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『籠の中の陥穽。 』
季流・美咲2765)&季流・白銀(2680)&河譚・時比古(2699)


 夜風がようやく暖かいと感じる季節となった、そんな夜。
 美咲は片手に筆記用具と教科書を持ち、白銀の部屋へと足を進めた。もちろん、事前に白銀の付き人である時比古が彼の傍を離れる時間を調べ上げて、の行動である。
「シロ」
 軽く、扉をノックする。
 すると数秒とも待たずに、扉の向こうから白銀の声がした。
「…どうぞ」
 その声に遠慮することもなく、美咲は扉を開け、部屋の中を覗き込むような姿勢で
「勉強教えて」
 と言葉を繋げた。
 白銀がそれに、断る理由も見つからずに。
 にっこりと笑いかけ、部屋の中の入るよう、促した。
「どこが解らないんだい?」
「なんか、全体的に」
 白銀の隣に腰を下ろし、彼の目の前に持ってきた教科書を置く美咲。
 解らない箇所など、存在しない。『勉強を教えろ』とは、ただの口実に過ぎないのだ。
 白銀は微笑を崩さぬまま、その教科書を手に取り、パラパラとページを捲り始めている。
「…………」
 俯き加減での、その仕草。首を少し傾ければ、さらりと揺れてみせる、銀の前髪。
 美咲は自分の腰掛けた椅子の足の間に両手を付き、白銀の顔を覗き込むように見つめる。当然、白銀はその視線に気がつき、手を止めて美咲を見るが、にこりと作られた笑顔は、崩そうとはしなかった。
「テスト間近だったかな…?」
「うん、そう。だからもう、サッパリ」
 白銀の問いかけに、さらりと答える美咲。そんな彼に、白銀は少しだけ表情を崩して、苦笑じみた笑みへと変えてみせる。それでも、次の瞬間には、柔らかい笑顔に、自然と戻っていった。
 白銀も、解っているのだ。『勉強』が口実であるという事を。解りきった上で、気が付かないふりをする。二人の間に自然と出来た、暗黙の了解、とでも言うものなのだろう。
「じゃあ、出題範囲を教えてくれるかな。そこから要点だけを抜き取って、まとめたらいい。美咲なら、出来るだろう?」
「うん、まぁ。たぶん」
 曖昧な返事。
 美咲にとっては、どうでもいい部類、なのかもしれない。必要なのは、重要なのは、その視線の先の、人物なのだから。
 白銀は新しいノートを取り出し、それを広げ、彼から聞いた出題範囲の部分を教科書から拾い読み、さらさらと文字を書き込んでいった。素早いものである。それでいて、流麗な文字の型は少しも乱れようともしない。
 文句のつけようの無い、自分の『甥』。完璧なまでの姿、そして態度。その姿を綺麗だと思うたびに、美咲の心の奥を突く、何か。
「シロ」
「うん?」
 俯いたままの、白銀の名を、美咲を呼ぶ。すると当たり前のように、白銀は手を止めて、美咲のほうへと顔を起こす。
 その、瞬間。
 白銀の頬に感じた、暖かな感触。
「…――」
 白銀は目を見開き、美咲へと視線を送る。口付けを、されたのだ。頬ではあるが。
 美咲は白銀の目の前で、にっこりと笑みを作っていた。
「オレ、シロ好きだから」
 そう言う美咲の言葉に、白銀は急に厳しい表情になり、姿勢を正す。
「美咲」
「なに」
 美咲の名を呼び止め、そこで一度口を閉じると、美咲が即答を返してくる。
「お前のは『好き』じゃなくて、ないもの強請りなんだよ。『好き』と『欲しい』は意味が違う」
 厳しい表情を、そのまま崩すことも無く。
 そんな白銀に、美咲は眉根を寄せ、
「何ソレ」
 と言いながら、その場で立ち上がった。
「…美咲、解るだろう? お前は、解っているはずだよ」
「全っ然、解らないッ」
