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『鎮・ソロデビューへの道!〜外伝の巻〜 』
鈴森・鎮2320


 月夜の晩の丑三つ時にカラシとワサビとトウガラシ…
焼いて潰して粉にして、おたま一杯混ぜるのさ…
「そして一言となえれば…って、出来たー!名付けて『鎮MIX』!」
 満月の下、鎮は苦労して作り上げた特製調合の”薬”を高く掲げて嬉しそうに微笑む。
それは”練りワサビ”に”粉末の唐辛子”を混ぜ、さらに”粉カラシ”を混ぜたとても素敵な”薬”だった。
…いや、本来なら薬なのだろうが…この鎌鼬三番手にとってのソレは、要するにイタズラの道具である。
 魂こめて完成させた『鎮MIX』を、丁寧に小さなケースに詰め…鎮は月を見上げた。
「見ててくれよ月の兎さん!俺はやるぜ!必ずやるっ!」
 果たして月にの兎が聞いているのかどうかは謎であるが、そう誓いを立てて。



 世間の社会人や学生さんがそれぞれ帰途に着き始めた頃。
鎮はあやかし荘に続く道の、塀の上にちょこんと座っていた。
子供がそんな所に座っていたらかなり目につくであろうが、今の鎮は人間の姿を解き…鼬の姿になっている。
それゆえに、鼬がのんびりと塀の上で昼寝でもしているようにしか傍目には映らなかっただろう。
 …ただ、その鼬の手にはあの『鎮MIX』がしっかりと握られているのであるが。
「遅いなー三下!いつもより遅いじゃん…!」
 待ち人である三下・忠雄がいつもやってくる方向を見つめながら、鎮はひとり呟く。
これまで、修行の甲斐あって転ばし、斬り付けをなんとか、とりあえず、かろうじてクリアしてきた鎮。
全力投球でなんとかそれらに慣れてきたこともあり…最後の仕上げとばかりに、三下を狙う事にしたのだ。
 何故だか知らないが、あのどこかどんくさいトロくさい三下のくせに、
未だかつて鎮は彼を転ばして斬り付けて”薬”を塗りつける事には成功はしていない。
あまりの悔しさに、鎮の中ではすでに”三下さん”から”三下”という、獲物(ターゲット)と化していた。
「くっそー!さては俺に恐れをなして逃げたんだな?!」
 予想外に待たされ、鎮は腕を組みながら言う。
せっかく精魂こめて『鎮MIX』を作ったというのに、このまま姿を見せなければ意味が無い。
まあ、後日改めてやってきてもいいと言えばいいのだが…。

