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『夢の行方 』
ゲイルノート・グラハイン3178

 ……それは、夢。
 夢だとわかる夢。
 何度も、何度も、繰り返し見る、夢。
 揺らぎ消える、儚い……だがしかし、確かな質感を持って押し寄せる、夢。

 耳を劈く轟音と、視界を焼く閃光と…あらゆるものを押し流す、力の、奔流。
 真直ぐに前を向くことさえ困難な、光の中…手を伸ばし、掴もうとする。

 ……知っている。
 夢を見る自身は、その手が決して届くことはないことを。

 伸ばした手は『彼』には届かず、虚しく空を掴み。
「――――!」
 酷く渇いて息苦しいような喉を破らんばかりに、血を吐くように声を上げる。
 …彼の名前を、紡ぐ。
 彼は、振り向いて。
『………』
 静かに、静かに笑う。
 運命を……ありとあらゆる全てを、受け入れた、静謐な微笑で持って。

 だが『彼』が、どんな顔をしていたのか。
 何故そこに居たのか。
 何故『彼』に手を伸ばしたのか。
 『彼』がなんだったのか。
 知りたいと思うことは全て固く強固な光の壁の向こうで、決して手に入ることはなく。

『……僕は君の一部を……そして僕の力はいつまでも君と共に』
 伸ばした腕が……その時、確かにそこにあった左腕が。
 氾濫する光に吸い込まれるように、もぎ取られるように消え失せて。
 瞬間感じる重い苦痛と、喪失感。
 ……だが、そんなものは。
 本当の苦痛と、喪失と、絶望を知れば、苦痛と呼べる程のものではない。
 身体の痛みはただ表層を傷つけるのみで、何れ消える。
 ……だがこの痛みは、苦しみは、消して消えることはない。
 消えていく……その存在そのものさえ、無くしていく、『彼』。
 ただただ、それを見送ることしかできない己の、無力。
 目を開けていられない程の眩しい光に覆われた絶望と言う名の、闇。
 ―――― 昏い、虚空の深淵。

「……っ!」
 ……目を、覚ました時。
 背中は冷たい汗にぐっしょりと濡れていた。
 息が、荒い。
 心臓が、まるで自分のものではないかのように激しく脈打って。
 わけのわからない衝動のようなものに突き動かされるように、飛び起きて、何かを掴むように左手を……動かそうとして。
 そこに、何も存在しない空間を見た。
 左腕の存在しない、身体。
 ……いつから無いのか、何故無いのか。
 ヒトの自我をを形成する記憶さえも存在しない自身にわかるはずも無く。
「………」
 ……眼が覚めた瞬間、擦り抜ける様に消えていった夢の欠片に、緩く頭を振る。
 消して届かない、夢。
 もどかしさと、焦燥と、確かに見たはずのそれを思い出すことの出来ない自分への、苛立ち。
 確かに見たはずなのに、思い出すことの出来ない夢はただただ重く、鉛を飲み込んだかのような不快感があった。
「……胸糞悪い……」
 小さく舌打ちして、窓から差し込む赤い光に誘われるように視線を上げる。
 空には低く大きな、血の混じるような不気味な真紅の、月。
 自身の瞳と同じ色の、月。
 ……この胸糞悪さを、丁度入ってきた“仕事”の標的にうさ晴らししても、誰も文句は言うまい。
 どうせ相手は、欠片さえ残さず消えるのだから。
 記憶も、過去も、全て失って。
 残るものはゲイルノート・グラハインと言う、自身の名前と、この力だけ。
 触れるもの全てを腐食させ、塵へと…無へと還すこの、力だけ。
 ……力を……解き放てばその瞬間だけ、漆黒の蛍灯と共に顕現する失われた左腕。
 これが何を意味するのか、自分が何故そのような力を持つのか……何一つ分からない。
 ……この不快さも、消してしまえればいい。
 そうは思っても、自身が自身である以上、決して逃れることは出来ず、だがそれがなんなのか知ることもなく。
「………」
 緩く、頭を振る。
 夢の雫を、振り払うように。
「……分からなくても、生きていける」
 例え胸が痛んでも、苦しくても、辛くても。
 ヒトは生きていくことが出来る。
 生きていれば、何れわかる事実もある。
 今は何も知らずとも、いつか…いつか、すり抜けて消える夢を掴む日がくるかもしれない。
 思い出すことが出来る日がくるかもしれない。
 ……だから今は。
 何もわからなくとも、何もなくとも。
 今は、それで、いい。
 今は……。
                                    完
PCシチュエーションノベル(シングル) -
結城 翔 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年05月24日

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