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『夢魔に魅せられた記憶。 』
河譚・時比古2699)&季流・白銀(2680)&河譚・都築彦(2775)

 
 痛み、そして絶望…。脳裏を駆け巡るのはそんな、救いようの無い、過去の記憶。忘れることの出来ない、恐らく、忘れてはならない、過ぎ去った時間。
「……、…」
 寝苦しさに、眉根をひそめる時比古。何かを掴み取ろうとする手のひら。その手の中に、空気を握り締めた瞬間、現実へと引き戻され、彼は跳ね上がるように飛び起きた。
「……っ…」
 荒い息を吐きながら、時比古はグラグラする視界を何とか正常に戻し、自分を落ち着かせるために、静かに呼吸を繰り返す。
「………」
 上掛けを強く握り締めて。
 落ち着きを取り戻した後、ゆっくりと、深い溜息を吐く。
 そして今まで自分が見ていた夢に、振り返るように記憶をめぐらせた。
「――……」
 左眼が、じわりと疼いたような気がした。時比古は言葉無く、それに手を当て、眉根を寄せる。
 十一年前の、夢だった。
 左の視界を奪われ、そして甘さと希望すら失った、おぞましい記憶…。
「……?」
 頭(かぶり)を振った時に、感じた隣室からの気配。彼の主、白銀が眠っている部屋から、である。
 魘されている、ようだった。
(……まさか、同じ夢を…?)
 そんな、思いが頭を過ぎる。しかし、それを振り払うように再び軽く頭を振った時比古は、静かに身体を起こし、自室を後にした。
「……白銀様」
 扉を静かに叩き、中に居るであろう主に声をかけるが、当然のごとく返事は返ってこない。それは時比古自身も解りきっているのだが、どうしても習い性で行動に移ってしまう。
 一呼吸おいた後、ゆっくり扉を開けて、白銀の部屋の中へと入り、音を立てぬように扉を閉じた。
「………」
 寝ている白銀に歩みを進めると、彼はやはり夢に魘され、額に汗まで浮かべていた。
 時比古がその場に静かに腰を下ろすと、まるで待っていたと言うかのように、寝返りを打った白銀が、腕を上げる。
「白銀様、…大丈夫です」
 独り言のような小さな言葉を漏らしながら、時比古はその空で泳いでいる主の手を、そっと取り、握り締めた。
 そして、白銀を苦しめているだろう悪夢に向かい、ゆっくりと腕環を振る。夢の中でのみ鳴り響く鈴の音が、主を導き、そして解けるようにその夢の内容を忘れさせるだろう。時比古は腕環を振りながら、握り締めた主の手、その指にそっと口唇を落とし
「白銀様…」
 と、主の名を間を置きながら呼び続けていた。


 古く、陰鬱な感じを受ける、山の麓の日本家屋。河譚の本家、である。
 時比古が十二歳の頃の記憶。先ほどの、悪夢の内容だ。
 母に呼び出され、季流家から戻った時比古は、母の自分に対する接し方が昔に戻ったようで、安心する。母は、六年前に父を亡くしてから時比古には無関心になってしまっていたのだ。だが、出迎えてくれた母の笑顔は、昔に見た優しい笑顔そのものであった。
「……奥へ?」
 早々、廊を進み、母に案内されたのは、普段は近づくことを禁じられていた、奥座敷だった。その中には、時比古の半身である、都築彦がいるからである。
 硬く禁じられいたために、会うことは叶わなかった、自分の兄弟。
「…………」
 すっ、と静かに開けられた障子。母に中へ入るようにと促される時比古。
 時比古は訝しみながらも、兄弟への思慕のほうが勝り、おずおずと中へと歩みを進めた。
「!!」
 途端、背後に居た母が時比古の背を思い切り突き飛ばした。時比古はその勢いで室内へとよろけながら入り込む。振り返ると母は無言で、ぴしゃり、と障子を閉め、影のみが時比古の瞳に映っていた。
「……どう、して…?」
 言葉を投げかけても、返事は返ってこない。
 それに寂しさを感じながら、前へと顔を向けると、そこから肌へと触れる、異質な空気。目の前には、縄と札で作られた封印。――奥には、半獣、そして成人の姿の、都築彦の姿があった。
 ごくり、と喉を鳴らす時比古。本能的な恐怖と言うのは自然であり、自分の意思ではどうにも出来るものではない。それでも彼はそれを奥へと押し込み、ゆっくりと笑顔を作りあげた。
「…都築彦?」
 そっと声をかけると、奥に居た都築彦は静かに時比古の元へと寄ってくる。
「――ッ!?」
 その後、都築彦のその態度に時比古が気を緩めた瞬間。目に映る光景が、まやかしである事を、切に願わずにはいられなかった。それも、一瞬にして流れ去った、感情である。
 痛みを感じるより先に、絶望感が襲ってきた。
 飛び散る鮮血とともに、砕かれた甘さ。
 ――直後の記憶は、時比古の脳裏には残されてはいない。