 再び微笑んだ白銀に、美咲は少しだけ口調を荒げて、彼の肩を掴んだ。そして白銀がそれに反応するより早くに、鳩尾に拳を打ち込んで、気絶させた。瞬間、白銀はその行動さえ読んでいたのか、うっすらとだが、微笑を返したように見えた。
 見えないもので繋がれている、『絆』を垣間見た瞬間だ。美咲はそれを感じ取り、眉間をピクリと一瞬だけ、反応させる。
 美咲が攻撃を仕掛けたその際に、白銀の精霊、『汀』が動いたのだが、美咲には何も影響を与えずに、終わった。
「…残念デシタ」
 美咲はその精霊ににやりと笑みを送り、倒れた白銀を抱きかかえる。
 後ろに位置する、彼のベッドへと、白銀を寝かせた美咲は、暫くその整えられた顔を眺めていた。これから『訪れる者』を、信頼しきっているかのような、彼の表情。
「………」
 ぎし…とベッドの音をわざとらしく立て、美咲は白銀に覆いかぶさるような体制になり、彼の顔に自分の顔を近づけた。そしてゆっくりと口唇を近づけていく。
 ―――白銀の『表情』を打ち消してしまいたかったのか、それとも背後の気配の反応を楽しみたかっただけなのか…。
 それは判別の付くものではなく。
「………ふ」
 触れるか触れないか、そんな擦れ擦れの状態になって、美咲は自分の口の端を上げ、動きを止めた。頬に感じる、殺気を帯びた冷たい、空気。
「うん、来るって思ってたし」
 そう言いながら、にっこりと笑みを作り上げ、上体を起こして振り返る。
 その場には無表情で美咲に白刃を突きつけている、時比古の姿があった。美咲はじっと、彼の瞳を見つめる。
 その冷静な表情の奥底に眠るものを、まるで呼び起こしているかのように。
「…イイの? こんなことして」
 未だに美咲の頬に突きつけられている切っ先を突付き、美咲がそう言う。すると時比古は遅れを取らずに、
「美咲さんには、物理的に力を行使するしかありませんので」
 と、答えを返して見せた。
 そんな時比古の返答すら、満足そうに受け止めて。
「…ねぇ、『好き』と『欲しい』の違いってナニ?」
 再び問いかけの言葉を、口にする美咲。しかしそれには、時比古の返答を望んだりはしていないようで、ふぅ、と軽い溜息を吐きながら白銀から離れてベッドを降りる。
「………」
 時比古は美咲から目を離すことなく、白刃もそのまま突きつけたままだ。
「オレ、あんたの欲しいもの分かってるつもりだけど、ゴシューショー様って言っていい?」
 一度目を閉じた後、ゆっくりとその瞳を開きながら、美咲は時比古に新たな問いの言葉を投げかける。にやり、と笑みを付け加えて。
「何のことでしょう」
 遅れを取ることなく、そう言いながら、微笑む時比古。
「シロ、自分の事になると激ニブだし」
「仰る意味が分かりかねます」
 時比古はそんな、美咲の楽しそうに作り上げられる言葉にも怯むことなく、笑顔を作り上げて答える。そしてそこでようやく、突き付けたままの白刃を下げた。音も無く、ゆっくりと。
 二人の間にある、見えない空気。いつまでも漂い続けて、離れることは無い。それは、重いようであり、軽くも取れてしまう。
「………」
 数秒の、沈黙が訪れた。美咲は時比古から視線を逸らし、わざとらしく明後日の方向へとそのまま瞳をめぐらせた。沈黙を嫌がっているのではなく、余裕を見せている、と言ったところだ。
「…美咲さん、人と物は違うのですよ。人には意志がある」
 そして、その沈黙を破ったのは、時比古である。ふ、と小さく溜息を漏らした後、ゆっくりと紡がれた、言葉。
「何、ソレ」
 美咲はちらり、と時比古に視線を戻しながら、言葉を返してみる。
『お前は、解っているはずだよ』
 すると美咲の脳裏に蘇ってきた、白銀の言葉。それが耳についているような感覚になり、僅かだが柳眉を動かした。
「何でしょうね?」
 時比古は美咲を見つめたまま、問いかけにさらりとそう答えるのみ。
