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『FZ-00マヌーバ 』
葉月・政人1855)&里見・俊介(3072)


 警視庁超常現象班にとって、葉月 政人の生還は奇跡であり喜びであった。皆、今一度固く握手をしたり抱き合ったりと、その日は大騒ぎになった。まるでお祭り騒ぎのようにみんながはしゃいだ。だが、次の日からは大忙しだった。葉月が持ち帰ったテクニカルインターフェース社の未知なる特殊強化服である『ダルタニアン』の分析が始まったからだ。この強化服は『FZ-01』のように全身がすでに作られているものとは違い、普段はベルトだけという形状だ。誰かが装着しないと分析もままならないのが現状だった。その頃、葉月は検査入院をしていたので、彼の後輩が上司の里見 俊介から許可を得てたびたびダルタニアンに変身してはデータを取るといった形式の作業が行われた。作業はいつもの地下訓練室を使っていたが、そこで計測できない走る早さやジャンプ力は瞬発力などから計算し、ある程度の結果を出して書類を完成させていく。
 しかし、ここ数日でダルタニアンに変身している後輩が要領をつかんだせいか、最終チェックの日に調査員が同じ動作をさせても数値が合致しなくなってしまっていた。攻撃速度や反射神経など、初日と比べれば歴然の差が出ている。後輩はこのベルトで著しい成長を遂げていたのだ。だが、これには調査員が渋い顔を見せる。データを採集しているのに一致した数値が出なければ報告のしようがない。別に装着者が悪いわけではないのだが、気弱そうな研究員はついつい眉をしかめて後輩を見る。何にも知らない後輩はとりあえず乾いた笑いをしながら頭を掻くが、目の前に突きつけられた書類の数値を見て驚く。そして気まずそうに部屋をこそこそと出ていくのだった……その場に残された分析者はブツブツ文句を言いながら計算を続ける。

 そうした試行錯誤から生まれた分析結果を手にした警視庁超常現象対策本部長であり警視長の里見 俊介は顔色を青くさせた。そして目の前にいる研究員に向かって説明を求める。

 「君……数値に上限を設けてないのはなぜなんだ?」
 「いえ、決してこちらの不備ではありません。設定することができなかったんです。ダルタニアンは装着者とともに日々進化しているのです。」
 「進化するベルト……そうか、我々が作り出したものではないからな。それは仕方ないか。」

 里見はその書類を持つと調査員に背を向け、都内を一望できる窓へと歩き出す。今は日差しが入りこむのでブラインドが下りていた。書類に目を通した彼は困った顔をしながら指でそっとブラインドの隙間を覗く……そこには平穏な世界が目の前に広がっていた。彼は静かにそれを見ながら何かを考えているようで、そのポーズのまましばらく固まっていた。調査員も黙ってそこにしばらく留まった。
 どれくらいの時間が経っただろう……里見はブラインドに突っ込んでいた手を離し、机へと急行した。そして部下に告げる。

 「警視庁最深部にある特殊強化服『FZ-00』の封印を解き、稼動に備えろ。整備班、分析班を総動員し明日までに準備するんだ。私は警視総監の許可を得るために今からこの書類で説き伏せる。葉月の退院に調整を合わせなければ、人を守ることはできない。」
 「わ、わかりました……!」

 ことの重大性を理解していたのか、研究員は慌てて部屋から出ていった。里見は書類に目を落とし、さっきの彼と同じように部屋を出ていった……


 翌日、葉月が現場復帰したその時に警視庁超常現象班全員が大会議室に呼び出された。他の部署がここを使うのは珍しくないが、彼らがここを使うのは非常に珍しいことだ。全員集合したところで里見が部屋に入る。そしていつもはオペレーターをしている女性に書類の束を手渡し、それを全員に配るように指示した。しかし里見は書類が行き届く前から壇上のマイクを使って話し始める。女性は第一声を聞いて、慌てて手を忙しそうに動かした。

 「諸君、日頃の任務ご苦労。今日、全員をここに集めたのにはそれなりの理由がある。先日、特殊強化服『FZ-01』は破壊されたものの、その装着者である葉月は戻ってきた。葉月は昨日まである理由で検査入院をしていたが、今日付けでまたここで働くことになった。この喜ばしいニュースに水を差すようで悪いのだが……実はその時、葉月が持ち帰った特殊強化服、仮称『ダルタニアン』は分析の結果、恐ろしい潜在能力を秘めていることが判明した。この警視庁以外でこのようなものを作る組織が存在する。そしてこれ以上の力を持った者が現れた場合、今の我々では対処できない。よって……すでに諸君も知っての通りだが、『FZ-00』の凍結を解除しそれを活用することが決定された。すでに警視総監からの許可も出ている。」

 FZ-00の言葉を聞いて、救急機動隊時代から所属する古参の研究員たちは顔をこわばらせた。実際にその製作を行っており、彼らはその強さをよく知っていた。その力はFZ-01を凌駕するパワーを内在するが、誰も扱えないという理由で封印されていたのだ。しかし今回、その封印を蘇らせるとは……上層部の決定から導き出される答えは決して穏やかなものではなかった。もちろん他の若い所員たちも、その中でも葉月は真剣な表情でそれを聞いていた。彼は新たなる一歩を踏み出すため、FZ-00とともに戦う決心を少しずつ固めている最中だった。

 「さっそくだが、今日の午後から警視庁地下射撃練習場を使ってFZ-00の機動調整ならびに能力テストを行う。もちろん装着者は葉月だ。なおFZ-01の比較対象であるダルタニアンに関してはFZ-00の後に詳しい調査を行い、使用の許可を出すかどうかを決定する。質問がなければ、午後までに機材などを射撃練習場まで運んでおいて欲しい。」

