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『寂しい小鳥の幸せを願う 』
鞘継0086

 戦場では冷酷無比と恐れられ、若干十五歳ながら第四王女直属の護衛騎士に抜擢された若き騎士――それが、鞘継である。
 その日も鞘継は他の騎士たちと少し離れたところで、一人で鍛錬を行っていた。
 騎士の一員としてここにいるからには団体行動というものにもう少し協調すべきなのはわかっているが、頭でどんなに理解していても、そう思い通りに上手く動けないのが人間というものだ。
 鞘継の場合、若年ながら王女の直属になるという大抜擢だけでもやっかみの対象になるというのに、鞘継自身のぶっきらぼうな性格が、状況に拍車をかけてしまっている。
 とはいえ、多少の嫌味や陰口など、鞘継にとってはなんでもないことだ。何故なら、鞘継には何よりも大事なものがあるから――そしてそれゆえに、彼は強い。
 ……あれは、いつの頃だったろう……。
 鞘継を深い闇から救い上げてくれた存在が……彼女が、哀しいほどに独りぼっちであると知ったのは。
 ――護りたい。
 そう、強く思った。
 肉体的な意味だけではなく、精神的な意味でも。
 寂しさをガラスの箱に閉じこめて強くあろうとする――必死に強く見せ掛けている健気で優しい王女を。自らの全てを賭けて、護りたいと願う。
 そのために、鞘継は強くなるための努力を惜しまない。
「精が出るなあ。どうだ、ひとつ手合わせでもしないか?」
 かけられた声に振り向くと、鞘継の上官にあたる男が立っていた。彼は、鞘継が一人で鍛錬していると、時折声をかけ、手合わせを申し出てくれる。
 いろいろな意味での敵味方が入り乱れる城の中で、彼は孤独の王女に同情し、鞘継の想いを理解してくれる、味方と呼んでも良い存在だ。
 鞘継は言葉ではなく態度で了承の意を示し、軽く頭を下げた。
 相変わらずの無口な鞘継に苦笑しつつも、上官の表情は穏やかだった。
 スラリと剣を抜き――お互いの表情に鋭い光が宿る。
 キィンッ!
 鍛錬中の騎士たちが鳴らす音の中でも一際高い剣戟の音が、澄んだ空へと吸い込まれて消えていく。
 繰り返される剣戟の音。鍛錬中の手合わせにしては派手なその音に惹かれ、周囲の騎士たちの視線が集まる。
 しょっちゅう―――というほどでもないが、時折行われる二人の手合わせはそう珍しいものではない。だが、レベルの高いその打ち合いは、行われるたびに注目を集めるのだ。
 上官の剣技についていけるだけの技術がなければ成立しない、お互いに一歩も引かない本気ギリギリの試合。
 鞘継には確かな剣の腕があり、その技術は決して才能だけで得られるものではない。
 その事実を突きつけるかのように……上官は、鞘継に対して手を抜かないのだ。

 数度の打ち合いののち。どちらからともなく剣を収めると、集っていた視線がひとつまたひとつと離れていく。
「おつかれさん」
 軽く手を上げて言ってくる上官に礼を返す。言葉のない鞘継の態度に気を悪くするようなこともなく、上官はほかの騎士たちの鍛錬を見るため歩いて行く。
 明確には言葉にされない細やかな気遣いに、鞘継は感謝の念を持って彼の背中を見送った。
 若い抜擢が決して才能ゆえだけではないのだと。言葉での注意だけではなく実践でそう知らしめる事で、周囲のやっかみを抑え、同時に鞘継の剣の稽古にもなる。一石二鳥のデモンストレーション。……時折行われる上官との手合わせにはそんな意味があった。
 鞘継個人としては、自分が周囲に何を言われても気にならないのだが、王女の心情を慮れば、鞘継に対する嫌味や陰口は少ない方が良いに決まっている。
 表向きには心技体揃った者のみがなれるということになっている王女直属の護衛騎士だが、実際には王女の好みが最優先の選考基準となっている。
 護衛騎士になったことで鞘継がやっかみの対象になっていると知れたら、王女は心を痛めるかもしれないから。
 王女にそんな思いはさせたくないと願い、そして鞘継は考える。
 もっと強くなりたい……誰も文句のつけようもないくらいに。
 王女の心安らげる場所になれるよう、強く相応しい男になりたい。
 鞘継の願いはただ、それだけ。
「……」
 空が、赤く染まり始めていた。
 そろそろ夕食の時間が近づいている。王女を探しに行かなければ……。
 上官に軽く挨拶をしてから、鞘継はその場を離れ、迷う事なくある場所へと向かっていた。
 探す……と言っても、実は彼女が行く場所はだいたい決まっている。
 城の外れにある温室。そこは王女が一人になりたい時に行く場所で、常に鞘継を傍に置いている彼女が鞘継と離れる時、それはほとんどの場合王女が一人になりたいと思っている時だ。
「姫」
 温室近くで声をかければ、すぐに返事がかえってくる。
「お探ししました」
 瞬間。
 王女の表情がほっと緩む。だが鞘継が騎士の礼をすると、王女はツンと不機嫌そうな顔を見せた。
「さ、戻るわよ」
 どこか尊大に、有無を言わさず言い放って歩き出した彼女の半歩後ろを歩く。
 王女の小さな背中を見つめて、鞘継は思う。

 何もかもを華奢その身に抱えてしまう彼女に、いつか……――。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
日向葵 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2004年05月14日

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