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『雫 』
橘・都昏2576)&数藤・明日奈(3199)

 例えば。
 人が生きるためには、まず――「食料」が無くてはならない。
 彼らは、生きるために食料を育て、また殺し、命を奪い食べていく。
 無論、動物たちであってもそれは等しく同じ。
 "弱肉強食"と言う言葉が示すように弱いものは強いものに食われ、体内に吸収され、そして連鎖の渦へと飲み込まれ、組み込まれる。

 そう。

 そう言うものなのだと……考えられたら、良いのだけれど。

 だが、やはり居る空間を同じくして生きている彼等を――彼等の精気を「力の源」とは言え食べられたものではなく。
 また、人と共存したいと願う「彼」にとっては、このどうしようもない避けられぬ出来事である事柄が、好ましくないことだったから。

 だから、あえて。

 ……あえて「彼」は人の精気をまだ一度も食べた事が無い……食べれば禁断とされた林檎を食べた楽園の住人のように。

 ――次から次へと欲してしまうことさえ、解って居るから……。





(………ダルいな……)

 微妙に浅い息を繰り返しながら、橘・都昏(たちばな・つぐれ)は登下校の際に使っている道を歩いていた。
 ダルさの原因は、自分自身良く解っている。
 が、この事柄だけは、あえて無視したい事柄でもあった。

『食べれば楽になる』

 そう、囁く声が聞こえる。

 確かに、食べれば楽になる――だが、いいや……だけど。

(それをすれば、僕はもう人ではない)

 都昏の言葉に、「これは異なことを」と嗤う自分自身の声が頭の中で重なっていく。

『人? 共存を願う愚かな夢だ――解って、居るくせに、莫迦なことばかりを……』

 莫迦なことだと、もう一人は嗤う。

 "淫魔"

 これが本当の都昏の種族名だ。
 人であるけれど、人に非ず。人を似せた――魔の生き物。
 夢で現れる「夢魔」もこの種族に属すと言われる――人を堕とす力を持つ種族である。

(莫迦なこと……かな?)

 抗わなければ。
 内部の自分の声に抗う事がなければ、楽に生きていられるのだろう――

(それでもやっぱり)

 抵抗が在るよ。
 だって……それは………。

(同じ姿の人を、"食料"としてしか見ていない、と言うことだから……)

 歩くのさえ辛く、都昏は瞳を閉じる。
 そうして。
 ゆっくり、ゆっくりと、弧を描くように――静かに、倒れた。

 ……食べずに居た所為だろう、段々と体力を、気力を、都昏自身気付かぬうちに削いでいたのだ。
 ただ、都昏は運が良かった。

 丁度倒れた場所が、花屋【アーネンエルベ】の前だったと言う事もあるが。

「……あら? ね、ねえ…、だ、大丈夫?」

 倒れた瞬間に、一人の女性が居た――と、言う事も、幸運へと繋がっていた。

 心配そうに都昏を見る女性は……やがて意を決したように。

 倒れた、都昏の肩に手をかけ……店の奥、別室へと連れて行った。




 花の香りが、漂っていた。
 花屋だからと言うこともあるだろうが、室内には色とりどりの花が飾られていて、瞳に、優しい。

 数藤・明日奈(すどう・あすな)は、忙しく歩き回りながら、少年をソファへと寝かせ、窮屈だろう制服のボタンを外し楽にさせると、タオルケットをかけ、蒸し暑くないように換気をしながら、団扇を持ってきて、扇ぐ。

(…どうしたのかしらね?)

 疲れきったような、青い顔色。
 隈も酷く、瞳を閉じて寝ている姿に、明日奈は、深い影を見ていた。

 勉強疲れ、と言うには、あまりにも憔悴が激しいような気もして明日奈は、ソファに寝かせた少年の額に手を置く。

 ……熱は無い。

(………疲れ、なのかしら……)

 不思議な子だ、と思う。
 浅い息を繰り返して、眠る姿は無防備なこと、この上ないのに。

 何か。

(…呼ばれているよう……)

 良くは解らないが、呼ばれているようだと思うのだ。
 それが何かは解らない。

 が。

 ――解らないからこそ、見てしまう存在。

 そして、明日奈は「ああ!」と思う。

(…花に、良く似ているんだわ)

 言葉なんて無いのに、見てくれと呼ぶような花に。

 ぱたぱた、ぱたぱた、と。
 団扇の音が室内に響く。

 窓を開けたからか、風にカーテンが揺れる。
 夕方の、涼しい風はまるで心身ともに慰めてくれるかのように、優しく吹く。
 静かに、静かに時だけが流れ――、何時しか、明日奈も。

 眠る少年の傍ら、同じように瞳を閉じていた。




 どれほどの時間が経ったのか。
 都昏は、鼻をくすぐる甘い香りに、瞳を開けた。

 自分の家とは違う天井に、一瞬目を丸くするがそれも僅かの事。
 辺りへと目を配る。

 花が、飾られている花瓶が多くある室内。柔らかい色調で揃えられた家具……。
 甘い香りは、此処からだったのか……と思いながら、ふと、何処かに違和感を覚え、起きると。

 都昏の傍ら、介抱していて疲れたのか眠る女性の顔が、あった。
 安らかな寝顔。
 花よりも嗅覚をくすぐるような馨り。

 ……無意識に喉が鳴る。

 それに連動し、頭の中、声が、響く。

『餌だ……』

 今なら、気付かれない。
 眠っているのだから解る筈も無い。

(喉が……渇いてる………?)