 しばらくの沈黙の後、里見が「解散だ」と言うと所員たちは皆立ち上がって準備のために動き始める。葉月も仲間たちの手助けをと思い椅子から立ち上がるが、そこを里見に呼びとめられた。潮が引くように次々と去っていく部屋の中でふたりだけがその場に留まっていた。

 「葉月、無事で何よりだ。FZ-00でのテストでは何が起こるかわからない。身体に変調をきたしたと思えばすぐにでもオペレーターに通信しろ。ダルタニアンに適合していたお前なら特に問題はないとは思うが、万が一のことも想定しておけ。」
 「はい、わかりました。」
 「……………二度目にお前が私の目の前から消える時は、俺がここを辞める時かお前がここを辞める時だけだ。」

 そう言って二度肩を叩くと、里見も流れに逆らわずに廊下へと出ていった……葉月は未だに無我夢中だったあの戦いを思い出させずにいる。だがみんなを心配させた何かがあったことは理解していた。二度とそうならないためにも、葉月はこのテストをいつも以上に真剣に取り組もうと心に誓っていた。


 午後からは予定通りFZ-00を装着した葉月によるテストが行われた。いつもの地下訓練場よりも広い場所でのテストということもあり、周囲にも緊張感が漂う。そして所員の後ろには里見が控えていた。オペレーターの横に座った葉月の後輩が静かに基本データを読み上げる。

 「警視庁特殊強化服『FZ-00』、葉月先輩の装着時の身長は192センチ、体重は155キロです。」
 「それではまずはパンチ力とキック力のテストを行います。前方に見えるコンクリートの塊に向かって攻撃してください。」

 女性オペレーターがそう言うと、葉月は渾身の力を込めてコンクリートを殴る! パンチを繰り出した瞬間、目映い光が煌いたようにも見えた。コンクリートを殴ったその衝撃は地下を揺るがす。ヒビの入ったそれを見てとっさに天井のサイズに合わせたジャンプをし、今度はその角にキックを食らわせる!

 「うおおおぉぉぉぉーーーーーっ!」

 速度のついたキックはパンチを凌ぐパワーを発揮し、コンクリートを粘土のように簡単にえぐった……塊の中や訓練場に取りつけてあった装置から即座にパワーを計算し、オペレーターがそれを読み上げる。

 「パンチ力は6.5トン、キック力は14.7トンです。本来の活動ではもっと大きな力を発揮することも可能ですね。」
 「ところで、先輩がパンチを出した時に何かが光ったみたいなんですけど……あれはなんですか?」
 「あれは光電磁フィールドといって、霊体などの存在にも効果を発揮する装置なのよ。そっちの機能もちゃんと作動してるわね、マルっと。」
 『君の持ってる書類にも書いてあるじゃないか。ほら、そのページの14行目の6文字目から。』

 スピーカーを通して葉月の声が響く……彼はたまたま自分に向けられていた書類を50メートル以上離れたところから読み取り認識したのだ。これには後輩も驚き、プリントを慌てて読みなおす。真剣な場ではあるが、さすがに調査員たちはその様がおかしかったらしく大声で笑った。

 「あ、しまった……ホントだ、ちゃんと書いてある。」
 「視力もセンサーもオールグリーン。ちなみにFZ-00は30キロ先の新聞も読めるのよ。もしかしたら君も装着するかもしれないんだから、この辺のデータもちゃんと覚えておきなさいね。」
 「は、はい……わかりました。」

 ますます賑やかになる所員たち。しょぼくれる後輩を置いたまま、次はあの気の弱そうな研究員がアナウンスを始める。

 「FZ-00の装備品はFZ-01のものがそのまま使えるはずだ。あの時、ほとんどの装備が置きっぱなしになってたし、特にサイズを変える必要はないので現行のままで行くからね。荷電光子霊派ライフルは……今度からあのバイクに搭載できるようにしたから。」

 そういうとある所員がバイクを引いて登場する。確かに座席の後ろにセットする形でライフルが装着されていた。あの戦いで失われたバイクの面影を残すFZ-00専用『トップストライダー』が葉月の前に姿を現した。各種装備は以前と同じように搭載されている。

 「これは出動時に乗り心地を試してもらうしかないんだけど、使い勝手はトップチェイサーと同じだよ。最高時速は555キロ。ブースターを使えばもっと早く走れるけど、それを使う時はこっちでルートとかの分析が終わって使用できる場合にのみ許可するから、その点だけ覚えといて。さすがにマッハの世界になるとこっちも慎重にならざるを得ないからね。」
 「了解です……はい本部長、何かおっしゃいましたか??」

 説明の途中で里見が何か言ったらしく、その声に反応した葉月。すると彼は笑いながらオペレーターのマイクの側まで行って説明した。

 「FZ-00装着によって、お前の聴力は20キロ四方の囁き声までキャッチできるほどのものになっている。以前よりも他人のプライバシーに入りこめるようになったから、特にレディーの扱いには気をつけるんだな。うかつなことは聞かない方が身のためだぞ。警察官は信頼が命だからな。」

 本部長が冗談を言うとは思わなかったのか、周囲はそのセリフで大いに盛り上がった。愉快に笑う仲間たちの声を聞きながら、葉月は再びこの場で戦う決心をする。人々を救う理想を掲げる仲間たちとそのチャンスを与えてくれた本部長たち、そして助けを待つ人々に報いるために……彼はまたここから歩き出すことを決めた。その手は自然とトップストライダーの座席に置かれていた。


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市川智彦 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年05月10日

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