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『 未来の笑顔』
奉丈・遮那0506

 遮那は机の上で眠る友人を見つめた。時折、友人の閉ざされた瞼が苦しげに震える。
 普段明るい友人とは違う彼の表情に、遮那は心苦しいものを感じる。窓からは淡い光が漏れ出している。もうすぐ朝が来ようとしているのだ。
 ――遮那は、ふと先ほどのことを思い返した。

  ***

「眠るのが怖いんだ、何とかしてくれや」
 中学校からの帰宅途中で、突然友人は遮那に言った。
 そのまま半ば強引に遮那は友人の家まで連れてこられた。友人は、自分が眠りに落ちてしまわぬよう朝まで何でもいいから相手をしろと、強く遮那に頼み込んできたのである。
「眠りたくないって、どうしたんですか? そういえば、テストも近いですし、そのことが原因ですか?」
「やっべぇ! テスト忘れてた! くそ、余計なこと思い出させるなよ! ……じゃなくてだなっ」
 友人は拳を振り上げて、怒鳴った。遮那は慌てて口を押さえる。また余計な事を言ってしまったようだ。
 友人は嘆息して続けた。
「変な夢を毎晩見てうざくて仕方ないんだ。何とかしてくれや」
「何とかって……僕は占い程度しか」
「じゃあ、占え」
「そんな無茶苦茶な」
「それに、奉丈が夢を操ることができるとか何とかっつー噂は女子から聞いてるんだよ。本当か嘘かは知らんがね。これに占いもつけば鬼に金棒」
 友人の言葉に、思わず遮那は突っ込んだ。
「占いの方がおまけなんですか」
「一言多いっつーの、お前は!」
 友人が拳を振り上げる。遮那は笑いながら、すみませんと呟いた。

「THE TOWER?」
「トラブル・口論・危険・失敗・予期しないこと・パニック状態を意味します」
「はっきり言うなぁ、お前は!」
 占いの結果に、友人は顔を青くさせて慌てふためく。
「すみません、ですが……」
 驚いているのは遮那も同様だった。友人の夢を占って、ここまで悪い結果が出るなど予想もしなかったからである。

  ***

 遮那はそこで回想を終えた。
 鳥の鳴き声が遠くから流れてくる。
 心地よい爽やかな空気に身を委ねながら、遮那は目をゆっくり閉じる。苦痛にうめく友人の姿を瞼の裏に焼きつけながら、眠りに落ちていった。