「……きひこ…」

 ぽたり、と頬に感じた暖かいもの。
 聞きなれた、安心さえ出来る声。その声音に応えるようにうっすら瞳を開くと、目の前には涙を流しながら自分を抱きかかえる、白銀の姿があった。
「白銀…さま…?」
 ぽたぽたと時比古の頬に降る白銀の涙。それが跳ね、滴が瞳に映し出されるも、時比古はその映る自分の瞳の力の弱々しさに、違和感を感じた。
 そろり、と腕を上げて、違和感を感じる場所へと指先を置く。
「………!」
「…時比古…ッ」
 その時比古を止めるように、幼い白銀は彼の名を呼び、彼を抱きしめた。
「ごめんね、時比古…ごめんなさい…ッ ぼくがちゃんと、力を使えれば…!!」
「………」
 時比古の左眼は、斜めに傷を残した形で、潰されていた。そこで初めて、時比古は意識を失う前の光景を思い出す。
 都築彦の鋭い爪によって、自分の瞳は奪われてしまったのだ、と。
「白銀様…」
「ごめんなさい……でも、でもね、覚めてよかった…時比古が、…目が覚めなかったら、どうしようかと、思って…」
 小さな身体で、白銀は時比古を一生懸命に抱きしめながら、泣き続けていた。そして謝罪と、おそらく時比古が意識を取り戻した安堵感からの言葉の、綯交ぜになったものが、口から漏れている。
(そうか…白銀様が…)
 泣きじゃくる白銀の背に、そっと自分の手のひらを置く、時比古。冷静になり、状況を判断する。
 白銀が力の限りを使い、致命傷であった左目の傷を、治したと言う現実を。おそらくは、再生させるつもりでいたのだろうがそれが叶わず、その悔しさが、溢れる涙の手助けをしていると言うことも。
「白銀様…有難うございます」
 時比古は起き上がりながら笑顔を作り、白銀の頭を静かに撫ぜた。すると白銀はゆっくりと涙を止めて、彼を見上げている。
(…なぜ、白銀様が、此処に…?)
 心で呟いた言葉を、直接彼に伝えることは無い。訊ねても白銀は答えられないだろうと判断したからだ。それに、考えを巡らせれば、季流家の『力』であると言うことだけは、何となくだが理解出来た。
「…大丈夫ですよ」
「……ほんとに?」
 心配そうに見上げる白銀に、時比古は出来る限りの表情で笑いかける。白銀は小首をかしげて、確認をしてくる。
 それを見て、時比古はまた優しく主の頭を撫ぜた。
「大丈夫です。白銀様が癒してくださいましたから…」
 白銀を安心させるための笑顔。そこで初めて、表情を和らげる白銀。その綻んだ表情を見ながら、時比古は心の中の軋む音を、じわじわと感じ取っていた。
(…そうだ、俺は…俺は死ぬ。…敵うはずなど、最初から無かったんだ…)
 絶望感が、再び彼の心の中へと戻ってきた。そして、後から溢れる恐怖感…。それを白銀には見せることなく、時比古は笑顔で彼に接し続けるのであった。


「…魘されておりました…大丈夫ですか?」
 夢の淵から救い出され、うっすらと開かれた白銀の瞳は、何処と無くあの頃の大きな瞳に似ている…と時比古は心の隅で思ってみたりもした。
 十一年前の、あの時の出来事を、白銀は憶えていない。幼い身体で、精霊の力を最大限に引き出し、時比古の元へと飛び、さらに傷の治療までしたのだ。その後、その身に降りかかった負担は大きく。記憶にまで影響を与えた。
 しかし時比古は、それでいいとさえ、思えるのだ。
 憶えている必要など、無いと。
 先ほどまで夢魔が白銀を襲っていたのは、その過去の記憶だったのだろう。それも、銀の腕環の鈴音により、かき消されている。
 思い出す必要すらも、無いのだから。
「忘れたほうが、良い夢もありますよ」
 そう言ったのは、本当に心の奥からの、気持ち。白銀に対する、思いやりと言ってもいいだろう。
「起こしてしまってすまなかったな。もう下がっていいぞ」
 白銀に退室を促され、そこで彼の頭に手を添えたとき、またもやあの頃の記憶が蘇った。未だに、手のひらに残っているのだ。あの時、白銀の頭を撫でた感触が。
 直後、袖口をつかまれ、振り向けば、不安そうな表情をした、白銀が自分を見上げている。
 そこでまた、頭の中でグラグラと繰り返す、過去の映像。
『大丈夫です。白銀様が癒してくださいましたから…』
 自分の言葉を、蘇らせながら。
 時比古は、まだ救われている、と実感した。
 先が無くとも、今は目の前の主に救われている。時折疼く左眼の痛みも、白銀の姿を思い浮かべれば、自然と薄らいでいくのが解る。…癒されている、と思うのだ。
 心の奥底の、失われた希望を、取り戻すことが出来なくとも。
「少しだけ、お時間をよろしいですか…?」
 時比古が静かに言葉を紡ぐと、白銀は安心したように、笑う。幼い頃から変わらない、笑顔で。
 その笑顔を見ながら、時比古は白銀に、微笑ましいばかりの思い出話をし始めるのだった。ゆっくりゆっくり、悪夢をその思い出で溶かしてしまうかのように。



-了-


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河譚・時比古さま&季流・白銀さま&河譚・都築彦さま

毎度有難うございます。桐岬です。
本当に毎度毎度、お声がけ頂けて嬉しい限りです。
今回は、如何でしたでしょうか? いつになく緊張してしまったのですが…(汗)。
少しでもご期待に応えられていれば、幸いに思います。

感想など聞かせていただけると、嬉しいです。

※毎度のことですが、誤字脱字がありました場合は、申し訳ありません。

桐岬 美沖。













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2004年05月18日

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