 しばらく塀の上でぼ〜っとしながら三下を待っていた鎮だったが、
ふと、反対方向の道にやたらと激しく動く何かを視界に捉えてそちらに眼を向ける。
まだ遠くあまりはっきりとは見えなかったのだが…
どうやら、小さな仔猫が、その体の何倍もあるのではないかと思えるほどの野犬に追いかけられているようだった。
 仔猫は必死の思いで逃げているのだが、野犬はと言うと面白半分といった様子で、
捕まえられる寸でのところでわざと仔猫を足先で引っかいてみたりしているのがよくわかった。
 その二匹は、すぐに鎮の居る方へとやってくる。
仔猫は知ってか知らずか、鎮の座っている塀の真下へと逃げ込んで…後が無い事に気付きその場に座り込んだ。
 野犬は「しめた!」とばかりに仔猫の前に立つ。
我が身に降りかかる恐怖に怯えてふるえる小さな小さな仔猫の体。
野犬の足が大きく振り上げられ、仔猫の身体へと振り下ろされる―――その瞬間。
「とうっ!!」
 野犬の脳天を、鎮の垂直落下彗星脚(※注:要するに飛び降りただけ。)が見事に直撃する。
はっきり言って仔猫より少し大きいとは言え鎮と野犬の体格差もかなり大きなもので、
鎮の力ではダメージはほぼ無いに等しいのだが、不意をつかれたらしい野犬は驚いて後方へと飛び退いた。
「大丈夫か?!」
「…う、うん…」
 すかさず鎮は自分の後ろへと仔猫をかばい、声をかける。仔猫は震える細い声で不安げに言って頷いた。
「ってめぇ!こんクソガキャ!!なにしやがるんじゃボケェ!?」
「うわっ!」
 そんな鎮と仔猫のやり取りを、野犬が前足を突き出し妨げる。
かなり激怒の表情を浮かべた野犬は、牙を剥き出しながら鎮と仔猫を見下ろした。
一瞬だけ、思わず飛び出してしまった事を後悔した鎮ではあったのだが、今更そう思ったところで仕方が無い。
「こんな小さい仔猫いじめやがって!この鎮様が相手だ!」
 もうこうなったら開き直って攻めの一手である。
「ンだとクソナマイキな!てめえ今晩の飯にしてやる!!」
 ガッ!と大口を開いて噛み付く野犬を、鎮は咄嗟に”風”を起こして凌いだ。
が、強風を起こしたつもりでも、心地よいそよ風が野犬の髭を撫でていく。
やばいと思った瞬間から、鎮の記憶は途絶えた。いや、正確には…冷静さがどこかに吹っ飛んでいった。
 まさに乱闘とはこういう事を言うのだろう。
鋭いツメで鎮を切り裂こうとする野犬を、その小柄さを生かして鎮は交わしつつ野犬に”鎌”で切りかかる。
しかし、鎌の威力は微々たるもので、野犬は痛痒いような感じで身をねじって鎮を払い落とす。
その瞬間を狙って前足で鎮のシッポを踏みつけてはみるものの、目の前に沸き起こった風に目潰しをされるような感じになり、
野犬は咄嗟に足を離す。そこを狙って再び鎮が攻撃を仕掛けるが…の、繰り返しだった。
「ウロチョロすんな!こんのクソガキ!!!」
「うるさい!くっそー!!てめえ!痛ぇ!!」
「チビのくせに鬱陶しい!!この胴長ネズミが!」
「ネズミじゃねえ!イタチだッ!!」
 シッポを再び踏みつけられながら、鎮は野犬に食って掛かる。
じたばたと必死で逃れようと試みるものの、なんとも絶妙な場所を踏まれてどうにも身動きが取れなくなってしまっていた。
「やっとこれで終わりだな…てめえは実に不味そうだが…仕方ねえ」
 野犬は鎮をニヤリと見下ろすと、「いただきます」とばかりに大口を開く。
よもやこんな所で犬なんかに喰われてしまっては鎌鼬としてのプライドが許さない。
というか、それ以前に、喰われたら死ぬ。
「恨むなよ…それじゃあ、いっただっきま〜…」
「どうせ喰うならその前に調味料で味付けしやがれ!!」
 鎮は咄嗟に、開いた野犬の大口に『鎮MIX』を渾身の力をこめて投げ込む。
そう、あのトウガラシやらワサビやらが混ざりに混ざった、対三下用の最終兵器の『鎮MIX』を。
「――ギャーッ!!」
 野犬は口を閉じると同時に、なんとも言えない叫び声をあげて鎮から足を離す。
そしてヒィーヒィーと荒く息をして舌からひたすら唾液をたらしながらその場でのた打ち回った。
「今のうちだ!逃げようっ!」
 鎮は電柱の陰に隠れて成り行きを見つめていた仔猫に声をかけると、一緒になって走り始める。
その背後では、『鎮MIX』に大ダメージを受けた野犬が泡を吹きながらひたすら水を求めて彷徨いはじめていたのだった。



「ありがとうございますっ!本当にもうなんとお礼を言ってよいやら…」
「いや、いいって!それより怪我がなくてよかったな」
「でも怪我してるよ…お薬塗らなきゃ…」
「大丈夫!俺、薬に関しては詳しいし!これくらいただのかすり傷だから」
 野犬から逃げ、仔猫と共にうろうろしていた所、仔猫の母親が二人を見つけて慌ててやってきた。
どうやら、仔猫は母親との散歩中にはぐれてしまったところ、あの野犬に目をつけられてしまったらしい。
なんとか無事に合流できてほっとする鎮に、親猫は何度も何度も頭を下げた。
「それより今日はたまたま大丈夫だったけど…気をつけなきゃいけないぜ?
さっきみたいな奴とか、もっと怖ぇのとかもこの辺に限らずたくさんいるんだからな?」
「うん、もうお母さんから離れないから大丈夫」
 仔猫は母猫に擦り寄って微笑を向ける。
母猫も大事そうに仔猫を抱き寄せながら、うっすらと涙を浮かべていた。
 そんな二人の様子を見ながら満足そうに鎮は微笑んで、邪魔しては悪いと二人に別れの挨拶を告げる。
もうすでに三下は帰宅してしまっているだろうし、それになりより…
あの『鎮MIX』はあれっきり、あの一個だけしか作っていないのだから、例え三下が居てももう意味が無い。
仕方なく帰宅する事にする鎮だったのだが…。
「おにいちゃん!また今度、一緒に遊んでね!」
「…おう!俺でよければいつでもいいぜ!」
 仔猫の屈託の無い笑顔と、末っ子であるがゆえに縁の無い「お兄ちゃん」という言葉に、
鎮は実に満足そうに笑顔を浮かべて元気よく手を振ってそれに答えたのだった。

 オレンジ色の空に向かって立つ鎮の頬を、風が優しく撫でていく。
頑張れ鎮。負けるな鎮。今日の打倒三下は叶わなかったが、まだまだこれからだ!
夕陽もきみの背中を押している!
「って言うか、正面じゃん、夕陽があるの」
………見事なツッコミも冴え渡る、きみの夢が叶う日はきっと近い!…かもしれない…。





●おわり●


※誤字脱字の無いよう細心の注意をしておりますが、もしありましたら申し訳ありません。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
安曇あずみ クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年05月06日

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