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『あえて茨の道を行く 』
奉丈・遮那0506

 それは奉丈遮那が、富士の裾野に百年ごとに現れる某温泉旅館へ出向いたことから始まる。
 旅館に逗留中、遮那はいくつかの事件に関わった。その中に、誘拐された女神を救出する、という案件があった。
 遮那を含めた救出要員たちの奮闘で、女神は無事に救出されたが、問題は――
 そう。
 問題は、それがきっかけで、くだんの女神と奇妙な縁ができてしまったことではなかろうか。
 女神は救出の礼だと言って、後日、遮那を自分の住まう宮に招待した。そのおり、想い人を持つ遮那に『恋愛指南〜恋をかなえる100の方法〜』なるものをこんこんと説き聞かせ、遮那は(よせばいいのに)大きく頷きながら逐一メモったのである。
 ――そしてとうとう、悲劇の幕が上がることとなった。
 
 ◇ ◇
 
(……おかしいなぁ。女神さまの言うとおりにしてるのに、どうして)
 どうして恵美さんは、だんだん僕に冷たくなっていくんだろう?
 遮那は悩んでいた。女神のアドバイスを実践し始めて一週間、どうも効果が現れていない。
 それどころかむしろ、事態は日に日に悪化していってるような気がする。
(僕、何か間違えたかなあ?)
 放課後の教室でひとり机に向かい、遮那は恋愛指南メモを取りだした。
 読み返せば、女神と交わした会話が蘇る。
 
『よいか。ではレッスン1じゃ。関係の把握から始めるぞえ。率直に聞くが、おぬしはその娘御と付きおうているのかや?』
『えっ……? どうなんでしょうか。よくわかりません』
『ふむ。わらわが思うに、おぬしの好意は相手に伝わっていて、相手もまた、まんざらではなさそうな感じなのであろう。だが、お互いはっきりと言葉にするわけでなく、つかず離れずの微妙な関係のまま相手のリアクションを待っている、もしくは外的要因による劇的な変化をどこかで期待している、そういう状態ではないのかえ?」
『……はい。そうかも』
『遮那や。口にせずとも想いは通じているものと思っていたら大間違いじゃぞ』
『そうですよね……』
『ラブラブになりたくば、まずはおぬしから関係を変化させてみるのじゃ』
『で、でも。どうすれば?』
『まずは、口調じゃな』
『口調?』
『そう。口調の変化は関係の変化ぞ。具体的には二人称を変えてみることじゃな。娘御の名を呼び捨てにするのじゃ』
『よ、呼び捨て! 恵美さんを呼び捨てにっ?』
『そして娘御からもおぬしを呼び捨てにさせるが良い。これでふたりの仲はぐっと急接近じゃ!』
『そうか! わかりました。やってみます!』

 女神の宮からあやかし荘へ帰るなり、遮那はさっそく因幡恵美に声をかけてみた。
「や、やあ。めめめ恵美! いいい今帰ったよ!」
「お帰り……なさい?」
 いつものエプロン姿で玄関の掃除をしていた恵美は、思いっきり不審そうな顔になった。
「あの、遮那さん。何かあったんですか?」
「ううん、何も。そうだ恵美さん、いや、めめ恵美。これから僕のことは呼び捨てにしてくれないかな」
「……? どうしてですか?」
「な、何となく、その方がいいかなって」
「だって遮那さんは遮那さんじゃないですか。今までそう呼んできましたし、これからもそう呼びたいです」
「だめなんだよ、それじゃ。あの、後生だから呼び捨てに」
「いきなりそんなこと言われても困ります。今日の遮那さん、変ですよ。いつもの遮那さんじゃないみたい」
 恵美はふいと遮那に背を向け、掃除に没頭したのだった。
 
 ――似たようなやりとりを繰り返して一週間。恵美の表情はだんだん険しくなっていくばかりだ。
 とうとう昨日などは、遮那が声をかけても返事もしてくれなかった。
 何がいけなかったのだろうとため息をつき、夕暮れどきの校舎を後にする。
 それでも、もしや今日こそは、新たなる展開があるかもしれない。
 しかし蜘蛛の糸よりも細い期待を抱いて、とぼとぼとあやかし荘に帰った遮那を待ち受けていたのは……さらなる試練であった。
 
