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『 日々、是、まったり 』
田中・緋玻2240
 
 もともとは猫だというから、その習性が猫と同じ……いや、そのものであっても驚きはしないけれど。
 緋玻は日当たりのいいベランダで昼寝をしている猫神を見やる。時々、尻尾がゆらりと動き、何かに反応しているのか、ぴくぴくと髭のあたりが動く。何か音がすると目を覚まし、周囲を確認したあと……小さな口をめいっぱい開けて欠伸をし、その小さな右前足と左後ろ足を伸ばして伸びをする……今度は逆に伸びをして、また眠りにつく。
 ……平和だ。
 見ているとこちらまで眠くなってくる。うとうとしかけたところではっとした。
 早いところ処遇を決めねば。
 とある事件で知り合った(勝手についてきたとも言う)猫神は廃れた社に見切りをつけ、新天地を探すということで、現在、居候中。もともとは猫ながら、一時は奉られ神格を得た存在……とはいえ、現時点では奉られることもなく、神格もないらしいが……とりあえず、実害は、ない。
 いや、あるか。
 あの、のへほーんとした雰囲気にやられて、こちらまで眠くなってくる。そう、今だって……緋玻はふるふると首を横に振り、眠気を散らす。いけない、危うく、猫神よろしくのへほーんとしてしまうところだった……。
 実害はないものの、徹夜仕事に支障(見ていると眠くなるという程度のものだが)は出ている。しかし、東京は物騒であるから追い出すわけにもいかない。が、どうにも新天地を探しているようには……見えない。
 毎日、決まってベランダでごろりんとああやって昼寝をし……たまに、どこかへでかけているようだが、それでも日暮れには戻って来るし、自分が出掛けるときには、代わりに留守番をしている。帰ってくると『おかえりなさいませ』と迎えられたりもするし……なんだか、本格的に居ついているような気がしてきた。
「……」
 とりあえず、ここらでどうしたいのか希望を訊いてみよう。緋玻はうんと頷いた。
 
『今後の動向でありますか?』
 既に、夕暮れ、夜の帳に包まれるのも時間の問題。
「ええ、あなたはどうしたいの?」
 昼間であったのに、夕刻になってしまったのは……昼寝をする猫神を起こそうと思ったものの、あまりに気持ち良さそうに眠っているので、起こせずに眺めてしまったからだ。……つまり、一緒にのへほーんとしてしまったということだが。
『そうですな……』
 猫神は小首を傾げ、考えるような仕種を見せる。
「新天地は見つかりそう?」
 緋玻が問うと、猫神は小首を傾げるのをやめた。じっと緋玻を見つめる。
『緋玻殿……それは、つまり……遠回しに出て行けと……?』
「……」
『齢二百年、まだまだ若輩者の物の怪を東京なる空の下に追いやるというのですな、緋玻殿……』
 身体をしならせ、さめざめと猫神は語る。その態度が少しわざとらしく感じてしまうのは、果して自分の気のせいか。
「べつに、そういうわけじゃないのよ……」
 それに、まだまだ若輩者って……確か、出会い頭で齢二百年であることを自慢げに語っていなかったかしら……緋玻は神妙な顔で猫神を見つめる。
『……』
 猫神はちらりと緋玻を見やる。そして、尻尾をゆらゆらと揺らした。
「ただ、ほら……言っていたでしょう。新天地を探すって。それが気になったから、訊ねただけよ。純粋な興味。で、どうなの?」
『それを答えるまえに、お連れしたい場所が』
 緋玻を見あげ、猫神は言った。
 
 猫神に連れて来られた場所は、近所では最も高いビル……の裏口だった。
「ここ?」
 ビルの存在は知ってはいたが、足を運んだことはない。特に用事がないからだ。
『左様で。こちらに階段が』
 猫神はちょんちょんと軽やかに階段へ向かって走りだす。
「ちょっと……」
 声をかけるが、既に猫神の姿はない。上の階へと向かってしまった。仕方なく、緋玻もそのあとを追う。
 猫神は階段を軽やかにあがり、緋玻はそのあとを追いかける。気づくと、屋上の扉の前まであがってきていた。さすがにその頃になると息があがってくる。少し離れた場所に見えるエレベータが恨めしい。
「最上階が目的ならそう言ってくれれば……世の中にはね、エレベータという便利なものがあるのよ」
『えれべーた……でございますか?』
 猫神は小首を傾げる。どうやら、エレベータを知らないらしい。それって美味しい?という顔で見つめられ、緋玻はため息をついた。
「そう。下から上まで、または上から下まで、乗っているだけで運んでくれるという便利な代物よ」
『自動昇降機のことですかな?』
「一応、知っているのね。そう、それのこと。それで……今度はどこへ?」
 ここまで来たならば、屋上へ続く扉を開けるのだろうけど。緋玻は息を整えながら猫神へと問う。
『目的の場所は、この扉の向こうでございますな』
 扉を開き、屋上へと出る。その頃にはすっかり周囲は暗くなっていた。誰もいない屋上を夜の気配を含む涼やかな風が吹き抜ける。さらりと舞った髪を撫で、緋玻は猫神の動向を見守る。
『こちらで』
 猫神は屋上のとある方向へと案内する。緋玻が腕を置くにはちょうどいい高さの柵の上にちょんと猫神は跳躍した。
「これ……」
 そこから眺める景色……夜景が綺麗だった。夜の帳に包まれた街で輝く光。それは家々や街灯、車の灯。それが遠くまで広がっている。まさか、ここから眺める景色がこれほどのものとは思わず、緋玻は素直に驚いた。
『あそこは田舎でしたからな。夜は星が綺麗に見えまして。しかし、ここ、東京なる空は地上が明るく、星が見えませぬ……』
 猫神は夜景を見つめながら続けた。
『少しばかり故郷を思っておりましたが……地上の星もそう悪くはないと思うようになりましたぞ』
 緋玻に顔を向け、猫神は言う。再び、曰く『地上の星』に目を向ける。
『そう、ここが新天地……そう思えるのです』
 緋玻は『地上の星』を見つめる猫神の横顔を見つめる。
 そして。
「それって……つまり、うちに居つくということよね……?」
『……』
 夜の風がひとりと一匹の間を吹き抜けた。
 
 もともとは猫だというから、その習性が猫と同じ……いや、そのものであっても驚きはしないのだけれど。
 緋玻は今日も日当たりのいいベランダで昼寝をしている猫神を見やる。時々、尻尾がゆらりと動き、何かに反応しているのか、ぴくぴくと髭のあたりが動く。何か音がすると目を覚まし、周囲を確認したあと……小さな口をめいっぱい開けて欠伸をし、その小さな右前足と左後ろ足を伸ばして伸びをする……今度は逆に伸びをして、また眠りにつく。
 ……今日も、平和だ。
 緋玻は小さなため息をついたあと、仕事にとりかかる。が、ついつい猫神に目がいってしまう。気づくと睡魔に襲われ……緋玻はふるふると横に首を振る。
 
 この平和すぎる日々がいつまで続くのか……それは定かではない。
 
 −完−
PCシチュエーションノベル(シングル) -
穂積杜 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年05月14日

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