 美咲の欲しい『モノ』。
 時比古の欲する『もの』。
 同じでありながらも、求める位置が違う。
 力でねじ伏せてしまうのは、至極簡単なことであり、低俗な行動。それをギリギリのラインで実行に移してみても、僅かな自制が働くか、『絆』がそれを止めに入るか。…間違いなく後者が先に働くことは、目に見えているのだが。
 だからまた、『楽しい』と思えるのだ。
 美咲は、ふ、と笑いながら、先ほどまで白銀が掛けていた椅子に、ゆっくりと腰を下ろした。そして開かれたままのノートと教科書に、視線を落とす。
「…勉強をサ、教わりに来てたんダヨ」
「美咲さんには、簡単すぎる問題でしょうに…」
 机に肘を突き、時比古を見上げながらそう言うと、彼はゆっくりと笑みを作りながら美咲に答えを返してきた。
 それを見て、美咲は口元を手で隠すようにしながら、笑った。
「解るコトと解らないコトの差がありすぎて、イヤになっちゃうよネ」
 美咲が独り言のようにそう言う。
 時比古がその言葉に答えを返すことは無く、自分の主へと視線を落とし、美咲もそれにつられ、白銀へと視線を送った。
 未だ気を失ったままで居る、白銀。時比古は美咲から彼を守るように、自然と身体を傾ける。
「安心しなって、もう何にもしない。『今日は』ネ」
 その時比古の行動に苦笑し、強調を混ぜたした言葉を投げながら、美咲はゆっくり立ち上がる。そして教科書を持ち上げて、白銀の部屋を出るために扉へと足を運んだ。
「美咲さん」
「ナニ?」
 時比古が美咲の背中に声を掛けると、即答で言葉が返ってきた。
「『好き』と『欲しい』の違い、お答えしましょうか?」
 おそらくは、微笑んだままでの言葉なのだろう。美咲はそう思いながら、にや、と笑った。
「イラナイ。自分で考える」
 肩越しに振り返りながらそう答えると、時比古は『そうですか』と言葉をくれた。活かされていない、『音』を交えながら。
 そんな時比古の反応を見、にっこりと笑みを残して、美咲は白銀の部屋を後にする。
 肩に、とん、と教科書の背を当てながら、廊下を静かに歩く。
 美咲は過去を振り向かない。自分の足の歩みを進めた時点で、軌道修正は終わっているのだ。心に残る蟠りなど、一緒に先へと持っていけばいい、と思いながら。
 鼻歌交じりに渡り廊下を歩き、美咲は頬をくすぐる夜風を抵抗無く受け止め、次はどんな行動に移ってやろうか、などと考えをめぐらせ、自室へと戻るのであった。

 …例え躓いたとしても、そこで前に進めなくなるわけでは、無いのだから。


-了-


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季流・美咲さま&季流・白銀さま&河譚・時比古さま

毎度有難うございます、ライターの桐岬です。
今回は『美咲くんの躓き』、という事で…発注内容を拝見したとき、少し笑ってしまいました。それでも美咲くんはただでは転ばないし、ただでは起き上がらないと思っていますので(笑)こんな感じに仕上げてみました。…如何でしたでしょうか…?(多少の不安が)
白銀くんも時比古さんも、美咲くんには振り回されていますね。それでも余裕を崩さず居るお二人が大好きです。もちろん、美咲くんも大好きなのですが。

また、感想など聞かせていただけると嬉しいです。今後の参考にさせてください。

※毎度のことですが、誤字脱字がありました場合は、申し訳ありません。

桐岬 美沖。
PCシチュエーションノベル(グループ3) -
朱園ハルヒ クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年05月06日

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