 ◇ ◇ 
 
「めめめ恵美。ただいまっ」
 うわずった挨拶をした遮那を、恵美はいつにも増して固い表情で迎えた。
「……お帰りなさい。遮那さん」
 それでも口をきいてくれたことにほっとして、遮那は笑顔になる。だが、恵美が強ばった表情のまま伝えてきたのは、思いもよらぬ言葉だった。
「お客さまを、月下美人の間にお通ししました。遮那さんのお帰りを待ってらっしゃいます」
「お客さん? 僕に?」
「綺麗な女の人です。遮那さんとはとても親しいって……」
 言うなり、涙ぐんだ恵美は両手で顔を覆った。掃除もそこそこに管理人室へ走ってしまったので、遮那はあっけに取られた。
「どうしたんだろう……?」
 首を傾げながら、自分の部屋であるところの『月下美人の間』に向かった遮那に、聞き覚えのある怒号が飛んだ。
「ええい、遅いぞえ遮那。レディを待たせるでない! 授業が終わったらとっとと戻らぬか!」
 そこにいたのは――文句を言いながらもローテーブルにぴしっと正座して、恵美の入れたほうじ茶を美味しそうにすすっている、かの女神であった。
 しかも……。本日の衣装はメイド服という切れっぷりである。
「べべべ。べべべべんて」
「しーっ。わらわの名を口にしてはならぬ。お師匠さまとお呼び」
「は、はい、お師匠さま。すみません、ついびっくりして。でも、どうしてここへ?」
「おぬしがわらわの指南を実践できているか、ちと気になっての。アフターサービスじゃ」
「あのぅ。それでなぜ、メイド服を着てらっしゃるんですか?」
「おぬしとて難しい年頃の青少年。みだりに刺激してはならぬと思うて、いつもよりも露出度低めの地味な服にしてみたのじゃ。おかしいかの?」
「いえ……。おかしいと言うよりは……」
 怪しい。
 おまけに女神は、頭の上にカチューシャ代わりにサングラスを乗っけている。メイド服にサングラス。怪しさ無限大である。
「ところで遮那。おぬし、恵美とぎくしゃくしておるようじゃの。レッスン1ごときで何を苦戦しているのじゃ?」
「うまく、伝わらなくて……」
 遮那は肩を落としてうなだれる。
「頑張れば頑張るほど、空回りする気がします。何か言っても、かえって誤解が深まる感じで――ああっ、そういえば今も誤解されたかも知れません!」
 先刻、恵美の態度が頑なだったのは、もしや女神のことをあらぬ風に考えたからでは……?
 おろおろする遮那に、女神は平然としたまま、ずずっとほうじ茶を飲み干した。
「当然の反応であろう。憎からず思っている少年に、絶世の美女が訪ねてきたのじゃぞ。心穏やかではいられぬのが女心じゃ。ジェラシーは恋のスパイス。そうこじれることもなかろうて」
「そうですか……? でも」
 遮那の不安は的中した。あやかし荘最強の住人、座敷わらしの大声が響いたのである。
「何ぢゃとー? 遮那が部屋に女を引っ張り込んで、大人の階段を登りかけているぢゃと? フケツなのぢゃ見損なったのぢゃこれだからわしは男が嫌いなのぢゃ。どぉれちょっと覗いて」
「お邪魔しちゃだめですよ。遮那さんが女の人と何をしようと、あたしたちには関係ないんですからっ!」
「それ、ホントですかぁ? 遮那さんに限って、そんなことないと思いますよー?」
 次いで聞こえてくる恵美の声と、アトラス編集部から帰還したらしい某編集者の声が、事態の混乱錯綜ぶりを伝えてくる。
「お師匠さま。すごくこじれてるみたいですけど……」
「うむう。しょうがないのう」
 女神はメイド服のポケットからガラスの小瓶を取りだした。
「裏ワザを使うとしよう。これを恵美にほんの一滴、飲ませるのじゃ」
「……?」
 何となく嫌な予感がして、遮那は手渡された小瓶を眺める。半透明のガラスを透かして、ショッキングピンクの液体が入っているのが見えた。
「その名も『ラブアタック?宸P』。強力な惚れ薬じゃ。眷属が薬品類に詳しくての。惚れ薬など邪道だと泣いて抵抗したが、無理矢理調合させた逸品じゃ」
「惚れ薬は……あの、良くない結果になるんじゃないかと」
 さすがにそれは遮那にもわかる。
 小瓶を返そうとした――そのとき。
「遮那ー。邪魔しにきてやったぞ。……うわ、何ぢゃこの女は。おんし、趣味が悪すぎぢゃ」
「待ってください、失礼ですよ。普通のお客さんかも知れないじゃないですか」
 障子戸をばたんと倒して、座敷わらしと編集者がなだれ込んできた。
 女神が何か言う前に、座敷わらしは目ざとく小瓶を見つけ、遮那の手から引ったくった。
「それは栄養ドリンクぢゃな! 美味そうぢゃ。わしが飲む!」
 ごくごくごっくん。
 青ざめる遮那と、さすがに目を丸くした女神をよそに、座敷わらしは半分以上中身を飲み干してしまった。あげく、編集者の口にも残りを突っ込む。
「おんしも飲め! 少しはスタミナをつけるのぢゃ」
 げほごほごっくん。
「あーあ。貴重な薬じゃというに……」
 女神が嘆いた、次の瞬間。
 座敷わらしと編集者の、遮那を見る目が、ピンク色のハート形に変化した。
「あっあっあの」
 ふたりの背後に立ち上った桃色のオーラに、遮那はじりじりと後ずさり、部屋から出ようとする。
 しかし、遅かった。
「男嫌い歴999年を返上するっ。実は何を隠そう、わしは以前から遮那を愛していたのぢゃ!」
「僕もです! ひとめ見た時から遮那さんのことがっ!」
 どんっ(座敷わらしが抱きついた音)。
 ずさささっ(編集者に押し倒された音)。
「うわぁぁぁっ! 落ち着いてくださいふたりともっ。間違いです誤解です薬のせいですっば!」