 夢の世界。辺りは薄暗く、淡い紫色の靄が一面にかかっていた。
 足元を見れば、砂が敷かれている。生温い風が吹けば、黄金色の砂が荒々しく舞った。
 荒廃した光景は、一種畏怖を感じさせる。あまりに現実と離れてすぎている景色の中、遮那は呆然と佇んでいた。
「奉丈ッ!」
 聞き慣れた友人の声で我に返る。
 声のした方を見れば、大きな鳥籠が宙を浮いていた。動物の骨と骨を組み合わせて造られており、黒ずんだ骨は薄靄の中、不気味に淡い燐光を放っていた。
 友人は鳥篭に閉じ込められている。必死の形相で助けを求めていた。
「待って下さい、今何とかしますから!」
 遮那は強く地を踏み締める。足場は悪く、気を抜けば倒れそうになった。それでも、とにかく、今は前へ――
「させない」
 突如響いた少女の声を合図に、遮那の視界は眩い光で一杯になる。地に膝をつき、急に押し寄せる衝撃に耐える。目をこらして顎を上げた。
 一人の白髪の少女が鳥籠の隣りに浮いていた。
「まさかここまで誰かが来るなんて思わなかった。すごいなぁ、君」
 場にそぐわぬ澄みきった声音。少女は髪をたなびかせながら、目を見開いていた。
「誰ですか?」
「私? 私は友達百人作るの」
「質問に答えていません。どうして、僕の友達にこんなことを」
「君こそ人の話聞いてないのね。友達百人作るって言ったでしょ?」
 少女は自分の唇を指でなぞった。うっとりした瞳で、鳥篭の中の友人を眺める。
「それに、その質問は無意味よ。だって君も友達でしょ?」
「どういう、ことですか」
「呆れた。ここまで言ってもわからないのね、君も私と同じ夢魔なんでしょ」
 がつんと。
 頭を殴られた気がした。
 遮那は眼球を震わせる。
 焦る友人の声が耳に届いた。
「うお、待って、オレピンチ? 何? 奉丈も敵だったの?」
「違う、僕は!」
「違わないでしょ? だって人間が夢を共有できるわけないじゃない」
 夢魔が無邪気な笑顔で残酷な事実を突付ける。
「それは……ッ」
「元々そういう能力が備わっているっていうのは言い訳にもならないからね。力を、自由自在に使いこなす今の君、どう見ても私と友達」
 頬を紅潮させて、夢魔は歌うように言葉を紡ぐ。
「さぁ、皆で仲良くお友達になりましょう」
「嫌だ、俺は人間だぁっ!」
「ちょっと煩いなぁ、君」
 夢魔が呟いた瞬間、鳥篭がバチリと音を立てる。一瞬の光の後、力なく横たわる友人の姿があった。
「か、彼をどうしたんですか?」
「気にしないで。私と二人きりでお茶しましょ」
「……答えてください。彼を、どうしたんですか?」
 遮那は眼前が真っ赤に染まってゆくのを感じていた。堪えきれない熱い念が内から湧き上ってくる。
 見上げれば、友人の蒼白い肌があった。
 そうしたのは、誰のせいだ?
 夢魔の言葉に惑わされ、友人を傷つけてしまったのは誰だ?
 ――違う。
 奥に秘め、あえて目を逸らしていた事を、夢魔に引き出された。夢魔の言葉じゃない。ずっと疑問に感じていた自分の言葉だ。
 ――それでも。
 遮那はきっとした表情で夢魔を見据えた。
(僕の惑いに、友人を、大切な人を巻き込むわけにはいかない――ッ!)
 夢魔の紡いだ夢の世界を、遮那はゆっくりと糸を解いてゆく。ただ、世界を理解することだけに集中する。
「私の世界……私のじゃなくなってゆく」
 夢魔が唖然として頭上を見上げている。
 霧が徐々に晴れてゆく。代りに空を覆うのは漆黒の暗雲だ。
「すごいなぁ、君。私、本当に君と友達に……」
「すみません」
 手を合わせて喜ぶ夢魔の言葉を、遮那は切り捨てる。
「僕は、確かに自分の力についてそこにあるものとして扱ってきました。本質を見ようともせず、ただ僕は曖昧にしていました」
「曖昧じゃない。君と私は一緒。お友達。違う?」
 遮那はぎり、と歯を噛み締めた。
「僕を」
 夢を把握し終えた。遮那はそう判断すると、片手を空に掲げる。
「事実は僕を人でないものと扱っているのかもしれない。それに、僕は自分の力がどこから来たのか、具体的には主張できない、でも」
 広げた掌を拳に変える。
「人を傷つける力と、一緒にはされたくない」
 叫びは、空へと吸い込まれる。
「――雷よ、成れ」
 唱声と同時に、輝かしい閃光が夢魔を貫いた。

「いやー、面白い夢見たよ、昨日はさー。お前が夢の中でかっこよく魔物をやっつけるの。すごかったなー。ほら、お前が占いで出した搭のカードに描かれていた雷みたいにさーずばーんと」
「それは、良かったです。でも、朝礼の時間過ぎちゃいましたね」
「だーかーらー、お前は一言多いんだっつーの」
 肩を落とし、項垂れる友人を、遮那は微笑ましく見つめる。
 ふと。
 瞳が虚ろに影を宿す。

『元々そういう能力が備わっているっていうのは言い訳にもならないからね。力を、自由自在に使いこなす今の君、どう見ても私と友達』

 夢魔の言葉を思い出す。
 確かに。遮那は心中にて頷く。
 今の自分に、この身が何であるか明確にできるものなどどこにもない。
 むしろ、事実は遮那を人ではないと無情に告げてくる。
 今の遮那に、それに抗う術などない。
 ただ、曖昧に笑ってごまかしてゆくしかないのだ。
 そうして、蓋を閉じて、自分の惑いを奥にしまう。端っこに寄せて、見ない振りをする。
 遮那は自分の無力さに溜息を吐いた。これからどうすればいいのか。しばらくは曖昧な気持ちを抱かなくてはならないのだろう。暗雲たる未来を考えれば、憂鬱になる。


 一人の笑顔が救いになることを、このときの彼はまだ知らない――
PCシチュエーションノベル(シングル) -
酉月夜 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年05月18日

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