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『愛らしい暴君 』
ロレッラ・マッツァンティーニ1968

 王都エルハザード。
 人種の坩堝もいいところのこの街には厳密な意味では『人』種でないものも多く存在する。
 人語を解する何処からどうみても愛玩動物にしか見えないものや、幽霊、天使や悪魔を名乗るものまで、その種類は実に多岐にわたっている。
 その中でも多いのが亜人間の類だ。単純に言ってしまうと人ではない生き物の耳が生えていたり、尻尾があったり。彼女ロレッラ・マッツァンティーニにもその類である。
「なーにか面白いことないかな〜♪」
 跳ねるように通りを歩く姿はまるっきりタダの人間のものと変わらない。とりあえず現在は、であるが。
 ロレッラは旅芸人、エルハザードは始めてである。王都と呼ばれる通りにここは都。物珍しさも手伝ってひょこひょこ色々見て歩いてはいるが、どれもこれもが普通に珍しい。
 派手だったりにぎやかだったり。
 極普通に珍しいのだ。気分は沸き立つが耳は立たない。その程度の珍しさである。
「む〜〜〜〜」
 浮かれるのにも飽き、ロレッラは往来の真ん中で腕組みをして考えこんだ。
 そしてここは人種の坩堝。往来ど真ん中で腕組みをして考え込んでいるようなかわいらしい女の子はあまり放って置いてはもらえない環境である。
 まるでそうすることが当然であるかの如くに、その肩を叩くものがあった。
「よ、一人?」
「へ?」
 くりくりの目を幾度か瞬かせて、ロレッラは肩に馴れ馴れしく置かれた手とその持ち主とを見比べた。肩に手を置いているものは一人でも、その背後にはもう二人の人物が控えている。
「一人じゃないように見えるの?」
 それならいっそ珍しい生き物である。
 多少の期待を込めてそう問いかけたロレッラに男達は顔を見合わせて肩をすくめた。
「いや見えねえけど」
「なーんだ」
 耳が見えていたらあからさまにへたっただろう程に落胆して、ロレッラは肩に置かれた手を振り払った。
 ロレッラにとっては当たり前の反応でも、男達にとっては訳がわからない反応である。振り払われた手を三人そろって凝視するうちにロレッラはさっさと身を翻した。立ち止まっていても面白いところには着かないし、出会えない。
「いやちょっと待てって!」
 いち早く去っていくロレッラに気付いた男の一人が慌てて追いすがってくる。ロレッラはあからさまに眉根を寄せた。むうっとしたその顔は本来なら可愛げのない表情のはずだが、顔立ちが愛らしいせいか逆に可愛らしくさえ見える。
「だって珍しい生き物じゃないんでしょ?」
「……何珍しい生き物って」
 唇を尖らせてそんなことを抗議されても困る。
 最初は引っかかったかに見えて訳のわからない理屈で手を振り払い、また訳のわからない抗議をしてくる。ロレッラにはそれが当然でも、一般的にはあまり普通ではない。
 ナンパ気分もすっかり萎んでしまった男達は困ったように顔を見合わせるばかりである。ずいぶんと人のいいナンパ男達だ。
「せええっかく王都なのに。すっごく珍しい場所とかものとかあるかなって思ってたのに」
「いや俺たちには君のほうがよっぽど珍しい生き物に思えるが……」
「ねね!」
「聞いてねえし」
「トレンドスポット知ってる?」
「目の前にある気もするが」
「どこどこ?」
「いやだから目の前の生き物が……」
「えーだって珍しい生き物じゃないんでしょ?」
「……いや俺たちじゃなくて」
 堂々巡りである。
 周囲にはざわざわと人がたかりだしている。逃げようにも逃げられなくなりつつある状況で男達は兎に角とばかりにロレッラの肩を叩いた。
「ま、まあ遊ぶところになら案内してやれっけど……」
「ほんとっ!?」
 ひょこんとロレッラの髪から長くてふかふかのウサギ耳が飛び出した。
「……やっぱり珍しい生き物だよな」
 顔を見合わせる男達に向かって、ロレッラは無邪気に微笑む。
「はーやくいこうよいこうよ〜!」
 下心を完全粉砕させられた男達は、おとなしくその愛らしい暴君に従った。従うしかなかった。

 因みに、一人ではなく複数だったことが功を奏したか、日が暮れる頃にはロレッラはすっかり満足していた。
 後に残されたのは、引きずり回されて疲労困憊した三人の男達の抜け殻のみであったという。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
里子 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2004年05月20日

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