 ◇ ◇ 
 
 遮那の絶叫が響く中、いつの間にやら女神は、管理人室から恵美を呼んできた。
 恵美が新しく入れてくれたほうじ茶をすすりながら、目を細める。
「遮那とわらわは決してムフフな関係ではないぞえ。現時点での相関関係を申せば、わらわは遮那の師匠の妹のライバルなのじゃ。つまりは遮那の師匠も同然、実の姉も同然じゃ」
 どの相関をどう解釈すればそういう結論になるのか常人には見当もつかないが、あやかし荘の管理人はなぜか納得したらしい。恵美はにっこり笑って頷いたのだった。
「そうだったんですか。遮那さんが心配で訪ねていらしたんですね。このところ遮那さん、ちょっと様子がおかしかったし、あたし、何か悪いことしたかな、嫌われちゃったのかなって思ってて」
「ほっほっほ。そんな悩める乙女にぴったりの、スペシャルエンタティメントスペースがあるぞえ」
 女神は恵美に、チケットを2枚、手渡す。
「ラブラブカップル限定、ボート乗り場無料券……?」
「遮那を誘って来るが良い。歓迎するぞえ」
 ちゃっかり営業を済ませてから、女神はやっと、ポケットから別の小瓶を取りだした。
「惚れ薬よりも中和剤を作る方が難しいと、眷属が嘆いておったのう……。中和剤作成のために、神聖都学園の生化学研究室と薬理学研究室に1ヶ月ずつ泊まり込んだとかなんとか」
 呟きながら女神は、眷属渾身の惚れ薬中和剤『お友だちでいましょうね』を飲ませるため、まだ遮那を襲い続けている座敷わらしと編集者に近づいた。
 ついでに、じたばたともがいている遮那に声をかける。
「ところで遮那、わらわの恋愛指南は100レッスンある。あと99残っているが、どうするかの?」
「つ、続けてください。がんばります」
「ほう」
 女神はちょっと感心して、外見年齢中学生の、17歳の少年を見た。
(なかなか、骨のある男ではないか)
 この少年は何となく、自分とは系統の違う神における、教典の一節を思い出させる。
 
 ――人生は苦難である。暴風にあい、茨の道を歩き、険しい山を越える。
 
 座敷わらしと編集者の口に中和剤をねじ込みながら、女神はふっと笑った。
 
 
 
 ――Fin.
 
PCシチュエーションノベル(シングル) -
神無月まりばな クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年05月25日

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