しめないのもつまんねぇよな。
 少し悩むように、ぼそ、と呟いてから、春華は再び凄まじい速度で疾駆する。
 …次の刹那にはまた、妖怪数体が荒々しい風に掻き消されていた。


 属性云々と小手先の技ではなく、相手の能力を完全に凌駕した、『風』。
 神雅斗は、初めて目の当たりにした春華の戦闘能力と敵に対する冷たさにぐっと見入っていた。
 これを見れば、恐怖され、封印された理由もわかろうと言うもの。
 ………………天狗は特に、『神』とされる事もある『妖』。
 確かに春華の言う通り忘れていた。その事を認めざるを得ない。
 春華は…その『天狗』なのだ――。


 きっかけや相手はともあれ、久々の戦いに酔っている春華は…そんな神雅斗の思いにも気付かない。


■■■


「んっだよ手応えねぇな」
 次々倒れる相手に対し、不満そうにぼやく春華。


 …手応えなさ過ぎ。
 今の世ってこの程度の奴しか居ないのかな?
 それともおっちゃんが弱いだけなのかな? いや、でも、いつぞや京都行った時に見た伍宮の御偉方っぽい年寄り連中と比べても…力は強い方でおっちゃんとどっこいどっこいっぽかった気がするし…ううん。
 春華は少々悩んでいたり。
 まぁ、逆を言うと遊んで――じゃない、戦っている最中にあまり関係無い事で悩めるくらい、春華にとって、戦う事は日常茶飯事であったと言う事でもあり。…春華の方に全然危なげは無い。既にレベルが違う。
「…ま、いっか」
 あっさりと言うと、春華は残った妖怪に対し、押すように無造作に手を伸ばして、翳す。
 次の刹那、空気が押し出されるように鋭い突風が残った連中をも吹き飛ばした。…連中の、その妖気だけを。
 直後、かん、がらんと地に落ちたのは神雅斗の予想した通り、合金製の壊れた玩具の類。
 現代ではこんなモノにさえ念が宿り妖怪化する事もある。
「よっし、完了」
 …後はおっちゃんがこれ始末して再発しないようにすれば良いんだよな。仕事っつーと。
 春華はひとりごちると神雅斗をちらりと見る。
「おっちゃーん、そっちは大丈夫かー???」
 ぶんぶんぶんと大きく手を振りつつ、普段通りの調子で神雅斗を気遣う春華。今の姿を見た直後では、声を掛けられた神雅斗もさすがに反射的にびくりと身体が震えてしまう。
 が。
 神雅斗の前にふわりと下り立ち、駆け寄って来た春華の姿は…今までと何も変わりなく。
 …うわー、痛そう…無理しない方が良いぜー? 等と神雅斗が負った傷を看たり――と言ってもそれ程確り治療できる訳ではないが――している。
 そんな春華を神雅斗は暫く黙って見下ろしていた。
 春華はと言うと…神雅斗の複雑な思いなど知らぬまま、ただ、心底心配しているようにしか、見えない。
 普段通り。
 …『天狗』に――春華にとってはこれが普通と言う事、か。
 すとんと納得した神雅斗は、漸く、静かに頷いた。
「…大丈夫だ。春華」
「そお? だったら良いけどさ。ホントにあんまり無理するんじゃねーって。弱いんだから」
「…天狗と比べるな。…それから真っ昼間から空飛んでるんじゃない」
「んな事言ったって暇なんだもん。それに今空飛んでなかったらおっちゃん見付けられなかったじゃねーか」
「ああ確かに助かった。その件に関してはありがとな、礼を言うよ。…それでもだな、それとこれとは別問題だ」
 …俺も困るが最後には春華自身が困るんだ、世間的に。
 ぽむ、と春華の肩に手を乗せつつ、諭そうとする神雅斗。
「面倒臭ぇなあ…」
 じっくり言い聞かされ、ちょっぴりうんざりしたように春華は思わずぽつり。
 で、話題を変えようとでも言うのか、…に、してもだよ、と改まって神雅斗を見上げる春華。
「俺を封じた奴らは取り敢えずおっちゃんよりもっとずっと強かった気がするんだけど?」
 素朴な疑問。
 神雅斗は目を瞬かせた。
 そして少し考えてみる。…それはつまり、平安の昔の陰陽師は、と言う事か。
 ならば、それは春華の言う通りだろう。…残念だが。
「…悪かったな。今時の退魔系組織は世間の近代化の波に飲まれて新たに術を研鑚してられなかったんだよ」
 つまり現代は古のおこぼれで何とかやっている状態で。…その時代時代に合った技をここ数百年まったく創り出せていない――つまり来るべき時代に向け、適合した方法に古の術を発展させる気が全然無かった訳で――のだから全般的に衰えているのは当然。
 …これでも俺は今の普通の…と言うか普通の人間レベルの退魔師では信用されてる方だぞ?
「へー。つーと俺なんかやりたい放題だな♪」
 にかっと笑って見せる春華。
 神雅斗で強い方なら俺を止められる退魔師は滅多に居ねーな、と。
「…はーるーかー…」
「てゆーか俺の事もさ、当初言ってた封印し直すって件…ひょっとして特に抵抗するまでも無く元々実現不可能だったりするんじゃねえ?」
 思い付いたようにふと小首を傾げて呟く春華。
 神雅斗の能力で腕が立つ方だと言うのなら。
 …それは春華を封印した連中はひとりでは無く複数だった…とは言え、それでもひとりひとりのレベルがもう…今ここに居る神雅斗と比べると、既に桁が違う気がする。
 言っちゃ悪いがこの伍宮神雅斗、春華の尺度で考えると…かなり弱い。
「…」
 …案外鋭い指摘に、いまいち否定できない現代の退魔師一匹。
 その反応ににやりと笑う天狗一匹。
「よーしこれで心置きなく悪戯ができ――」
「学校」
「…?」
「…に、行きたいんじゃなかったのか」
「うん」
「…だったら悪戯は控えろ。…あんまり騒ぎを起こすと終いには追い出されるぞ」
「…う゛」
「そこまでは俺でもどうにもならんからな…」
 溜息混じりに言う神雅斗。
「…んじゃあんまり騒ぎにはならないようにする」
 考え込みつつも、素直に受ける春華。
「よし」
 ん。と力強く頷く神雅斗。
 だが。
 …『あんまり騒ぎにはならないようにする』――と言う事は、悪戯自体を止めるとはひとことも言っていない。むしろ、『少しは』騒ぎを起こしたりする気満々だって事にはならないか? …そう考えるのは穿ち過ぎか?
「…いや、ちょっと待て春華?」
 神雅斗は思わず聞き咎めたが、春華はと言うと最早全然気に留める様子無し。


【了】
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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東京怪談
2004年05月26日

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