 解る。
 手を伸ばせば。
 欲しいものが、手に入る……いや。

(ノドノカワキヲイヤセル)

 この空虚なダルさも何もかも、癒す事が出来る……?

 そして都昏は静かに眠る女性の頬に手を伸ばし、ゆっくりと顔を近づけようとすると。

「あら? 起きたんですね? 良かった……!」

 瞼が開き、そう明るく言う彼女に、都昏は気まずさもあり固まってしまう。

 何をしようとしていたのか、解って居るから余計に。

 が、目の前の彼女は気にしないように良かった、良かったと繰り返すばかり。

「いきなり、倒れたから本当にびっくりしたんですよ?」
「すいません……少し、寝れない日が続いてて……」
「まあ……無理はいけませんよ? ああ、喉が渇いてるでしょう? 水、如何ですか?」
「……頂きます」

 注いで来てもらった良く冷えた水を飲むと。
 喉の渇きは若干癒せた。
 だが根本的な解決にはなっておらず、都昏は苦しさと気まずさを同時に味わいながらも、窓を見る。
 夕焼けも既に空へと溶けたのか、辺りは紺青を示すような深い青色を示し。

「もう――随分と遅い時間なんだ……」
「そうみたいね。はい、これ」

 何時の間に作ったのか。
 あるものを明日奈は都昏へと差し出した。

「……なんで僕に、これを?」

 訝しげな、都昏を覗き込むように明日奈は微笑む。
 小さな、小さな花束。

 春から、初夏にかけられた色とりどりの花束で作られたそれは明日奈本人を教えるように明るく、綺麗な色合いを放っている。

 何故、と問う都昏に、その至近の距離で、
「何故って、理由が必要? じゃあ…そうね、倒れた理由ごまかし、と言うのはどう?」
「――……は?」
「花束を買うために悩んでいて、こんな時間になった……そう言えば少しはご両親への心配も防げるわよ」
「……ああ、そうか……」

 有難う、ございます。
 言う事も出来ずに、都昏は瞳を伏せ、花の香りを近くに感じるべく息を吸い込んだ。

 …柔らかな香り。

 …目の前の女性と、同等の香り。

『……喰えなかったのは、残念だ』

 また、何処かで声がする。
 抗いにくい、声。

 そして自分の本性に。

(……吐き気がする)

 嫌だと抗おうと、抗えるものではないと思い知る。
 気まずくて、どうしようもないのに、それでも、無理なのだ。

 抗えない。
 自らの、心の声には。

 拳を強く握り締め、漸く「帰ります」と呟く。

「そう…? あまり無理しないようにね? 花束も、忘れちゃダメよ?」
「はい」

 部屋を出、花屋を後にする。
 振り返る度、都昏の姿が消え去るまで見ていてくれる明日奈の視線を感じては戸惑う。

 帰るのが酷く憂鬱で足取りさえ、重い。

(……どうすれば、いいんだ……?)

 逃げられない空腹感。
 水を飲もうと食物を食べようと癒されるものではない。

 が、ふっと一瞬からだが軽くなる。
 どうしたのか、と思えば。

 …腕の中、明日奈から貰った花束が見るも無残なまでに枯れていた。
 無意識のうちに花の精気を喰っていた自分が、あまりにさもしい生き物のように思えて涙が浮かぶ。

 口惜しくて口惜しくて。
 そして。
 ……情けない。

 共存したいと願おうと、願いが届く事はないのかも知れないと思えば、尚更に。

 …その日から、『都昏』が花屋の前を通ることは、明日奈へとお礼の言葉を言うことは、二度となかった。




「いらっしゃいませ! 今日はどのような花をお求めですか?」

 花屋【アーネンエルベ】
 明日奈は忙しく、花屋の中を駆け回り、花を選び笑顔を振り撒く。

 つい先日、倒れた少年がもう二度と此処に来ることは無かったが――きっと、元気でやっているのだろう、と、考え、もう、その少年の事は考えないようにしていた。

 ……逢えない人の事を考えて何になるだろう?

 気にならない、筈は無い。
 けれど、倒れてしまった事を気まずく思う事だってあるだろう――手助けが出来たのだから、それでいい。

 さわさわと。
 花が揺れ、香りが揺れる。

 その光景を、さも楽しげに見る、一つの視線。

 『都昏』は、嫌だと叫んでいた。
 だが、どうにも出来ずに、彼は花屋を、一人の女性を見続ける。

 名前さえ、聞かなかった……否、聞けなかった女性を、ただ見つめる。
 動きにあわせ揺れる明日奈の髪、髪から覗く、ほっそりとした首筋……華奢な、手足。

 楽しいのだと言うかのように、都昏の金の瞳が不可思議な光を宿す。

 ――まるで。

 純粋な者を堕とす事を楽しむかのような……、艶やかに輝く淫魔の瞳で。


 ……水面下、気付かぬ何かが動き出そうとしていた。





・End・
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東京怪談
2004年05月19日

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